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まるで生まれ変わり  作者: 用心深史
第一章
11/14

第11話 日常


 「あった」


 地図帳を見つけた三ツ谷はそう呟く。最近は独り言も増えている気がする。


 梨花が死んでからすでに一ヶ月が経っていた。あれからも北上を続けていたが、本格的に冬になれば移動は厳しくなる。そのためこれから先の地形をよく把握してしておく必要があった。

 三ツ谷が今いるのは路地に面した個人経営の小さな書店である。こじんまりとした店舗内では大量の本が所狭しと並んでいた。図書館で探すという手もあったが、どこも広大な面積を誇っていて安全性を確保できなかったためこういった小型の店舗を探していたのだ。

 地図帳を開いて現在地を確認する。学校の授業で習った記号がこんなところで役に立つとは思わなかった。ふと地理の授業をしていたさえないおっさんの顔を思い出す。授業がつまらないと友達と話していた日々が懐かしくもあり寂しくもある。もう二度と戻ることはないのだろう。

 地図帳のついでに書店の中を物色していく。人の手が入らなくなっていた書店のあちこちに薄く埃が積もっている。その中に派手色が表紙の雑誌のようなものを見つける。手にとって誇りを払うと、どうやら観光用の雑誌のようなものだった。中を見るとここら辺の観光スポットや店などが見出し付きで並んでいる。パラパラめくっていると、ある見出しに目が止まる。


「アウトドア用品専門店」


 そこには様々なアウトドア用品や、ミリタリーグッズが販売してあるらしい。見たところかなり大きな店みたいだ。

 北に向けて移動している間に三ツ谷は民家を転々としてきた。そのおかげで日用品や食料などはギリギリ足りていたが、北に進むにつれてそのような民家は減っていった。荒らされていたり、中に感染者がいることが多くなったのだ。


 三ツ谷は雑誌のページをめくりながら、目を細めた。観光地や店舗の情報が少しでも役に立つかもしれないと考えたのだ。アウトドア用品店の名前を心に刻みつつ、地図帳を再び開いて、北に進んでいく道筋を確認する。


「他に何か使えるものは……」


そう呟き、店内をさらに見回す。無造作に積まれた本や雑誌、棚に並べられた商品が時折、薄暗い空間の中で静かな影を作り出していた。外から聞こえる風の音と、自分の足音が不安を募らせる。


ふと、背後で微かな音がした。三ツ谷は反射的に振り向くが、そこには誰もいない。冷や汗が背中を流れる。しばらくそのまま動けずにいたが、やがて心を落ち着けて移動の準備を始める。


「気のせいだろう」と、自分に言い聞かせながら。


 店の裏口から外に出て、足を進める。冷たい風が吹いている。


 通りを歩いているとガラスを踏んだような音が聞こえる。大通りに面した店の中に感染者がいるようだ。なるべく戦闘は避けたいので、路地を探すがそちらもそちらで視界が悪く、とても使う気にはなれない。


「仕方ないか……」


そう言いながらリュックの横にくくりつけていたバールを取り出す。これまでの移動で感染者の対処は心得ていた。


 感染者のいるらしき店の前にはガラスが散乱しており、こびりついた血痕がそこであった惨劇を物語っていた。

ゆっくり中を覗き込むと、一つの人影が見える。来ているスーツは半分以上なくなっており、右手は裂けてぶら下がった状態になっている。

 感染者はこちらに背を向けてまるで死んだように突っ立っている。依然油断できない状況ではあるが、音を立てずに通り過ぎれば戦闘を回避することはできそうだ。


 三ツ谷は屈んで足元に細心の注意を払いながらゆっくりと店の前を横切る。ようやく半ばまで来た時に、一際強い風が吹く。それによって窓枠に残っていたガラス片が床に落下し、耳障りな音を立てる。


 その瞬間不気味なほど静かだった感染者が急に動きを変えてこちら顔を向ける。その目は虚だった。

 感染者が奇声を上げて、こちらに向かってくる。足元のガラスを撒き散らしながら少しずつ、でも確実に進んでくる。


 覚悟は決まった。間合いに来たら相手の頭にバールを叩きつけてすぐに逃げる。たとえ殺せなくても脳震盪を起こせば追いかけて来れなくなる。いくら化け物とはいえ人間の体を使っているのだ。


 そして感染者が殴りやすい位置に来た時に振りかぶっていた鈍器を振り下ろす。叩きつけたのはバールのカーブ状になっている部分だ。尖った部分だとめり込んで抜けなくなったり頭蓋骨に弾かれたりして危険になる。


 頭に打撃を受けた感染者は瞬時に地面に向かって倒れ込む。そして三ツ谷の足を掴んでこちらに這いずってこようとする。そこに三ツ谷は何度も何度もバールを叩きつける。しばらくして動かなくなるのを確認すると周りを見渡す。まだ感染者はやってきていないようだ。視界には荒れ果てた街のみが入る。


 急いでその場を離れようとした時、静かだった街の静寂を切り開くかのように轟音が鳴り響く。


「これは……銃声?」

 

 前に避難所で聞いたものに似ている気がする。音の出所はわからないがここからは離れているようだ。これはチャンスだ。この街にいる感染者は今頃発砲音に夢中だ。その隙に動けば安全に物資を調達できるかもしれない。


 そう考えて、三ツ谷は感染者に警戒しながら用品店に向かって歩き始めた。

 

 


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