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兼業農家冒険者のスローライフ(?)な日々~農業滅茶苦茶キツいんだけど、誰にクレーム入れたらいい?~  作者: 晩夏ノ空


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104/110

104 進展などない。


 時が止まる。



「……」


《……》



 見詰め合うこと暫し。



「…………へ?」



 リンの目が大きく見開かれ、顎がかくんと落ちた。メリーさんがフンと溜息をついて、リンの足を固定していた体毛を解く。


 リンは視線をハンスとモクレンに固定したまま、ストンと地面に降りた。

 一人と一匹をじーっと、穴が開きそうなほどじーっと見詰めた後、


「……ハンス、さん?」

「おう」

「と、モクレン?」

《よっ! さっきぶりだなリン!》


 ハンスが頷き、モクレンが陽気に前脚を掲げると──リンはへなへなとその場にへたり込んだ。



「だ、大丈夫か!?」


「…………よ…」



 ハンスが慌てて駆け寄ると、リンはその目に涙を溜めて呻く。



「よ゛がっだ……!!」



 言った瞬間、ぼろぼろと涙が零れた。

 ハンスが伸ばした腕を掴み、ハンスとモクレンを交互に見遣って、


「怪我してない、ですか?」

「お、おう」

《まー死にかけたけどなー》

「死に…っ!?」

「オイこらモクレン!」

《あー言葉のあやだ言葉のあや! このオレサマがそう簡単にどーにかなるわけないだろ!?》


 リンが激しく動揺し、モクレンが慌てて付け足す。

 黙って様子を見ていたメリーさんが、呆れ返った様子で短く鳴いた。


 ──ベエ。





「…取り乱してすみませんでした…」


 その後何とか落ち着きを取り戻したリンは、真っ赤な目をしたままハンスとモクレンに向かって頭を下げた。


 目だけではなく、実は顔も耳も赤い。

 冒険者としての目標、かつ憧れの人であるハンスの前で醜態(しゅうたい)を晒したことを心の底から恥じているのだ。


 もっとも、謝罪された本人はそんなこと欠片も気付いていない。


「まあ気にすんな。それだけ必死だったってことだろ? ありがとよ」

「は、はいっ!」


 笑って言うハンスに、リンが嬉しそうに頷く。

 メリーさんの頭の上に乗ったモクレンは、大層深刻な顔でぼそりと呟いた。


《…なあ、この2人進展の余地があると思うか?》

 ──ベェ。


 メリーさんが平坦な目でそっと首を横に振る。


 それはそれは残念な生き物を見る目で見守られていることに気付かず、ハンスはリンに話を振った。


「オレらが落ちた後、リンたちはどうしたんだ?」

「すぐに洞窟を出て、ギルド長に知らせに行きました」


 トラブルが発生したらギルドに一報を入れるルールがあるし、周辺の探索を行っていたエセルバートならばハンスが落下した先に心当たりがあるかも知れない、と判断したためだという。

 存外冷静に対処したんだなとハンスが感心していると、リンは恥ずかしそうに苦笑した。


「そう判断したのはアルビレオで、私はロープを使って穴を降下しようとしてたんですけどね」

「あー…それはアルビレオの年の功ってやつだな」


 実際、落下時間を考えると手持ちのロープ程度で地底湖まで降下するのはまず無理だ。

 よしんばロープの長さが足りたとしても、降下した人間は途中で水の魔素の濃さに耐え切れなくなるだろう。

 ハンスとモクレンは一気に落下し、体調が悪化し切る前にエーギルのウロコを与えられたから命拾いしたのだ。本当に運が良かった。


「それで、改めてギルド長から指示があって、アルビレオとゲルダは例の洞窟より低いところにある洞穴の調査、私はユグドラ支部に助っ人を呼びに行くように──って…」


 言っているうちに、リンはハッと目を見開いた。


「大変! みんなに知らせに行かないと、山狩りが始まっちゃう!」

「オイ待て何だ山狩りって」


 いきなり不穏な単語が出てきた。ハンスが半眼で訊くと、リンは慌てた様子で応じる。


「下エーギル村のみなさんがハンスさんとモクレンの捜索を手伝ってくださってるんですけど…」


 なお上エーギル村の面々も捜索に加わろうとしたが、『体調を整えるのが先です! 万全ではない状態で無理をして、遭難でもしたら余計な手間が増えるだけでしょう!』とトレドに叱られて断念した。


「…で、捜索範囲を広げるのに闇雲に村の外に出るのは危険だから、いっぺん周囲の魔物を()()()()()って話に」

「なんでそうなる!?」


 思わず叫んで村の住民たちの顔を思い浮かべ──ハンスはスン…と納得した。


(…いや、下エーギル村の連中だったら、やる)


 ワイルドベアを素手で始末した実績のある父ポールに、伐採した大木を軽々と運ぶジョンとその父親。

 成体の豚を笑顔で小脇に抱えるガイに、ワイルドベアより強いというメリーさん率いるハイランドシープの群れ。魔法に長けたケットシーたち。


 他の住民も当たり前に農具でワイルドベアを始末できるというし、その気になったら周辺の魔物を一掃するくらい簡単にやってのけるだろう。


(…実は対魔物の総戦力で言ったら、ユグドラ支部の冒険者連中より上なんじゃないか…?)


 うすら寒いものを感じつつも、ハンスは思考を軌道修正する。

 いくらやれそうでも、ハンスが無事である以上、山狩りなどしなくていい。


「あーくそ…そいつは、早く戻らなくちゃいけねぇな」

「ですね」

 ──ベエ。

《メリーさんが『足』を貸してくれるってよ。とりあえず乗れ、下エーギル村に戻るぞ、ってさ》


 メリーさんの頭の上で、モクレンがきらりと目を輝かせる。


「助かる!」


 ハンスがメリーさんの背に飛び乗ると、すぐにリンも続いた。

 ハンスの後ろ、少し間を開けて座ろうとするのを、メリーさんが体毛を操り無理矢理ハンスの背中にくっつける。


「きゃ…!?」

 ベエ。

《あー、バランスが悪いからしっかりくっついてろってよ》


 モクレンが呆れ混じりに解説する。

 ハンスは特に疑問も持たずに頷いた。


「そうか。──リン、オレの胴体に腕を回してしっかり掴まっとけ」

「は、はい…!」


 リンは赤くなりながらハンスに密着したが、当然、その表情はハンスには見えず。


「メリーさん、頼む!」

 ベエ!



《……ダメだこりゃ》



 走り出すメリーさんの頭の上、前を見据えてイカ耳になるモクレンの呟きは、誰の耳にも残らなかった。








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