10-1 はぐれの2人
読みに来てくださってありがとうございます。
第十章緑の章です。
よろしくお願いいたします。
国王が弾劾裁判で王位を剥奪され、第1王子が繰り上がって新国王となった後、第4王子となったレイモンドとアデルトルートの婚約が発表された。国王の不祥事に国民は眉をひそめたが、前国王に傷付けられた豊穣の巫女を支え続けたレイモンドの話は、いつの間にか王国中で知らぬ者のいない話になっていた。レイは絶対あいつの策略だと新国王を呪っていたが、慶事によって国民の意識を前国王から逸らすことに成功した新国王はどこ吹く風、という表情である。
レイがアデルトルートの心を癒やすのに苦心していた頃、神殿と騎士団にも心を疲弊させている者がいた。伝令としての能力をレイに認められた新人騎士アイクと、「必ず当たる」鏃を作れる神官ファドマールである。アイクは乗馬能力とタイミングよくベアトリスのお守りを運んだことで一躍有名人になっていた。町娘の中でもその名は知られているようで、酒場に出かけるとアイクばかりがもてはやされる。アイクは迷惑だと感じていたが、一緒にいる同期や先輩たちは面白くなかったようだ。ことある毎に言いがかりをつけられ、小突かれ、一緒に飲みに行くこともなくなっていった。騎士団の中でも、上官が見ていないところでちまちまとしたいじめじみた行為が横行し、アイクの心は疲弊していた。
今日も、手入れしておけと言われて300本の剣が積まれた倉庫に入れられ、鍵を掛けられた。終わったらベルを鳴らせを言われたが、食事を取らせる気はないのだろう、水とビスケットが数枚入った袋だけ渡された。
アイクは、うんざりしていた。剣の手入れは騎士が自分の剣の状態を知るために自分で行わなければならないと教育されてきた。ここにある剣は訓練用のものもあるが、先輩騎士たちの私物もある。これを磨いても傷を付けたとか難癖を付けられてまた殴られるのだろうと思うと、どうしてもやる気になれなかった。
神殿の人たちはみんなやさしかったよな。
アイクはその後も何度か神殿に出向いたが、いつも誰でも親切に対応してくれた。特に厩舎の馬丁たちは自分たち同様に馬のことが大好きで馬の世話をしたがるアイクを「馬仲間」だと言って、いつ行っても温かく迎えてくれた。
あんなふうに心穏やかに暮らせたらいいのに。
元々アイクは、体を鍛えることが好きではなかった。剣にしても槍にしても弓矢にしても、騎士としての「普通レベル」には達しなかった。だが、アイクの乗馬能力を「武」に関する能力と認定した神殿によって、アイクは1歳で「軍」の施設に入り、騎士になることが決められてしまった。外国の中には職業選択の自由というものがあるらしいが、生まれつきの能力を最大限活かすことを求められるこの国では、それは望むべくもない夢だ。
やりたくないな~。でもやるしかないんだよな~。
きっと夜中になっても終わらないだろう。そうしたら、終わらなかったことを責められ、また何か押し付けられるか、殴られるか・・・。
騎士団を出たい、馬に携われる仕事だったら何でもするのに。
アイクのため息は誰にも聞かれることはなかった。
アイクが騎士団で嫌がらせを受けている頃、ファドマールまた、悩んでいた。ファドマールの悩みは、大きく分けて2つあった。
1つ目はアイク同様有名になったことで町娘や下働きの娘たちから追いかけられるようになったことだ。見ず知らずの女性から
「付き合ってください」
「結婚してください」
「式場は押さえてあります。このまま私の家に行きましょう」
等と複数の女性たちに絡まれることが続いた結果、ファドマールもまた疲弊したのだ。
2つ目は、仲間からの視線が変わったことだ。魔物討伐以前は、鏃を作るのに適した水晶を探し回り、ある程度溜めたら鏃を作り、これまた自作の矢に装着して、いくつか溜まると神殿長が買い上げてくれて・・・その後どこに売られていたのかは知らないが、それなりに神殿収入に貢献していたとファドマールは自負している。だが、そんなこととは知らない、余り役に立たない能力だと言われながら神官や下働きとして神殿に置かれていた仲間たちからは、羨ましいとか、時代のニーズにうまく合ったとか、言い方はソフトだがその裏には嫉妬ややっかみがある言葉を受けることが増えた。裏の意味が分かるだけに、ダメージは確実に蓄積していく。
今日のファドマールは、弓矢の調整を依頼されて騎士団に来ていた。これまでの弓矢が悪いわけではないが、ファドマールが作った弓矢を気に入った射手が何人かいて、そのメンテナンスのために訪れたのだ。丁寧に作業をするから、どうしても時間がかかる。ファドマールが射手たちの弓矢のメンテナンスを終えた頃には、満月が空高く登っていた。
「早く神殿に帰らないと、食事を食べ損ねるな」
ファドマールは倉庫が建ち並ぶ場所を抜けて門のある守衛所に向かって歩いていた。
「チクショー、腹が減ったぞ! 誰か出してくれ!」
聞き覚えのある声が、倉庫の中から聞こえてくる。声を頼りにある倉庫に近づいた。その中に、鍵はかかっていないが、外からつっかえ棒が差し込まれて外に出られないようになっている扉を見つけた。
「やってらんねぇ~!」
ここだ。ファドマールはつっかえ棒を外すと、恐る恐る倉庫の中に入った。
「あれ、アイクか?」
「へっ、ファドマールさん?どうして・・・」
「私は弓矢のメンテナンスを頼まれまして・・・それにしてもアイクはどうしてこんな所にいるんですか?」
「ちょっとした嫌がらせって奴ですよ」
ファドマールの目がギラリとした。
「ほら、僕たち魔物討伐の時にちょっと名が売れちゃったでしょう?それで、先輩や同期が面白くなかったみたいで・・・」
「騎士団では、そんなことがあるのか?」
「僕は騎士としては落ちこぼれなんだ。だから、そんな僕が団長に名前を覚えてもらったことも、酒場で女の子たちが僕にばっかり興味を示すのも、面白くないようなんだ」
「そうか、私も似たようなものです。今まで私に今日を示す女なんていなかったのに急に迫られたり、神官か下働きかのボーダーラインにいた私が有名になったことで、やはり面白くないと思っている人たちはいますし」
「神殿にもいるんだ。残念、地上の楽園みたいに思っていたのに」
「そんな場所、ありませんよ」
2人がため息をつく。
「アイクは神殿に来たかったのですか?」
「厩舎のみんなは、優しかったから」
「そうですか」
突然、ファドマールがニヤニヤと笑った。
「ならば、今から家出しましょう」
「え?」
「神殿へ行くんです。私と一緒なら問題ありません。あなたは私に護衛を頼まれた。守衛所でそう言えばいい」
「でも、この剣・・・」
「理不尽な押しつけなんでしょう? きっと神殿長が団長を、監督不行き届きだと叱ってくださいますよ」
「え~本当について行っちゃいますよ」
「ええ、行きましょう」
ファドマールは立ち上がると、アイクの手を取って立ち上がらせた。
「元通りに、つっかえ棒はしておいた方がいいでしょうね」
「つっかえ棒? 鍵じゃなかったのか・・・」
「アイクはいい人ですから、御しやすいと思われたんでしょうね。その方たちがこれからどうなるか、ちょっとわくわくします」
「ファドマールさんて」
「はい?」
「結構、腹黒?」
「ばれましたか? でも、生きるために必要なこともありますからね。だから、神殿も楽園ではないと言ったんですよ」
「そっか~。ま、いいや。付いていきます、ファドマールさん!」
「はい、行きましょう」
2人は明るい顔で守衛所を通り抜けた。神殿へ向かう道の満月は大分西に傾いていたが、2人を照らす光は穏やかに感じられた
読んでくださってありがとうございます。
いいね・評価・ブックマークしていただけるとうれしいです!




