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カラーセラピスト ベアトリスの相談室  作者: 香田紗季


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9-4 コスモスの花言葉

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 事態は思いのほか早く進んだ。王子たちと有力な土地の長官たちが全員、王の弾劾に回ったのだ。更に、「軍」も近衛を引き上げると王を恫喝したらしい。地方の長官たちの中には様子見をしている者もいたが、特に王都に近い地域の長官たちは全員がレイに付くと宣言した。


 第1王子と第2王子からの手紙によると、ここ数年、王の妻と娘の行動が目に余るものとなっていたらしい。王の家族なのに王族として扱われないこの国のシステムに不満を持ち、特別扱いを要求していたのだという。特に娘については能力的に「庶民」の扱いなのだが、自分はこの国初の王女だと主張し、やりたい放題だったのだと言う。それを王はとがめるどころか助長するような言動を繰り返し、直接迷惑を掛けられた人も多かったそうだ。


「来年が5年ごとの査定の年だろう? だから、そこで退位をさせようかと相談していたんだ。レイモンドが動いてくれたから、早く進められる。それにしても、豊穣の巫女様は大丈夫なのか?」


 第1王子からの手紙にはそう書かれていた。この国のシステム上、第1王子とレイの間にもちろん血縁関係はない。国王と第1王子もしかり。ただその能力が国王の次に優れているから第1王子なのであって、そこに国王への肉親の情など湧くはずもない。そこにあるのは、ただひたすら己の能力を国民のために使うという使命感だけだ。


「国王はこちらで弾劾裁判にかける。レイモンドは準備が終わるまで、豊穣の巫女様の回復に努めるように」


 第2王子からの手紙にはそう書いてあった。第1王子と第2王子は小さい頃から同じ教育担当の所にいたためか、今でも他の王子たちと比べると仲がいい。2人でやりとりして「軍」の上層部とも話が付いているから大丈夫、神殿長の意は聞くまでもないからこちら側として処理しておく、とのことである。レイはお礼の手紙を認めた。そして、これがフェイントではないと確信が持てるまでは、領境に展開した2個中隊の内の1個を待機させることにした。


 目処が付いた所で、レイはアデルトルートを訪問した。久しぶりに会ったアデルトルートは、げっそりとやつれ果てていた。いまだに水分しか受け付けられず、カーテンを閉め切った部屋で泣き暮らしているとベアトリスから聞いていたが、これほどとは思っていなかった。レイはアデルトルートにそっと近づいた。


「アデル」


 レイの声に、ビクッとアデルトルートの体が反応した。視線がだんだん上に行き、レイの顔を認める。


「アデル、会いたかった。お前を傷付けた王は引きずり下ろした。もう俺とお前の間に入ろうとする者は誰もいないよ」


 アデルはいぶかしげに首をかしげてレイを見た。この人の言うことは信じられない、そういう顔だ。


「俺は、王が表彰を終えて帰ったらアデルに求婚するつもりだった。少し遅くなってしまったが、準備はできた。アデル、俺と結婚してほしい」


 だが、アデルトルートは首を横に振った。蚊の鳴くような声が、その小さな口から漏れた。


「私は、殿下に釣り合いません。良き方とのご縁がありますよう、お祈り申し上げます」

「そうじゃない、俺が何者であろうとそんなことは関係ない」

「いいえ、この国の王家が世襲ではなくても、王子という立場は尊ばれるもの。いずれは王都へ戻るでしょう。私は立場上、このドゥンケル辺境領を離れることができません。一緒にはなれないのです」

「問題ない。第1王子が次に即位するが、第5王子の俺に回ることはない。それに、次の世代の王子たちがもうじき選定される。俺は長官か騎士団長か好きな方を選んで、空席になっている地域に行くことになるが、それはこのドゥンケル辺境領も含まれている。俺はここに残れるんだ。だから心配するな」


 レイは言葉を尽くすが、アデルトルートの心に入っていかない。


「団長、今日はここまでに」

「トリシャ、アデルを外に連れ出す。神殿長に報告しておけ」

「お待ちください、そんな体で」

「俺が責任を持つから、いい。行くぞ、アデル」


 アデルトルートはあっという間にベッドから抱き上げられてしまった。そして、厩舎に向かってレイはずんずん歩いて行く。ベアトリスは急いで飲み物を入れた水筒をレイに渡した。


「アディ様は今、水分しかとれません。水分まで不足すると命に関わりますので、必ず飲ませてください」

「ああ、ありがとう」


 レイは自分の肩にアデルトルートを担ぎ上げるとひらりと馬に跨がり、アデルトルートを自分の前に下ろして横乗りさせた。その手はしっかりとアデルトルートの腰に回っている。


「あまり遠くに行くわけではない。以前約束したところに行くだけだ」


 レイはそう言い置いて、馬を走らせていった。


 ・・・・・・・・・・


 レイがアデルトルートを連れてきたのは、ベアトリスとラウズールが花を摘んだコスモス畑だった。


「前に、コスモス畑に連れて行くと約束しただろう?ここだ。少し休もうか」

 

 レイはアデルトルートを抱いたまま馬から飛び降りた。アデルトルートは衝撃を覚悟したが、レイの着地はふわっとしており、痛みはなかった。レイは小高くなって畑がよく見える場所までアデルトルートを連れてくると、そのまま自分の膝の上に座らせた。


「レイ様、私、重いです」

「こんなに痩せて、重いわけがなかろう。ビーも言っていた、少し水分をとれ」


 レイは水筒に手を添えて、アデルトルートに2口ほど飲ませた。スッキリしたミントティーのようだ。ベアトリスはアデルトルートが馬に酔うことを想定してミントティーを入れておいてくれたのだろう・・・酔うような馬の走らせ方を、レイはしなかったが。


 アデルトルートと、コスモス畑を眺めた。白、薄いピンク、濃いピンクのコスモスが風に揺れている。ふと足元を見ると、踏まれて茎が曲がった花があった。まるで自分のようだと思って、アデルトルートはまた悲しくなった。


「俺はコスモスという花を尊敬している」


 何の脈絡も無いレイの言葉に、アデルトルートは首をかしげた。


「コスモスは、細いから弱そうに見えるだろう? 実際に踏まれるとすぐに折れてしまう。だが、どんなに踏まれてもすぐにまた立ち上がって、踏まれたなんて気づかせないんだ。俺より強いんだなと思った」


 レイはアデルトルートの髪を優しく撫でながら、遠い目をしていた。


「15歳の時だった。この地にやって来て、長官としての仕事と騎士団長としての仕事の両立に悩んでいたし、ドゥンケル辺境領の人々とうまくいかなくて・・・いつ魔の森の『澱み』から魔物が溢れるか分からないと言われてこの地に来た俺にとって、協力し合えないというのは致命的だったんだ。そんな時に、ここに連れてきてくれた人がいた」


 アデルトルートはじっとレイの目を見て話を聞いている。レイはアデルトルートの顔に視線を戻した。


「俺の影武者をしていたマンフレートだ。あの時あいつは15歳で、成人したばかりだった。事務官としてとても優秀だったのに、若いというだけで雑用しかさせてもらえていなかった。それでもマンフレートは腐らなかった。この花畑は領地の見回りの時に見つけたらしいんだが、コスモスだけの畑なんて珍しいだろう? それに、金を払えば摘み取ることもできる。あいつはコスモスを花束にして、自分の部屋に飾ったと聞いた。10日くらいは保ったようでな、畑のコスモスも花瓶のコスモスも居場所や寿命に違いはあるが、自分を応援してくれているように感じられたらしい。俺が悩んでいたのがちょうど秋だったから、あいつはここに連れ出してくれたんだ。自分と同じように、花を見て少しでも元気になれと言った。俺は花なんかで元気にならないと言ったんだが・・・ここのコスモスには心が洗われたよ」


 レイはアデルトルートの額にキスをして言った。


「だから、アデルにも元気になってほしくて、ここに連れてきた。無理矢理連れてきてしまったことは謝る」


 アデルトルートはもう一度花畑のコスモスを見た。ゆらゆらと風に吹かれて、まるで2人の様子を見守っているようだ。


「王様の娘さんの話は?」

「神殿長の話では冗談だったらしいが、俺はこれまで王からも本人からも結婚しろと言われて、煩わしくてこの土地を選んだんだ。ここならあの女が追いかけてくることもないからな。だから、王都に戻すと言われたときにはまさか、と思った。俺は王に喧嘩をふっかけた。各地の王子や長官に、王の弾劾裁判を開くよう訴えて、実際に開かれることになった。弾劾裁判に掛けられた王は、必ず失職することになっている。王が王でなくなる日は近い。第1王子たちが真剣に動いているからな。そうしたら、王の娘はただの庶民だ。豊穣の巫女とただの庶民、王子でなくなったとしても騎士団長クラスの地位に就ける俺に釣り合うのはどちらだろうな?」


 アデルトルートの瞳が涙で揺れる。


「本当に、大丈夫なの?」

「ああ。お前が起きている時にきちんと言って渡したかったが、何かあるといけないと思って勝手に指輪をはめさせてもらった。ピンクダイヤモンドは、完全無欠の愛を誓う石だ。二言はない。アデル、お前が18歳になったら結婚しよう。それまでいろんな話をして、いろんなことを2人で決めていこう。お前が史上最高の豊穣の巫女と呼ばれるために、一緒に幸せになろう」


 アデルトルートは、レイの胸元に顔を埋めた。肩が小刻みに震えている。


「駄目か?」

「違うの」


 そのままの姿勢で、アデルトルートは言った。


「コスモスの花言葉を、レイ様は知っていますか?」

「いや、何だい?」


 アデルトルートが顔を上げた。


「乙女の真心、ですわ。私、あなたにコスモスを捧げます」

「アデル!」


 深いキスが、角度を何度も変えながら、アデルトルートを翻弄した。


「これが2つ目のキスだな。覚えておくんだ」 


 レイの目は、誰も見たことがないほど優しい。


「コスモスも、ダイヤモンドも、ピンクなんですね」

「ん?」

「ベアトリスが言っていました。ネガティブな時にピンク色が浮かぶ人は、愛情不足だとか、自分に自信が持てなくて重くなってしまった人らしいんです。レイ様、私の状況を見て、ピンク色を選んでくださったの?」

「偶然だよ。だが、本能でそれがいいと思ったのかもしれないな」


 秋晴れの下、コスモスが揺れている。レイとアデルは、いつまでも揺れるコスモスを見つめていた。

読んでくださってありがとうございます。

第9章終了です。

ピンクにもいろんな意味がありますが、今回はネガティブな意味を使いました。

夜から第10章緑の章です。

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