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スリープ・ウォーキング

作者: 村崎羯諦

『疲れたから寝たい。だけど、やらなきゃいけないことがたくさん。だったら、寝ている間にやったらいいじゃない!』


 そんなキャッチコピーに誘われて、僕は「スリープ・ウォーキング」という怪しげな商品を購入してしまった。この商品は寝ている間に予め設定していた任意の行動を自分にさせることができるというもの。この商品が紹介されていた通販番組によると、スリープ・ウォーキングというのは日本語で夢遊病を意味しているとのことだった。


 僕は商品が届いてすぐに試してみた。ヘルメットのような機械を頭にかぶり、専用のタブレットとケーブルで接続する。タブレット上では寝ている間にどのような行動をするのかという命令を、まるでプログラミングのように構築する。あとはこの機械を頭にかぶって寝るだけ。


 その日の夜、僕は半信半疑のまま頭に機械をかぶり、就寝した。そして翌日。僕はぼんやりとした意識のまま目が覚め、起き上がる。そして、テーブルの上を見て僕は驚いた。そこには寝ている間に僕が準備していた朝ごはんが完璧に作られていたからだった。


 この機械は本物だ。僕は良い買い物をしたと自分を自分で褒めてあげた。それからというもの、僕は毎日のように「スリープ・ウォーキング」で、寝ている間の行動をセットした。あくまでも睡眠状態ということであまり複雑な行動は設定できなかったけれど、掃除や料理など簡単な家事は寝ている間でも難なくこなせることが確認できた。さらには、物は試しと深夜の間にコンビニで買い物をしてくるようにセットしてみたら、睡眠中の僕はその設定どおり、コンビニで指定されたものをきちんと買ってきてくれていた。


 色んな設定を試し、機械でできること、できないことの境界を見極めつつあった僕は、これを使ってもっと有意義なことができないかと考えるようになった。寝ている間にできることは広いようで狭い。事前に入力された内容であれば可能だが、逆に入力された内容以外のことはできないし、入力内容以外にも例えば不測の事態が起きた場合には何の対処もできない。だからこそ、今のところは面倒な家事や雑事を寝ている間にやっているけれど、もっと賢い使い方があるんじゃないかという気がしてならない。


 僕は他に自分と同じようなことを考えている人はいないかとネットを検索してみる。するとSNSで、寝ている間にバイトをして小遣い稼ぎができたと呟いている人を見つけた。僕はそれを見て、なるほどと思った。もちろん接客業など臨機応変な対応が求められるバイトは難しい。だけど、世の中には決められたことをするだけでお金が発生するバイトも存在している。僕はさっそく求人情報を漁ってみた。ただ、どれだけ探しても、寝ながら働いてもOKという求人は見つからなかった。求人する側に立てば当たり前ではあるのだが、期待が大きかっただけに僕は思わずうなだれてしまう。


 そんな都合のいい話なんてあるはずがないか。僕が諦めて別の案を考え始めたその時だった。僕はSNS上で、寝ながら高時給という嘘みたいな求人を見つけてしまった。僕は半信半疑になりながらもその求人を掲載しているSNSのアカウントに、ダメもとでメッセージを送ってみる。すると、五分もしないうちに返事が返ってきて、明日にでも働きませんか?と打診された。


「大丈夫大丈夫。寝ながらでもできる簡単な仕事だし、そんなに心配する必要はないってば」


 仕事の説明のためにと指定された場所に行くとそこにはワゴン車が駐車していて、車内に案内された僕はそこで首にどくろのネックレスをかけた恰幅のいい男の人からそう説明された。


「やることは簡単。寝る前に、今から渡す指示をスリープ・ウォーキングのタブレットに入力するだけ。働く場所も内容もすべて指示文に書いてあるから、何も気にする必要はない。これで一日5万円稼げるんだから、こんな旨い話はないよ。そうそう、これはバイトとして雇うために仕方なく必要なんだけど、後で君の免許証のコピーを取らせてもらえるかな? それから何かあった時に必要だから、緊急連絡先の電話番号とか住所を教えてくれる?」


 僕は言われた通り、免許証のコピーを渡し、緊急連絡先として実家の住所と電話番号を伝えた。それから指示文が入ったUSBを受け取り、家に帰る。そして、指定された日。僕は寝る前にUSBからスリープ・ウォーキングの指示文を読み込み、睡眠中にとるべき行動を設定する。指示文はなぜか簡単には読めないような難しい暗号みたいな文章で書かれていたけれど、なんとなく、とある場所に荷物を運ぶだけの仕事だということは分かった。


 これで簡単にお金が稼げる。僕はバイトの給料で何を買おうかと妄想を膨らませながら、ゆっくりと眠りに落ちていくのだった。






*****























「危ないバイトだと思っただろ?」


 あの日と同じ車内。僕に指示文を渡した男が僕に笑いながらそう話しかけてくる。僕がそんなことありませんよと返すと、もっと危機感を持った方がいいぞと男は愉快そうに笑った。


「世の中にはな、そんな上手い話があるわけがないと思考停止で否定する奴らがいる。まあ、それが間違っているとは言わない。だけどな、数多くある罠の中には、本当に本当に上手い話が紛れているんだ。罠に引っかかることは確かに怖い。だから、危ないことには一切手は出さない。そういう生き方も俺は否定しないぜ? ただ、世の中で成功するのは、こういう上手い話をつかみ取る強運の持ち主か、本当に上手い話を見極めることのできる頭の切れるやつなんだってことは覚えておいた方がいい」


 僕は男の話をなるほどと納得しながらうなずく。そして、男は話が長くなったなと詫びを入れ、懐から封筒を取り出した。


「ほら、今回のバイト代だ。受け取れ」


 僕はお礼を言って、封筒を受け取る。だけど、封筒の中身を見て、僕は首をかしげる。


「どうした? きっちり、五万円入ってるだろ?」

「いや、封筒の中に入ってるのはお金じゃないですよ? これは……駐禁の切符」


 見せてみろ。男がそう言ったので僕が返す。男は封筒の中身を見て、なるほどとため息をついた。


「どういうことですか?」

「どういうこともなにもないよ」


 男は僕をあざ笑うような笑顔を浮かべ、だけど、どこか残念そうな表情で言葉を続けた。


「これはあれだ。お前が上手い話をつかみ取れるだけの強運の持ち主じゃなかったってことだよ」






*****






「起きろ! 起きろ!!」


 僕は大きな声に驚き、目を開ける。僕がいるのは自宅ではなく、見覚えのない個室。僕はベッドに横たわっていて僕の周りには警察の制服を着た人が二人立っていた。


「起きたな。じゃあ、今から取調室に移動するから。そこで運んでいた品物の中身とか、誰の指示なのかを詳しく聞かせてもらうぞ」


 僕はぼんやりとした意識のまま二人の警察官を見比べる。そして、先ほどまで話していた男との会話を思い出し、口を開く。


「えっと……ところで五万円はちゃんともらえるんですよね?」


 警察官二人が顔を見合わせる。そして、片方が僕の方へと顔を向け、あきれた表情を浮かべながら返事をした。


「そういう寝言は寝てる間にいってくれるかな?」

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