表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カラーセラピスト ベアトリスの相談室  作者: 香田紗季


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

66/67

14-2 揺れる心

読みに来てくださってありがとうございます。

これを入れて、残り2話です。

よろしくお願いいたします。

 ベアトリスはドゥンケル辺境領から遠く離れた地方の孤児院に行くことになった。しばらく前から神殿長の元に、悲惨な経験をした子どもたちために心のケアができる人を派遣してほしいという要請が来ていた。だが、それができる人材はベアトリスしかいない。ラウズールとの関係もあり、神殿長は対応できる者がいないと返事していた。だが、神殿に残らねばならないラウズールから物理的距離をとりつつ、神殿の目の届く所にベアトリスを置こうとした時、その孤児院は最善だと考えられたのである。


 この提案に、オトヴァルトの両親は最初反対した。娘が何かあった時、すぐに駆けつけられない所にいるのは心配だと主張したのだ。だが、神殿長は説得した。


「神殿のスタッフとして行けば、現地の騎士団にも融通が効きます。神殿からのフォローや経済的支援も当然あります。もし、ベアトリスの心がまたラウズールを求めた時、2人が再会しやすい状況にしておいてやりたいのです」


 神殿長は、話すべきではない内容だと分かっていたが、父親にだけ伝えた。


「ベアトリスはラウズールの命なのです。ベアトリスと離れるとラウズールの命が弱る。簡単に言えば、死にます。脅しではありません。本当なんです。そういう運命なのです。ただ、2人が結びつく可能性は、2人が小さい頃からあまりにも低かった。ラウズールはベアトリスと一緒にならない限り、幸せになれない運命なのです。ラウズールに何かあれば、それは神殿だけでなく、国全体の損失となります。ラウズールを生かすためにも、完全に繋がりを断たせたくない。どうか、私のわがままを聞いてください」


 神殿長に頭を下げられたら、庶民の父にはどうすることもできない。ベアトリスが笑顔を取り戻すためのリハビリに行くのだと言い聞かせて、ベアトリスを送り出した。ベアトリスは淡々と仕事を受け、出発の準備をした。


 神殿から去ることを告げると、アデルトルートは泣きじゃくった。親衛隊のメンバーから告白もされた。エドガーは一緒に行きたいと言った。だが、断った。今の人間関係から解放され、0からのスタートをすることが今の自分には必要だとベアトリスは考えていた。知り合いがいたら、つい頼ってしまうだろう。そんな弱い自分とも決別したかった。


 ベアトリスがやって来た孤児院は、衣食住がしっかりと保証され、将来のために教育が行き届いたところだった。庶民用に作られた寄宿学校だと言われても変だとは誰も思わないレベルである。手に職を付けたい子どものために、裁縫や家具作りの職人が週に何度か教えに来ており、実際その腕を見込まれて就職できた子どもたちが少なくなかった。


 冬の終わりにドゥンケル辺境領を出たベアトリスは、春をこの孤児院で子どもたちと迎えた。孤児院で子どもたちと過ごす生活は穏やかで、でも時々トラブルにも見舞われて、忙しい日々が続いた。掃除もできるし料理もできるベアトリスは孤児院でも重宝された。みんなで浴場を掃除していると、王都での数日間の掃除婦生活が思い出された。全てが遠い記憶となっていき、この閉鎖された温い環境の中で、ベアトリスはずぶずぶと平穏の中に沈み込んでいった。


 カラーセラピーに目を輝かせる子どもたちは可愛かったが、自分が子どもを持つことは想像できなかった。どこか空虚で、埋まらない何かが何なのかを考えることも諦めて、ベアトリスは毎日の生活をただこなしていた。自分が何者であるのか、何をすべきなのか、もう考えることはなかった。考えることを止めた。


 だから、家族との連絡は取っていたが神殿とは業務報告や要望のやりとりだけで、アデルトルートやエドガーたちとも連絡を絶った。初めの頃は頻繁に来ていた手紙も、ラウズールからの月に1度のもののみとなった。それにも、ベアトリスは頑なに返事を出さなかった。


 2年ほど経った頃、ラウズールから、縁談が持ち上がっているから帰ってきてほしいという手紙が来た。手紙が来た時、大事な内容だといけないからと読むだけ読んできた。今までの内容は、全く心に響かなかった。だが、ラウズールの今回の手紙にだけは、ベアトリスの心がつきっと痛み、一瞬揺れた。それでも、返事をしなかった。それがラウズールの幸せにつながるのなら、早く自分のことを忘れた方がいいと信じているベアトリスは、ラウズールの心が自分から解放されることだけを願っていた。ラウズールに幸せになってほしいだけだった。その手紙が、ラウズールからの最後の手紙となった。


 2年半もすると、神殿長という文字を見ても心が揺れなくなってきた。子どもたちと遊び、学び、掃除をし、花壇の手入れをし、洗濯をし、カラーセラピーをし・・・単調で且つ規則的な生活は、何も考えなくても自然に体が動くまでに習慣化されていた。頭を働かせる頻度が少なくなるに従って、無意識の部分が表層にあらわれるようになった。それも思いがけない形で出てくるので、ベアトリスは戸惑った。出入りの業者に結婚前提で付き合ってほしいと言われた時、男は黄色いガーベラの花束を差し出した。一瞬にしてラウズールがフラッシュバックし、気づいた時には自室のベッドに寝かされていた。過呼吸を起こして倒れたのだと、院長が教えてくれた。


「あなたが倒れて慌てている業者を見つけた子どもたちが、急いで呼びに来てくれたんですよ」


 院長は出入りの業者全員に、ベアトリスに職務以外で接触することを禁じていた。もちろん、神殿長からの指示である。そして、万が一接触が分かった場合には出入り禁止にすることも契約条項の中に含まれている。業者は本気でベアトリスに好意を持っていた。遊びでなければいいと勝手に思い込んでいた。


「申し訳ありません。ああいう行為が、ベアトリスさんの負担になるから禁止されていたんですね。私はてっきり、若い女性を守るための条項だとばかり・・・本気なら問題ないだろうと思ってしまったんです。あんなに真っ青になるほど辛くなるような経験があったんだと分かったからこそ、私が守りたいという気持ちもありますが、今はその気持ちも負担でしょう・・・。私を出入り業者から外してください。同じようなことをする奴らへの見せしめになります。それがベアトリスさんを守ることに繋がるなら、この失恋にも意味があったというものです」


 穏やかで優しい笑顔の男の心を思うと、ベアトリスは申し訳ないと思う。2年半経ってもまだ他人を信じられないのかと、自分自身に呆れてしまう。業者が立ち入り禁止になったこととその理由が伝わると、ベアトリスの周囲から男性の影がぱったり消えた。この孤児院がある村は小さな村で、外部から人が移住してくることはほとんどない。この国の一般的な適齢期から行き遅れに入り始めているとは言え、外から来たベアトリスが魅力的に見えるのは仕方のないことだ。


 この件の後、ベアトリスの知らないところで、黄色いガーベラは孤児院への持ち込みが禁止された。神殿長に報告をした孤児院の院長は、黄色いガーベラがベアトリスとラウズールの思い出の花であり、2人の思い出が強烈につまったものだと知り、先に教えてくれなかったことを神殿長に抗議した。そして、思い出深いもののリストを元に、それらをさりげなく、徹底的に排除した。ラピスラズリも、その1つとなった。


 ベアトリスは今回の件で、自分がラウズールを忘れたわけではなく、無理矢理記憶に蓋をしていただけだということに気づいてしまった。どうしても忘れられない。これがただの未練なのか、魂が引き合うように求めているからなのか、ベアトリスには分からなかった。分かったことは、無理矢理忘れようとしても忘れられるものではないし、ラウズールと過ごした日々が幸せなものだったという事実だ。ベアトリスは無理に忘れることを止めた。そして、あの日々を肯定的に受け止めようと思うようになった。


 そうなると、今度はラウズールのことが思い出されてならなくなった。どうしているだろうか。縁談はうまくまとまっただろうか。あの時感じた胸の痛みは、ラウズールが他の女性と幸せになることへの嫉妬や悲しみだったのだろうか。


 「ラウ・・・」


 夕方、細い三日月に向かってその名を呼んでみる。夕焼けのオレンジがほのかに残る藍色の空にぽつんと浮かぶ三日月は、まるでラウズールのように見えた。

読んでくださってありがとうございます。

次話が最終話になります。

いいね・評価・ブックマークしていただけるとうれしいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ