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カラーセラピスト ベアトリスの相談室  作者: 香田紗季


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12-3 本当に大切な人

読みに来てくださってありがとうございます。

カラーセラピー入ります。

よろしくお願いいたします。

 数日後、隣国から聖女の父である公爵が聖女を迎えにやって来た。帰ろうという父に対して、何が何でもここで神殿長と結婚すると言い張る聖女に、周囲は困惑しかない。


「お前はもう神殿長から結婚相手として見られないと言われているんだ。ここに残ることはできないんだよ」

「だめ、公爵令嬢である私に釣り合う人なんて、もう国内にはいないんだもの。それならばお隣のこの国にお相手を求めるのは当然のことじゃない!」

「お前は嫌われているんだ! 嫌いな相手と結婚するわけがないだろう?」

「嫌われていたって、お飾りの妻だって構わないわ。神殿長の妻という立場が必要なのよ!」

「この国では、そういうものは必要とされていない。お前のような考えの者は受け入れられないんだ」

「それなら、どうして縁談だと言って私をこの国に行かせたの?おかしいじゃない!」


 父娘の会話を、神殿長は遠い目をして聞いていた。


 早く、解放されたい。


「神殿長、大丈夫ですか? 目の下に隈ができていますよ?」

「ああ、イゾルデでしたか。ええ、ここのところこの問題で睡眠不足になっています」

「お気の毒に。でもこれでお帰りになるのでしょう?」

「すぐには帰りそうにありませんねえ」 

「そうですねえ」


 2人並んで話していると、ふと先日の考えを思い出した。神殿長はあまりそのことを気にも留めずにイゾルデと話を続ける。


「イゾルデと話をするのは全く苦にならないどころかとても楽しいのに。どうして彼女だと駄目なんでしょうねえ」

「え?」


 イゾルデの小さな声に、神殿長は続けた。


「あなたといると楽しいし、あなたはキラキラ光って見えるのに、彼女は全くそうではない。どうしてなんでしょう?」

「え、あの、それって?」

「私自身気づいていなかったのですが、こんな気持ちになるのはどうやらあなただけなんです。これって、何なんでしょうね?」


 神殿長がイゾルデを見ると、イゾルデの顔は真っ赤になっていた。


 おやおや、照れている? これは?


 神殿長もまた自分の恋愛感情には疎いが、これまで多くの神官や巫女たちの恋愛を見聞きしていた。実体験はないが、耳年増どころの話ではないのだ。


「イゾルデ。あなたはどうですか?」

「へ?」

「あなたは私を見ても、何ともなりませんか?」

「あの・・・ええっ」

「私はあなたから見て、十把一絡げの男の中に入るのでしょうか?」

「そんなことあるわけないじゃないですか!」

 

 イゾルデの声は思いのほか大きかったらしい。公爵も聖女もきょとんとしてこちらを見ているが、イゾルデはそれにも気づかない。


「今までこんなふうに思ったことはなかったんです。でも、聖女サマに言われて、神殿長のこと、他の人とは違うって気づいたんです。特別な人なんだって・・・」

「イゾルデ」


 呼ばれて真っ赤になった顔を恐る恐る上げると、神殿長は今まで見たこともない笑顔でイゾルデを見つめていた。


「イゾルデ。私もあなたのことを特別に思っています。私の妻には、あなたがなってくれませんか?」


 突然の神殿長の言葉にイゾルデは呼吸がうまくできない。


「さあ、落ち着いて?」


 そっと背に回された手が、背中をさすってくれる。次第に落ち着きを取り戻したイゾルデが、本気ですか、とつぶやく。


「もちろんです。ああ、彼女には感謝しなければなりませんね。私自身の本当の望みに気づかせてくれたのですから」


 小さく頷いた神殿長は、あちらをご覧なさい、と言ってイゾルデを公爵父娘の方に向けた。唖然とした二人が、こちらを見ている。


「これで諦めるでしょう」


 言うやいなや、神殿長はその長いローブの中にイゾルデを囲い込むと、2人の顔を隠した。そしてイゾルデの唇にキスをした。


「見えなくても、何をしていたかは分かるでしょうからね」


 そう言ってローブを元に戻す。ほんのり赤い神殿長と、真っ赤なイゾルデがそこに立っていた。


「私、当て馬なの?」

「どうやらお前があの2人をくっつけたようだな」

「そんな! お父様、私それではどうすれば・・・」

「・・・帰ろう」


 優しく言った公爵に、聖女は嫌よ、と大声で叫んだ。


「嫌! 絶対に嫌!」


 そう言って、アリアンナは走って行ってしまった。


「誰か、追え!」


 とレイの命令が飛ぶ。すぐに捕らえられたアリアンナは、泣いていた。


「聖女アリアンナ。私はあなたと結婚しません。ですが、本当に大切な人に気づかせてくれたことには感謝します」

「私を見て笑いたければ笑うがいいわ。何よ、こんな変な国に来る人なんていないわよ!」

「どうしたらこれほどねじ曲がるのですか、公爵?」

「弁解の余地もありません」


 このままでは、アリアンナは駄目聖女として一生蔑まれていくことになるのだろう。そう思うと、神殿長はそのまま帰すことがはばかられた。神殿には様々な能力者や、ベアトリスのようなスタッフもいる。


「問題解決の糸口になるかもしれない者がいますが、会ってみたいですか?」

「え?」

「アリアンナ、あなたはどこかで歪んでしまっています。その歪みを元に戻さなければ、あなたは一生苦しむことになるでしょう。解決のための糸口を見つけられるかもしれない者が神殿にはいます。うまくいけば、あなたの心の歪みがとれる可能性があります」

「何よ、私が歪んでいるなんて、失礼ね」

「だが、事実だろう、アリアンナ」

「む・・・」

「神殿長、お願いできますか? 私には娘を助ける方法がもう分からないのです」

「いいでしょう。今日の午後、神殿に連れてきなさい。終わったらそのまま帰るのですよ」

「嫌だって・・・」

「黙れ、罪人の分際で何を言う!お前への処罰の1つとして、神殿長の命令に従え。それが不満だというのなら、ここで死刑にしても構わないぞ」


 埒が開かないとレイが口を挟んだ。


「威圧して動けないうちに斬り殺すこともできるぞ?」

「分かりましたっ、神殿長の仰るとおりにすればいいんでしょう!」

「では、午後に。団長、イゾルデを少しお借りしても?」

「イゾルデ、休暇申請はこちらで通しておく。行ってこい」

「は、はい・・・」


 神殿長はイゾルデの腰に手を回すと、そのまま馬車にエスコートした。向かうのはもちろん、神殿である。


・・・・・・・・・・


 神殿長がベアトリスを呼んだ時、ベアトリスとラウズールは昼食を取っていた。急いで食べ終えて神殿長の執務室に行くと、午後に聖女のカラーセラピーを行うように、と指示された。


「聖女様は、相手が私だとご存じなのですか?」

「いや、知らないでしょう。ですから、ラウズールとシルトを付けます」

「シルトさんですか?」

「10秒あれば、何が起きても対応できるでしょう?」

「そういうことですか・・・では、私の執務室でよろしいですね?」

「ラウズール、任せましたよ。私は今からイゾルデと大切な話があるので・・・」

「「イゾルデさん?」」


 神殿長の背後に、イゾルデが赤い顔をして俯いている。


 ああ、そういうことね。


 2人は黙ったまま頷いた。

 

「それでは、準備もありますので失礼します」


 大仕事だ。ベアトリスは気合いを入れた。




 午後2時頃、聖女と公爵が神殿にやって来た。使用人たちは引き払うために荷物をまとめさせている。ラウズールの部屋に入ったアリアンナからは、ラウズールとシルトの姿は見えないようにしてある。


「こんにちは、聖女様。今日はよろしくお願いいたします」

「いいから、早く終わらせて!」


 ベアトリスはアリアンナの言葉を無視して、丁寧にボトルを並べた。


「あら、宝石なの?」

「はい。家業が宝石商ですので、屑石を集めて作りました」

「これだけ集めると、なかなか壮観ね」

「せっかくなら、きれいなものの方が女性受けがいいかと思いまして」

「それは賛成。あなたいい目をしているのね」

「恐れ入ります」


 にっこりと微笑むと、アリアンナの顔から力も抜ける。よし、行こう。


「この3本のボトルの中で、聖女様ご自身らしいと思われるものを直感でお選びください」


 紫を取る可能性が一番高いとは思うが、緑の可能性もある。橙も0ではない。


「じゃ、これ」


 アリアンナが取ったのは、橙だった。


「この3本は、人間関係を築く上で何を重視しているか、ということを知るため使います。橙ということは、お仲間といかに明るく楽しく過ごせるか、それを重視しているということになります」

「そうね。せっかくなら楽しく過ごしたいと思うし、1人は寂しいと思うから、壁の花になっている方がいればつい声を掛けてしまうの。煙たがられることがほとんどだけれども」


 困ったわ、そんな感じの表情をしたアリアンナにはっとした。少し意外だが、本当のアリアンナは友だち思いの明るい人であるようだ。


「ではお友達の多くいらっしゃるのでしょうか?」

「それが、身分というものがあるから、それほど親しくなれないの。同格の公爵令嬢は今いないし、侯爵令嬢になるともうそこであちらに遠慮が出てしまうわ。それでも親しくしている人は多いと思うわよ」

「そうですか」

「でもね、もうほとんど、お付き合いできないの」

「どうしてでしょうか?」

「みんな結婚して、子どもの婚約者を決め始める年齢になってきているの。自分が結婚の活動をしているのは、私だけ。あとは、ずーっと年若い令嬢ばかりだから、最近の夜会は寂しいものよ」

「貴族の方って、そんなに早く婚約者を決めるんですか?」

「この国に貴族はいないのだったわね。場合によっては、お腹の中にいる時にお相手が決まっていることさえあるわ。10歳くらいまでにある程度絞り込まれるわね」

 

 それは、大変だと思う。


「だから、一度その枠から外れてしまうと、その非が自分になかったとしてもその後の結婚がなかなか難しい条件になってしまうの」

「もしかして、神殿長との結婚に拘った理由って・・。」

「そう。もう私の国では、条件のよい結婚は望めない。あるのは、奥様を亡くされて老後を看取るための夫人を求めている方か、結婚が長続きしない方、あとはお金持ちの庶民になってしまう。公爵令嬢の品位を落とさない結婚が無理なの」

「そうでしたか」

「でも、神殿長はもう諦めたわ。イゾルデとあんなこと見せつけられて、やっていられるものですか」

「ええ、その心意気です。私も一方的に婚約を拒否されたことがあるので、よく分かります」

「あら、あなたも?」

「はい。縁談として進めるか話し合う以前に、先にお断りされました」

「なかなか堪えるわね」

「でも、いいんです。私には新しい婚約者ができましたから」


 しまった、ここまで話すつもりではなかったのに。


 ベアトリスはアリアンナの顔を窺った。思いのほか平気な顔をしている。


「あなたは、どうやって次の方を見つけたの?」

「え、私の話ですか?」

「乗りかかった船よ。吐いておしまいなさい!」


 にやにやとアリアンナが笑っている。仕方ない、シルトさんもいるけれど、ラウ、ごめんなさい。


「小さい頃の初恋の相手と再会しまして、相手の方もずっと思っていてくださったそうで、それで・・・」

「あー羨ましい!そんなこともあるのね。物語のようだわ!」


 顔から火を噴きそうだとベアトリスは思ったが、気を引き締めた。


「では、ここからは聖女様のための時間です。聖女様」

「聖女様って止めない? アリアンナでいいわ」

「では、アリアンナ様。今の自分の問題を色で表すと、何色のイメージがありますか?」

「そうね。橙かしら」


 ボトルを手に取ってコトリ、と手元に置く。


「これは橙に関係することばですが、気になるもの、思い当たるものはありますか?」


 アリアンナは「心の傷」と「孤独」という言葉を指した。


「どういうことか、お話くださいませんか?」

「ん~そうね。何がというわけではないのだけれど、小さいことから他人との会話や行動がぴったりはまらないといえばいいかしら?歯車がかみ合わないの。そのことで、嫌な思いもたくさんしてきたわ」

「お友達ですか?」

「それもあったけれども、家族ともうまくかみ合わないのよね。私は平気で言ってしまうから、相手が泣いていることに気づかないこともあったし、本当のことを言って何が悪いんだろうって思ってきたわ」

「自分が言われると悲しいのに、他人には言うんですか?」

「だって、事実だから。私については事実ではないから」


 ああ、このパターンの人は難しい、とベアトリスの記憶が叫ぶ。自分がするのはいいが、他人がするのには耐えられないという人だ。それがわがままなのではなく、脳の思考として存在する一種の特性だ。協調性はほぼなく、自分が世界の中心になってしまうため、小さい頃から折り合いの付け方を学ばせる必要があるのだが、公爵家では見抜けなかったのだろうか、手を何も打ってこなかったようだ。


 この国だと能力判定時にこの特性がある子どもは指摘を受けるから、その段階で準備ができるのよね。


 能力判定の精度には様々な功罪があるが、この点は「功」の部分だと思える。そして、ベアトリスは指針の魔女の言葉を思い出した。


「こういうタイプはね、芸術方面で高い能力を発揮することがある。音楽・絵画・骨董品、何がその人の得意分野かはやらせてみないと分からない。庶民の世界でそれを見つけることは、親の仕事であり、学校の先生の仕事でもある。見つけた子は幸せだよ。好きなこと・得意なことを仕事にできる可能性が高くなるからね。逆に見つけられなかった子は、何をやっても駄目だと言われて、良くない方向に進むことも多々ある。お前が親になった時には、しっかり見てあげるんだよ」


 これは後で調べなければ、とベアトリスは心の隅に置いておくことにする。


「本当のことを全て口にすることは、正しいことでしょうか?」

「どうして?」

「自分のことは、自分が思っている以上に見えないものです。つまり、自分が気づかぬ内に何か問題を起こしているかもしれないのです」

「それはそうでしょうけれども」

「それにアリアンナ様、ご自身が言われた時、その言葉が不快で受け取りたくないとお思いになったのではありませんか?」

「それはそうよ。当たり前じゃない」

「ということは、相手の方も、それがたとえ事実だとしても、不快で受け取りたくない言葉だと思ったのではありませんか?」

「え・・・私と同じなの?」 

「はい。もちろん個人差はありますし、他人の心の中をのぞけません。ですが、ある一定のレベルまでは、自分が嫌なことは相手も嫌なのです。他の生き物ではなく、私たちは同じ『人間』という生き物なのですから」

「ふうん」

「どうしても言わなければならない時は、言い方を少し変えるんですよ」

「言い方を変える?」

「はい。リフレーミングというのですが、ネガティブな言葉を敢えてポジティブなものに置き換えるんです。例えば、『あなたはうるさい』だと喧嘩になるかもしれませんが、『随分楽しそうな声が聞こえるわ』と言えば、表現の角を取ることができます」

「でも、それって褒めていないかしら?」

「『楽しそうな声』と言ったら、どんな声でしょうか?」

「明るく、大きな声よね」

「そうです。では静かにすべき場所で『楽しそうな声』がしたら、その場面にふさわしいでしょうか?」

「ふさわしくないわね。あ、時と場所によって意味が変わるってこと? 面倒くさいのね」

「それを使いこなせるようになると、言いたいことを言っていてもトラブルは減りますよ。訓練次第ですから、これから少しずつお試しになったらいかがでしょう?」

「参考にさせてもらうわ」

「あ、今のですよ。頑張ってみようとは思わないけれども、とりあえず話をなかったことにしようとしましたよね?相手に不快感を与えないような言い方の1つです」

「そうなの? それなら、私もできそうね」

「ええ、きっとできると思います」


 聖女様は、きっとこの特性が原因の一1で、結婚が決まらなかったのだろう。わがままで他人を振り回し、傷付けることに抵抗感がないと思われるような言動しかしないのだから。だがこれで言い方の勉強をしてくれれば、少しはトラブルも減らせるはずだ。


「では、次です。今アリアンナ様が困っていることを解決するために必要なことは、何色だと思いますか?」


 アリアンナは青緑のボトルを手に取った。


「では、この中で気になる言葉は何でしょう?」


 執着からの解放、価値の創造、断つ・・・


 指さした言葉に注目する。


「詳しく話してください」

「そうね。まず私、というか父の方が、なのだけれども、結婚に拘るのを止めた方がいいと思うの。こんなことで時間を使うくらいなら、他のことに費やしたいわ。それでね、そのためには私というものに価値を付けなければならないと思ったの。安易に修道院っていう人もいるでしょうけれども、1人でも生きていけるように、今から少し時間とお金を使って、自分に何ができるのか探したいわ。それからね、1人でできるようになったら、公爵家とは縁を切ったほうが、私自身も楽になると思うのよね」

「そうですか」


 もしここで何かが見つかれば、アリアンナの目もそちらに向く。というよりも、こういうタイプの人は一度のめり込むと飽きるまで深い集中に入る。飽きるまでの長さは人それぞれだが、アリアンナは長いだろうと何となく思われる。


「では、どんなことがお好きですか?」

「好きなこと? 余り考えたことがないのよね」

 

 そう言いながら、アリアンナはラウズールの執務室を見回した。


「事務仕事は向いていないと思うの。私、ミスが多いってよく言われてきたから。それから、掃除婦も難しいわね。小さな家なら何とかなるかもしれないけれども大きいお屋敷は無理だわ。ん~秘書も無理ねえ・・・」


 部屋を歩き回るアリアンナに、ベアトリスはラウズールとシルトが見つかるのではないかと心臓がバクバクしている。


「あ、絵を見るのは好きよ。それから、こういう机のデザインとか、カーペットの柄とか織りを見るのもいいわね。宝石も好きだし・・・」


 花瓶を見つけたアリアンナは、じっとその花瓶を見て、そしてベアトリスに行った。


「ねえ、この花瓶なんだけど、どうやって入手したの?」

「私はこの部屋の主ではありませんし、神殿にお手伝いに来ている庶民ですので、それが神殿のものなのかラウ様個人の所有物なのかもわかりません」

「そう。これ、かなりの高級品よ。200年位前のアンティークだわ。海を越えた国から輸入されたものね。今買ったら相当高いはずよ」


 何でもないことのように言うアリアンナに、ベアトリスは思わず物陰のラウズールを見る。ラウズールは首を横に振っているから、知らなかったのだろう。


「あの、アリアンナ様? もしかして、骨董とか絵画とか、そういうものの価値がおわかりになりますか?」

「そうね。昔から接してきたからかもしれないのだけれど、何となくこれは本物だとか偽物だとか、そういうのも分かるような気がするわ」

「アリアンナ様。すぐに能力判定を受けましょう。お国には能力判定がないんですよね?」

「ええ、ないわ」

「ちょっと待ってくださいね!」


 ベアトリスはラウズールに目配せすると、廊下にいた騎士に、大至急カタリーナを呼んでほしいと告げた。


「能力があるのか、いいものに触れてきたことで身についたものなのか、はっきりさせましょう」


 カタリーナがやって来た。走ってきてくれたようでベアトリスは頭を下げた。


「実はアリアンナ様に、芸術に関する能力がある可能性が出てきました。お国では能力判定がないそうなので、お帰りになる前に知ることができればこれからの生き方にも変化があるのではないかと思われます」

「そういうことね。分かりました。聖女様、こちらへ」


 カタリーナはアリアンナを座らせると、その頭に手を置いた。


「もしかしたらピリっとした刺激を感じるかもしれませんが、気にしないでください」

「分かったわ」


 カタリーナがアリアンナの脳内をスキャンする。どのような能力があるのか、確認していく。


「終わりました」


 大人の能力判定は力がいると効いたことがある。カタリーナは相当疲れたようで、座りこんでしまった。ベアトリスは慌ててカタリーナをソファに座らせると、砂糖多めのぬるい紅茶を出した。脳疲労であれば、糖分の補給が必要だ。カタリーナは一気に飲み干すとふっと息をつき、5分待って、と言うと目を閉じた。


「お待たせしました。もう大丈夫よ」


 カタリーナがそう言って起き上がったのは10分以上経った頃だった。


「子ども相手だといろんな記憶を除ける必要もないから、さっとやってさっと終われるのですが、大人はそういうわけにはいきませんからね」


 カタリーナはもう一度糖分たっぷりの紅茶を飲むと、姿勢を正した。


「結論から申し上げます。聖女様、あなたには芸術品の真贋と価値が分かる能力があります。真贋が分かるので、鑑定士の仕事ができますよ。それも、国宝級の芸術品の価値まで判断する能力があります。文化的なものの収集や修復をしているところがあれば、そういう所でも働けると思います」


 アリアンナは口を手で覆っている。


「私、能力者なの? この国に生まれていたら巫女だったってこと?」

「そうなりますね。この能力は我が国に今1人もいないので、求められれば画商や骨董商、それに王家や貴族家の蒐集物の管理なども任されるかもしれません。新たな才能の発掘にも関与できますね」


 アリアンナは飛び上がった。


「私、1人で生きていけるわ!」


 喜びの余り周りが見えなくなっているアリアンナに呆然としたベアトリスだったが、はっと気づいて椅子に座り直した。


「アリアンナさん、ここで浮かれても実際に雇われなかったら駄目なんです。せっかくの能力を活かして仕事に就くために、もう少し考えましょう」


 しゅんとしたアリアンナが椅子に戻る。カタリーナはそのまま部屋にいてくれるようだ。


「最後に、もう1本だけボトルを選んでください。これからのご自身に必要だと思うものは、何色でしょうか?」


 紫のボトルを手に取ったアリアンナは、ボトルを見て頷いている。


「言葉を選びましょう」


 役割・使命感・芸術・唯一・・・


「説明してください」

「私、これから芸術の世界で生きていくわ。自分には、生まれつき役割があった。それは他の人にはないものだった。だから、私は使命感を持って、真贋を判定し、価値を見極め、新人やまだ評価されていない芸術家の発掘に命をかけるわ!」

「では、今の気持ちを忘れないようにしましょう。紫色のものって、何かお持ちですか?」

「あ、これがあるわ」


 アリアンナが身につけていたチョーカーには、カボッションカットの大きなアメジストが光っている。


「では、仕事で行き詰まったり嫌なことがあったりした時は、このチョーカーを見てください。そして、今の気持ちを思いだしてください。ちなみに、アメジストには決断・心の平和・調和といった石言葉があります。それから、紫には高貴・独特というボジティブな意味の他に、神秘・両親の愛情不足、頭を使う、芸術的、わがままというネガティブな意味もあります。ネガティブなイメージに引きずられず、これから頑張っていってくださいね」

「ええ、ありがとう。道が開けるってこういうことね」


 カタリーナがアリアンナを案内して、帰国の途につく。部屋を出たところで、ラウズールとシルトが物陰から出て来た。しかし、部屋を出ようとしたベアトリスとラウズールの前で、シルトが固まってしまった。


「どうした?」

「10秒後に災厄が・・・。」


 突然ラウズールの部屋の扉が開き、再びアリアンナが姿をあらわした。


「ベアトリス、ありがとうって言い損ねたから戻ってきたわ。あら、その人、誰かしら?」


 アリアンナの目がシルトに向かっている。シルトが苦笑いをしている。


「10秒先見のシルト神官です。」

「シルト? ねえ、あなた、私と一緒に行かない?」

「いえ、私は神官なのでこの国から出られません」

「それなら、私もこの国にいるわ!」

 「「「「えっ!」」」」


 アリアンナはシルトの目の前に立つと、お気に入りのおもちゃを見つけた時のような顔をした。


「私、あなたが気に入ったわ!」


 シルトは逃げだそうとしたが、思いのほか強いアリアンナの手で押さえ込まれた。


「ね。私あなたの顔がすごく好みなの。これから私も働くし、神殿住まいでなくても構わないわ。ね、お願い!」


 討伐以降女性にも慣れつつあったシルトだが、この押しにはあらがえなかったようだ。


「まずはお友達からお願いします」

「いいわ」

「僕は外国に行けません」

「先ほど聞いたわ」

「給料もそんなよくありません。」

「公爵令嬢ではなくなるのだから、贅沢しなくてもいいわ」

「あまりグイグイ来られると引いてしまいます」

「それは注意しましょう」


 アリアンナはシルトの腕を掴んだまま、


「お父様~!」


 と叫びながら走って言ってしまった。きっとシルトを見せに行ったのだろう。


「騒がしい方でしたが、憎めない方でもありましたね?」

「引っかき回された人間は、この国にとどまるとしったら失神するかもしれないよ?」

 

 公爵は厄介払いできたことに喜び、アリアンナを置いていった。公爵家との縁を切る書類にもサインした公爵たちはこうして帰って行った。


 鑑定能力を発揮したアリアンナは、真贋判定などのために現地に赴く必要があり、神殿住まいを強制されることなく、あちこちに出張した。真贋能力があると分かってから父は戻ってこいと言ってきたが、後の祭りというものだ。家宝が偽物と判断されて逆上されることもあったが、10秒先見のシルトの能力は、聖女の命を守るのに役だった。


 こうしてアリアンナとシルトはいつしかお互いをかけがえのない者を思えるようになっていった。2人が結婚するのは、もうしばらく先のことである。


読んでくださってありがとうございます。

次回は12章 藍の章です。

残り2章となりました。頑張ります。

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