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2-1 納品

第2章です。よろしくお願いいたします。

 今日は、納品の日だ。ベアトリスはアデルトルートから、神殿に納品に来てほしい、その時期は豊穣の祈りの儀式があり、準備のためにバタバタしているかもしれないから、と連絡を受けていた。アデルトルートが豊穣の能力を持つ巫女だったことを、ベアトリスはこの時改めて思い出していた。


 豊穣の能力とは、大地と神に祈ることで大地を活性化するとされるが、その仕組みはよく分かっていない。土の中のよい微生物の成長を促すのだとか、栄養成分を付与できるのだとか、諸説あるようだ。アデルトルートはまだ若く、母というのはちょっと違うとベアトリスは思う。だが、将来、あと5年もすれば、そしてアデルトルートの悩みであった母になることが叶えば、きっと大地の女神のような存在になるのだろう、とベアトリスには思われた


 普段着から外出着に着替え、父と出かけようと父の部屋をノックする。


「入れ」


 父の声に、ベアトリスは顔を覗かせた。


「お父さん、神殿に行く時間です。私の準備はできました」

 「すまない、一人で行けるか?」


 突然の父の言葉に、ベアトリスは父の顔をようやくしっかりと見た。隣に工房で働く中堅の職人と、工房長もいる。3人とも難しい顔をしている。


「別の注文の件でな、問題が発生したんだ。急いで対応しなければならない内容なんだよ。何を置いても一緒に行くつもりだったが、こればかりは、な」

「奥様か若奥様に代わっていただくことは?」

 

 職人の言葉に、父は首を横に振った。


「あれは神殿に行かせない。余計なことばかり吹聴してくれたからな」


 母はアデルトルートの訪問以降、あちこちに顔を出し、神殿の巫女の訪問を注文を受けたと触れ回ったのだ。


「うちの店は、神殿の御用達になったの。」


 それを聞いた近所の奥さんたちは、すごいすごいと褒めてしまった。増長した母は、あろうことかモルガン宝飾店にまで出かけ、喧嘩を売ってきたのだ。


「お宅のリュメルには見る目がないわね。確かにベアトリスの見た目はレルヒェと比べれば地味かもしれません。でもね、神殿御用達になるような娘なのよ。今更嫁にほしいと言われても、絶対にやりませんからね!」


 神殿からの縁談を断る者はまずいない。神殿がそれなりに調べて、本人と両家にとって「悪くない」ものを選ぶからだ。目先のメリットがなくても、10年20年の時間で見ていけば、決して損をしない縁談となるように、考えられている。


 だが、その縁談を、リュメルはベアトリスの容姿を主因として拒否した。母としては、このたびのアデルトルートの訪問と注文は、溜飲が下がる思いだったのだろうが、如何せん、相手が悪かった。


「当家はベアトリス嬢の容姿を理由にお断りしたのではない。リュメルには思い人もいるし、そちらとの縁談をまとめようか、という段階でもあった。結婚してから性格の不一致、等と言って離縁するのも、お互いに良くないと考えれば、無理に縁組みすることもあるまい、と考えた次第ですよ。まあ、当家の嫁として努めてもらうには、内向的すぎる嫌いもありますからな」


 食い下がろうとする母を前に、モルガン氏は最後にこう言い放ったらしい。


 「神殿御用達って、巫女一人から注文を受けただけじゃないか。それもブレスレット1つ? こちらは王家や軍からも注文を受けているんだ。言いがかりをつけるようなら『ご指導』いただくようにお願いできるが?」


 母がやり過ぎなのは当然だが、モルガン宝飾店も嫌な力のちらつかせ方をしてきた。モルガン宝飾店の店頭で衆目を集めたこの一件により、母は現在一歩も外に出ることを許されていない。妊娠中のレルヒェを動かすという選択肢も、父にはない。


「分かりました。アデルトルート様の所に行くだけですから」


 行ってきます。


 ベアトリスは商品を大切に抱えて、神殿に向かった。


・・・・・・・・・・


 神殿の受付で名乗り、アデルトルート依頼の品を納めに来たことを告げると、案内役の神官がアデルトルートの所へ連れて行ってくれた。

 

「豊穣の巫女さまは、ここの所気分が優れないご様子でしたが、そちらに伺ってから随分明るい表情をなさるようになりました。一神官の身に過ぎませんが、あの方の笑顔を守ってくださったこと、私からも御礼申し上げます」


 神殿の公的な部分から、神官や巫女たちが生活する私的な空間へ向かう途中の中庭で、ベアトリスは神官に頭を下げられた。


「元々が明るい方でしたからね。神殿長も随分心配していたのです」

「矮小な身ですが、お役に立てたのなら幸いでございます」

「謙虚な方ですね。お母上と違って」

「あの、母はこちらにもご迷惑を・・・?」

「いえ、神殿御用達の話は本当かといくつか問い合わせがあっただけのことです。あなたが心配するようなことではありませんよ」

「ご迷惑をおかけします」


 ベアトリスは恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になってしまった。


「失礼します。豊穣の巫女様、オトヴァルト宝石商のベアトリス嬢をお連れしました」

「入りなさい」


 中から聞こえたのは、侍女の声だ。確か、トリシャさん。


「どうぞ、ごゆっくり」

 

 神官はそう言って、受付に戻っていった。ベアトリスは護衛騎士が開けてくれた扉から頭を下げたまま中に入ると、挨拶をしようとして、全身に衝撃を受けた。慌てて商品を落とさないよう、必死で抱え込む。


「あ、あの・・・」

「来てくれてありがとう! 今日が待ち遠しくて、もう気が狂いそうだったわ!」


 頭を上げると、アデルトルートがベアトリスに抱きついている。護衛騎士がやれやれという顔でこちらを見ている。


「巫女様、ベアトリスさんが驚いて固まってしまいました。解いてあげてください」

 

 アデルトルートは仕方ない、というように一度離れた。


「来てくれて、本当にありがとう。早速だけど、例のものを見せて!」


 ソファに誘導されたベアトリスは商品を包んでいた布を外し、指物師に加工させたケースを専属侍女の方へと差し出した。


「この花の彫り物は・・・」

「はい、マネッティアの花です。」

「マネッティア? あまり聞いたことがないわ?」

「はい、花言葉が『たくさんお話ししましょう』だったんです」

「『たくさんお話ししましょう』・・・?」 

「はい。アデルトルート様とこれからもたくさんお話ができますように、と祈りを込めました」

 

 アデルトルートは、ケースの上面の掘られたマネッティアの花を指先でなぞった。


「ありがとう。私、神殿の外にお友達ができたのね・・・」


 そっと涙を袖で抑えて、アデルトルートはにっこり微笑んだ。


「メインディッシュを見ないとね」


 アデルトルートは、マネッティアのケースをそっと開けた。中には、あのデザイン図のとおりのバングルが納められていた。そっとテーブルの上に置き、バングルを手に取る。コーンブルーサファイアとホワイトサファイアが並んだバングルは、石を手首の外に向けるか、内側に向けるかで、その豪華さを隠すことができる。


「きれいね」


 うっとりと見つめるアデルトルートに、満足してもらえてよかった、とベアトリスはほっとした。


「なんだか、この石、私のように見えるわ」

 

 アデルトルート以外の3人の目が点になる。


「このブルーサファイヤが私だとすると、左右のホワイトサファイアはコーエンとトリシャ。いつも私を守ってくれている」


 専属侍女が思わず口を手で覆い、護衛騎士は姿勢を正した。


「このホワイトサファイアは、あなたたちなのよ」

「「巫女様!」」


 専属侍女と護衛騎士は感激のあまり、涙目になっている。


「そうだわ、同じようなものを作って、3人で身につけましょう」

「私たちはそんな高価な物は・・・」

「いいの、私からあなたたちへのプレゼントよ。ねえ、ベアトリス、真ん中の石はトリシャやコーエンが毎日身につけられるレベルのものでいいから、同じデザインであと2つ、作ってくれない?」

「バングルの色や素材は? 石も、ご希望があれば違う色にしましょうか?」

「いいえ、青が巫女様の色ならば、青のままでお願いします。コーエンもそれでいいわよね?」

「ほ、本当に自分も、ですか?」

「当たり前のことです」


 専属侍女トリシャは、アデルトルートと同じ銀色のバングルで、石はランクを落としたものにしてほしいと言う。護衛騎士コーエンはしばらく悩んだ後、金色のバングルにしてほしいと言った。


「自分は日焼けしているので、シルバーだと浮くんですよ」

「ご注文承りました」

 

 ベアトリスはメモをしまうと、今日はこれで、とアデルトルートの前から下がった。受付までは、護衛騎士のコーエンがついてきてくれた。


「あんなうれしそうな巫女様、久しぶりに見ました。ありがとうございます」

「受付から案内してくださった神官様も、同じようなことを仰っていました。お役に立てて、本当に良かったと思います」

 

 中庭まで戻って来た時、中庭にうずくまる神官に気づいた。


「コーエン様、あの方は大丈夫なのでしょうか?」

「ん~あれはラウズール様ですね。ならば、そっとしておいてあげてください。あの方に必要な『儀式』なんです」

「そうですか・・・」

 

 ベアトリスはもう一度ラウズール神官の方を見た。心ここにあらず、としか表現しようのない、生気の失せた顔が、どうしても気になる。とはいえ、庶民の自分にできることなど、何もない。


「お大事に。あなたに幸せがやってきますように」


 小さなつぶやきは、誰にも聞かれていない・・・はずだった。


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