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1-8 巫女のセラピーグッズ

よろしくお願いいたします。

 ベアトリスは慌てて部屋を出た。扉の傍にいた護衛騎士と専属侍女に、中に戻るよう伝えると、父の仕事部屋をノックした。


「巫女様が、うちのアクセサリーかルースを買ってくださるそうです。青いもので、巫女様にふさわしいものを、と仰っています」


 父は、うまく営業したなとつぶやいて書類を書く手を止めた。そして、ベアトリスと工房に行き、工房長と相談しながら、いくつか青いものを見繕ってくれた。


「ルースなら、デザインも必要になるかもしれない。工房長も一緒に来なさい」


 ベアトリスは、父、工房長と共に、応接室に戻った。自分だけ先に入り、アデルトルートの様子を確認する。アデルトルートはすっかり元気になっていた。化粧直しも済ませた後だったようで、父と工房長がいても問題ない状態だったことにほっとする。


「父と工房長も参りました。御覧いただけますか?」


 ベアトリスは父と工房長を招き入れた。父のもつトレーにはアクセサリーが、工房長の持つトレーにはルースが入ったケースがいくつかある。


「このたびはオトヴァルト宝石商にお越しくださいまして、ありがとうございます。また、娘をご指名くださいましたことも、重ねて御礼申し上げます」

「工房長でございます」

「ええ、よろしくお願いしますね」


 能力者は特権階級であるが貴族ではない。危険な仕事や特別な仕事をするために家族から引き離され、その能力に応じて庶民よりよい所得を得ているだけなので、いわゆる貴族対応をする必要はない。父たちが一般的な敬意レベルに留めるのは、身分差を持たない国柄ゆえのことである。


「さて、こちらは、当商会で扱うルースでございます。ルースは、王家に納めていただけるレベルのものからございますが、アクセサリーに使われている石は他の宝飾店やデザイナーが一定以下のレベルのものであるとして売れなかった物でございまして、庶民向けの安価なものとなっております。ご希望があればルースを選んできただき、工房長がアクセサリーに加工いたします」


 立て板に水とはこういうことを言うのだろう。ベアトリスは父の口上を聞いて、プロだと素直に感心した。


「青といっても、いろんな青があるのね」

「アデルトルート様が一番心地よいと感じるものが、アデルトルート様が必要としている『青』です」


 ベアトリスのアドバイスに、アデルトルートはルースを見た。ブルートパーズのいい石をリュメルに持って行かればかりだったのはちょっと残念だったかもしれない。


 アデルトルートは、アクセサリーもルースも1つ1つ丁寧にチェックしている・・・というよりも、専属侍女ときゃあきゃあ言いながら「これがいい」「いやあれもいい」「これがお似合いです」なんていう会話が延々続いている。商売柄、こういう決められない客は多いのだろう。父も工房長もにこにこと見守っている。護衛騎士は女性の好みを知りたいのだろうか、アデルトルートの背後から覗き込んでいる。


「今日の私はね、水色に近いアクアマリンのような色よりも、少し濃いめの青の方がいいみたい。でも、濃すぎる青ではないの。そうすると、この中だとこのルースの色が一番気に入ったわ」


 アデルトルートが手に取ったのは、サファイヤのルースだった。あまり大きな石ではないが、ロイヤルブルーより少しだけ明るく、産地も限定された「コーンフラワーブルー」と呼ばれる色味のサファイアで、オーバルカットの優しいきれいな石だ。


「これをセンターに置いて、左右を同じサイズのホワイトサファイアで並べてみたらどうでしょう? ネックレスでは自分が見たい時にすぐに見えませんし、ペンダントトップでもチェーンの長さがある程度必要になります。指輪だと儀式のお道具などに当たって傷付けてしまう可能性もあります。ブレスレットにすれば、日常生活や儀式にも支障なく、すぐに袖の中に隠れていても簡単に目にすることもできるのではないでしょうか?」


 ベアトリスは、アデルトルートが手に取ったルースを元に、ざっくりしたアイディアを出す。工房長はすぐにそれをデザイン画にする。この工房長は、石のカットだけでなく、デザインもできる優秀なおじさまなのだ。ラフではあるが、デザイン画を見たアデルトルートと専属侍女は、まあ、と感嘆の声を上げた。


「素敵ね!」

「ええ、これなら巫女様の華奢な手首にもすっきりとお似合いになりますし、神殿の規則にも違反しません」


 護衛騎士はちょっと驚いたような顔をしているが、それは一体何に対してなのだろか。


「それでは、仕上がりましたら神殿にご連絡いたします。巫女様のお名前でお手紙を差し上げればよろしいでしょうか?」


 実は神殿の巫女との直接取引など初めてなので、父も手順を確認したいらしい。それでよいと専属侍女が返事をした。


「言い買い物ができたわ。ありがとう、ベアトリス」

「お手伝いができて、私もうれしく思います」


 アデルトルートとベアトリスが2人でにこりと微笑みあうと、護衛騎士がなぜが顔を赤くしていた。父と工房長はご機嫌なようだ。


 3人を店の外まで見送る。横付けされた神殿の馬車は装飾は少ないが頑丈な作りをしている。きっとその能力を欲した外国の手のものによる誘拐や襲撃に備えられているのだろう。座り心地も乗合馬車とは格段に違うに決まっている。


「できあがりを楽しみにしているわね」

「はい、しかと承りました」


 3人を載せた馬車が、神殿に帰っていく。


「ベアトリス、頑張ったな」

 

 父が頭を撫でてくれた。子どもの頃から数えても、父にも母にも頭を撫でられたことはあまりなかったのではないだろうか。ベアトリスは随分とくすぐったい気持ちになった。


「オーナー、早速ですが、バングルを見繕いに行ってきますよ」

「ああ、頼む」

「工房長、お願いします」


 工房に引っ込んだ工房長の背中を見送ると、ベアトリスは自室に戻ろうとした。が、母に呼び止められた。


「ちょっとだけ、私の部屋に来てくれる?」


 母と話すのは、まだ努力が必要だ。母の愛を疑っているわけではないが、話が弾まないのを、二人とも気にして、かえって気詰まりな雰囲気になってしまう。それでも、アデルトルートがいた応接室先から出て行った時の母の顔を思い出せば、話は早いほうがよさそうだ。


 母に連れられて部屋に入り、ソファに座って向き合う。母の好きな、やさしいピンク色でまとめられた部屋だ。レルヒェは少女趣味だと言っていたが、朱の混じった柔らかいピンク色なので、温かみを感じるとベアトリスが思う。

 

「ねえ、何をお話ししていたの?」


 巫女ほどの人が向こうからやって来たのだ。近所や同業者の集まりの時に自慢話にでもしようと考えたのだろうか。目がキラキラしていて、ゴシップネタに飛びつくマダムそのものである。ベアトリスは母の目を見、その期待のまなざしに揺るぎがないことを確認すると、ため息をついた。


「カラーセラピーの内容については、守秘義務がありますのでお話しできません。これはお母さんにも何度も言ったはずです」

「でも、ちょっとくらいならいいでしょう?」


 お母さん、あなた、拗ねた少女のような顔をしても、娘は絆されませんよ。


「お母さんの個人資産を、パン屋のおばさんに言って構いませんか?」

「嫌よ、絶対駄目!」

「同じ事です。人に言わない、という約束事があるから、話せるんです。私の商売を潰すおつもりですか? 指針の魔女様の顔に泥を塗ることにもなるのですよ!」


 さすがに母は押し黙った。だが、どこで知り合ったのかだけは聞きたい、と言った。


「先日、お母さんと神殿に行ったでしょう? あの時に、ちょっとしたご縁があって名乗ったの。それだけよ」

「それなら、巫女様が今日うちに来てお買い物をしてくださったのも、私のおかげね!」


 お母さん、あなたがそれで気分が良くなるのなら、それで構いません。


 ベアトリスは心の中でつぶやくと、立ち上がった。


「もういいですよね。私、疲れたので自分の部屋に戻ります」

「ええ、また後でね」


 夕食、今日は一人で食べたい気分だわ。


 ベアトリスはアデルトルートのうれしそうな顔を思い浮かべ、嫌なことは全部忘れようと誓った。


第一章完結です。次話から、次の色に入ります。

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