絶対、復讐します。文句はギャルにお願いします。
未完で下書きにあったものを、なんとか書き上げました。
初めと終わりで温度差ありますが、笑ってもらえると嬉しいです。
どうしても叶えたいことのために、私は私に差し出せる対価を支払った。何かを得るには、何かを差し出さないといけないから。
人に理解してもらおうとは思わない。私は、私のために、決めた。
だからこの選択に後悔なんて一欠片もない。
「……たすけて」
帰宅途中、一人で歩いていると、助けを求める声が聞こえた。それは小さくて、けれどどこか切羽詰まったような声。
思わず辺りを見渡せば、今度はさっきよりもはっきりと聞こえた。
「たすけて」
ふとそちらへ顔を向ければ、道端の壁に、ぽっかりと穴が開いている。
そう、穴。真っ黒い、穴。
明らかに怪しい。けれどもどうやら、声はそこから聞こえるらしい。
三秒だけ考えて、躊躇いながらも近づく。正直不安しかないけど、助けを求める声を無視するのも、目覚めが悪い。
じりじりと近づけば、そのぽっかりとした穴は、どういう原理なのか、大きく広がっていくような気がする。遠近法バグってんのか?
縁がボヤけるでもなく、ただ黒々とした穴がぽっかりと口を開けているという現象は、どうにも現実離れしている。
おかしくない? どういう原理なの?
「たすけて」
三度目の助けを求める声は、やはりこの穴から聞こえるらしい。考えるまでもなく、ヤバい。百人に聞けば百人がヤバいとか関わりたくないとか答えるレベル。
しかしこの現象に直面している私は、幸か不幸か、連日の労働で正常な判断ができない状態だった。
つまり、である。
とりあえず、何やら助けを求める者が居ると思われる穴に、手を突っ込んだ。
あとは、まぁ。言うまでもなく。どんな原理かさっぱりわからないが、驚くような力でもって向こう側へ引きずり込まれ、真っ黒いどこかへ真っ逆さまに落ちることになった。
ここで今更だが私について説明しておこうと思う。
のっけからヤバい行動を取っていると今になればわかるが、悲しいかなこのときの私は、本当に疲れていた。
二十五連勤していたと言えばご理解いただけるだろうか?
驚くくらいに立派な漆黒企業で馬車馬の如く働いていた私には、正常な判断なんて夢のまた夢だった。
私はどこにでも居るような、ごくありふれた平凡な女だ。
一度も染めたことのない真っ黒いミディアムボブは、よくこけしと呼びかけられた。辛うじて二重で焦げ茶の目。十人が見て十人、平凡だと呼称する顔立ち。
せめて母に似ていれば、もう少し可愛いとか褒められることがあったかもしれない。だが残念なことに、私は平凡顔の父に似ているそうだ。
身長だけは母譲りで、小さめである。そこは身長も父に似てモデル体型になりたかった。
物心がつく頃に父が亡くなり、母と二人で生きてきた。母は父の分まで目一杯の愛情を注いでくれたから、寂しいと思うことはあまりなかった。たぶん、普通よりマザコンな自覚はある。
私が高校二年の秋、女手一つで私を育ててくれていた母が倒れた。最初はただの過労だと言われた。
だけどいつまでも回復しないのはおかしいとあちこちの病院を回った結果、最悪な事実を突きつけられた。
治療法の無い難病だった。できることは痛みを和らげることだけ。母の寝たきり生活が始まった。
入院費だってタダではない。私は学校の時間以外を全てバイトに費やし、必要なお金を稼いだ。本当は学校も辞めようと思ったのだけど、母に高校だけは出てくれと泣かれたら辞めるわけにいかなかった。
はっきりとした余命宣告はなかったけれど、なんとなく、いつ死んでもおかしくないんだろうなと思った。できることが無いということは、良くはならないんだから。
でもそれが良かったのかも知れない。タイムリミットを切られてしまえば、私はおかしくなってしまっただろう。
毎日学校、バイト、病院を行き来した。正直ヘトヘトだったが、成績が落ちたら母が心配すると思って、必死に勉強もした。
成績はそれなりに優秀だったから、学校からは進学を薦められたが、断った。
そこそこの進学校で進学しないのはたぶん史上初だったんじゃないかな。担任だけでなく学年主任や進路指導の先生までが私と面談した。もちろん全部断った。みんなすごい顔してた。
進学校から就職先の案内が貰えるわけもなく、いろんな求人情報を集めて必死に就活した。クラスメイトからは嘲りと同情が八対ニくらいで見られた。仕方ない。
特進クラスで就活してれば、そうなる。母が倒れてからは忙しすぎて、ただでさえ少なかった友達も居なくなったし。
話が逸れた。
そう、就活を頑張ったので、私はなんとか、高卒で就職した。しかしまぁ、世間は甘くなかった。こちらが先程述べた、純黒企業様である。
休憩? なにそれしないと死ぬの? 死なない? じゃあ必要ないよね?
と先輩に言われたとき、私は「あ、ミスったわ」と思ったわけであるが、全ては後の祭り。
新人は誰より早く来て遅く帰れ、休日は都市伝説、休むから仕事が終わらないんだからずっと会社に居ろ!! とスローガンを掲げていらっしゃる会社だった。
普通に考えてやべー会社であるが、最悪なことに給料はちゃんと出たので、辞めるに辞められなかったのだ。
私はこれといった趣味もなかったし、休みが無くても母の見舞いさえできれば良いかと、なんとなくズルズル続いてしまったのである。
その結果が、これ。
「旅人様、どうか魔王を斃してください」
カラフルな頭の人たちが、私に頭を下げてよくわからないことを託してくる。普通に困る。とりあえず低頭するのをやめてほしい。誰も目が合わない。
なんとか話を聞いてくれそうな人……と見回して、頭を下げてないのはどうやら高貴な身分の人っぽくて諦めた。目を合わせたら不敬罪で捕まりそう。
目を合わせないぎりぎりで観察したけど、やっぱり高貴っぽい人以外は低頭してて話すらできない。
え、どうしよう。魔王とか言ってるけど、まじ? ファンタジー的なあれ?
でもあのすごい高そうな椅子に座ってる人、言われなくてもなんかこう……高貴なオーラみたいなもの出てるから、ひょっとすると……ひょっとするのでは???
てか、旅人ってなに。
マジで意味わかんないし勝手にとんでもなく高難易度な目標託さないでください、と口から飛び出す前に、私の意識はブラックアウトした。仕方ない。
なんせ二十五連勤明けだからね!
で、気づいたら私は魔王を斃す勇者になってた。おかしいな……私は了承してないんだけどな。
あれよあれよと言う間に祀り上げられ、勇者として叩き出……送り出された。
ひどすぎない? ちゃんとした説明もなかった。
これはそもそも契約は締結してないのでは? 私がバックレても契約不履行にはならないのでは?
なーんて思うも、悲しいかな、言われたら従ってしまう社畜の定め。お願いされたら断れない、みたいなあれ。自分より立場が上っぽい人からの指示には粛々と従う社畜つらい。
「勇者様、我々がお支えします!」
そう言って私と共に旅立ったメンバーは四人。プリーストとメイジに、パラディンとレンジャー。
なんと私にも仲間ができたのだ。やったね!
……なーんて言うと思ったか! バーカ!! 全然嬉しくない!!!
どこからどう見ても私の見張りです、お疲れ様です。
パーティーとしてはバランスが良いんだろうけど、こうなると私の勇者というジョブ、よくわからない。
いや、たぶん前衛だと思うんだよ。なんか一応、勇者の剣とやらを持たされたので。え、これで戦う……んだよね?
まさか掲げるだけで勇者パワーみたいなのが……出ないんだろうなぁ。
一切、何も説明されてないから、本当に何一つわからない。私の働いてる会社と同じ臭いがする!
これは……漆黒業務の臭いだ!!
話が逸れた。
そう、だからつまり、私は勇者と呼ばれてるけど、その勇者が何をすべきなのか、さっぱりわからないのである。
最初に言われた「魔王を斃して」というのも、フワっとしてて、こう……もっと具体的に説明してほしかったな。
魔王とは? って感じ。
ただ、私はよくわかってなくても、パーティーメンバーたちが指示……指導してくれた。いやこれ私要る? と思う場面は少なくなかった。
曰く、魔物は人を害する悪しき者であるからして、滅すべきであるとか。
曰く、魔王は魔物を統べる悪しき者の頂点であるから、滅ぼさねばならないとか。
とってもファンタジーだった。私はそのために勇者として召喚されたらしい。普通に誘拐じゃない? と思ったけど、もう旅立ったあとなので文句も言えない。
卑怯すぎない? 絶対私に文句言わせないためにさっさと追い出したでしょ。許せない!
パーティーメンバーたちがさくさくと魔物を片付けるのを見ながら、果たして魔物とは動物と何が違うのかと遠い目になってしまった私はたぶん、勇者失格なんだろう。
ときどき、勇者の剣を振るえと強要される場面があった。一般市民にいきなりバトルしろとか、無茶振りにも程があると思う。
私の目の前に押さえつけられた魔物は、少し見た目が禍々しいだけの、ただの動物に見えた。
いきなり剣を振るえと言われて戸惑う私を、メンバーたちは罵りながら断首を促した。
怖くて、不安で、何一つわからないまま、私は言われた通りに魔物の首を落とした。肉を、骨を断つ感触が、ずっと手に残っている。
「さすが勇者様です」
「魔物は全て殺さねばなりません」
「やつらは我々と違う化け物ですよ」
血塗れで気分の悪い私に、笑顔でそんな声をかけるメンバーたちの方が、よっぽど化け物だと思った。
戦って、吐いて、旅をして、戦って、吐いて……繰り返すうちに、自分も化け物の仲間入りしたように思えて、死にたくなった。
母が倒れても、友達が居なくても、二十五連勤しても、死にたいと思ったことはない私が、である。
これは由々しき事態だな、とぼんやり思った。
私は私と共に旅をするメンバーがいつまでも好きになれないどころか大嫌いになったが、メイジだけはなんとなく、嫌いになれなかった。
というのも、メイジなのにフィジカルめちゃくちゃ強そうなのである。
ムキムキのパラディンに負けないくらい、ゴリラみたいなメイジだった。
そんなゴリメイジ(ゴリラなメイジの略)だが、彼の心は乙女だったのである。そう、乙男だ。
ゴリムキマッチョであるが、恐らくオーダーメイドと思われる、フリッフリなファッションがピチピチ……失礼、ピッタリだった。
すんごい強面でゴリラだけど、ファッションセンスはヒラヒラでフリフリ。色味もパステルカラーで可愛らしい感じ。強面ゴリラだけど。
いや、外見で判断するのは良くない。好きな服を着るのは別に、悪いことじゃない。ただ、少し……ほんの少しだけ、メイジって職業的にこんなカラフルな服着るか? とは思ったけど。
あとメイジというよりウォリアーっぽいと思った。……ほんのちょっとだけね!
そんなゴリメイジオトメンな彼は、大柄で強面ながらも、魔術の腕はピカイチだった。
いや、私は魔術とか詳しいことはわからないけど。でも凄腕なんだろうなと実感するくらいには、私を助けてくれる、強くて頼りがいのあるメイジだ。
プリーストも神聖魔法では右に出るものは居ないと胸を張っていたが、自称なのと比較対象が居ないのがどうにも胡散臭い。
パラディンは国一番の聖騎士の称号を〜とか言ってたけど、その基準だとあんまり強そうじゃないなと思ったし。
レンジャーだって歴代最強を語っていたが、その歴史ってどのくらい古いの? と思ってしまうくらいには不安があった。
メイジだけが、いつだって私を助けてくれた。
私に襲い掛かる魔物を追い払い、罠にかかった私を救い、呪われた私の解呪をしてくれた。
……あれ? メイジ以外の存在意義とは? ぶっちゃけ私の旅を支えてくれてるの、メイジじゃね? むしろメイジ以外は何もしてなくね?
男四人に囲まれて、気詰まりする私の心を軽くしてくれたのも、メイジだ。
だってオトメンだから! 安心感が段違い!
こうして考えると、本当に、パーティーメンバーとは? って感じだな。バランスではメンタル保てないんだよな。気遣いとか寄り添いが必要なんだよ、こちとら誘拐された異世界人たぞ! もっと大切にして!!
話が逸れた。
だから、そう。私が勇者として旅を続けられたのは、偏にメイジの存在が大きい。寡黙であまり話すタイプではないけれど、私だってベラベラ喋るタイプじゃないから、沈黙も苦痛じゃない。
むしろレンジャーみたいにずっと喋り続ける男が居るストレスがヤバい。メンバーを苛つかせる天才とも呼べる。普通に嫌すぎる。
魔物に剣を振るい、情緒不安定になって吐き戻す私に寄り添ってくれたのも、メイジだ。
何も言わず、ただ背中を擦ってくれる存在が、どれだけ心強いことか。吐くものがなくなったら、口を濯ぐ水を差し出してくれる手の、温かさときたら。
私に剣を振るわせるくせに、その後はなんだかんだ面倒を見てくれるから、嫌いになりきれない。
あ、もちろんメイジ以外のメンバーは大っ嫌い! 私がメイジなら呪いまくってるレベル!!
メンバーの中でも、なんとなく、薄っすらとではあるけど、階級のようなものを感じる部分があったので、たぶんそういうことなんだと思う。
はっきりと言われたわけではないから、あくまでも推測の域を出ないけど、たぶん、あながち間違いじゃないはず。
プリーストはびっくりするくらい頭が高いし、パラディンもレンジャーも、プリーストのことは敬ってるっぽい言動が多かった。
傍から見た印象での身分でいうと、プリーストの次がパラディンで、レンジャーは一番身分が低そうだけど、なぜか一番蔑ろにされがちなのは、メイジだった。
一番下っ端らしいレンジャーにも軽んじられてる様子は、見ていて気分の良いものじゃない。理由はよくわからないけど、明らかに嘲笑されてたりするのは、普通にモヤる。
でも、身分としてはメイジ、たぶんそんな低くないと思うんだよね。パラディンもメイジには敬語だし、プリーストも嫌そうではあるけど、一応、頭が高いなりに敬意を払ってるっぽいし。
レンジャー? たぶんそういった些細な違いがわからない男なんだろう。
とにかく、身分は低くないだろうに、なぜかメンバーたちから侮られてるメイジは、けれど文句を言うでもなく、言われたら粛々と従っているのが不思議だ。
なんならご自慢の筋肉で(物理的に)黙らせることもできるだろうに、反抗どころか、反論している場面すら見たことない。私から見てるだけでも、結構理不尽な言いがかりをつけられている場面ですら、言い返すこともなく、言われた通りにしている。
何かとんでもない弱みでも握られてるんだろうか?
反抗も反論もせず、ただ静かに従うメイジの様子を見ながら、プリーストたちは馬鹿にしたように笑うのだ。私はそれが、なんとなく、非常に、腹立たしい。
そりゃあ、メイジっぽくない服装かもしれないけど、死ぬかもしれない旅路くらい、好きな服着てモチベ上げていきたいだろ。私だってもう少しくらい可愛い服が着たいと思うんだから、メイジの気持ちは(推測でしかないけど)すごくよくわかる。
いいじゃん、可愛い服。パステルカラーって気持ちアガるじゃん。フリルとレースで和むじゃん。
これは別に、メイジ擁護とかではない。違うったら違うのだ。
気になりつつも、恐らくプライベート(と思われる)ことを踏み込んで良いものか躊躇った私は、小さな疑問を抱えたまま、ついに魔王城へ辿り着いてしまった。
……そう、辿り着いてしまったのである!!
いやあの、別にね、あっさり着いたわけじゃないよ、ほんと。めちゃくちゃ苦労して旅しました、マジで。
でもほらメンバーがもう、アレじゃん? 思い出したくもないっていうか、ね。つらすぎて覚えてないし、人間、限界までストレスかかると記憶にモヤがかかるみたい。
プリーストたちが真剣な顔で私を見つめる。正直、こっち見ないでほしい。
「勇者様、頼りにしております」
うるせ〜〜!! 何を頼るんだよふざけんなバーカ! 一般人を誘拐しといて何でも押し付けてんじゃねーぞこのやろーー!!!
……という内心は飲み込んでおいて、私は小さく顎を引いておいた。
これは相手の解釈に委ねることによってどちらとも取れる行動の一つで、明言を避けつつ衝突まで回避できる優れもの。
ここで肯定すると失敗したときに非難轟々だし、否定したとしてもまぁ非難轟々だからだ。どちらにしても非難轟々を避けられないなんて……むしろ相手に問題があるのではないだろうか?
ふと逸らした目線の先にメイジが居て、いつものフリフリに少しだけ癒やされる。ほら、パステルカラーって優しい色合いで心を軽くしてくれるし。たぶん。
メイジはどんな顔してるのかなと興味本位で目線を上げると、ばっちり目が合ってしまった。てっきりプリーストたちみたいな期待に満ちた顔をしてると思ったんだけど、意外にも彼はいつも通り仏頂面だった。
あまりにいつも通りすぎて、小さく笑いが込み上げてくる。
ここで笑うのもまた面倒くさい状況を引き起こす予感があるので、意識して違うことを考える。
例えばそう、魔王城と呼ばれてるわりに、それはどう見ても民家なこととか。
全然城じゃないのはどうしてなんだろう?
急に目の前がチカチカしてきた。明暗が点滅し、心臓が痛いくらいドキドキしている。それはまるで、何かしらの答えを得る瞬間に似ている。
なんだか無性に怖くなって、ぎゅっと強く目を瞑った。大丈夫、すぐに治まる。
だって私は、これを知ってる。
「勇者様」
プリーストたちの声に、はっと目を開く。いけない、こんなところで訝しまれるわけにいかない。
「ちょっと、立ち眩みが」
嘘ではない。目の前がチカチカしたのは事実だ。
というか、こいつらの言動嘘ばっかりなんだから、私も少しくらい嘘吐いても良くない? 何がお支えしますだよ、いつ支えてくれたのか説明してみろよ。何時何分何秒? 支えてもらった記憶なんて皆無ですけど。
どう見ても民家な魔王城のドアに手をかけ、改めて観察する。平屋作りの、わかりやすく一般的な民家だ。旅をする中で見てきた民家と、何の違いもない。
ただ少しだけ、黒っぽいオーラみたいなのが滲んでいて、禍々しさがあるなって感じ。
これも、魔物と動物の違いに似ている。だからすごく、嫌な予感がするんだよね。私は、こういったときの嫌な予感を外したことがない。
……まぁ、その嫌な予感が当たっていたとして。私がやることに変わりはないんだけど。
肺の中に残る息を吐ききってから、一思いにドアを開く。薄暗い室内には果たして予想した通り、人影がある。
「……よく来たね、と、言うべきなのかな」
魔王とか呼ばれてるわりに、穏やかで優しい声。私はこの声を知っている。
プリーストが光魔法で薄暗い部屋を照らす。ぱっと光に満ちた部屋には、よく見知った顔。
ほらね、やっぱり。嫌な予感、当たっちゃった。
視界がチカチカと点滅する。心臓はドキドキして、今度は頭痛までしてきた。
あぁ、私はこうなることを知っていたんだ。
濁流のようにいろんなことが頭に流れ込んでくる感覚に戸惑うまでもなく、暗転。意識がブラックアウトした。
「マジ困ってるんだよね〜」
それは真っ黒い穴に落ちてすぐのこと。真っ白いどこかで、私はギャルに絡まれていた。
「あーしが神なのにさ〜、マジ困る〜」
大昔の雑誌で見たような、小麦色の肌(日サロで焼いたっぽい)に金髪(ブリーチを繰り返しすぎたようで痛みが目立つ)の、どこからどう見てもギャルが、困る困ると繰り返す。
「ちょっと、聞いてる?」
「……あ、はい」
ぽかんとギャルを観察してたら、聞いてるか確認されてしまった。
いや、仕方なくない? こんなステレオタイプなギャル、初めて見たんだよ。アイシャドウのラメがキラキラしすぎてて眩しい。そんなデカいラメ、目に入らないの?
ギャルの話を要約すると、どうやらギャルは神様(は?)らしく、この世界を司っているらしい。そして他の世界の神様(はぁ?)がこの世界の人間を度々パク……もとい、誘拐してしまうことに、とても困っているらしい。
なんじゃそりゃ。
「だからさ〜、助けてほしいんだよね〜」
やたら困ると主張しているのに、この気の抜ける話し方のせいで、緊張感がない。
あまり困った感じを見受けられないんだけど……ギャルってみんなこんな感じなの?
「で、どのくらい助けてくれるかに応じて、なんでも願いを叶えちゃう……ってワケ!」
軽い。ものすっごく、軽い。
「その……なんでもというのは……」
「そりゃもう、なんでも! あーし、神だから!!」
バチバチにギャルな言葉は、悲しいくらいに軽いんだよな。今すぐコンビニで説得力を購入すべき。
「あ、もしや疑ってる? あーし神だよ? 母親の病気も寿命も、チョチョイのちょいよ?」
心臓が、止まるかと思った。私、まだ何も言ってないのに……。
「だーかーらー、あーし、神なんだから、見ればわかるんだって。まぁ、これを叶えようと思うと、それ相応に対価をもらう必要があるんだけど、ね」
「やります」
「だよね〜……え?」
「私にできることは、なんでもします。だから、母を助けてください」
最敬礼で深く頭を下げる。どうか、どうか。この願いが叶いますようにと。
「……覚悟はわかった。でもさ、さっきも言ったけど、病気と寿命をいじるってなると、かなり摂理に抵触すんの。神が個人と関わるのは問題あるわけ。わかる? つまり、グレーどころか完全にアウトなの。さすがのあーしでも危ないんだよね。だからマジで、二度とこっちに戻ることはできないと思って」
「構いません。母が助かるなら」
迷いなんて欠片もない。たった一人の家族。これからも、幸せに長生きしてほしい。
「異世界だよ? 二度と戻れないってことは、大好きな母親にも会えないんだよ?」
「それで母が助かるなら、躊躇なんてありません」
「うへ〜」
濃縮そのままの青汁を飲んだみたいな顔をしたギャルは、私を異世界に行かせたいのか、引き止めたいのか、どっちなんだろう。
めちゃくちゃ引き止めてくるじゃん。どうした?
「そりゃさ〜、困ってる人を選んだし、引き受けてくれそうな人を選んだけどさ〜。でもこんな、さっくり即決されると、心配になるじゃん〜」
キシキシしてそうな金髪を掻き上げながら、ギャルが言う。
「ちょっと〜、不敬なんですけど。キシキシまではしてません〜」
思ってることまでわかるのは、プライバシーの侵害では?
「あーし、神だから」
……考えるのをやめた。
「……それで、私は具体的に何をすれば良いのでしょう」
「あーね、まぁそう難しくはないんだけど……ちょっと杭を差してほしくて」
「それくらいなら、全然……」
「心臓に」
なんて????????????
ゆるく揺さぶられる感覚に、意識が上昇する。あぁ、そうだ。あの大勢に囲まれる前に私は、神に遭遇したんだった。
それで、取引して、こちらへ来たんだ。どうしても叶えたいと、願ったから。
そう、そうだ。取引したんだ。だから、やり遂げなくては。
目を開くと、切羽詰まったような顔をしたプリーストが、震える手で私を揺さぶっていた。うぇぇ、やだ、触らないでほしい。
理想としては、勢いをつけて腹筋だけで起き上がってみたいけど、現実的ではないので、普通に体を起こす。
「ゆ、勇者様、良かった、目が覚めたんですね」
あからさまにホっとした顔をするプリーストは、面倒事を全部私に丸投げする気しか見受けられなくて、本当に心の底からガッカリする。いや、わかってたけど。
これ以上プリーストの顔を見てるのも嫌で視線を動かすと、他のメンバーたちが魔王と思われる人物と対峙していた。
……やっぱり、夢じゃないんだよね。
どうやら魔王城と思われる民家で私が倒れた後、全面衝突のため、外へ出たようだ。鬱蒼とした森の中、ぽっかりと開いた場所はあるのはきっと、ここが最後の戦いのために存在するからだろう。
「勇者様、どうか、お力をお貸しください」
プリーストの言葉に一つ溜息を吐いてから、ゆっくり立ち上がる。面倒だけど、私は私のやるべきことを、やらなくちゃ。
パラディンとレンジャーが接近戦をしながら、メイジが魔法を撃ち込んでいる。
プリーストは私を揺さぶっていただけなの、絶対におかしいと思う。せめて何かしらの神聖魔法で補助できたんじゃないの? 無能だから無理なの?
私に治癒魔法を貰った痕跡もないし、プリーストの存在意義ってなんなんだ。プライドクソ高ナルシストか?
私が魔王の方へ歩き出すと、またも安堵の息を吐いたのを感じて、本当に不愉快。居なくても良いってレベルじゃない。居ない方が良い。今すぐ呼吸を止めてほしい。
激しい剣戟の音と爆裂の音を聞きながら、緩慢な動きで勇者の剣を抜き、パラディンと魔王の間に躍り出る。
メイジへ目線を遣れば、心得たようにパラディンとレンジャーを下げてくれた。
だから私は、心置きなく、勇者の剣を突き立てた。
地面に。
すぐに力を込めて結界を張って、私に害意を持つ者は入って来られないようにする。
透明な板の向こうで、パラディンが慌てたように駆け寄り、次いでレンジャーも驚愕の顔を隠しもせず結界を叩いている。
プリーストは呆けた顔をした後、顔を真っ赤にしながらこちらへ駆け寄り、拳で結界を殴りつけている。普段の優美さが消え失せてますよ。
声は、聞こえない。だけど、たぶん罵詈雑言を投げつけられてるんだろうと予想する。
メイジは、まるでこうなることを知っていたかのように、静かにこちらを見ていた。その顔にも、瞳にも、何の色も見受けられない。
無理やりメイジから視線を外し、傍に立っている人物へ顔を向ける。
懐かしい顔。知らず、視界が滲みそうになる。何年ぶりだろう。普通に元気そう。聞きたいことはたくさんあるのに、喉に閊えたように出てこない。
小さく唇を開き、いざ声をかけようとした瞬間、図らずも向こうから声をかけてきた。
「元気だった? 大きくなったね」
記憶通りの声。顔は、少し皺が増えたかも。
「……うん、久しぶり。お父さん」
お父さんは、困ったように笑う。その笑い方は、記憶にある通りで。
神の言った通りだから、もう笑うしかない。
この世界の神様は、異世界から人を呼び寄せる。この世界で勇者と呼ばれるその人は、魔王を斃すために呼ばれるのだ。
最初は、本当に魔王が居たらしい。けれど、初代魔王が斃された後、いざ平和になってしまったら、人々は神様への感謝を忘れ、自分の偉大さが薄れていくと危惧したそうだ。
そこで、呼び寄せた異世界人を、魔王に仕立て上げることにした。
そうしてまた、異世界人を呼び寄せ勇者として、魔王を討たせ、その勇者をまた魔王として……。
もうずっと、長い事、繰り返してきた歴史。
呼び寄せるのは決まって、元の世界で神から加護を得た人物、らしい。
というのも、元から加護持ちであれば本当に呼び寄せるだけで済むからコスパが良いという理由だと聞いて、あまりの効率重視に笑ってしまった。
結果的にそれが魔王となった際、強大な敵として立ちはだかるんだから、笑い事ではないのだが。
つまり、お父さんもそうして、呼び寄せられた結果、私の世界では死亡したことになってしまった、というのが事の顛末。
私は私で、こうして呼び寄せられているんだから、この世界の神様とやらには思うところがありまくりだ。
この世界の神様が思う流れとしては、ここで私がお父さんを討ち、私が新たな魔王になることを望んでいるのだろうが……。
そんなの、赦すわけないでしょ?
お父さんが、覚悟を決めたような顔で私を見つめる。わかってるからだ。自分も、かつてそうしたから。
考えたら腹立ってきた。許せん。もう絶対めちゃくちゃにしてやるからな。
神の言ったとおり、お父さんの胸元には黒いモヤみたいなのがある。これが。こんなのがあるから。
私は腹が立って、むしゃくしゃした気持ちのまま、そのモヤに手を突っ込んで、中にあった杭を思い切り引き抜いた。
お父さんはびっくりした顔で私を見つめて、その後信じられないって顔になった。それはそうだろうな。
私は振り返り、メイジを見た。プリーストたちが騒ぐ中、静かに立っていたメイジが足を進めて、こちら側へ歩いてきた。
すんなりと結界を通り抜け、私の隣に立ったメイジに、問いかける。
「……本当に、いいの?」
「あぁ」
いつもどおり、淡々と返事をするメイジ。私は気が進まないながらも、心を決めた。
胸元から神に貰った真っ白い杭を取り出し、思い切りメイジの心臓目掛けて差した。
お父さんも、プリーストたちも、ただ目を点にして、見つめていた。時間が止まったみたいに。
だから私はひたすら、杭が外れたりしないよう、しっかりと深く差した。お父さんの胸元に黒いモヤがあったように、メイジの胸元に白いモヤが出るまで、深く、差し込んだ。
メイジはただ眉を顰めただけで、呻き声一つ漏らさなかった。私の方はというと、ムキムキの筋肉に覆われたメイジの心臓に杭を差すという重労働にヘトヘトになった。
さも簡単な作業です、みたいな説明をされたが、神め、相手によって難易度が変わるって一言添えるべきだったんじゃないか? 私のケース、めちゃくちゃたいへんだったんだが?!
息を切らしながら完遂した私に、メイジは気の毒そうな目を寄越す。いや、そもそも、あなたの胸筋が強すぎるせいだからですけど?! なんだよその胸板、耐震マットかよ!!
メイジの強靭すぎる胸筋に対する文句を叫びだしたくなる心を落ち着かせ、両手を組んで呼びかける。
神……じゃなかった、神様、どうぞ、ここが座標です、めちゃくちゃ目印です、遊びに……じゃなかった、降臨してください。
雑念が混じるのは許してほしい。だって、本当にたいへんだったんだから。仮にも神様だというのなら、おおらかな心で許容してほしい、切実に。
私の祈りが届いたのか、メイジの胸元から眩い光が溢れ、辺り一面が真っ白い光で満ちる。
「いや〜、やーっと呼んでくれた」
いつかと同じく、どこからどう見てもギャルにしか見えない神様の降臨である。
「だから不敬だって。いや、でもあーしが目指してるのはギャルなわけだから、逆に褒められてる……?」
そうです、ギャルにしか見えないんですよ。
「なら許す!」
にぱっと音が出そうなほど、笑顔が眩しいギャル。でも後光差してるし、本当に異世界との道も繋がってるっぽいし、神っぽいんだよな。
「だから、あーし神なんだってば」
勝手に心を読むの、やめてもらえます???
突然現れた神に、お父さんもびっくりしている。さすがのメイジも、目を瞠ってるから、驚いてるんだろうな。
結界の向こう側で、プリーストたちも呆気にとられている様子だ。レンジャーの間抜け面、なんかムカつくから視界から消えてほしいな。
こほん、とギャルが咳払いすると、みんなは居住まいを正した。そんな……うそでしょ、ギャルだよ? 威厳とか皆無なのになぜ。
私一人が怪訝な顔になってしまうのは仕方ないと思う。だってギャルだよ? どこからどう見てもギャルで、咳払いしたからって何って感じじゃないのか?
「わたしはこの世界とは別世界の神。これまでこの世界の神が呼んでいたのは、わたしの世界の人間たち。我が愛し子たちを勝手に連れ去られ、非常に迷惑している。しかしわたしはこの世界への楔を持たなかったため、これまではこちらへ来ることすら叶わなかった」
朗々とギャルが語る。一人称、わたしって……ちゃんと喋ることができたんだなと感心してしまった。
これはたぶん、メイジとか、結界の向こう側の面々に語っているのだろう。
「けれどこの度、彼女のおかげで、わたしはこの世界への楔を得た。よって今後は、わたしもこの世界の人間を連れ去ることにする」
メイジの仏頂面からは何も読み取ることはできないが、プリーストたちは真っ白になっている。ざまぁみろ!
お父さんは何が何やらって顔で混乱している様子で、まぁそうなるよね。
「誰を連れ去るのが一番効率が良いか、無理やり連れ去られた本人に選んでもらおうと思う」
ギャルがにやりと悪い顔をして私に問いかける。なるほど。これも特典の一つと見ても良いだろう。
私は結界の向こう側へ視線を投げた。プリーストもパラディンもレンジャーも、この世の終わりみたいな顔をしてブルブルと震えてる。
本当は全員をぶっ飛ばしてやりたいところだが、ギャルから一番効率の良い一人を選べと指定されてるから仕方ない。
そんなの、決まってる。
「かみさま、あの人が一番、力が強いそうなので効率が良いと思います」
私はギャルににっこりと笑いかけて、プリーストを指さした。
プリーストは結界の向こう側で、私に対する怒りで真っ赤になり、かと思えば異世界に連れ去られるかも知れない恐怖で真っ青になり、取り乱しているようだ。
慌てた様子でこの場から離れようと、逃げ出そうとする背中が見える。そんなことしたって、無駄なのに。
「ふぅん。じゃあ、彼にしよう」
ギャルは納得したようにニンマリと笑い、ピンと立てた人差し指を一振りした。
すると、プリーストは見えない糸で吊り下げられたように宙に浮いてから、パッと消えてしまった。
その様子を見ていたパラディンとレンジャーはガタガタと震えながら真っ白い顔で地面へ這いつくばり、懸命に命乞いをしているようだった。
声は全然聞こえないけど、たぶん一緒懸命、私に謝ったり、ギャルへの命乞いを叫んでいるのだろう。笑える。
あの人たち、問題無用で私を呼び出して、さっさと旅路に叩き出したこと、覚えてないのかな。
あまりに無様すぎる様子に、私は笑いを堪えるのに必死で、ギャルから意識が逸れてしまった。
「彼女は無理ですが、貴方は元の世界へ連れ帰ることができます」
ギャルがお父さんに声をかける。当然だ。だってもうお父さんの楔、無くなったからね。
「え?」
「貴方が希望するなら、ですが」
お父さんは戸惑った様子で、私とギャルを見比べている。できれば、気づいてほしくないんだけど……。
「娘は、なぜ無理なのですか?」
「それは……」
お父さんに詰め寄られたギャルが、困ったように私を見つめる。そうだよね、言いづらいよね……やっぱり自分で説明するのかぁ。ちょっと恥ずかしいな。
「あのね、私、この世界の楔になるって約束で、お願いをしたの。お母さんを、助けてくださいって」
お父さんは弾かれたように私を見て、信じられないって顔をした。
「お母さんは……何か、病気で?」
「うん……治療法もなくて、どうしようもなくて、もうずっと、寝たきりなの」
「そんな……だけど、病気が治ったとして、娘が居なくなったら、お母さんは悲しむだろう」
「だけど私は……それでも、お母さんには、幸せに長生きしてほしい」
お父さんの辛そうな顔に、私も辛くなって俯いた。だって、他に解決策を思いつかなかったし、たぶん現代医療の限界ってやつだったのだ。
神頼みで何とかなるなら、逆にラッキーだったのでは? と思うんだけどな。
「それに、ギャル……じゃなかった、神様にお願いして、私は居なかったことになるから、大丈夫。お父さんが向こうへ帰って、お母さんと幸せに暮らしてほしいの」
これは、こちらへ来る前、ギャルと約束したから大丈夫なはず。私はどうやっても帰ることは叶わないが、お父さんは楔を外してしまえば、向こうへ帰ることができるのだ。
そのために私、あの黒いモヤの杭、引き抜いたわけだし。
お父さんは怒ったような顔で、何か言おうとして、だけど何も言えなかったのか、悔しそうな顔で握りしめた拳を震わせていた。
私は何と言ったものかと一瞬迷って、だけどやっぱり何も言えなくて、そっとメイジの近くに寄って、影に隠れるようにメイジのパステルカラーフリフリを握った。
「どうしますか? 元の世界へ戻ることを望みますか?」
「神様、お父さんとお母さんの記憶から、私を消して。お父さんを向こうへ返してほしい……です」
ギャルの言葉に、私は咄嗟に言葉を返した。いつまでも、こうして居るわけにも、いかないから。
お父さんがショックを受けたように私を見るから、私は小さくなってまたメイジの影に隠れた。
「わかりました。では、そのように」
ギャルはまた、ピンと立てた人差し指を一振りした。お父さんは「待って」と言いかけたまま、虚ろな目になって、ふわりと浮いて、居なくなった。
残ったのは、私と、メイジと、ギャル。あと、結界の向こう側に、パラディンとレンジャー。
「じゃ、あーしも帰るし。まぁ元気でやんなよ!」
ばしんばしん、と背中を叩かれて、さっきまでの言葉遣いってかなり無理してたんだなと思うような、いかにもギャルな言葉に力が抜けそう。
「ありがとう、神様。お母さんを助けてくれて、お父さんを返してくれて、ありがとう」
最敬礼で頭を下げる私に、ギャルは小さく笑って、気にすんなし、と言った。
ぽん、と頭を撫でられたような気がした瞬間、強い風が吹いて、ギャルは元の世界へ帰ったようだった。
お父さんを見送って、ギャルも見送って。あと残ってるのは。
私は地面に突き立てたままだった勇者の剣を回収し、蹲ったパラディンとレンジャーに向き直る。
「良かったね、連れて行かれたのかプリーストで。今回は、命拾いしたね? でも、これからはいつ、どんなタイミングで、誰が呼ばれるか、わからないから。あなたたちは国へ戻って、ここで起こったこと、ありのまま、報告しなさい」
「ゆ、勇者様……」
「違うよ。私は、勇者じゃない。最初からね」
「そんな……勇者様!」
めんどくさいし鬱陶しいな、と思ったら、いつの間にか私に並んでいたメイジが腕を振った。すると、パラディンとレンジャーは見えない何かに殴られたように後退りして、目を白黒させた。
「彼女が言ったとおり、国へ帰って報告するまで、他の言葉は発することができないようにした。喋りたければ、さっさと報告へ帰ることだ」
二人は真っ赤な顔で口をパクパクさせるけど、言葉は一言も発せられることはない。良かった、見た目は煩いけど、喋らないだけでかなり静かになった。
「さぁ、国へお帰りください。もちろん、私は一緒になんて行かないよ。魔王退治は完了したんだから、もう干渉しないで」
有無を言わせず、勇者の剣を押し付け、踵を返す。彼らが私に追い縋ろうとも、きっとメイジが追い払ってくれるだろう、物理で。
ついさっきまで魔王城だった民家へ足を踏み入れる。やっぱり、お父さんが生活していただけあって、生きていくのに困らない程度に整えてある。
ちゃんと見てないけど、裏手には家庭菜園っぽいのもあったし、たぶん、ここで暮らしていくことは可能のはず。
だって私、もう自由だし。気ままにスローライフして許されるでしょ。
とりあえずお茶でも淹れようとキッチンに立つと、ノックもなしにメイジが入ってきた。
「せめてノックしてくださーい」
「自分の家で、ノックが必要か?」
「は???」
聞き間違いかと思ってメイジを見ると、すごく真面目な顔をしている。そして、何よりも驚いたのが、服装が別人。
なんか普通の、よくある冒険者の服(ノーパステルカラー、ノーフリフリ)になっていた。え、いつ着替えた?
「え? なに???」
目が飛び出そうなほど驚く私を見て、服装のことだと思い至ったらしいメイジが、頷きながら腕を一振り、を二回繰り返し、さっきまでのパステルカラーフリフリと普通の服が切り替わる。
「もう必要ないからな」
「なんで???」
「プリーストが居なくなったから」
しれっと、さも当然だ、みたいに言われても、さっぱりわからん。なにそれ。
「いや、まぁ服装は良いとして、なんで自分の家?」
服装も全然良くないけどね! ちゃんと説明してほしいけどね!
「なぜって、一緒に暮らすだろう?」
またも、当然だ、みたいに言われるけど、さっぱりわからんPartⅡ。なにそれ知らん。
「えっなんで?」
「子どもが居るだろう」
頭が真っ白になった。
どうして。誰にも言ってないし、誰にも言うつもりなかったのに。
「勇者がこの世界に存在し続けるために必要なのは、楔。どんな形であれ、縫い留めるモノがあれば良い」
詠うようにメイジが語る。いつもの仏頂面だけど、瞳は怖いくらいに真剣で。
「それが血族であれば、尚良し」
背筋を冷たいものが滑り落ちる。ということは、つまり。メイジは最初から、知っていたんだ。
私は処女を失うことで、こちらへ残る楔にしようと思っていた。本当は一度だけのつもりだったけど、メイジの腕があまりにも温かくて、手離し難くて、何度も夜を共にした。
そして当然の帰結として、身籠った。一人きりで生きていくと思っていたから、嬉しい誤算だった。
幸い、スローライフなら一人で食べていくには困らないし、最悪、勝手に私を呼び出した国を強請ればお金に困ることもないだろうと思っていたので、私自身、母一人娘一人で育ったこともあり、やっていけるだろうと踏んで、産むつもりだった。
誰かにバレると面倒な気配しかなかったし、こっそり産んで、図太く生きて行こうと思ったのだ。
なのに。
「国への義理も忠誠心もない。自由の身だ。好きなように生きても文句は言わせない」
そう言ってメイジが腕を広げるから、私は。
「私のわからないこと全部、説明してもらうんだから!」
聞かなくちゃいけないことや、聞きたいこと全てを放り投げて、メイジの腕へ飛び込んだ。
その腕はやっぱり温かくて、手離し難くて、私はどうやら、この人のことが好きらしい、と納得するしかない。
元勇者だった私と、どうやら国ではそれなりに身分があったっぽいメイジの間に生まれる子どもが、どのような身分でどのような問題が発生するかなんて、さっぱりわからないけれど。
文句があれば、全部ギャルにお願いします。