12-2 気づき
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神官達の美しさに心惑い、神殿長に会いたいとアリアンナはわめき続けた。それを聞いて、神殿長はアリアンナの様子を見に行くことにした。もちろん、こちらから姿をあらわすことはない。物陰に隠れて、様子を窺うのである。
相変わらず自分勝手な主張を繰り返すアリアンナに閉口すると、神殿長は騎士団を出ようとした。
「あら、神殿長。どうなさったんですか?」
「久しぶりですね、イゾルデ」
イゾルデは魔の森の「澱み」から溢れる魔物討伐の際にも騎士団の一員として出征し、レイがオリスの異変に気づいて「澱み」に近づいた時には、全権を委任されたほど信頼される人物である。前の神殿長から職務を引き継ぐ時、イゾルデについての内容も含まれていた。
イゾルデの能力は、氷を思うままに操るというものだった。それは、どのように使うかによってイゾルデのいるべき場所が変わる可能性があった。氷を意のままに武器として扱うならば「軍」属になるし、冷たい水を必要とするところに出すとか、芸術として扱うというのなら氷の巫女として神殿に属すことになる。神殿長は能力判定で悩み、武器として使えれば命を守ることにもなるだろうと考えて、「軍」属にしたのだった。
つまり、イゾルデはドゥンケル辺境領騎士団の幹部ではなく、神殿の巫女だった可能性もある女性なのだ。そういうこともあって、イゾルデは時々神殿にやって来て、特に夏場に冷たい水を寄進してくれた。患者への提供はもちろん、神官や巫女たちもその恩恵に与っており、それこそ「氷の巫女」が二つ名として知られていた。イゾルデは間違ったことが大嫌いで、まさに透き通った氷のような人物だった。戦いの場では氷の刃のように鋭いが、普段の生活では柔らかい雰囲気の女性である。
「あ、もしかして聖女サマの件ですか?」
「そうなんです。早く迎えが来ないかと、胃が痛くなる思いです」
「まあ。でも、神殿長も神官の胃に穴を開けたって聞きましたが?」
「そんなことはないですよ。すこし傷ついたようですが、すぐに医官が治してくれましたから」
たわいもない会話が、妙に心にしみる。イゾルデと話をしている時は、ベアトリスと話している時のように穏やかな気持ちになれるが、ベアトリスと違ってイゾルデがまぶしく見えることが多いのだ。
氷の力で、光が拡散するのでしょうか?
神殿長はいつもそれが不思議でならない。不快ではないので、いやむしろそれにうっとりとしてしまう時さえあるので、いいのだが・・・
「イゾルデ、また神殿に遊びに来てください。この雪を雪像にすると、子どもの患者さんたちがとても喜ぶので」
「分かりました。また余裕ができたら伺いますね」
イゾルデを別れた神殿長は、リフレッシュした気分になった。
よし、今日も頑張りましょう。
元気よく騎士団を出て行く神殿長を、物陰からじっと見つめる目があったのを、神殿長は知らない。
・・・・・・・・・・
聖女アリアンナは怒っていた。侍女から神殿長が女性騎士と親しげに話しているという報告を受けたのだ。相手の名前も分かっている。取り調べの騎士にさりげなく聞いたところ、辺境騎士団の幹部の1人で、長官兼団長の信頼を得ている人物だという。
女のくせに武器を振り回すような、そんな野蛮な者が神殿長と親しいって、あり得ないわ!
アリアンナはどうすればよいのか分からない。今までこういうことは取り巻きの令嬢たちや使用人たちがいつの間にか対処してくれていたからだ。今回連れてきている侍女には、自分で考えて動けるだけの力はない。
直接言ってしまえば、早いわよね。
イゾルデを呼び出すにはどうしたらいいか。アリアンナはない頭を使って考えた。そして、取り調べの騎士にこう申し出た。
「この国のことを知りたいから、誰か教師役を連れてきてほしいの。騎士団の中に女性がいるならばその人にお願いしたいわ。幹部レベルの優秀な人だと助かるんだけど」
騎士は手配してくれた・・・当然、来るのはイゾルデということになる。アリアンナは自分の思ったように回り始めたので機嫌が良かった。
その日の午後、アリアンナの元にイゾルデがやって来た。アリアンナはやって来たイゾルデに気圧されていた。まず、キリッとした美しさ。鍛え上げられたボディーライン。武器を振り回しているとは思えない優雅な仕草。そして、上品な言葉遣い。言葉の1つひとつに重みがあり、アリアンナはこの国のシステムについて、非常によく理解することになった。
だが、目的はそれではない。アリアンナは勇気を振り絞って言った。
「あなた、私と神殿長の縁談を邪魔しているって、分かっているのかしら?」
「何のことでしょう? 私と神殿長とは、仕事上の関わり以外接点がありませんが?」
「しらばっくれるのね。あなたと神殿長が親しげに話をしているところを、複数の人が見ているわ」
「仲が悪いわけではありませんからね。神殿長はよほどのことがなければ、誰にでも親切に対応してくださる方ですよ?」
「私に不親切なのは、レアケースだというの?」
「はい。むしろ、ご自身が嫌われないと思えることに、この国の人間は驚きを隠せません」
「何ですって! この私を誹謗中傷するのね?」
「事実です。それでは。失礼しますね」
イゾルデは氷のようなまなざしで一瞬アリアンナを見たが、次の瞬間には笑顔に戻っていた。出て行ったイゾルデに震えている自分がいるのを、アリアンナは認めた。
「あり得ない、あり得ない!」
アリアンナの作戦は失敗したのだ。これからあのイゾルデはどう出るだろうか? 不安が不安を呼ぶ。
私は、何としても神殿長と結婚しなければならないのに・・・どうしよう・・・。
落ち込むアリアンナに声を掛ける人はいない。自業自得なのだから。
一方のイゾルデは、アリアンナから言われたことを考え直していた。イゾルデと神殿長は旧知の仲であり、自分の所属の問題から歴代神殿長が気にしてくれるのだということは知っている。だが、それ以上の関係ではないはずだ。
確かに、神殿長は素敵な人だけれども、結構いい加減な所もあって、周りが振り回されるのよね。それを含めても楽しい人だけれど・・・。
楽しい人、と思った自分に驚く。そして、会えるとうれしいと思っている自分にも気づく。イゾルデは頭を抱えた。どうやら自分が神殿長を憎からず思っているのだと気づかされてしまったようだ。
・・・・・・・・・・
神殿長の元には、レイからアリアンナに関する日報が届く。見るのは憂鬱だが、対策を立てるためには発言内容や行動記録をチェックするしかない。
「おや?」
思わず神殿長の口から声が漏れた。アリアンナがこの国を知りたいと講師を願い、イゾルデが対応したこと。その時、神殿長をアリアンナの仲を妨げているのはイゾルデだとアリアンナが言い放ったこと。イゾルデは毅然と対応していたこと。いくつかの事柄が、箇条書きにまとめられている。
どうしてここでイゾルデの名前が出てくるのでしょう?
神殿長は首をかしげる。確かに、イゾルデは騎士団の中でも親しい人物の1人だと言える。だが、アリアンナとの結婚を妨害しているのがイゾルデの存在だとアリアンナが主張したということは、アリアンナの目から見て、神殿長とイゾルデは親しげだったのだろう。
あの距離感で、駄目なのでしょうか?
だが、神殿長にも気づいたことがある。イゾルデと話をするのは楽しく、騎士団ではいつもイゾルデを目で探しているということに。
私は、もしかしてイゾルデのことが気になっているのでしょうか?
神殿長の胸にほのかに灯っていた火に色が付いたように感じる。
もしかしてこれは・・・。
神殿長は最後まで心の中で言葉にするのを止めた。今度イゾルデに会った時に、自分で確認しよう、と。
読んでくださってありがとうございます。
次回カラーセラピー入ります。
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