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まるで生まれ変わり  作者: 用心深史
第一章
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第9話 ごめん

 

 「寝ちゃったのか?」


 またしてもシャッターの中からは返事はない。


「困ったな」


 薬局のシャッターの鍵は中からしか閉めれないので、中からの返事がない以上ここに止まっていても仕方ない。そうとなれば早速店の裏手に回る。最初に来た時に勝手口があるのは知っていたのでそれも調べる。


「ダメか……」


 当然のように鍵がかかっていた。万事休すかとおもうが、ふと横を見ると薬局の窓が開いていた。薬局に初めて来た時に見落としていたらしい。人1人ギリギリ通れそうな窓の中を覗いてみるとどうやらトイレにつながっているようだ。トイレのドアは空いていて中を覗くことはできるが、明かりがない為さっぱり様子はわからない。


 そうしていると中から人の息遣いが聞こえる。やはり梨沙は寝ているようだ。起こすのも悪いし、トイレの窓から入っていくことにする。

 何とか頭を下げて体を捩じ込むようにして入る。トイレの便座に足を乗せて何とかバランスを取ることができた。そのまま足まで建物の中に入った。

 声をかけることはしなかった。睡眠を邪魔するのは悪いから。


 そんなことを考えていると、鉄のような匂いが鼻につく。

「冗談だろ」

 最初に薬局に来た時にはこんな匂いはしなかった。つまりこの原因が発生したのは確実に俺が物資調達に向かった後のことになる。

 冷や汗が止まらない。この状況で考えられるのは一つしかない。この中に感染者がいる。ポケットからナイフを取り出して、刃を引き出す。戦うためにバットでも探しておけばよかったとも思うが、この狭い薬局で戦うには無駄になっただろう。それにしても感染者相手に刃渡5センチのナイフとは随分と心許なかった。大変暗いが懐中電灯をつけることはしなかった。もし感染者が複数いた場合に一斉に襲い掛かられるのを防ぐためだ。自分自身でも妙に落ち着いていると思った。

 トイレは薬局のレジの裏にある廊下に面しているため少し売り場とは離れている。足音を立てずに屈んでレジまでゆっくり移動する。どうやら息遣いは売り場のどこかから聞こえてくるようだ。レジの横のアルコールスプレーをとって売り場の方へ投げる。固いものの落下音は息遣いしか聞こえない暗闇に随分と響いた。

 すぐに感染者と思われる影が落ちた地点へと走ってくる。どうやら背丈はあまり高くなく、小学生ほどのようだ。成人男性だったら力負けしてしまうかもしれないが、感染者とはいえ子供なら勝てる確率は上がる。

 それに他の音は聞こえないことからどうやら感染者は一体のみのようだ。そうと分かれば足音を消しながら近づいていく。都合の良いことに感染者はこちらに背を向けていた。一歩一歩踏み出すたびに息をする音がはっきりと聞こえる。

 後ろから感染者に飛びかかって体重を使って取り押さえる。そして相手が状況を把握する前に後頭部からナイフを差し込む。これすればきっと一番安全に処理できる。人を殺すことはしたことがないが、奴らは人間ではなく感染者だ。躊躇する必要はない。そう自分に言い聞かせる。


 奴の真後ろに迫る。一回音を立てずに大きく深呼吸した後、飛びかかる。無事に床に押さえつけることができた。だが、暴れ方が凄まじく、長く抑えていることはできなさそうだった。

 髪の毛ごと頭を左手で押さえつけ、右手で後頭部の頭蓋骨のない部分にナイフを突き刺した。鈍く緩い感覚が手に伝わる。その瞬間感染者の体がビクッと硬直し、すぐに脱力したように地に伏す。奴らも人間の体で動いている以上脊髄や脳を損傷しては動けないのだろう。ナイフを無理やり引き抜くと、刃の部分が折れて丸ごと首の中に残った。やはり耐久力はないようだった。

 一気に緊張感が抜ける。さっきから手は震えっぱなしだし、息だって荒い。ふと死体を眺めてみると既視感を覚える。

「まさか……」


 その死体は避難所の体育館で見かけたあの少女――――見捨てた――――少女のものだった。

 思わず吐いた。ただでさえ少なかった胃の中身が全てぶちまけられる。あらかた吐き終えた後、急に疲れがやってきた。今すぐにでも眠りたい。だがまだやることがある。


「梨花、いるか?」


 きっと怯えているのだろう。隠れているらしい梨花からの返事はない。


「もう安全だから出てきて大丈夫だ」


 またもや返事はない。何かあったのだろうか。薬局内にはいるはずなので探すことにする。するとすぐに商品棚の陰に人のようなシルエットが見つかる。

「こんなところにいたのか」


 そこでは梨花が棚にもたれかかって座っているようだった。


「いるなら返事し……」


 息はしていなかった。身体中血まみれで顔は恐怖で引き攣ったまま硬直している。おそらく最初に首をやられたのだろう。首が念入りに食いつぶされていた。その光景にまたもや吐き気を覚えた。だが胃の中は空っぽで、嗚咽のようなものばかりが口から出る。涙と鼻水が混じったものが地面にシミを作っていた。


「どうしてこんなことに」


 もちろんこうなっていることも予測はしていた。だが無意識に考えないようにしていた。だって梨花はいつも元気でこんな風になるなんて想像もできなかった。こうなった原因は何だ。


「俺だ……」


 もしも避難所にいた時にあの少女を助けていればこんなことにはならなかった。俺にもう少し勇気があれば。それに梨花を信頼せず、邪魔だと思ってここに置いていったのも俺だ。

 つまり俺が悪い。俺のせいで梨花は死んだ。いや、俺が殺した。


「ごめん……」


 しばらくは体を丸めたまま動くことができなかった。

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