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カラーセラピスト ベアトリスの相談室  作者: 香田紗季


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10-2 アイクとファドマールのセラピー

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 翌日、辺境領騎士団では早朝からレイの機嫌が氷点下に達するほど悪かった。


「功労者に対するいじめ、とな。落ちたものだな」


 朝の点呼までにはアイクを呼び戻そうと、剣の手入れを命じた先輩騎士2人がアイクを閉じ込めたはずの倉庫に向かった。つっかえ棒はそのままだったのだが、アイクの姿がない。明かりとりの天窓は嵌め殺しで、扉の他に倉庫から出る手段はない。どこかで眠っているのだろうと思い倉庫中を探したが、どこにも姿がない。


「おい、まずくないか?」

「一体何なんだよ!」


 その時、扉から黒龍騎士団の騎士が数人、入ってきた。


「なぜここにいる?」

「いや、その・・・」

「・・・連行しろ!」

「ちょっと待ってください、俺たちは後輩を探しに来ただけで・・・」

「ほう。点呼前には各自部屋にいなければならない規則だが、その後輩がなぜこんな時間に倉庫にいると知っているのだ?」

「昨日の晩から姿が見えないなあと話をしていて・・・」

「で、そのつっかえ棒は?」

「・・・」

「言えないか。ならば、吐かせるまでだな」

「お、お待ちください、俺たちは本当に後輩のことを」

「後輩? 誰だ?」

「あの、アイクです」

「アイクか。あいつなら昨日の夜中に出て行ったと守衛所から報告が上がっている」

「あいつ、どうやって!」

「ばか、言うな」 

「あ・・・」


 黒衣の騎士は冷たい顔のままだ。


「そういうわけで、貴様らを取調室に連行する。吐かなければ多少痛い思いをすることになろう。素直に吐けよ」


 目に絶望の色を浮かべた騎士を黒衣の騎士たちが連行する。既に点呼の時間は過ぎ、騎士たちが動き始めている。連行されているところを多くの騎士が見ている。恥ずかしくてならないが、やり過ごすしかない。途中でアイクに嫌がらせをしていた仲間を見つけた騎士は、


「おい、お前がこうなるのも時間の問題だぞ!」


 と叫んだ。手の空いていた黒衣の騎士が、言われた騎士をその場で拘束して一緒に連行したのは言うまでもない。


「今のはいい仕事だ。続けろ」


 こうして、取調室に入る前に5人が追加された。そして、その供述からアイクへの嫌がらせ行為が確認されたのだ。騎士が夜中に騎士団を出て行くことなどあり得ない。守衛から連絡を受けた夜勤担当者は、就寝前だったレイに報告して騎士たちを監視させていたのだ。彼らはまんまと引っかかったわけだ。


「とりあえず部屋から出すな。接触させないようにしておけ。食事は・・・最低限でいい。アイクに話を聞いてからだ」


 余計な仕事を増やされたことに怒りを隠しきれないが、神殿に行く口実ができたと無理矢理自分を納得させた。


「アイクに話を聞きに行こう。俺が直接聞くと萎縮するかもしれないから、俺は隠れる。ラント、頼めるか?」

「オリスを連れていかないのですか?」

「あいつは昨日もデートしていたらしい」

「そうですか・・・」


 ラントユンカーはズキズキするこめかみを軽くほぐしながら、つぶやいた。


「自分がデートできないからって、八つ当たりしなくてもいいのに・・・」


・・・・・・・・・・


 同じ頃、神殿ではアイクが久々の熟睡から目を覚ましていた。神殿に到着したのは夜中を過ぎるほどの時間だったため、アイクはファドマールの部屋の簡易ベッドを借りていた。ファドマールには執務室がない。その代わり、資材置き場と作業場を兼ねた少し広めの部屋を私室にしている。ベッドで寝るほどではないが、作業に疲れて横になりたい時のために、ファドマールは簡易ベッドを作業スペースに置いている。そのベッドを借りたのだ。ベッドは勿論騎士団のものの方がいいが、魔の森での討伐の時のシュラフに比べれば遙かにいいものだ。


「おはようございます、アイク。よく眠れたようですね」

 

 既に着替えも済ませたファドマールが、にっこりと挨拶した。


「おはようございます。僕、寝過ごしました?」

「いえ、今は10時ですが、寝たのが4時でしたから気にすることはありませんよ」


 確かに、明るい。こんな時間まで寝過ごしたのは、生まれて初めてかもしれない。


「着替えをお持ちしました。庶民の服ですが、昨日の騎士服のままよりはいいでしょう。神殿長にも話をしなければなりませんからね」


 ファドマールは、まだ食堂に出入りする許可を得られていないアイクのために、朝食も運んできてくれた。ありがたくいただく。ここ数週間味がしなかったが、今日は食べ物の味を感じられる。


「うまかったです。久しぶりに味がしました」

「そうでしたか。よほどお疲れだったようですね」

「まあ・・・ははは」


 神殿長には、早朝の内に話が通してあったらしい。執務室の前に行くと、すぐに通された。


「アイクさん、何があったのか聞かせてもらえませんか?」

「詳しいことはあまり話したくないのですが、・・・」


 アイクは騎士団での嫌がらせについて、簡単に話をした。神殿長は眉間に皺を寄せている。


「先日の件といい、騎士団の若年層には問題がありそうですね。いいでしょう、私から団長には伝えますのでしばらく神殿で休養なさい。疲労で倒れたから入院、ということにしておけばいいでしょう」

「いいんですか? ありがとうございます!」

「部屋は、どうしましょうね?」

「1人の部屋がよければご用意しますし、しばらくの滞在というのであれば、私の部屋でも構いませんよ。普通のベッドを入れてもらえばいいですから」

「ファドマールさん、いいんですか?」

「私は構いません。神殿長?」

「いいでしょう。暇なら厩舎に行ってもいいように手配しておきましょうか?」

「是非!ありがとうございます!」


 アイクは飛び上がらんばかりに喜んだ。それを見た神殿長もファドマールも、うれしそうにしている。


「すぐに一筆書きますから、お待ちなさい。ファドマール、厩舎へ連れて行ってくれますか?」

「承知いたしました」


 神殿長からのメモには、アイクが神殿にいる間は厩舎の仲間としてこき使って構わない、と書かれていた。普通なら嫌がるところだろうが、アイクの目はキラキラと輝いている。

 

「厩舎に出入りするとなると、食堂は違う場所になります。医官と動物を扱う者は、衛生上の理由から別の食堂になっているのです。昼食の時にでも厩舎の者に連れて行ってもらうといいでしょう」

「いや、さっき食べたばかりですよ?」

「若い騎士は、いつもお腹がすくものだと神殿騎士たちが言っていましたが?」

「ばれましたか。なら、遠慮しないでいきますね」

「ええ、神殿でゆっくり療養なさってください」


 厩舎につくと、ファドマールは自分の仕事に戻っていった。


「あれ、アイクじゃねえか?」

「あ、本当だ。どうしたんだよ!」


 見る間に馬丁たちに囲まれる。


「作業手伝ってくれるんだろ? なら、着替えろ」


 ああ、僕はこういう雰囲気が好きなんだ。


 その日、ファドマールに部屋に戻ってきたアイクは、疲れているはずなのに元気いっぱいだった。


 楽しかったのですね。


 ファドマールは少しだけ寂しそうな顔をしたが、アイクに気づかれることはなかった。


・・・・・・・・・・


 神殿長からアイクへの直接の聞き取りを待たされたレイは機嫌が余りよろしくない。だが、今日なら大丈夫だろう、という連絡を受けて急ぎ神殿に向かった。入った部屋のある面はガラス張りになっていて、向こうの部屋が見える。


「これは?」

「取り調べなどに使う部屋です。こちらから向こうの部屋を見ることができますが、向こうからこちらを見ることはできない仕組みです」

「騎士団にも欲しい」

「検討しましょう」


 レイ、ラントユンカー、神殿長、ヴィローが座って待っていると、向こうの部屋に人が入ってきた。アイクと、ファドマールと・・・ベアトリスだ。


「セラピーをするのか?」

「アイクにセラピーは必要ありません。彼は自分で自分の思いを話せます。私としては、ファドマールの本音を引き出したいのです。そのためにはアイクも必要なのです」

「とりあえず、見ていろ、ということだな」

「はい」


 ベアトリスは昨日、神殿長からアイクとファドマールにカラーセラピーをしてほしいと言われていた。本当の意味でのセラピーにまでいかないかもしれないが本音を吐き出させたいのだと言われ、了承した。連れてこられた部屋は初めて入る部屋だったが、光の差し込む明るい部屋で、観葉植物まで置かれている。ここでセラピーをするのもいいかもしれない、とベアトリスは暢気に思っていた。


「今日はお2人一緒に、ということなんですが・・・」

「ああ。そうみたいだね」

「アイクさんって、馬がお好きなんですよね?」

「大好きだよ。馬といると、嫌なことをみんな忘れるから」

「馬のどこがいいんですか?」

「う~ん、嘘言わないし、嫌なものは嫌って言うし、それに一度仲間に入れてくれたら、優しいんだ」

「アイクさん、本当にやりたい仕事って、何ですか?」

「仕事? 馬と一緒ならなんでもいいよ。あ、馬に乗れるとよりよい、かな」

「馬に乗りながら仕事ができたとして、その時のアイクさんは何色のイメージですか?」

「色? 難しいな。でも・・・これか?」

 

 取り上げたのは金色のボトルだ。


「いいイメージですか? 悪いイメージですか?」

「馬に乗れる仕事だよ? いいイメ-ジしかない!」


 ベアトリスは単語が書かれたカードを差し出した。


「この中に、思い当たる言葉はありますか? いくつでもいいですよ?」


 しばらく眺めたアイクは、


「幸せ、満足、夢が叶う・・・辺りかな?」


 と言った。


「アイクさんは、馬に関わる仕事をすることで幸せになれる、と思っているんですね。そして、その夢、叶えたいですよね?」

「でも、僕は『軍』属だ。騎士団の厩舎の担当にでもならない限り、僕は剣を振るわなければならない。それが嫌なんだ。向いていないんだよ。どうして僕の能力判定をした神官様は、僕を『軍』属にしたんだろう。神殿の厩舎の人たちに聞いたら、みんな僕と同じような能力者だった。僕は馬を速く走らせる能力があるから伝令として使えると思ったんだろうけど、それだけなんだ。剣も槍も弓も、何も使いこなせない僕にとっては、騎士団にいることは拷問だ」


 アイクの言葉に、レイが拳を握る。不適性で苦しんでいる騎士が一定数いることは知っていたが、分かり次第異動させて、少しでもその能力が発揮できる所で働けるようにち指示していた。だが、拾い切れていなかった。それが、今回のいじめ問題にも繋がったのだろう。監督責任を感じた。


「アイクさんは、騎士団の厩舎で馬の世話だけすることってできないんですか?」

「わからない。申し出ればいいのかもしれないけれども、僕は騎士団にいたくないんだ。あの人たちと顔を合わせたくないから。できることなら、このまま神殿の馬丁になりたい」

「そのこと、誰かに相談しましたか?」

「ファドマールさんには話したけど、神殿長に相談するしかないよねって話で終わった」

「そうですか」


 ベアトリスの目がちらりとこちらを向いた。神殿長を見たのか、レイを見たのか、どちらだろう?


「では、アイクさんは神殿長にあとで相談に行きましょう」

「ええ、いきなり?」

「大丈夫だと思いますよ。相談しないと、伝わりませんから」


 さて、とベアトリスはファドマールの方に向き直った。


「では次はファドマールさんですね。ファドマールさん、今のご自分の状況を色であらわすと、何色のイメージですか?」

「強いて言えば、これか」


 手に取ったのは、朱のボトルだ。珊瑚色のそのボトルをじっと見つめた後、


「あんまりよくない感じだ」


 と付け加えた。


「この言葉の中から、思い当たるものを選んでもらえますか?」


 ファドマールが選んだのは、不信、裏切り、傷つく、という言葉だった。今度は神殿長がふっとため息をついた。


「神殿で、何か嫌なことがあったんですか?」

「ベアトリスさんにはないのですか?」

「わたしですか?」


 目をパチパチさせてベアトリスはファドマールを見た。


「神殿の中ではありませんね。町の女の子たちにはちくちく言われることがありますが、私を攻撃すると大変なことになるって実績があるので、おおっぴらには・・・」

「ああ、あれが抑止力になっているんですね」

「そのようです。私は?と聞いたということは、私にも関連があることなんですね?」

「・・・討伐後、神殿に居づらいんです」


 ベアトリスは別の意味で目をパチパチさせた。


「誰かに、裏切られたんですか?」

「ある意味で、と言えばいいでしょうか・・・」


 ファドマールの目が哀愁を帯びていた。アイクも黙って聞いている。


「神殿での私の地位は、これまで決して高いものではありませんでした。ですから、神官となるか、神官に仕える者になるか、前の神殿長は迷うほどでした。私はこれまで、そういうボーダーラインにいる者たちと必然的に一緒にいることが多かったのです。必ず当たる鏃だが使い捨てで水晶からしか作れない。そのようなものを誰が必要とするのだろうか、と自分も考えて、騎士団や猟師が使う弓矢を、それぞれのニーズに特化して作れるように技術を身につけました。能力者としては、余り役に立たないと思われてきたのです。

 それが、この度の討伐でお役に立てました。うれしかったのですが、これまで一緒にいた者たちから、お前は武器を作るのだから、神官というよりも『軍』属だったのはないかと言われました。私自身、騎士団で弓矢を作っている方が合っていると思いながら、そんなことを言ってはいけないと自分に言い聞かせてきました。ですが・・・彼らから仲間ではないとほのめかされ、町の娘さんたちには急に追いかけられ・・・今までの生活が全て崩れ去ってしまったと感じていました。ですから、私はもし許されるなら、騎士団で生きたい。騎士団の武具制作部で、自分の能力を活かしたいのです」


 アイクの話の後だからだろうか、1つ1つ確認することもなく、ファドマールは自分の思いを吐き出した。


「ファドマールさんは、もし自分が騎士団に行けたら、自分は何色になりそうですか?」

「行けたら? そうですね・・・」


 ファドマールは迷うことなく緑のボトルを手に取った。エメラルドも入っているが、翡翠やグリーントルマリン、グリーンガーネット、グリーンのアゲートやマラカイトなどが詰められたボトルだ。


「では、この中で気になる言葉を・・・」

「これだね」


 ファドマールは、たった1つを指さした。


「ありのまま・・・」

「ええ。騎士団で弓矢を作ったり修繕したりしている自分の姿こそ、ありのままの私だと思うんですよ。数日前、アイクさんを連れ帰ったあの日も、騎士団から戻るのが遅かった理由はただ1つ。そこにいることが自然に感じられて、立ち去りがたかったからです」


 ファドマールは、アイクに向かって言った。


「2人で神殿長の所に、口添えを願いに行きませんか? お互いに幸せになるために行動できるチャンスだと思うのです」 

「そうですね。行こう!」


 ベアトリスの視線がもう一度こちらを向く。レイは神殿長を見た。覚悟した顔をしている。


「団長・・・」

「隣に行くか、神殿長」

「はい。彼らを解放しましょう」

「ああ」


 レイと神殿長は、隣の部屋に入った。

読んでくださってありがとうございます。

次回10章終了です。

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