14-1 壊れた心
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最後の章になります。これを入れて残り3話です。
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ラウズールたちがドゥンケル辺境領に戻った後、1ヶ月ほどでベアトリスもドゥンケル辺境領に戻った。家族には怒られたが、同時にベアトリスの顔から笑顔が抜け落ちてしまったことに気づき、それ以上何も言わなかった。仕事を勝手に休んでしまったことの謝罪と、辞職の願いを持って神殿長に会いに行ったベアトリスは、神殿長に慰留された。
「ベアトリスのカラーセラピーで癒やされた人は少なくありません。これからも神殿に協力してもらえませんか? アデルトルートもさみしがっています」
ベアトリスは首を横に振った。
「私はラウズール様とは婚約を破棄するつもりです。同じ職場に婚約を破棄した相手がいるというのは、ラウズール様にとってもやりにくいでしょう。元々私は庶民で神殿で仕事をさせていただけるような存在ではございません。逆に、ラウズール様は神殿から離れることができません。心理的な距離を取るためには、物理的な距離を取る必要があります。物理的な距離が開けば、必然的に心理的な距離も開くというもの。私はラウズール様を解放したいのです。どうか、お聞き届けください」
神殿長は知っている。2人は本当に愛し合っていることを。そして、ベアトリスがいなくなったらラウズールの心が凍り付き、そう長くは生きられなくなってしまうことを。神殿長は一計を案じた。ベアトリスに、自分の目の前でセルフセラピーをさせ、その答えで判断すると言ったのだ。
ラウズールの部屋からベアトリスの物一式が持ち込まれた。準備の間、ベアトリスはアデルトルートの部屋に行っている。荷物を運んできたのはラウズールだった。
「ラウズール。あなたは物陰でベアトリスが何というか聞いていなさい。そして、どうすべきかよく考えなさい」
荷物をまとめるだけで涙が止まらないラウズールは、もう心が折れそうだ。
やがてベアトリスが入ってきた。ラウズールもやつれたが、ベアトリスは感情という感情を全て失ったような能面になっていた。
「では、始めます」
いつも通り、ベアトリスがセラピーを始める。だが、質問を決めるのは神殿長だ。
「今の自分が一番したいことは何色でしょうか?」
ベアトリスは黄緑のボトルを手に取った。
「意味は、リセット、生まれ変わる、前へ進む・・・いずれも、今の私に必要なものです。現状を打破するには、ここで一旦リセットし、生まれ変わって、そうして初めて前へ進めると思うんです」
「では、今の自分の状況を色で表すと?」
ベアトリスは光のボトルを手に取った。
「意味はからっぽ、リセット、白紙に戻す、新しい世界への旅立ちと別れ」
神殿長の眉間が寄る。ベアトリスが言う。
「リセットは、本当のことを言えば人生をリセットしたい。このまま死んで、生まれ変われたらどんなにいいかって、ずっと思ってきました。でもそこから引き戻されたのはラウズールがいたから。ラウズールが泣くかもしれないと思ったら、できなかったんです。でも今はラウズールのために自分がいなくなった方がいいという気持ちが日に日に強くなっています。神殿長、自殺したら地獄に行くって本当ですか?」
無表情にそう神殿長に聞いたベアトリスの顔を、神殿長は見られない。そんなことは神殿長には分からない上、ベアトリスの能面があまりに恐ろしかったからだ。ベアトリスの心がばらばらに壊れたままだと知ったラウズールは、自分が店員の罠にはまったことを後悔していた。ここまでベアトリスの心が壊れると思っていなかったのだ。物陰で隠れて聞いていたラウズールは絶望的な気持ちになった。
あの後、騎士団に連行され事情を聞かれた店員は、ラウズールの心を手に入れたベアトリスに嫉妬し、直接的に攻撃できないことにいらだっていたという。そして、ベアトリスの心が離れればラウズールの心を手に入れられるのではないかと考え、薬物を手に入れたと言っていた。あのまま自分の家に連れ込めば既成事実を作れたのに、といった店員は今、この町にはいない。危険薬物を医官に使った罪で、遠い町で死ぬまで強制労働させられることになっている。だが、そんなことは今のベアトリスにとってはどうでもいいことだ。
人はなぜ自信を持てないのかと非難する。あなたはこれができる、人より優れていると言われても、本人にその実感がない限りその言葉そのものが呪縛となる。小さい頃に、できたことを褒められず、あるいはもっと上を目指せと言い続けられた子どもが、自信を持てない大人になるという。満点しか許さない、1位でなければ駄目・・・そういう言葉が、子どもの心を凍らせる。そして、どんなに成長しても信じるべき自分がいないから、自信を持てないのだ。そう育てたのはその子の環境、特に親である。
ベアトリスの親がそんな親ではなかったことは、指針の魔女の調査ではっきりしている。そして、それが魂の傷だとも言われている。この世界に前世という概念はないが、もし前世というものがあったとするならば、ベアトリスの前世を生きた人がそういうひどい扱いを受けたのだろう。周りの人間は、それを「期待した」「この子ならもっと伸びると思って叱咤激励した」などと言う。だが、言われ続けた方はたまったものではない。心のどこかが常に冷えた状態。恋人から熱いキスをされても、その愛がいつまで続くものかとどこか醒めた目で自分を見るもう1人の自分がいるように感じる。仕事で褒められても、同じくらいの人が後から入れば自分はお役御免になるのだという諦めが常にある。
そういったものが、ベアトリスの心の中から消えたわけではなかった。ベアトリスなりに一生懸命コントロールしていただけなのだ。それを周りの人間は誰1人気づかなかった。もう大丈夫だろうと思い込んだ。心を閉じさせなければ確認し続けられたかもしれないが、1度心を閉じたらもう何を聞いても受け付けない。それが今のベアトリスの状況だ。神殿長は、ベアトリスの言葉にならない叫びが聞こえたようで、心が苦しくてならない。だが、心の苦しみに無理矢理蓋をしてしまったベアトリスには、神殿長がなぜそんなに苦しそうなのかが分からない。
「神殿長?」
ベアトリスに呼ばれて、神殿長ははっとする。
「ベアトリス。あなたには神殿から別の職を与えます。ご両親には伝えてあり、了解も得ています。あなたの次の仕事は・・・
読んでくださってありがとうございます。
ベアトリスの次の仕事は、次回!
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