13-3 思い合う心と、ありのままの自分と
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「ベアトリス、あなた悪い子ね。私に黙っていなくなるなんて」
護衛騎士が気の毒そうにベアトリスを見ている。
「奥様、私は婚約者に話があって来たのです。奥様とお話しすることはございません。離してください」
「あら、私、あなたの雇い主のままよ。契約は生きているわ」
「いいえ、家令様にお願いして破棄していただきました」
「私が書類を持っているから主人が決裁していないの。だから、契約は有効なのよ」
馬車に押し込まれ、ベアトリスはダンクラートの家に連れ戻されてしまった。これではラウズールに話をすることもできない。どうしたらラウズールと連絡が取れるだろうか?
「さあ、あなたが置いていったカラーセラピーの道具を用意したわ。早速遊びましょう?」
カラーセラピーを遊びだというのか。心を救い、人生の道しるべを見つけるためのツールを遊びと言い切ったマルガレーテに、怒りの感情が湧く。
「遊びですか? 遊びではないので、できません」
「わがままねえ。困った子だわ」
侍女たちは青い顔をしていた。この数日この邸で何があったのかは分からないが、マルガレーテが異常なことだけはよく分かった。
「遊びではないので、遊びと言われたらできません。自分のあり方を決めるためのツールとして、私は指針の魔女様から大切にするようにと言われながら学びました。私の大切なものをないがしろにする方に、カラーセラピーはできません」
「いいわ、そういうことにしてあげる」
家令は、ネルケは、他の使用人たちは誰も気づいていないのだろうか? こちらの考えを読まれないように、平然とした顔をし続ける。
「ねえ、今の私、何色かしら?」
「ご自分で色を選んでください」
「選べないから、あなたに選んでほしいの」
「私が選んだら奥様のセラピーにはなりません」
「またまた、そんなことを」
「これは遊びではないと言ったはずです。私はこれを神殿の治療行為の一環として行ってきました。カラーセラピーを愚弄することは、それを認めてくださった神殿長への侮辱となりますが、それで構いませんか?」
「そんな大事にしなくても・・・」
「なりますよ。ドゥンケル辺境領では私に手を出したら神殿と騎士団の両方から睨まれるって有名でしたから」
「嘘よ」
「お調べになれば分かることです。私が嘘を言っているかどうか、家令様をお使いになったらどうですか?」
流石のマルガレーテも思いとどまったようだ。
「分かったわ。私は藍色。これでどう?」
「藍色ですか。お気の毒に」
ベアトリスはここで、カラーセラピーでやってはいけないことを・・・はったりをかますことにした。思い切り挑発することにしたのだ。
「藍色にはネガティブな意味が多いんです。迷い、社会と調和しない、人から理解されにくい、悲観、秘密、苦悩、深い悲しみ・・・」
「やめて!」
マルガレーテが耳を塞ぎながら叫んだ。
「違うわ、私の藍色はそういう意味じゃない!」
「いいえ、周りを見ようとしないでいる内に周りが本当に見えなくなって慌てたのでは? そして、どうにか見ようとして、他力本願になる。占いやスピリチュアルなものに傾倒する。のめり込んでいる自分にさえ気づかない。それを指摘されると、誰も理解してくれないと嘆く。少しでも道が開けたように感じるとその人に導いてもらおうと考えてしまう・・・」
「やめて! やめなさい!」
「奥様、あなたが言えと仰ったのですよ。それなのに、止めろと? どちらが本心なんですか?」
「嫌! ベアトリスはそんな言い方しないわ!」
「あなたは自分が作り出した妄想にとらわれ、悲観的になり、旦那様を疑い、自分の首を絞めつづけたという事実から目を背けてはならないのです!」
「ああ~!」
マルガレーテが床に崩れ落ちた。だが、護衛の騎士も、侍女たちも、誰もマルガレーテを助けようとしない。
「どうして誰も助けてくれないの? どうして誰も私に優しくしてくれないの?」
「誰も助けてくれないのではありません。助けが必要ではないのにあなたが勝手に助けが必要だと妄想しているだけなのです」
「そんなことない! 私はこんなに苦しんでいるのに?」
「最初は何に苦しんだんですか?」
マルガレーテは え? という顔をした。
「最初です。何が苦しかったんですか?」
「夫との時間が、思うようにとれなかったことよ」
突然マルガレーテが自分語りを始めた。カラーセラピーで大切なことの1つは、この自分語りを最後まで聞き、否定しないことだ。
「私たちは恋愛結婚ではなく、お見合いだったの。結婚が先に決まって、少しずつ距離を縮めようって言っていたのに、結婚式まで手紙のやりとりが数回だけ。結婚したらお話しようと思っていたのに、帰ってこない。そのうち子どもはまだかと言われるようになった。まだかと言われても、一緒にいる時間が短いのに、どうしたら子どもができるというの?
いつの間にか私は子どもが産めないのではないかと言われるようになった。苦しかった。それなのにあの人は守ってはくれなかった。授かり物だから、できなければできないで構わない、それに子どもが能力者だったら取り上げられてしまうし・・・そう言って私の苦しみを理解してくれなかった。
私は家に引き籠もるようになった。他の人たちが子どもの話をしているのが辛かったし、あなたには分からない話だったわね、なんて言われるのも苦痛だったから。家に引き籠もったら、外で何を言われているのか分からなくなって、どんどん不安になっていった。あの人はそれならば出かければいいと簡単に言うけれども、もう一度輪に入るのがどれほど大変なことなのか全く分かっていないのよ。私は前にも後ろにも進めなくなった。ただ、籠の鳥として夫の帰りを待つだけの存在になり果てた。
こんなの、私が望んできた姿じゃない! 私はもっと輝きたかった! 子どもも産み育ててみたかった! でも、もう遅いのよ・・・もう、駄目なの」
マルガレーテは打ちひしがれている。ベアトリスには妊娠や出産・それに子育てのことは分からない。だが、子どもがいないことに対し、必要以上に干渉してくる人間が多いのも事実だ。それがどれほど女性の心を傷付けているかも知らず、平然と・・・。
「結婚すれば妊娠なんて当たり前。」
「まだなの? もう3年も経つのよ?」
「もしかして、体に問題があるの?」
「お母さんになるのって、大変なのよ。あなたには分からないでしょうけれど」
「子どもの話をしても、あなたには関係ないものね」
かつての友だちとの付き合いが切れていく。切られたわけではない。切らざるを得ない状況に追い込まれて仕方なくそうしているのに、付き合いを切ったと言われている、と風の便りに聞く羽目になる。自尊心はズタズタだ。それを夫が理解し共感してくれていれば、何かする必要なんてない。だが、夫たちはそれが分からない。余計に傷付けることの方が多いのだ。
「奥様、先日流産のご経験があると仰っていましたね。流産もお辛かったと思いますが、それ以上に、その時に寄り添ってくれなかった旦那様に、トラウマを抱えていらっしゃるのではありませんか?」
侍女たちがはっとしてマルガレーテを見た。泣き顔を隠そうともせずにベアトリスを見ている。
「旦那様が寄り添ってくれていたら、違った?」
「私は、そう思います。辛いことを2人で乗り越えるために夫婦になるんでしょう? お互いのことを、あるいは片方が少しでも相手を信用できない部分があると思ってしまったら、足並みは乱れるんです。一緒に歩いて行けないんです。奥様はそれでも旦那様にしがみついて一緒に歩いて行くのですか? それとも、自分のペースで歩ける代わりに1人で立って歩いて行くことを選ぶのですか? さあ、お選びなさい!」
「1人は嫌! 寂しいのは嫌! 誰か一緒にいて! お願い・・・」
その時、部屋の扉が開いた。
「一緒にいるのは、私では駄目なのか?」
ダンクラートがそこにいた。
「今まであまりにもスピリチュアルなものにのめり込んでいくのが怖くて、グレーテと距離を取ってきた。だが、それこそがグレーテがスピリチュアルなものにのめり込む原因だったのだな。済まなかった」
マルガレーテは呆然とダンクラートを見つめている。
「旦那、様?」
「私がいるのだから、もうベアトリスはいらないだろう? 解放してあげよう?」
「旦那様・・・」
泣き始めたマルガレーテをダンクラートが抱きしめる。その胸でマルガレーテが泣き続けている。ダンクラートがベアトリスを見て、扉の方に視線をやった。出ろ、ということだろう。ベアトリスは目礼をするとそっと部屋を出た。家令が、遅くなって申し訳ありませんでした、と謝ってくれた。
「助けを呼んでくださったんですか?」
「旦那様を呼んだのは私どもです。ですが、そこの神官様がベアトリスがこの家に連れ込まれたと・・・。」
ベアトリスははっとして頭を上げた。ラウズールが心配そうな顔でこちらを見ている。
「もう、大丈夫か?」
「はい。解放されました。」
「そうか。」
二人の間に沈黙が落ちる。
「君のやりたいことは、君が君らしくいられるのは、カラーセラピーなんじゃないだろうか?。それはどこででもできることだと知っている。だけど、僕の隣はもう君のものと決まっていて、他の人には譲れないんだ。」
ラウズールにとって心の底からの言葉なのだとベアトリスは思う。だが、これで絆されて自分の心に嘘をついたまま結婚すれば、ベアトリスの中に残ったわだかまりはいつしか膨れ上がり、どうにもならないところで爆発することになるだろう・・・まるで、マルガレーテのように。
ベアトリスはラウズールの顔をまっすぐに見た。ラウズールの目が、揺れている。
「私にはまだ迷いがあるから、ラウズール様と一緒に帰れません。ですが、もう少ししたら一度ドゥンケル辺境領に戻って、片付けるべきことを片付けたいと思います。」
ラウズールはがっくりとうなだれた。護衛騎士がラウズールを抱え上げた。
「ベアトリスさん、ラウズール様は私が責任を持って神殿までお連れします。ベアトリスさんも、気をつけて早めにお戻りくださいね。ご家族の方も、神殿長も、親衛隊のみんなも、本当に心配していますから。」
ラウズールは後ろ髪引かれる思いでドゥンケル辺境領に戻っていった。ベアトリスは森の猟師夫婦の元に戻った。そして、顛末を語り、あと少しだけここに置いてほしいと頼んだ。猟師は、じっとベアトリスの話を聞いていた。そして、ぽつりと言った。
「自分が決めた決断には責任を持てるが、他人のアドバイスで重要なことを決めてしまうとそれが失敗した時に他人のせいにしてしまう。納得できるまで考えればいい。」
ベアトリスは頷いた。自分が自分らしくいられる生き方を探さなければ。
読んでくださってありがとうございます。
これにて13章 藍色の章終了です。
ベアトリスとラウズールはどうなるのか?
次回から最終章 光の章 に入ります。
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