1-6 巫女の訪問
よろしくお願いいたします。
リュメルとの縁談が流れた後、ベアトリスはますます引きこもって、ひたすらボトルを見つめる日々が続くようになった。親は心配している様子だったが、無理強いして離縁されるのは、もっと傷になる。黙って見守ってくれているようだ。
青には、「冷静」という意味もある。心を静めたい時、例えば食欲を押さえたい時に、青を目に入るところに置くことで冷静になり、食欲を減退させることができる。が、青はマイナスの状態からさらに沈めていくため、ネガティブさや鬱を引き込みやすいともされている。今のベアトリスは、「落ち着き」を超えた「ネガティブ」に片足を突っ込んだ状態だ。自分が動かなければ、変わらない。でも、リュメルの言葉はベアトリスの自己肯定感を打ち砕くには十分なものだった。基礎なくしてしっかりした建物は建たない。ベアトリスは、今、壊れた建物の基礎を再び作るための材料を集めているところである。
そんなベアトリスに、指名の客が来た。相談ではなく、オトヴァルト宝石商の娘としての指名である。
「私、石の仕事はしなくていいって言われていたと思うのだけど・・・」
呼びに来た母に不満を漏らすが、母もなぜベアトリスに接客の指名が来たのか、全く分からないのだという。とりあえずお話を伺ってちょうだい、という母に連れられて、ベアトリスは入りたくない思い出のある応接室に足を踏み入れた。
「お待たせいたしました。オトヴァルト宝石商次女のベアトリスでございます」
「待っていたわよ、元聖歌隊員さん!」
元気な声に頭をあげると、にこにこした美人がいた。後ろには護衛騎士と専属侍女らしき女性が、能面で立っている。
「え、アデルトルート様?」
「アデルトルート様って、どなた?」
小声で聞いてきた母に、
「神殿の巫女様の一人よ」
同じく小声で答える。母はより柔和な笑みを浮かべた。この顔は、後で追及されるに違いない。
「それではごゆっくり」
母はベアトリスに小さくうなずくと、応接室を出て行った。
「あ、あの、今日はどのような・・・」
「先日のお願いを聞いてもらおうと思って来たのよ」
先日のお願いと言えば、サービスよろしく!のことだろう。
「今日はどのようなものをお求めでしょうか? うちは石については良いものを扱っていますが、アクセサリーは庶民が手に取りやすいものに限定しております。アデルトルート様のような方がお求めになるようなものはないかと」
「宝石の話ではないの」
アデルトルートは、ハーブティーを一口飲むと、美味しいわね、とつぶやいた。
「私の能力、知っているかしら?」
ベアトリスは首を横に振った。聖歌隊を離れてから先日の訪問まで、神殿から離れた生活をしていた。だから、この町の神殿にいる神官や巫女が、どのような能力者なのか、詳しくは知らない。治癒能力者は必ず一人ずつ配置されているか、あとはその土地の必要に応じて、配置されることになっているのだ。
「私はね、『豊穣の巫女』なの。私が歌うと大地が活性化して、荒れ地さえ緑に覆われる。澱みに浸食されることがある、この辺境にとって、人が生きていくために必要な能力を持っているわ。でもね」
アデルトルートはベアトリスから目をそらした。
「私、大地や自然とは語り合えても、人と語り合うことが苦手なの」
嘘つき。こんなに話しているじゃないの。
ベアトリスの気持ちが読めたかのように、アデルトルートはふっと小さく笑うと、こう言った。
「なぜなのかしらね。あなたとは初対面から話せたのよ。だから、私がお話をする練習相手になってくれないかしらって、お願いしに来たの。私が買い物に来た時に、ちょっと私のために時間をとるっていうサービス。駄目かしら?」
ベアトリスは、アデルトルートを見つめた。ちょっと顔が上気している。この顔は、とても努力して、思い切って言っている人のものだ。これを否定してはいけない。ベアトリスの、相談を受ける時のスイッチが入った。
「承知いたしました。では、道具を持ってきますので、少しお待ちいただけますか?」
アデルトルートは首をかしげた。
「話だけよ?」
ベアトリスは扉の前で振り返ると、にっこりと笑って言った。
「話をなめらかにするための道具ですから」
ベアトリスは、14本のカラーボトルを丁寧に包んで応接室に戻った。そして、宝石の屑石と粉の入ったカラーボトルを、赤・朱・橙・金・黄・黄緑・緑・青緑・青・紺・紫・桃・茶・光の順に並べた。
「きれいね。何が入っているの?」
「うちの工房で出た屑石や、石を削った後に残った粉です。紫ならアメジストがほとんどですし、光の透明のボトルにはファンシーカラーとも言えないいろんな色無しの石とダイヤモンドの粉が入っています。ダイヤモンドは少しですけれども」
アデルトルートは、一瞬全体を眺め、その中から青のカラーボトルを手に取った。
「この中には、何が?」
「サファイアとブルートパーズが多いですね。色味の調整のためにアクアマリンもありますし、アウイナイトも少しですが入っています。アウイナイトだけで作れたら、きっときれいな青になったと思うのですが・・・」
じっと青のカラーボトルを見つめるアデルトルートに、ベアトリスはそっと声を掛けた。
「その色が気になりますか?」
「ええ。なぜかしら。苦しいのよ。目が離せない」
次話でセラピー始まります!