11 雑草の使い道
最初は苦戦したマンドラゴラの駆除も、10回、20回と繰り返して行くうちに段々慣れてきた。
(要は、動かなくなるまで待ってりゃ良いんだよな)
フォークもどきの柄を握る手にマンドラゴラの痙攣を感じながら、ハンスはうんうんと頷く。
(動きがなくなったら死んだってことだから抜いてよし。単純だ、単純)
最初は気持ち悪かった痙攣の振動も、まだ抜いてはいけないという合図だと考えれば我慢できる。そう思える程度には、ハンスは色々と懲りていた。
最初の1体は仕留める前にフォークを引き抜いてしまい、マンドラゴラ特有の大絶叫を浴びて危うく自分が死ぬところだった。
2体目、3体目はちゃんと始末できたが、手に伝わる振動が嫌過ぎて4体目の時に柄から手を離したら、途端にマンドラゴラはワサッと葉を動かし、自力でフォークもどきを引っこ抜いて放り出した後に盛大に絶叫した。
植物にしか見えない葉が突然腕のように動くのが大変気持ち悪く、当然の如くハンスの対応は遅れた。
近くで見ていたポールが即座に自分のフォークもどきを突き刺し、何とか事なきを得たが。
作業を始めると言いながらポールが傍についてじっと見ていた理由を、ハンスはこの数分間で思い知った。
昨日の過重労働といい今日のマンドラゴラといい、色々とおかしすぎる。
(農業っつったら、こう、種を蒔いて芽が出たのを喜んで、ちょっとした虫とか雑草をちまちま駆除しながら野菜が順調に育つのを見守って、収穫して料理して、って…晴耕雨読とか『スローライフ』的な生活じゃなかったのか?)
実際、ユグドラの街の冒険者ギルドでハンスが『実家に帰って農業をする』と言った時のギルド職員や冒険者仲間の反応はそんな感じだった。
いつも皮肉を言って来る年下の上級冒険者は、『もう老後か! 似合ってるじゃねぇか!』などと嘲笑していたくらいだ。
どこが老後だ、お前もいっぺんやってみろ──内心毒づくハンスの頭の中で、『農業』のイメージが音を立てて崩れて行く。
農家の息子でありながら、ハンスは今まで農家の仕事に興味がなかった。故に、『父親と母親が毎日休みなく働いている』ということも、目にしていながら全く意識していなかった。
確かに都会の商人のような腹の中を読み合う交渉や胃が痛くなるような駆け引きはあまりないが、天候と作物の育ち具合と自然がもたらすトラブルに日々対処する農家に、『スローライフ』など望むべくもない。
ハンスがその事実に気付くのは、あまりにも遅すぎた。
そして、それに気付いたからと言ってさっさと投げ出せるほど、ハンスは薄情ではなかった──悲しいことに。
「おや、もう始めてるんだね!」
10体目のマンドラゴラが沈黙したのを確認してハンスがフォークを引き抜いたところで、スージーがやって来た。ガラゴロと音を立てて、くたびれた台車──リヤカーを引っ張っている。
「…おふくろ、それは?」
「見ての通り、台車だよ。引っこ抜いた雑草を持って行かなきゃならないからね」
「…持って行く……?」
いったいどこにだ。ハンスが首を傾げていると、ポールも作業を中断してやって来た。
息の根を止めた後の、葉がくったり脱力した手近なマンドラゴラをおもむろに左手で掴み、ズボッと引き抜く。
「処理したマンドラゴラは、引き抜いてこの台車に積む。ウチでも使うが、大半はガイのところへ持って行く」
「え」
ガイはポールと同年代のご近所さんだ。畑も少しやっているが、主に養豚と養鶏で生計を立てている。
そこに持って行くということは──
「……ええと、畜舎の敷きワラ代わりにでもするのか?」
『ウチでも使う』と言っている時点でその可能性は低いと気付け。
一縷の望みを賭けたハンスの問いを、スージーが笑い飛ばした。
「そんなわけないだろ! マンドラゴラは、家畜のエサにするんだよ。牛も豚も鶏も、みーんな好物なのさ。ニンジンに似てるし、甘いんだろうね」
(いやそれは絶対にない)
街に居た頃ハンスが口にした、マンドラゴラを材料に使った痛み止めは滅茶苦茶苦かった。しかし実際に食べて検証する気にはなれない。何せ相手は魔物である。
──そこまで考えてふと気づく。
家畜がマンドラゴラを食べる。その家畜を人間が食べる。
この村の家畜は地産地消、大半が村内で消費されている。つまり──
「……オレら、間接的にマンドラゴラ食ってたのか!?」
今朝出て来た『とっておきのベーコン』は、どう考えてもガイのところの豚肉が材料だ。
ハンスが悲鳴を上げると、ポールとスージーは顔を見合わせた。
「…そういえば、そうだね」
「うむ」
「何でそんなに冷静なんだよ!? 魔物だぞ!? これ!」
緊急時に飲む薬とはわけが違う。ハンスは台車に置かれたマンドラゴラを指差して必死に叫ぶが、ポールとスージーの反応は鈍かった。
「そうは言ってもねえ…」
スージーが小首を傾げて畑を見渡す。
「これだけの数を森に捨てるわけにもいかないだろう? 魔物の死体には魔物が寄って来るって言うじゃないか」
「あっ」
言われてハンスは思い出した。
ユグドラの街で大量発生したデスイーター。あれはまさに、他の魔物の死体を食い漁って生きている。
食料が足りなくなると、死体以外──野菜や弱った家畜などにも襲い掛かる魔物だ。
主に洞窟や洞穴を住処にしているが、当然、森の中にも居る。
この畑に生えているマンドラゴラを全て駆除して森に捨てたらどうなるか…想像には難くない。
まず間違いなくデスイーターが殺到し、ついでに近所の畑にも殺到するだろう。
どう考えても、それはまずい。
「じゃ、じゃあ燃やして埋めるとか…」
ハンスは何とか代案を提示するが、言っているうちに言葉が尻すぼみになって行く。
「それは…難しいねえ…」
スージーが苦笑いした。
答えは一つ──とても、面倒臭い。
(普通魔物を討伐したら、討伐証明部位以外はそうやって処理してんだけどな…)
ハンスは内心で呻いた。
冒険者が魔物を討伐した場合、その証明として魔物の身体の一部を切り取り、ギルドに提出する。
それ以外の部分はその場で灰になるまで焼却して土に埋めるのが原則だ。火魔法使いが居ないなどの理由で高火力の火が用意できない場合は、簡単に掘り起こせないようにかなり深い位置に埋める必要がある。
稀に『死体を丸ごと回収するように』と指定される依頼もあるが、基本的には『魔物の死体は残さない』──それが冒険者の鉄則だった。
とはいえ、この量のマンドラゴラを処理するとなると、どう考えても絶対に面倒臭い。
そもそもハンスもポールもスージーも火魔法は使えないし、ハンスが持っている火が出せる魔法道具では流石に火力が足りない。恐らく焼いている途中で火の魔石の魔力が切れる。
かと言って、デスイーターが嗅ぎ付けられない程度の深さまで、この量のマンドラゴラを埋められるほど大きい穴を掘るのは重労働だ。
「あー…うん、分かった」
頭をガシガシと掻いて、ハンスは頷いた。
「一番手っ取り早くて利益にもなる処分方法が『家畜のエサにする』なんだな」
思考を放棄するのが早い。
「そういうことだ」
ポールが重々しく頷くと、スージーが苦笑して畑を見渡した。
「今回もかなり多いみたいだねえ…ガイが喜びそうだ」
曰く、マンドラゴラを食べさせた家畜はみんな体格が良くなり、病気にも罹りにくくなるそうだ。あと、肉の味が格段に良くなる。
(………肉の味……)
それは家畜の肉にマンドラゴラの成分が入っているからなのか──ハンスは一瞬頭に浮かんだ疑問を、即座に思考の奥底に押し込めた。
蛇足な豆知識:『食べたものの成分が肉に反映される』という現象は、実際に豚などで起こるそうです。




