八木さんの思惑
「まあ、そう言われると思ってましたよ。はーあ、もうあの案件終わっちゃいます。終わったら北光さんと仕事する事も無くなるんだろうなぁ」
八木さんは背もたれに身体を預け、天井を仰いだ。
「え? あ、八木さん、そうなの?」
全く気づかなかった。
マランドロとしての意識を高く持っていたら認識できたのだろうか。
「そういうの、ほんと気付かないですよね。仕事以外はスイッチ切ってます?
取引先ですから流石にご本人の前ではそんな素振りはしてませんけど、私、社内では結構騒いでましたよ? それこそ名刺交換した日にも。『主事が連れてきた新しい取引先の社長、王子様みたいだった!』て。大上課長ですら認識してるんですけどね」
「あぁ、それは悪いことをした......いや、俺別に悪く無いよな。あいつ確か今フリーのはずだから、紹介するか?」
可能性はなくはないと思った。
羽龍の八木さんへの評価は高かった。レスポンスが早く資料の精度も高い。無駄な質問や捉え違いがなくやりとりのテンポが良いと言っていた。
羽龍が誉めていたことを伝えれば喜ぶかなと思ったが、八木さんの反応は想定とは違っていた。
わかってないなぁという顔を作りながら、また露骨な溜息を一つ。
私はビジネスパートナーを探しているわけじゃないです、と言っている八木さんの顔は、もはや鳴り物入りで自部門に入ってきたエースへの尊敬を微塵も感じさせないものとなっていた。
「それに私、お姫様願望ありますので」
偶然の出会いから、少しずつ育まれ、ある日王子様からアプローチが掛かる流れが美しいのだそうだ。
上司に知り合いを紹介してもらい、場までセッティングされてなんてのは、無粋だし生々しいのだとか。よくわからん。
「そんなだから未だに......」だとか、「いい歳して.....」などの言葉はさすがに飲み込んだ。
「会社同士で基本契約は交わしたし、取引実績もできたから、今後何らかの案件の際に提携組める事もあるだろう。そういう企画を作っても良いのだし」
仕事上の縁は途切れなくさせることはできると思う。羽龍が八木さんの仕事を評価していたのは事実なのだから。
先ほどのビジネスパートナー云々の言い分からしたら、これもまた無粋な話なのかもしれないが、物理的な繋がりは大事だ。繋がってさえいれば可能性は無くなりはしない。
得たいものは自ら獲りにいくべきだと思っているが、価値観はそれぞれだ。押し付けるものではないだろう。
待ち、時に仕掛け、また待つような育みかたがあるのなら、見守る優しさもあるはずだ。とりあえず八木さんの方から何か頼まれるまでは、余計なことはせず、しかし佐田と羽龍の取引は継続する方針が途切れないようにする程度には働きかけてみるか。