11-3 不屈の精神
読みに来てくださってありがとうございます。
カラーセラピー入ります。
よろしくお願いいたします。
帰りの馬車の中で、ベアトリス、ラウズール、エドガーは話しあいを始めた。
「・・・そういうことなんですね」
「見ていて流石にヴァルトが気の毒になってきて・・・あいつ、見習いから正規の神官になって1年も経っていないのに、結構な激務で疲れていると思うんです」
「確かに、僕から見ても最近のヴァルトは顔色が悪い。通りすがりにスキャンしたが、胃の炎症が少し、肩こりとそれからくる頭痛がしばしば、という感じなんだ。胃の方は治癒をかけてやりたいが、本人に黙ってスキャンした手前言い出せなくて・・・」
「それなら、明日ヴァルトが来た時、ついでに体も見てもらおうっていう流れにしましょう。そうすれば、その場で発見したことにできるし」
「そうだね」
話題の主はもちろんヴァルトである。馬車に乗る前に、深刻そうな顔をしたヴァルトから明日カラーセラピーを受けられないかと言われたベアトリスは、一体何が起きたのかと思うほど青白い顔をしたヴァルトにまず驚いた。ここのところ近くで話す時間も無く、ヴァルトが走り回っているのは知っていたが、こんなにやつれていたとは知らなかった。
「ラウ、明日の予定は、午後の1件だけよね?」
「ああ。ヴァルト、午前なら空いている。僕の執務室にいるから、タイミングを見てくるといい」
最近のラウズールは、神殿内のスタッフにも「私」ではなく「僕」という一人称を使い、敬語ではなく常体の言葉で話すようになっていた。エドガーとの関係が親しくなるにつれ、使い分けが面倒になったらしい。最も、外部の人、患者、上の立場の人間にはきっちり敬語対応している。その辺りは抜かりがない。
「ヴァルトも、俺にとってのこのブレスレットみたいな『お守り』が必要になると思うんです。だから明日は、何かすぐに渡せるようなものを少し持ってきてもらえませんか?」
シトリンのブレスレットは、普段はしっかり袖の中にしまい込まれている。ちょっと引っ張ればすぐに引き出せるし、袖口から覗けばちらっと見えるそのブレスレットを、エドガーは「お守り」と呼んでいた。気恥ずかしいが、それでこそカラーセラピーのグッズとしてのアクセサリーとも言える。
「何がいいかしら?」
「ピアスは開けていないし、指輪は避けた方がいいだろう。イヤーカフか、ペンダントか、ブローチか、ブレスレットか・・・」
「書類仕事が多いから、文房具というのもありかしら?」
「ものによるんじゃないかな? 持ち運びできないと『お守り』にはならないから」
「そうね。家で少し見繕ってくるわ」
「ベアトリスさん、頼りにしています!」
エドガーとヴァルトは、ベアトリスが神殿に出入りを始めた当初からの付き合いがあり、友人として接している。ベアトリスが新しい環境になじめるようにと心を配ってくれた友人のためなら、できるだけのことはしたい。
馬車はオレンジ色の夕日の中を進んでいく。冬の初めの冷たい空気さえ、暖かくなるような気がした。
・・・・・・・・・・
「では、ヴァルトさん、始めましょうか」
「お願いします」
歩く真面目、等と最近からかわれているらしいヴァルトは、やはり真面目に対応した。なぜ真面目がからかわれるのか、ベアトリスにはさっぱり分からない。
「今の自分って、何色のイメージですか?」
「複数あるんですがどうしたらいいでしょう?」
「一番強くこれだ、と思うものを左に、次をその右に、という形で選んでみてください」
ヴァルトは淡々とボトルを手前に出しながら並べ替えていく。
紫・紺・青そして茶だ。
「紫の示す意味の中で気になるのもはどれでしょう?」
いつものように単語が書かれ紙を見せる。ヴァルトはこれまた淡々と選んでいく。
プライド・コンプレックス・使命感・存在意義・精神的疲労・・・。
「ヴァルトさん、ご自分でどんな状態か言葉にしてみてください」
「一生懸命やっているのに報われなくて、相当疲れています」
ビクッと体を震わせてから、ヴァルトは小さくつぶやくように言った。ベアトリスはうなずき、大変でしたね、とささやくように言った。それだけで、ヴァルトの目から涙がこぼれる。男性の多くは、泣いているところを見られたくないと思うらしい。別にいいのに、とベアトリスは思うが、そこは各人のプライドに関わるところだから敢えて指摘しない。それが、こんなに簡単に涙が出てしまうのだ。よほどため込んだものがあるのだろう。
「では、紺の意味で気になるものは?」
逃避・苦悩・深い悲しみ・孤独・不安・・・
「同じように、自分の言葉にしてみてください」
「逃げ出したいのに、そうできなくて、相談したけれども誰も理解してくれなくて、苦しくて、悲しくて、不安で・・・」
「誰に相談しました?」
「初めはヴィローさん。でも最近はご自身の仕事が忙しくて、今は名前だけ神殿長の側仕えになっている状態だから、それほど話はできていないんです。次に、神殿長。神殿長のことで悩んでもいるのだから何とかしてくれと言いましたが、笑ってごまかされました」
みんなが白狐と呼ぶわけだ、とベアトリスは思う。自分自身は助けられていることが多いから問題ないが、ヴァルトのように後始末に苦慮している者がこれまでもいたのだろう。
「事務官長の所にもフリーダさんの行動をきちんと見張って注意してほしいと申し入れましたが、事務官長も気づかぬうちに消えているそうです。隠密の能力でもあるんじゃないかと事務官長も困っている状態です。騎士を見張りに付ける訳にもいかず、毎日トラブルと起こしていて、本当に逃げ出したいんです」
「フリーダさんのことまで対応していたんですか?」
「ええ。だって、ベアトリスさんに関わることですから」
まっすぐに見るそのまなざしに、ベアトリスはドキッとする。いけない、と心を落ち着かせる。
「では、青は?」
真面目・溜め込む・憂鬱・悲しみ・・・
「どうぞ?」
「僕は真面目であることが取り柄だと信じてきました。でも、その結果、こうやって溜め込んだり、憂鬱な気分になったり悲しくなったりするのかな、って思うと、真面目でいることが馬鹿らしく思えるようになりました」
「ヴァルトさんにとって、真面目という言葉はネガティブになってしまったということですか?」
「ネガティブというか・・・真面目にやっていればいいことがあると信じてきたし、実際今まではそうでした。でも、真面目さが自分を苦しめるのだとしたら、自分がこれまで信じてきたものが崩れてしまったような、そんな気がしたんです」
「自分を形作ってきたものを否定したくなるほど、大変な状況にあるわけですね」
またぽろり、と涙がこぼれ、ヴァルトが頷いた。
「では、茶色は?」
闇・真面目・つまらない・問題と向き合う・・・
ん? 解決に向かって心が動き出している? ベアトリスは「茶色」を深掘りすることにした。
「どうぞ」
「僕は真面目で、つまらない人間だ。能力だって『時間調整』なんて、秘書にしか向かないものです。だから、僕はヴィローさんのように神官として独り立ちすることはないでしょう。そう考えると、僕はずっとこうやって神殿長の側仕えと言う名の秘書を続けることになります。そう考えると、ますます自分の目の前が闇に閉じ込められたように感じるんです」
「将来に希望が持てないということでしょうか?」
「ええ。こうやってずっと人に振り回され、尻拭いをし、自分がしたわけでもないことで罵声を浴びせられる、そんな人生に、どうやって夢を持てというんでしょう? 庶民の通う学校の先生と話す機会がありましたが、同じような悩みを持っていました。彼はそのうち先生の仕事を辞めてどこかへ行ったそうですが、僕はそれを聞いた時羨ましいと思いました。僕は神殿から出られませんから・・・」
「ヴァルトさん・・・」
ヴァルトの精神的な疲労は相当なものだ。放置しておけば心の病にかかるのも時間の問題かもしれない。
「ヴァルトさん、では『問題と向き合う』とは、どういうことでしょう?」
ヴァルトは焦点の合わない目でしばし考え込み、そして絞り出すように言った。
「向き合わなければ、解決できないって分かっているんです。でも、相手が向き合ってくれない場合は、どうしたらいいんでしょうね」
友だちに頼まれて少額のお金を貸す。こちらが困って返してもらおうと話しかけるが、いつの間にかするすると逃げられ、いつまで経ってもお金が返ってこない。その内自分のほうも困ってしまって、どうにもならなくなる。世の中にはそういう不義理なことを平然とする輩がいるが、今の話を聞く限り、神殿長とフリーダのしていることはあまり違いがなさそうだ。
「では、解決のために必要だとおもうのは、何色でしょうか?」
「解決・・・」
ヴァルトは茶色、光、青の三つを選んだ。
「一番大事だと思う色は?」
「茶色だね」
「もう一度単語を選んでもらえますか?」
「継続・・・」
「何を、継続しますか?」
「真面目であること」
「でも、それが今、辛いのではありませんか?」
「・・・」
ヴァルトは黙ってしまった。行き詰まっていることは分かっている。こういうケースでは真面目であることを肯定しつつ、その度合いに注目させる必要があるのだ。
「ヴァルトさんは今、何に対して真面目だと思っていますか?」
「全てに対して、ですね」
「全て真面目でなければならないことですか? 手を抜いてもいいもの、他の人に任せられること、そういうことって、ないでしょうか?」
「手を、抜く?」
「ええ、手を抜くといっても、大事な仕事に手は抜けませんよね? ヴァルトさんの業務の中で、これはそれほど重要ではない、と思うものはありませんか?」
「神殿長の書類は、必ず自分で持って行くようにしていましたが・・・別に他の人でもいいかもしれません。それに・・・会議の時間に遅れたりすっぽかしたりするのは神殿長なので、クレームを真正面から受け止める必要もない・・・ですよ、ね?」
「そうやって、自分の業務を1つ1つ見直してみましょう。じゃ、まずは自分の業務をこの紙に書き出して、その重要度毎に印を付けましょう」
ヴァルトは渡された白紙に、1つ1つ書き込んで行く。思いのほかたくさんの業務に携わっていることに気づく。
「こんなにやっているとは、自分でも思いませんでした」
ヴァルト自身が驚いている。
「では、他の人に任せてもいい仕事に印を付けましょうか」
3分の1ほどの内容に印が付いた。これはヴァルトが見習い神官の時から続けているものであり、見習い神官がすべき内容ばかりである。
「だからあいつら、暇そうだったんだって分かりました」
ヴィローからの引き継ぎ内容に変更するのではなく、これまでの仕事に上乗せ状態だったことに気づくと、業務量は3分の2になる。
「更に、真面目に受け止めるべき仕事と、流してもいい仕事に分けましょう」
先ほどの神殿長へのクレーム対応などに印が付いていく。もちろん、フリーダ対応も含まれる。
「どうでしょう。これで、自分がしっかりこなすべき仕事の量が見えてきたのではありませんか?」
「ええ、すごいです。こんなに無駄なことに悩まされていたんだって分かって、気持ちが晴れてきました」
その言葉通り、作業が進むにつれてヴァルトの顔色は明らかに良くなっていった。
「ヴァルトさん、また仕事のことで悩んだ時、自分が余計なことまでやっているかもしれない、優先順位が付けられていないかもしれない、そう気づくために、セラピーグッズを作りませんか?」
「エドガーのブレスレットのようなものですか?」
「そうです。アクセサリーである必要はありませんが、簡単に見られる場所にあった方がいいので、持ち運びできるものをお勧めします」
「いいですね。エドガーさんも、いつも見ていますからね」
そうなんだ、とベアトリスは初めて知った。
「では、イヤーカフを。ラウズール様は2枚のお札のようなものを付けているんですよね? 僕は、涙型のイヤーカフがいいです」
「涙型? ティアドロップ、ですね」
「間違えたら、また泣く羽目になるぞって、そういう意味で・・・」
「石はどうしましょう?」
「茶色って、何がありますか?」
「ん~そうですね。」
ベアトリスは家から持ってきた宝石をいくつかテーブルの上に並べる。
「琥珀は人気があります。中に古代の虫などが入っているものは博物館に収められることもありますが、アクセサリーとしては透明度の高いものの方が好まれますね。それから、お勧めはこのスモーキークオーツです」
「スモーキークオーツ?」
「はい。不屈の精神・責任感という石言葉があります。ヴァルトさんにぴったりだと思うのですが。ただ・・・」
ベアトリスが言いよどんだ。
「今、うちにあるティアドロップは結構大きいんです。目立つかもしれませんが、構いませんか?」
そう言ってベアトリスが見せてくれたのは、ペンダントトップにもなりそうな、大ぶりの透明感がある茶色の石だった。
「これだけ大きければ、無くすこともないでしょうし、分かりやすくていいと思います。色も渋くて、僕の好みです」
随分渋い趣味ね、と言うのをやめておいて良かった。本人が気に入ったのならば、それが一番いいのだから。
「では、工房に回します。明後日にはお渡しできると思います」
「楽しみです。この後も、頑張れそうです」
「仕事の?」
「優先順位をつけて、全部に全力でやらない」
「そうです。忘れないでくださいね」
・・・・・・・・・・
スモーキークオーツのイヤーカフは、その大きさと渋さで男性陣の興味を引いたらしい。ベアトリスに再びアクセサリーの依頼が舞い込むようになった。特に、中年から老齢の神官からのオーダーが多かったのは、今までとは違う傾向であった。ヴァルトは神殿長から、
「少し渋すぎないか? 落ち着きすぎだ」
と言われたらしいが、
「神殿長もお持ちになっては? 落ち着きますよ?」
と返したらしい。神殿長はヴァルトのことを反省し、時間を守るようになった。そして、もう1つの懸案事項だったフリーダだが、隠された能力などない、ただ瞬間的に物事を記憶できる、それだけだった。神殿長は、カタリーナ副神殿長と他の能力がないか探っていたらしい。だが、ただの野次馬で、惚れやすい取り柄のない女として、新国王の「鴉」は、両腕をもがれた・・・罷免である。フリーダは「統治」能力者としての資格を全て失い、庶民でありながら監視の付く生活を王都で送ることになった。ドゥンケル辺境領への立ち入り禁止も決まった。ラウズールに対する諦めきれない目は気持ち悪かったが、これで片付いた。
「ヴァルトの仕事能力が上がったって噂になっているよ」
「優先順位をつけるのって、やはり大事なんですね」
「そうだね。じゃ、ビーチェ。今の僕たちの優先順位1位って何だと思う?」
ラウズールに問われて、ベアトリスは首をかしげた。
何かしら?
考え込むベアトリスの口に、チョコレートが挟まれた。驚いてラウズールを見上げると、顔が近づいた。え、と思う間もなくベアトリスの唇にラウズールの唇が触れ・・・そして、チョコレートのパキッと割れる音と共にラウズールの顔が離れていった。
「僕と、美味しいお茶を楽しむこと。お茶菓子、ビーチェの好きな店のチョコレートを用意したんだ」
満足げにチョコレートを味わうラウズールの顔が、今は恥ずかしくて見られない。
「もう、ラウったら!」
チョコレートの甘い香りが、2人を包んでいた。
読んでくださってありがとうございます。
11章終了しました。次回12章は紫の章です。
神殿長に見合い話が?
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