1-7 巫女の告白
よろしくお願いいたします。
苦しい・・・青のネガティブな意味がアデルトルート様を苦しめている原因だと、アデルトルート自身が考えているというわけね。
「青を苦しく感じる原因はたくさんあるのですが、その中でも多くの人がくれることがあります。それは、言いたいことがあるのに言えなくて苦しいとか、コミュニケーションを取りたいのにうまくとれなくて人間関係がうまく作れない、という問題です。例えば、好きな人に告白できないとか、悪い人に弱みを握られて悪いことをさせられているのにそれを告発できないとか、何らかの障害があって言葉にできずに苦しんでいる人は、青を見ると苦しい、でも目が離せないと言うんです。アデルトルート様、何か思い当たることはありますか?」
ベアトリスの話を聞いていたアデルトルートは、はっとしてベアトリスを見つめた。
「どうして・・・?」
「色が示す意味は1つではありませんから、その色の持つ複数の意味を提示するのが通常のやり方です。ですが、なんとなく、傾向というものがあるのです。年代、性別、立場とか・・・。でも、絶対ではないのです。色眼鏡で見るようになってしまったら、カラーセラピスト失格ですから」
カラーセラピーは、色を通して言語化できないでいる自分の悩みの原因を探っていく。当然本人が自覚していないこともあるし、稀に自覚していることもある。自覚していることを、一言も話していない相手から提示されると、一気に話したくなる、という人も少なくない。アデルトルートは、護衛騎士と専属侍女に、
「二人きりにしてほしい」
と言った。
「なりません! それでは巫女様をお守りすることができません」
護衛騎士が強く言い切った。
「コーエン。これは、私の心の内側をさらけ出すために必要なことなの。あなたたちがいたら、私は自分と向き合えないわ。扉のすぐ外にいて。扉も開けておけばいいわ。トリシャも、お願い」
コーエンと呼ばれた護衛騎士は拒絶の反応をしたが、トリシャと呼ばれた専属侍女は、アデルトルートの指示に、お心のままに、と一言言って部屋を出て行こうとした。
「トリシャ、これでは服務違反になる。駄目だ」
「巫女様が心穏やかに過ごせるようにするのが、わたくしたちの仕事。それともそこのベアトリスさんが、アデルトルート様に何か危害を加えることができるとでも? 扉を開けておけるのです。コーエンは中を覗いていればよろしいのではありませんか? 若い女性の秘密の話を覗き見るなど、無粋ですけどね」
あの女性はトリシャさんというのか、なかなか強い人だな。
ベアトリスは、護衛騎士と専属侍女を見つめた。護衛騎士は、ぐっと唇を噛むと、何かありましたらすぐにお呼びください、と言って扉のすぐ外側に立ってこちらを見ている。無粋と言われようが、自分の任務を全うしようとする姿勢は、すばらしい。
心をさらけ出すためには、関係者が周りにいない方がいいに決まっている。どんなに仲が良い友だちでも、不満が何一つないということはないのだ。ベアトリスは、ハーブティーを淹れ、まず一口飲んで見せた。
「毒味はいたしました。カモミールですので、リラックスしていただけるかと」
アデルトルートは一口含むと、その香りが鼻に抜けていくのを楽しんでいるような表情を見せた。
「いいわね、このかすかな林檎のような香り」
「神殿ではいただけないのですか?」
「香りが強すぎるの。効果は高いのでしょうが、舌に響いてしまうことがあるわ」
「そうでしたか。確かに、高価な物の質が必ずしも良いものとは限りません。『高価な』物に囲まれるのも、大変なんですね」
ふふ、と二人は微笑みあった。
「私ね、巫女でしょう? 1歳から家族ではなく、同じような境遇の能力者たちと過ごしているでしょう? 親代わりとなる神官や女官はいるのだけれども、やはり血の繋がった家族というものに憧れがあるの。もし私が、本当の父や母を、あるいは兄弟姉妹と生活していたら、どんな家族だったのだろうって。特に、お母様と、どんなふうにすごしていたのかしらって、ね。こんな私も、もうじき婚約者を決められるの。だって15歳ですもの。あと2年もすれば、その方と結婚することでしょう。そしていつか子どもを産むかもしれない。その時に、私は母になれるのか、不安なの」
ああ、この人は母の愛を求めているのだ。
自分は、母がいたにも関わらず、母との関係をうまく作ることができていない。だが、アデルトルートは、そもそも母を奪われたのだ。
「母親のいる家庭に育てば、確かに母親像はイメージできます。ですが、その母親が悪い人だったら? 子どもをいじめるような親だったら? そのような母親でもいた方がいいとアデルトルート様がお考えでしょうか?」
「いないよりはいた方がいいわ。だって、それよい母親か悪い母親かを比べて考えることができるもの。反面教師、というものね」
「それは、自分の母親でなければならないのでしょうか? 神殿では、様々な母親という立場の人間に会えるはずです。実際に目にすることがなくても、物語の中の母親を比較することもできます」
「あなたは、お母様がいるからそんなことを言うのよ! 1歳で母親から引き離された私にとって、母を恋う気持ちが理解できない。母に守られる安心感も分からない。そんな私が、子どもを育てられるのかしら?」
ベアトリスは涙目になっているアデルトルートを見た。
よし。自分の思いを言葉に出して、向き合っているわ。
「そもそも能力者でなくても、1歳の段階でお母様がいない子どもはいます。もしかして、アデルトルート様は、母親というものに何か強いイメージがあるとか、母親になんかなれないと誰かに言われたとか、何か母親というものに対して恐れるようなことがあったのではありませんか?」
アデルトルートはうつむいて涙をこぼしながら、ぽつぽつと語り出した。
神殿で話をしている母娘を見ると、どうにも嫉妬のような心が湧き上がってしまうこと。
小さな時からよく面倒を見てくれた兄のような神官が、父親のイメージがどうしても湧かないといって結婚を拒否していること。
そんな神官の姿を見ていたら、自分も同じなのではないかと不安な気持ちになってしまったこと。
あ、とアデルトルートが何かに気づいた。
「私、私が親に愛されていたのかどうか分からないのが不安なんだわ。生まれてよかったのか、自信がないまま、誰も上辺のことしか言ってくれないことで、自分を否定するようになっていたのね」
「アデルトルート様の問題は、そこにあったんですね。よく自分で気づけましたね」
恐れ多いと思いながら、ベアトリスはそっとアデルトルートの寄り添い、背中を撫でた。ハンカチに顔を埋めて嗚咽の声が漏れないように努力しているようだが、扉の向こうからコーエンが心配そうにこちらを見ているのが見える。涙を流すことは、心の浄化に必要なこと。十分に泣いたアデルトルートは、ハンカチからようやく顔を上げた。
「せっかくのお化粧がグズグズだわ」
「きっと侍女さんがきれいに直してくれますよ。それよりも・・・」
ベアトリスはアデルトルートに尋ねた。
「これから、あなたの問題を解決するために、どうしたらいいとお考えでしょうか?」
「私の立場では、実の親に聞くことはできない。ならば、今私の周りにいる人や、これから出会う人に愛してもらえるようにすれば、いいのかな、と・・・」
だんだん声が尻すぼみになっていく。だが、アデルトルートの言葉こそがセラピーの到達点だ。
「ええ、そうですね。未来は自分で作っていけますから。それに、私も母というか、家族を含めてなのですが、他人との人間関係をうまく作れなかった時期があって・・・指針の魔女様の所で修行して、やっと世俗に帰ってきたところなんです。私は独り身でもよいと思っているので、自分が母になれるかなんて考えたことがありませんでしたが、子どもを産むことが求められる立場であれば、同じように悩んだかもしれませんね。21歳の私が気づかなかったことに15歳のアデルトルート様は気づいて、真剣に考えた結果です。あとは、これを忘れずに、青いものを見たらそのたびに、『周りの人に愛される自分になろう』って、思い出せばいいんです。そうすれば、忘れないでしょう?」
アデルトルートは、青のカラーボトルを見て、そうね、とうなずいた。
「ねえ、青いものを見たら思い出せばいいって言ったわよね? 青をいつも見られるようにしたいのだけれども、何かあるのかしら?」
「毎日青いハンカチをお持ちになるとか?でも、それもつまらないですね」
「何かないの?」
こんなことをいう「お客様」は初めてで、ベアトリスはどうしようとおろおろしてしまう。
「ねえ、このボトルのミニチュアとか、ないの?小さければ持ち歩けるかと思うのだけれども」
「確かに。ただ、屑石や粉を集めるのに、私3年かかったんです。いくら小さなボトルと言っても、お時間はかかりますよ。色ガラスやビーズのものも作りましたが、やはり宝石のものとは少しイメージが違うんです。きれいではあるのですが」
「何かないのかしら。青いもの。青いもの・・・あ!あったわ!」
アデルトルートは、にやりと笑った。
「あなたの家は、何を売っているの?」
「宝石とアクセサリー、です、が・・・」
「当然青いもの、あるわよね?」
「あ、あり・・・」
「あるわよね! だって、私、お買い物のついででサービスを受けているんだもの、ね!」
はい、オトヴァルト宝石商にお買い物にいらっしゃったアデルトルート様へのサービスでしたね。
「青いもので、私に似合いそうなものを持っていらっしゃい! ルースでも、何でも、よ!」
心の底から、ちゃんと感じた色を選べば、カラーセラピーって驚くほど正直に出てきます。