12-1 神殿長のお見合い
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12章は紫の章です。
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「は? 今、何と?」
神殿長から、玉璽入りの手紙を渡されたヴァルトは、思わずその手紙を落としそうになった。かろうじて落とさずに済んだが、冷や汗ものである。
「ですから、国王の命令で隣国の聖女様とお見合いしろという、陛下のご命令です」
全く、余計なことを・・・
神殿長は頗る機嫌が悪い。新国王は前王よりまともだと思っていたが、先日のフリーダの件だけでなく、今回のこのお見合い話を聞く限り、どこかねじがずれているように思われる。
「とりあえず、団長が来たらすぐこちらに寄るよう、アデルトルートに伝えておいてくれませんか?」
ヴァルトはメモを作ると、見習いの神官にアデルトルートの所へ持って行かせた。ヴァルトはしっかり仕事の振り分けをしているようだ。
「お見合い、受けるしかないんですよね?」
「そうですね。王命ですから。フリーダの件といいい、神殿に喧嘩を売ろうとしているとしか思えませんが・・・どうしたものでしょうねえ」
ヴァルトは余計なことを言わない。だから、神殿長も言いたいことが言える。そして、自分の考えを整理することができる。
「何か事情があるのかもしれません。聖女様にはこちらに来ていただいて調べるしかないでしょうねえ」
雪が舞っている。この中をわざわざ来るというのだから、聖女様か国王には明確な目的があるのだろう。神殿長にとって、地獄の1ヶ月が始まろうとしていた。
・・・・・・・・・
隣国の聖女アリアンナが神殿にやって来たのは、真冬の嵐の日だった。こんな日は遭難の可能性があるために移動すべきではないのだが、1日も早く到着したいという聖女の意向により、護衛の騎士や使用人たちの命を省みず移動を強行したという。あまりの常識のなさと周囲の者への配慮のなさに、その段階で神殿長の心は折れていた。
ありえない。そんな女性が、なぜ聖女と言われているのだろうか?
聖女は着替えてから、神殿長の執務室にやってくるという。頭を抱える神殿長の肩に、レイがそっと手を置いた。
「嫌なら断ればいい。前の神殿長もその前の神殿長も独身だったのだから」
レイは執務室の影に隠れて、聖女がどんな人間かを一緒に見てくれるという。神殿長にとって、珍しく心強い申し出だった。
やって来たアリアンナは、美しいが派手な雰囲気の女性だった。
「この国の神殿長です。ようこそ、神殿へいらっしゃいました」
「あなた、名乗らないおつもり?」
いきなりこれか。無知にもほどがある。周りの者を見るが、誰もたしなめる様子はない。つまり、この国のことを何も知らずに来ている可能性があるのだと、神殿長は気づいた。
「私は神殿長ですので、呪いに使われる可能性のある名前を公表しておりません。子どもの頃の名前は、神殿長になる時に捨てております。ですから、あなたもただ神殿長とお呼びください」
「なんて無礼なの? 公爵令嬢である私に、自分の国の都合を押し付けて名乗らないなんて!」
神殿長の作り笑顔もここまでだった。
「我が国には我が国のやり方がある。そして神殿長たる私は、この国で序列は2番目だが、国王をコントロールする立場にある。その私を、公爵令嬢ごときが愚弄すると言うのか。直ちに立ち去れ。破談だ!」
神殿長の剣幕に、アリアンナの顔が引きつる。
「この嵐の中、出て行けと?」
「この嵐の中、やって来ることができたのだから、帰ることもできるだろう」
「あの、神殿長様。この嵐の中移動したことで、馬も人も疲弊しております。せめて1泊、休ませていただけないでしょうか?」
隣国の使者とおぼしき男性が、神殿長に低姿勢でお願いする。
「1泊、許す。明日、出て行ってもらう」
神殿長は護衛の騎士たちに合図する。専属の護衛騎士ツィオは丁寧に、だが有無を言わさぬようにアリアンナに告げた。
「出口はこちらです。どうぞ」
動こうとしないアリアンナに、使者が焦る。
「聖女様、ここは我が国ではありません。どうか、ご配慮を」
アリアンナは不承不承神殿長の執務室を出て行った・・・出る寸前に、神殿長に鋭い視線を投げつけてから。
「これは、災難としか言い様がないな」
物陰から隠れていたレイが出てきた。
「1つだけ忠告しよう。あの女、明日出て行くとは思えない。だが、うちの騎士団を使えば力で追い出したと言われ、国際問題になりかねない。したがって、何か事件が起きない限り、騎士団は動けないと思っていてくれ」
神殿長は倒れ込むようにソファに寝そべると、国王への恨み言をつらつらとぼやき始めた。レイはヴィローを呼ぶと、神殿内の全てのスタッフに、隣国の者との接触を基本的に避けること、どうしようもない時も最低限の接触で済ませること、親切にする必要はないこと、この3つをすぐに伝えるように指示した。
「難癖を付けられては困るからな。神殿長があれでは、指揮できないだろう」
レイはそのままアデルトルートの所へ行ってしまった。神殿長28歳、この期に及んで国王の駒になる気はない。確実に神殿から追い出すために、策を練り始めた。
・・・・・・・・・・
5日後、レイの危惧は現実の物となっていた。アリアンナは自分が神殿の女主人であるとして、自分勝手な行動を始めたのだ。翌日には出て行くという約束を反故にし、神殿内のことにも口を出し始めた。誰もがそれを無視していた。5日目、とうとうアリアンナの堪忍袋の緒が切れたらしい。廊下を歩いていただけのスタッフに、花瓶を投げつけて怪我をさせたのだ。怪我をしたのは・・・ベアトリスだった。アリアンナによると、公爵令嬢たる自分が歩いているのに、庶民の分際でそのまま通り過ぎようとしたのは無礼であり、隣国ならばされても文句の言えない、当然のことだと言い張った。
「何度言ったら分かるのだ? ここは隣国ではない。貴族制度もない。従って、身分の上下もなく、庶民が貴族に這いつくばるようなことは要求されない。自国の論理はこちらの国では通用しない。これ以上恥の上塗りをする前に出て行け」
「いいえ、あなた方が間違っているのです。あなた方が私に謝罪するまで、ここを動きませんわ」
「そうか。お前を傷害罪で逮捕する。連行しろ」
アリアンナは神殿長に向かって言っていたつもりだったが、いつの間にか黒衣の騎士が、同じような黒衣の騎士たちにアリアンナを囲むよう指示している。
「この国では、身分による不敬罪はない。国王であっても、庶民に怪我をさせれば傷害罪で捕らえられる。当然お前もだ」
「ふざけないで! 私は公爵令嬢なのよ! 何をしても許されるのよ!」
「許されないんだって、何度言ったら分かるんですかね、この聖女サマ。頭がおかしいとしか思えませんね」
ラントユンカーの挑発にアリアンナは簡単に沸騰し、履いていた靴をラントユンカー目がけて投げつけた。ラントユンカーは敢えて避けず、頬に切り傷が走った。
「2人目の被害者が出ました。それも現行犯です」
「縄を打て。そのまま騎士団に連行する」
「離しなさい、無礼者!」
「お願いです、聖女様をお見逃しください! 我が国では公爵令嬢は、何をしても許されるのです。本当です。この国のことを知らなかったのです。今回に限り、どうか!」
「この国に嫁に来る気があるなら、この国のことを知ろうとするはずだ。だが、そんな意欲もない。そもそもこの縁談、乗り気ではなかったのではないのか?」
レイの指摘にアリアンナの動きが一瞬止まる。それだけで、レイには十分だ。
「やはりな。で、神殿長の顔を見て、神殿を見て、欲しくなった。そんなところだろう」
唇をかみしめるアリアンナは、泣きわめきながら騎士団に連行されていった。被害者としてベアトリスの調書も取られたが、ベアトリスの言葉は
「向こうから誰か来るなあと思ったら、突然廊下の花瓶を投げつけられて、何だかよく分からないうちに叫びだして、もうどうしたらいいか分かりませんでした」
というものだった。そして、急いで駆けつけたラウズールによって傷一つ無く治癒が掛けられ、濡れた服は予備のスタッフの服に着替えて放免された。
「ねえ、ラウ? あの人、何にイライラしていたのかしら?」
「神殿長が結婚してくれないって、思い通りにならないことにイライラしていたようだよ」
「相手が望まぬことを平然とする人が、結婚なんてできるのかしら?」
「政略結婚ならあるかもしれないが、普通は相手から断られるだろうな」
「貴族って、面倒くさいのね。この国に貴族がいなくて良かったわ」
「貴族がいると金持ちが多いから、宝石は売れるはずだよ」
「そのお金は庶民が納めた税金でしょ? つまり庶民から取り上げているってことじゃない?」
「そういう面もある。そうやって集めた税を経済を回すために使うんだが、領民のために食糧を備蓄するという領主もいれば、妻子や自分の贅沢のために使う愚か者もいる。要は、賢くない世襲貴族は害悪だっていうことだ」
「そうね。疲れてしまったわ」
「今日はもう予約もないし、帰ろうか?」
「ええ、そうするわ」
エドガーに連絡して馬車を用意してもらうと、用意していたのはアイクだった。
「アイクさん、お久しぶりです。厩舎の仕事はどうですか?」
「ああ、ベアトリスさん、ラウズール様。とても楽しく過ごしています。今日から御者もやっていいって言われたんで準備していたんですが、最初のお客様がお2人とは・・・ご縁がありますね」
「そうですね。それにしても、楽しそうでよかったです」
「お2人のおかげですよ。感謝しています!」
「いえいえ、お気になさらず」
エドガーが遅れている。何かあったのだろうか? 見習いの神官が走ってきて、ラウズールにメモを渡した。
「神殿長の周辺に危険が迫っているという情報があったため、エドガーは臨時で神殿長専属護衛騎士とする。アイクなら並の人よりは遙かに強いし、馬の扱いにも長けているので、今日は護衛騎士なしで帰ってほしい」
ヴァルトからのメモだった。ラウズールが見習いの神官に、了解したとヴァルトに伝えてくれ、というと、見習いの神官はぺこりとお辞儀をして戻っていった。
「国王が何を企んでいるのか・・・それとも、隣国の思惑なのか・・・ビーチェも気をつけるんだよ」
ベアトリスには頷くことしかできない、せめて自分のことは自分で守りたいと思った。
・・・・・・・・・・
騎士団に連行されたアリアンナは、騎士団でも文句ばかり言っていた。取り調べに立ち会った騎士が唖然としたのは、聖女の定義だった。この国の神官や巫女にはもれなく何らかの能力がある。能力がなければ庶民である……前国王の娘が庶民だったように。
だが、隣国では違っていた。聖女と言っても何の能力もなく、聖女とは公爵令嬢の箔付けのための存在であり、結婚前に数年教会の仕事を手伝うだけなのだという。手伝いと言っても、当然そこに体力仕事も汚れる仕事もない。聖女のための白い衣装に身を包み、儀式に参加し、人々の目の保養になるだけである。
身分制度というものに触れずに生きてきたこの国の人間にとって、それはあり得ないことだった。誰もが努力もせず生まれだけを利用して生きてきたこの公爵令嬢に不快感を持った。そう、この国は能力をもって生まれたならそれを更に伸ばし、能力がなければ自分がやりたいことや興味のあることを身につけるべきだ、という考えの国だ。努力しない人間は蔑んだ目で見られる。その国風の国に、この聖女サマのご降臨である。当然、誰もが聖女サマを尊敬などできない。ちやほやしろというのはどだい無理な話である。
それが理解できないアリアンナは烈火のごとく怒った。隣国の父と国王に宛てて、自分が理不尽な目に遭っていると訴え、助けてほしいと願った。もちろん、暴行の現行犯で逮捕されているということは伝えない。だが、騎士団を通じて出すのだから、当然検閲される。レイは国王にも一筆書かせた上で、状況を端的にまとめた書類と共に送りつけた。また神殿長は、アリアンナの思考ではこの国では生きていけないこと、他人に暴力を平然と振るうような人間を神殿長は受け入れられないことを伝え、一刻も早く引き取るよう求める手紙を添えた。
そんなこととは知らないアリアンナは、一方的に神殿長への恋心を募らせていた。
「あんな素敵な方、初めて見たわ。混じり物の一切ない白い髪に金色の目なんて、私の国では見たことないわ。それに、背も高くて、ほっそりしていて、お顔も良かったわよね。国内での地位も高いし、神殿のような素敵な場所がお家でしょう? 召使いもたくさんいたし、きっとお金もたくさん持っているはずだわ。まさに、公爵令嬢たる私のために生まれてきたのね」
実はアリアンナは既に29歳である。だから、1つ年下の神殿長が自分のために生まれてきたなどという発想ができてしまう。もうお気づきとは思うが、この聖女サマは、隣国でもとんでもなく妄想癖が強くトラブルばかり起こしたため、父公爵が教会にねじ込んで聖女とし、何とか結婚相手を見つけようとしたのである。だが、聖女といっても何ができるわけでもない。名誉だけあっても困る。困った公爵が隣国の王と相談してようやくこぎ着けたのが、神殿長との縁談だったのだ。
公爵はこれで厄介払いできたと喜んでいた。もう2度と顔を見ることはないと思って、部屋のものも処分させていた。だから、娘からの手紙が、王・ドゥンケル辺境領長官兼騎士団長そして神殿長の手紙と共に届いた時、どうしたらよいのか分からなくなった。脱力して、慌てて家令に助け起こされたほどである。
取り急ぎ自国の王に相談をしようと王宮に出かけると、そこには厳しい顔の王が待っていた。
「やらかしたな。お前のせいで、隣国に借りを作ってしまったではないか」
そう、新国王は隣国の上に立つために神殿長をダシにして一時的に聖女を受け入れ、神殿への迷惑行為をもって譲歩なり和解金なりを引き出そうとしたのである。新国王にとって都合が良かったのは、ベアトリスへの傷害事件が追加されたことである。神殿長以外にも被害者がいたとなれば、より話はしやすくなる。
「それで? 聖女を迎えに行くのだろう?」
「いえ、それが・・・もう戻ってこないと思って、あれの荷物は全て処分してしまいまして・・・」
「お前の娘だ。お前が弁済しろ。それから、迷惑料を支払わねばならなくなった場合は、基本的にお前が出せ。あんなのが聖女だと知られて、我が国は大恥をかいたのだから。」
「陛下とて賛成してくださったでは・・・」
「あれが国外に出てくれれば国内が落ち着くと思ったからだ。王太子妃になれないなら王妃にしろなどと無茶を言う相手だぞ。目の前から消えてせいせいしたと思っていたのに、まったくお前の教育がなっていないからだ」
公爵は、昔からアリアンナが苦手だった。淑女になろうともせず、ありのままの私が好きなの、と訳の分からないことを言って、結局国にまで迷惑を掛ける災厄へと育ててしまった。
「死刑と言われたら、それも仕方あるまいな」
公爵はとぼとぼと、娘を迎えに行く準備を始めた。
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