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カラーセラピスト ベアトリスの相談室  作者: 香田紗季


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11-1 邪魔な鴉

読みに来てくださってありがとうございます。

11章は茶の章です。

よろしくお願いいたします。

 前国王の弾劾裁判から2ヶ月が経った。新国王の即位式を4ヶ月後に控え、王都の事務官たちは目の回るような忙しさの中にいるらしい。王都から新たに中級事務官としてやって来たフリーダは、その明るい笑顔と都会育ちらしい洗練された仕草で事務官たちの人気を独り占めしている、という噂が流れてきた。


「おそらく新国王の『鴉』だろう」


 レイは渋面である。「鴉」とは、国王直属の情報員、つまりスパイのことだ。連絡調整役などと言われたら、受け入れざるを得ない。レイの代から王がでたので本当は下の世代に王子も入れ替わるはずであったが、前国王のせいでサイクルがずれてしまい、レイモンド王子は今、ドゥンケル辺境領の臨時長官という扱いになっている。あと1年経てば新しい王子がこの地にやって来て、新しい長官となるはずだ。もし誰も希望しなかったら・・・その時は王都から、昇格した上級事務官が長官として赴任するはずだ。レイは、自分はドゥンケル辺境領騎士団の団長でありたいと思っている。もし団長でなくなったとしても、このドゥンケル辺境領に居続けたい。それは勿論、この地を離れられない豊穣の巫女アデルトルートのためである。


 あれ以来アデルトルートは少しずつだが固形物を受け付けるようになった。真っ青だった顔には少しだけ赤みも戻り、無邪気なかすみ草のようだった少女から、乙女のしとやかさと華麗な美を兼ね備えたカラーのような女性へと変貌しつつあった。あのコスモス畑でお互いの気持ちを確かめあった日以来、レイはどんなに忙しくても必ず神殿に出向き、ごくわずかな時間であってもアデルトルートの顔を見て、その日あったことを話すようになっていた。陶器工房のアルドーナ夫妻に依頼してコスモスの花を絵付けさせた陶板画は、最近アデルトルートの部屋に飾られたばかりである。


 レイはアデルトルートの部屋の、あのコスモスの陶板画を思い出してふっと笑みをこぼすと、書類仕事に戻った。今、フリーダのことで悩む必要はない。こちらの行動を邪魔立てするような兆候が見られたら、その時動けばいい。


「失礼します。フリーダ事務官が来ています。遠征費の書類に不備があるとのことですが・・・」

「通せ」

「はっ」


 フリーダと顔を合わせるのは、これが2度目だ。定期的な新任・異動の時期ではない急な人事だったため、長官として1人だけの新任の挨拶を受けたのが1度目。そして、今だ。


「失礼します、フリーダです。お忙しいところ、申し訳ありません」

「ああ、それでどこに問題が?」

 

 さっさと終わらせろ。


 態度で伝わるようにしたつもりだが、フリーダはどこ吹く風だ。


「こちらの鏃代なのですが、価格が異常です」

「ああ、それは能力者が作った特別なもので、水晶でできているものだ。一定の質のものでなければ効果が発揮されないということだったから、原材料費と加工賃でその金額になっている」

「なぜ減額交渉しなかったのですか?」

「魔の森での討伐中に、神殿から派遣された神官が作ったものだ。持ち込み分と現地で作らせた分とあるが、いずれも特別な鏃だ。命がかかっているんだ。高額でも必要と判断すれば買う。それに、神殿が水増し請求するとでも思っているのか?」

「人間ですので。それに騎士たちの力量があれば、高価な鏃などいらないのでは? だいたい水晶製だなんて、飾りとしか思えません」

「そうか。ではお前を罷免する。お前は辺境領の実情を考えもせず、王都の平和な基準でしか『軍』のことを考えられないようだ。そのような者に、ドゥンケル辺境領騎士団の予算について横やりを入れられたら、有事の際に壊滅する」

「へえ、いいんですか? 私を罷免しても」

「『鴉』に怯える俺だと思っているのか?」

「あら、私が『鴉』だということもご存じでしたか。さすがですね」

「お前に嗅ぎ回られて困るような予算の使い方はしていない。失せろ」

「残念ながら、私の任命権者は陛下です。陛下が了承しない限り、私は罷免されません」

「そうか、それでは陛下に連絡しておく。お前は陛下からの沙汰が下りるまで謹慎しろ」

「騎士団の予算が執行されなくなりますが?」

「他の者に当たらせる。事務官はお前だけではないのだからな」


 レイは騎士を呼び、フリーダを行政府に戻らせた後書類を処理し次第、寮で謹慎させること、脱走防止のために見張りの騎士を付けることを命じた。


「随分過保護ですね。」

「お前が殺されないようにしてやっているんだ」

「え?」

「お前の発言を聞いたら、騎士の命を軽んじていると思われるのが普通だ。闇討ちに遭ってもおかしくない。事実、そこのオリスは相当怒っている」


 フリーダは情報員だが武芸のたしなみはそれほどではない。一目見れば記憶できる、その能力を買われて情報収集に当たっている。だから、命の危険にさらされるような現場に来たこともない。部屋の隅でこちらを射殺さんばかりに見ているオリスに気づいて、フリーダは思わずひっと声を上げた。


「俺も、あの鏃がなかったら死んでいたんだ。あの鏃に命を救われた者は騎士団に何人もいる。見張りがいても襲撃されるかもしれぬが、それはお前の自業自得だ。安いと言うことは質もそれなりということだ。ピンポイントで重要なものに金を使うことも知らぬ事務官なんぞ、低脳としか言えん」


 突然レイから放たれた威圧に、フリーダの腰が抜ける。


「死ぬなよ。陛下からの沙汰が来るまでは」


 這うように逃げだそうとしたが、扉の近くにいた騎士に首根っこを捕まれる。


「このまま連れて行く」


 離して、と言いたいが声も出ない。部屋を出てしばらくしてから、騎士が言った。


「お前、よっぽど団長を怒らせたな。あんな威圧もろにくらって、垂れ流して、このまま人前を通っていかなければならないなんて、屈辱だろうに」


 その時初めてフリーダは自分が粗相をしていたことに気がついた。羞恥で赤くなる。普通なら辱められたと怒りが湧くところだろうが、フリーダは悟ってしまった。


 私が間違えた。藪をつついて蛇を出すということわざ通り……いや、あれは蛇なんかではない。ドラゴンだろう。


 フリーダは新国王のことを思った。優秀な人だが、レイモンドがここまでキレやすいとは思っていないはずだ。


 陛下、ごめんなさい。フリーダは失敗しました。


 遠い王都に、生きて帰りたいとフリーダは思った。


・・・・・・・・・・


 フリーダは、騎士団付きの事務官から神殿付きの事務官へ移動となった。レイはあくまで罷免を求め、それが通らないならばドゥンケル辺境領以外への異動を要求したが、叶えられなかった。


「『鴉』を領外に出せと言うことは、叛意ありと受け取られかねない。あるいは、他の長官たちからも、後ろめたいことがあるのではないかと勘ぐられるだろう。フリーダはあくまで連絡調整係として派遣した『鴉』だ。しばらくはドゥンケル辺境領に置いておけ。行政府や騎士団が目障りなら神殿付きにしておこう」


 一番嫌な所に、と思ったが、レイには新国王が初めからこうするつもりだったのではないかという想定もあった。神殿の力はこの国では絶大だ。新国王は、神殿長の機嫌を損ねたら王さえ首をすげ替えられるということを、身をもって知っている。それに神殿にはレイの婚約者のアデルトルートもいる。この国一番の人気がある巫女と王子の結婚に、一部では王にふさわしいのはレイモンドだという声が上がっているとも聞く。きっとレイを牽制したいのだろう。


 俺は早く王子から下りて、アデルと一緒になりたいだけなのに。


 レイは神殿に毎日行く。フリーダに毎日会うことだけは、ごめんだ。


・・・・・・・・・・


 ベアトリスはラウズールと正式に婚約することになった。「澱み」から魔物が溢れた件は落ち着いたが、その後の前国王の廃位と新国王の即位、レイとアデルトルートの婚約、アイクとファドマールの移籍など、神殿長に頼まれて残務処理を手伝っていたラウズールにようやく時間ができたのが先週のこと。ラウズールは正式な神官服でオトヴァルト家を訪問し、ベアトリスの父に正式な婚約を申し入れた。庶民の結婚であれば本人どうしの同意があれば結婚できるが、ラウズールは神官である。それに、家長の祝福を受けた結婚であった方がいいに決まっている。父も母も、そして姉夫婦も、さらには工房のみんなまでもが泣きながらベアトリスとラウズールを祝福してくれた。


 そして今日、婚約を神殿に届け出る。ベアトリスは礼装を、ラウズールはまた正式な神官服を着て、神殿長の前で書類にサインをする。


「おめでとう。これでラウズールとベアトリス・オトヴァルトの婚約は成立した。神殿長がこれを認める」


 書類はヴァルトによって保管庫に移された。最近ヴィローに「記録」関係の仕事が多く回ってくるようになったため、神殿長の側仕えはヴァルトが中心になっている。この半年で最後の成長期が来たらしく、初めて出会った時にはベアトリスより少し小さいくらいだったヴァルトの背は、頭一つ大きくなっていた。


「ベアトリスさん、おめでとうございます。泣いている親衛隊員もいますが、気にしないでくださいね」


 神殿に出入りするようになってそれほど時間が経たないうちに、親衛隊というものの存在を明かされた。だが、誰を目的に集まったものかなど、誰も教えてくれない。


「ビーチェが気にすることは何もないよ。さあ、行こう」


 額にキスしてからラウズールはそう言って、ベアトリスの手を取った。今日は領都の町一番の店で、オトヴァルト家と指針の魔女も参加したお祝いの食事会を行うことになっていた。ラウズールは、指針の魔女に久しぶりにあえるとわくわくしているベアトリスがかわいくてならない。


 こういう時に、邪魔者は必ずあらわれると決まっている。廊下を歩いている2人を見つけた見知らぬ事務官の女性が、顔をぱっと輝かせてラウズールにツカツカと近づいてくると、


「格好いい! 好みのタイプ! 私と付き合ってください!」


 と大声で叫んだのだ。この女性事務官、件のフリーダである。ラウズールはベアトリスの手をぎゅっと握りしめて引き寄せると、握っていた手を離してベアトリスの方を抱き寄せた。そして、フリーダを無視して通り過ぎようとした。


「え? 神官様、無視しないでください!」


 追いすがろうとしたフリーダに、遠くから怒号が飛んだ。


「フリーダ! 今婚約式を終えたばかりの2人に絡むとはどういうつもりだ? 神殿長自らが祝福し、書類にサインしているんだ。間に入ろうとするな!」

「え、婚約? もう少し早く出会っていたら、私の婚約者にできたのに・・・あ、婚約は解消して、私と付き合いましょうよ。辺境の地味な女より王都育ちの私の方が、素敵な神官様には似合っているわ」

「黙れ!ラウズール様、ベアトリスさん、申し訳ありません」

「処分は頼む。口もききたくない」

「承知いたしました」

「いや~ん、その冷たい感じ、ゾクゾクする~」

「お前神殿長に殺されたいのか?あ、ラウズール様たちは今のうちに早く・・・」

「え~、嫌だ~」

「護衛騎士、フリーダを取調室へ」

 

 ギャーギャーわめくフリーダに、ベアトリスの心がしぼんでいく。最近ラウズールを何が何でも奪おうとする人がいなかったことで、免疫が薄れていたのかもしれない。思いのほかベアトリスが受けたダメージは大きかった。俯くベアトリスに、ラウズールがささやく。

 

「誰も横入りなんてさせない。僕が愛しているのはビーチェだけだ。訳の分からない奴のことで悩んだり苦しんだりしないで。僕も悲しくなる」


 せっかく姉が頑張ってくれた化粧が崩れてしまった。ベアトリスは小さく頷くが、心はそんな急に晴れやしない。


「指針の魔女様に愚痴を聞いてもらおう」


 ラウズールの手がずっとベアトリスの背中をさすってくれている。その優しさにほっとしながらも、ベアトリスは前途多難だと心との中でため息をついた。


読んでくださってありがとうございます。

14章の完結が少しずつ見えてきました。

一日二回投稿のペースで、このまま頑張りたいと思います。

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