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カラーセラピスト ベアトリスの相談室  作者: 香田紗季


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10-3 無償の愛

読みに来てくださってありがとうございます。

10章終了です。

よろしくお願いいたします。

「え、団長?」

「神殿長・・・」


 アイクとファドマールはばつの悪そうな顔をしている。ベアトリスが助け船を出した。


「言いたいことがあったんですよね。せっかく団長と神殿長が来てくださったんです。こちらから行く手間も省けましたよ?」


 優しく微笑むベアトリスに、アイクが口火を切った。


「団長、僕、もう騎士団での嫌がらせに耐えられません。騎士としても力不足で、今後も騎士としてお役に立てません。乗馬の能力を活かして、神殿の厩舎係にしてください。お願いします」

「私からもお願いします。アイクさんは、神殿の馬丁たちからも評判がよく、馬たちもよくなついています。騎士団の厩舎では、今回の嫌がらせに関わった者たちとのつながりが切れません。どうか、お願いします」


 レイは大きくため息をついた。アイクのことが気に入っており、伝令専門の部隊を作ることも考えていたからだ。意気揚々とこの計画をラントユンカーとオリスに話すと、


「アイクほどの乗馬能力のものがそうそういるとは思えない」


 とオリスに言われ、迷っていた案件だった。


「神殿長、アイクを受け入れてくれるか?」

「『軍』がそれを認めるならば、受け入れましょう」


 アイクの目がキラキラと光った。


「私もお願いがございます。神殿長、私も神殿にはもう居場所がない、騎士団の中の方が息をしている感覚になれるのです。どうか、騎士団の武具製作部の所属とするか、派遣するか、どちらかをお許しいただきたいのです」

「僕からもお願いします。ファドマールさんの弓矢は騎士団でも評判がいいし、ファドマールさんのような人が騎士団にいれば、僕みたいに悩んでいる奴も救われると思うんです」

「アイク、お前をいじめていた奴らは全員捕らえ、処罰を待つばかりになっている。それでも、お前のように悩む者はいるというのか?」

「騎士団は力が物を言う世界です。弱いと思われれば、必ずやられます。団長にはそんな経験はないと思いますが・・・」

「そうか」

「ファドマール、あなたの考えを聞かせてください。どちらの所属がいいのですか? 今のアイクさんの話も聞いた上で、ずっと騎士団にいた方がいいのか、派遣神官として神殿に戻る道を残しておいた方がいいのか・・・」

「私たちが望んでいることは、本来願うことも、敵うこともないはずのことです。ですから中途半端な前例にしたくありません。移るなら移る。そうすべきだと考えます」

「そうですか。団長、この件は?」

「神殿長の許可があれば、受け入れる。先の討伐での功労者であるし、射手部隊ともうまくやっていた。欲しい人材だと思っていた」

「それでは、ファドマールのこと、よろしくお願いいたします」

「ああ、アイクの件は早急に『軍』に確認するから、少し待ってほしい」

「承知しました」


 ベアトリスが2人に言う。


「本当に、いいんですね?」

 

 2人が頷く。今まで誰も成し遂げられなかった移籍を、この2人はやってのけた。これからは2人が前例となり、能力者の配置が適切かどうかを見直し、必要であれば移籍できるシステムになっていくに違いない。そしてそれは、これまでミスマッチに苦しんできた者たちへの光明となるだろう。


「ベアトリスさん、緑のアクセサリーを作りたいんです」


 アイクの言葉に、ベアトリスが首をかしげる。緑はファドマールにこそ必要なもののはずなのに、なぜ?


「僕を助け出してくれて、僕の背をおしてくれたことへのお礼にしたいんです。」

「そういうことでしたか。ええ、お引き受けしますよ。何がいいか、考えておいてください。固まったら、話を詰めましょう」

「そういうことでしたら、私は金色のものをアイクさんに贈りたいですね。そうだ、2人で相談して、同じデザインにしましょう。それをベアトリスさんに作ってもらいませんか?」

「いいですね。所属は入れ替わる形ですが、僕は一生ファドマールさんと友だちでいたい」

「こんなおじさんでよろしければ、是非お願いいたします」


 2人は同じ討伐という事件に関与し、思わぬ形で能力を認められ、それが原因で今までの居場所が合っていないことに気づいた。きっと、出会うことが定められたソウルメイトなのだろう、とベアトリスには思えた。


「緑には、愛情という意味もあります。男女の愛ではなく、無条件の愛です。アイクさんとファドマールさんは、お互いを友だちとして本当に大切にしていらっしゃいます。この緑の絆がずっと続くように、いいものを作りましょうね」


 2人の顔は晴れやかだ。


・・・・・・・・・・


 その後、アイクの移籍は「軍」から認められた。力がないものを無理に軍属にしても使えない、という理由だったらしい。冷たいと言えば冷たいが、認めてくれたことに意味がある、とベアトリスは思う。


 問題がなかったわけではない。アイクが有名になるきっかけとなった軍馬ブリッツは、別れの報告に来たアイクに噛みつき、大声で鳴き、ふてくされて座り込んだ。アイクが去った後は食事を拒否し、慌てた厩舎の馬丁たちからの報告で状況を知ったレイにより、ブリッツは神殿の馬になった。勿論、神殿の買取である。神殿長は想定外の大金が出ていったと嘆いていたが、レイは涼しい顔をしていたそうだ。アイクはこのことで神殿長からお小言をもらったが、それは可愛い恨み言であった。


 一方のファドマールは、武器の製造に関しての能力を買われた形で、神殿所属から騎士団所属へと移籍した。射手部隊からは武具製作部ではなく射手部隊直属にしてほしいという要求が出て、ファドマールは射手部隊の製作担当者となった。あの「必ず当たる矢」は、時間はかかったが射手部隊の全ての隊員に最低1本支給され、命に関わるような時にのみ使うことを許可された。滅多にあることではなかったが、射手部隊の致死率を大幅に下げることに貢献したことで、「軍」からも鏃の注文が入るようになった。鏃や弓矢を日々作り、調整する仕事に没頭するファドマールの首にはいつもペンダントがぶら下がっていた。大ぶりの18金の馬蹄の上に、18金の矢がデザインされ、その鏃の部分には緑の翡翠が優しく光っている。知恵・名誉・安らぎ・富といった石言葉をもつ翡翠だが、アイクとファドマールは


「安らぎだな」


 と一致した見解を示した。


 今日も2人は、いるべき場所で、あるべき姿で、元気よく働いている。

読んでくださってありがとうございます。

次回は11章 茶の章です。

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