八木さん
着席早々要件を切り出した俺に、八木さんは少し呆れたような表情をしていた。無粋だっただろうか。マランドロなら、洒脱なアイスブレイクでよ挟むべきだったか。俺も営業系の職種でそれなりの成果を上げてきた。それくらいは造作もない。などと思っていたら、八木さんから言葉が返された。
「そんなに仕事の話したいのでしたら、先に済ませちゃいましょうか」
仕事以外の話もあるのか?
八木さんは差し出した見積書の中でひとつの項目を指した。
この内容がよく分からないのだと言う。
「現場共益費か。確かによくわからん言葉だよな。
これはゼネコンが現場で負担している光熱費や施設の利用をさせてもらうために支払う費用だよ。
他の現場ではうちへの引き渡し前にうちやうち手配の業者は入らないから発生しない費用なので見たことがなかったかもしれないけど、この現場は特殊でね。引き渡し前にゼネコンの作業の傍らでうち手配のリフォーム絡みの業者が工事をすることになってるんだ」
バックマージンの類じゃないから安心して良いよと言いながら、自然と「うち」と言ってしまっていることに気づいて、我が身の裡にこびりついていたものの残滓は簡単に消えるものではないのだなと思った。
「まあ、『うち』のやってることだから怪しむのはわかるけどさ」
今度はわざと「うち」と言う表現を使った。佐田都市開発の意志を体現する尖兵だった頃は、自分を指す表現でもあった。
「そんなことは......」
少し言い淀みながらも、八木さんは表情を明るいものに戻した。
「よく分かりました。ありがとうございます。電話でも事足りそうな内容でお呼びたてしてすみませんでした。高天主事、高天さんと呼んだ方が良いですか? もう少し時間あります?」
こちらは無職の身だ。仕事中の八木さんよりは自由である。
「呼びやすい方で良いよ。仕事のこと?」
八木さんは仕事の仲間だった。
俺は仕事の関係者とは、仕事以外の話はあまりしてこなかった。だから、仕事の話以外とは思えない。
「はい、まあ、さっき言ってた怪しいとか。
高天主事が辞めたのはそれが理由ですか?」
主事呼びの方が良いようだ。
彼女にとっては、まだ俺は上席なのだな。
佐田の名残を身体から消すのは大変だなと思う一方、色々と思うところのある会社でのひと時ではあったが、辞めて尚部下として接してくれる存在がいることに、佐田での営みの中にも、意味のある何かが残せていたのなら多少の甲斐を感じても良いのかもしれない。
「八木さんは新卒からずっと佐田だったよな」
俺よりふたつ年下の彼女は、それでも転職した俺よりも遥かに佐田歴が長い。
彼女は彼女なりに、佐田に対して良い部分でも悪い部分でも、思うところはあるのだろう。




