11-2 白狐と鴉と柴犬
読みに来てくださってありがとうございます。
よろしくお願いいたします。
ヴァルトの信条は「真面目に、コツコツ、根気よく、努力する」である。神殿長の側仕えとなって、その能力「時間調整」はさらに磨きがかかっている。なぜならば……神殿長は神出鬼没だからである。大事な用事を忘れることはないのだが、ちょっとした打ち合わせや会議には姿をあらわさなかったり、いつの間にかどこかへ行ってしまって、急ぎの書類決裁ができなくなることもしばしばだ。その度に事務官にちくちくと文句を言われるのが、新人側仕えヴァルトの仕事の1つと化している。
「まったく、白狐様は隠れるのがうまい」
どうやら、白狐とは神殿長のあだ名らしい。実に無礼である。
ただでさえ胃の痛むような思いをすることが多いのに、最近さらにその症状を悪化させる人物があらわれた。新国王の出来損ないの「鴉」フリーダである。仕事そのものはできる方だと思われるが、まず一言余計なことを言って相手を怒らせトラブルになるのはほぼ毎日である。騎士団でレイの逆鱗に触れて異動した先が神殿なのだが、神殿にレイは毎日やってくる。レイはフリーダを見ると周囲にブリザードを吹かせ、アデルトルートに取りなされて舌打ちしてその場を後にする。レイの威圧に巻き添えを食い、涙で訴えられることが多い。もちろんフリーダ自身も毎回被害者になるのだが、レイが遠くにいると気づいた段階で逃げればいいものを、わざわざのぞきに来るのである。そして、毎日泣く羽目になる。
馬鹿なのか。
そうとしか思えない。それだけではない。フリーダは仕事の合間に、ある人物の執務室に行く。そう、ラウズールである。白銀の髪に紺色の瞳。少しずつ筋肉を付けてきた体はバランスがとれている。そして、100人女性がいれば100人が好みだと答える顔。かつての、いつ消えてしまうか分からないほどの儚げな雰囲気は消えたが、今でも「月光の君」と言えばラウズールのことであり、その人気は高い。モルガン家とのトラブル以降、ラウズールとベアトリスに手を出す者はいなくなっていたのだが、そのトラブルを知らないフリーダにとっては、チャンスと捉えられたようである。毎日用事もないのにラウズールの部屋に入り込み、お近づきになろうとする。ラウズール自身からも拒否され、最近ではラウズールの護衛騎士が部屋にも入れないようにしているのだが、フリーダは諦めない。ベアトリスに何か直接言うことは一切ないが、その存在を無視して行動するその様子に、ラウズールだけでなくベアトリス自身も疲弊している。ラウズールは神殿長に訴えたが、
「事情があって泳がせている。もう少しだけ我慢して欲しい」
と言われ、徹底的にベアトリスをガードし、ベアトリスに愛を語り、ベアトリスの心のケアに努めている。ベアトリスは、しばらく神殿に来ない方がいいのではないかと言ったのだが、ベアトリスがいなくなったらこれ幸いとよからぬ噂を流される可能性もあるから、毎日いろんな人に自分たちが仲良くしている姿を見せつけよう、それが抑止力になるから、とラウズールは説得した。町の人にも見せつける必要があると言って、最近の送迎の馬車にはエドガーだけでなく、ラウズールも乗るようになっていた。
ベアトリスはラウズールの愛を信じている。ただ、これほど押しの強い相手に長期間対峙したことのないベアトリスには、なかなか心理的負担が大きい、それだけである。
「ビーチェのことは必ず僕が守る。あの頭のイカれた女は毎日団長に泣かされても反省しない女だ。あれのどこに『統治』能力があるのか、さっぱり分からない」
ラウズールの言葉に、ベアトリスははっとする。
「何か、人に気づかれにくい能力があるのかしら。もしかしたら、みんなの目が逸れるように、わざとトラブルメーカーになっているのかも」
ラウズールは一理ある、と思った。副神殿長のカタリーナにこっそり能力判定してもらえるといいのだが、とラウズールはベアトリスに言う。
「いつまでもこんな茶番が続くわけがない。それに、新国王の『鴉』だという噂もある。何か企んでいるはずだ」
「そうね。今は、相手のペースに巻き込まれないことが大切よね」
「お互い注意しよう。アディのことも心配だ」
「神殿長が早く手を打ってくれると助かるのだけど」
「あの方は、敵認定したら行動が早いからね」
そんな訳で、ヴァルトは気が休まる間もない。ベアトリスを家に送るために馬車の準備をしていたエドガーを見つけたヴァルトは、
「もういやになる」
とエドガーに愚痴をこぼした。
「尻拭いが嫌なんじゃない。神殿長が神出鬼没なのも、いろんな所に顔を出して、自分の目で確認していることがあるからだって分かっている。フリーダを首にできないのも上の何らかの事情だって分かっている。でもね、やっぱり納得は行かないんだよね」
エドガーは、ヴァルトの頭をくしゃくしゃかき回した。
「おい、何するんだよ!」
「お前、犬みたいだな、と思って。真面目が取り柄の柴犬っぽくないか?」
大きなお世話だ、とは口に出して言えない。
「お前さあ、親衛隊員だろう?ベアトリスさんの顔見るだけで癒やされるって言っていたよな?」
「そうだけど」
「もう無理ですって、ラウズール様に泣きつけ。そして、ベアトリスさんにカラーセラピーをしてもらえ。ベアトリスさんに話を聞いてもらうだけで心が軽くなるから」
エドガーはシトリンのブレスレットをちらっと見せる。
「魔の森のやつとは全く別だが、俺にとってはこれが『お守り』だ。ベアトリスは、馬車の中で俺に聞いてくれた。俺の話を聞いてくれた。それで救われたんだ。我慢していたことを我慢しなくていいって、思えるようにしてくれた。だから俺は『ベアトリスとラウズール』の親衛隊長なんだ・・・ベアトリスだけじゃなくて、ね」
ヴァルトは泣きそうだ。
「エドガーさんが聞いてくれただけでもうれしいのに、ベアトリスさんが聞いてくれたら、本当に信仰の対象にしてしまいそうです」
「それでいいんだ。もうじきラウズール様と一緒にベアトリスさんが来る。ここでお願いして、明日の予約を取っておけよ」
「そうする。ありがとう、エドガーさん」
「おう。仲間だからな」
仲間っていいな。ヴァルトは遠くに見えてきたラウズールとベアトリスの姿に、お願いの文言を考え始めた
読んでくださってありがとうございます。
次回、カラーセラピー入ります。
次回で11章も終わります。
いいね・評価・ブックマークしていただけるとうれしいです!




