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カラーセラピスト ベアトリスの相談室  作者: 香田紗季


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9-3 ピンクダイヤモンドの指輪

読みに来てくださってありがとうございます。

しょっぱめです。

よろしくお願いいたします。

「アデル、しっかりしろ、目を覚ませ!」


 抱きかかえてアデルトルートの部屋に走るレイは、ただひたすらそう言い続けていた。トリシャとコーエンもついて走る。アデルトルートの私室に飛び込むと、レイはアデルトルートをそっとベッドに寝かせた。


「医官を・・・」

「すぐに誰か来るでしょう。それよりも、服を楽なものにします。団長とコーエンは言ったん寝室から出てください」


 トリシャに言われて、慌ててレイとコーエンが寝室の扉を閉めた。


「レイ団長のこと、俺は気づいていました」


 コーエンがぼそっと言った。


「レイ団長とアディ様のことを応援していいのか、諦めさせた方がいいのか、俺とトリシャは悩みました。それで、俺の伝手を使っていろいろ調べたんです。ベアトリスさんの裁判の時、長官のアドバイザーみたいな感じで座っていたと聞いて、そこでレイ団長がレイモンド殿下だと気づきました」

「そうか。アデルには言わないでいてくれたのか」

「はい。でも、それが裏目に出ましたね」

「まだだと思ったんだ。アデルの心が俺に向いたら話そうと思っていた。だが、今回の王の御幸のせいで、その時間がとれなくなった。後手に回ったのは間違いない。俺はアデルのことに関して、失態ばかり見せているな」

「団長・・・」


 レイは唇から血がにじむのではないかという勢いで唇を噛んでいる。よほど悔しかったのだろう。


「王の娘との話は、聞かされる度に断ってきた。王の娘が俺に一方的に好意を持っているらしい。だが、安全なところで守られることを当然とし、思い通りにならないと癇癪を起こし、何の努力もしない女だ。能力者ではないのだからせめて努力して何かを身につけようとすればいいのだが、そんなことは必要ないと言ってな。剣を自分に捧げて自分の騎士になれと言われたとき、俺は危ないと思った。あの女から逃げるために、自分から希望してこのドゥンケル辺境領に来た。ここが、俺のいるべき場所なんだ」


 いつの間にかトリシャが寝室の扉を開けている。


「お待たせしました。どうぞ」


 レイはアデルトルートの枕元に駆け寄った。


「アデル・・・」


 意識を失っているのに、涙がその眦に溜まっている。王の娘と同じ年だが、その存在価値は全く違う。レイにとって何者にも代えがたい人。昨日のレイの言葉を、アデルトルートは嘘だったのだと信じ込んでいるに違いない。


「昨日の俺の言葉に嘘はない。追放されたのなら、それで構わない。ただ、アデルの傍にいたい」

「ええ、アディ様も同じです。自分の役割を果たさなければならないけれども、団長のことを本当に心配していらしたんですよ。昨日も、頑張ってみるって・・・」


 神殿長とベアトリスとラウズールがやって来た。ラウズールはすぐにアデルトルートをスキャンする。医官が治癒すべき所は見つからないが、意識がいつ戻るかは分からない、ろラウズールは正直に言った。ベアトリスはレイと反対側に回り、そっとアデルトルートの手をさすっている。


「団長、いやレイモンド殿下、聞いてください。先ほど王に対し、ドゥンケル辺境領は離脱してもよいとマンフレートが宣言しました。あの部屋にいた近衛以外は、全員賛成しています。王は今日中にドゥンケル辺境領を出ると言って神殿から逃げ出しました。準備だけはしておきますか? それとも、追放を待ちますか?」

「迎撃の準備だけはしておきたい。ラントに伝えてもらえるだろうか。王は豊穣の巫女を傷付けた。国民を危険にさらすような王の下にはいられないという俺の言葉を聞けば、少なくとも黒龍騎士団は俺に付いてくるだろう」

「分かりました。ベアトリスとラウズールを置いていきます。ベアトリス、今日はあなたは家に帰らない方がいい。トリシャ、客室の用意を」

「かしこまりました」


 魔物討伐が終わって、平和な日々が来ると信じていた。それが、一瞬にして反乱と言われるような状況に陥りつるある。これからどうなるのだろうか、とベアトリスは不安に震えた。


「無理に起こすのは止めましょう。でも団長は、アディ様にたくさんお話ししてくださいね。あ、あの、団長呼びはこれから控えた方がよろしいでしょうか、殿下」

「頼む、殿下は止めてくれ。俺は全部終わったら、お前たちとダブルデートの計画を立てていたんだ」

「ダブルデート?」

「ああ。お前たちは、俺の人生の中で初めて友だちというものに該当しそうだと思っていたんだ。ラントもオリスもマンフレートも部下という意識が強い。だから、今まで通り接してくれ」

「分かりました」

「僕も、分かりました」


 レイは少しだけ微笑むと、アデルトルートの顔を見て再び厳しい顔になった。本当は目が覚めるまでここにいたい。だが、アデルトルートを守るために、やらねばならないことができた。


 レイは隠しポケットから指輪を取り出した。


 それって・・・


 思わずベアトリスが悲鳴を上げそうになる。レイはその指輪をアデルトルートの左手の薬指にはめると、ベッドサイドにあったメモ帳に走り書きをした。そして、起きたらアデルトルートに見せてくれ、と言って立ち上がった。


「お前たちにも迷惑を掛けるが、アデルを頼む」


 レイはそっとアデルトルートの髪を撫でると唇にキスを落とし、厳しい顔に戻って出て行った。


「これからどうなるのかしら?」

「分からない。だが、神殿の力もある。僕たちは負けない。僕もビーチェを守るから」

「うん」


 ラウズールはこれ以上ここにいてもアデルトルートの力になれないと判断し、神殿長の指示がすぐに通るよう、執務室か私室にいると言ってアデルトルートの部屋を出て行った。ベアトリスは眠るアデルトルートにささやいた。


「あなたのために、辺境領中の男が動くわよ」


・・・・・・・・・


 騎士団に戻ったレイの行動は早かった。各地の長官と王子たちに、豊穣の巫女に対して王が働いた狼藉の内容を記した。そしてそれが自分の娘のわがままを叶えるためだということ、そのためならばこの国の民が飢えても構わないと言ったということを連ね、王の弾劾を呼びかけた。「軍」にも同じ内容を送った。その際、ヴィロー神官のあの水晶玉を添えた。現場にいたヴィローは、能力で見たものだけでなく、実際に見たものを水晶玉に記録することもできるようになっていた。さらに、それを複製することも。


 これで「軍」や各地に散らされた王子たち、そして長官たちがどう動くか。レイは端から全面戦争する気はない。いくらドゥンケル辺境領騎士団、特に黒龍騎士団が強いと言っても、数で押し負ける。どれだけの妥協を引き出せるか。レイの頭の中で、シミュレーションが幾通りも組み立てられていく。こういう時、ラントユンカーやオリスは静かに見守っている。考えに集中しているレイを邪魔しないように誰か1人外に立たせて、緊急の用件以外は待たせるか再訪を願う。いつになく長い時間思考に耽ったレイが、ふっと目を開けた。


「条件が多すぎて、パターンが定まらない。動きが見えないと絞り込めないな」


 レイがこれほど悩むのも珍しい。


「我々は団長に付いていきます。黒龍騎士団員ではない辺境領騎士団員の中には、『軍』の意向を汲む者もいるでしょうが、少数でしょう。領境の橋をいつでも落とせるよう、中隊を2個程度派遣しておきましょうか? うちは師団規模ですから、その程度ならすぐ動かせます」

「橋を落とすのは、明らかに戦闘だと分かる場合にのみ認める。そう、中隊長に伝えてくれ。どこの中隊がいいだろうか。」

「一番冷静な所だと・・・コンラート大尉の所は入れておきたいですね。2個派遣するとしても、トップはコンラートを指名しておけば問題ないかと」

「いいだろう。アイクを伝令用に付けてくれ。ブリッツとアイクの組み合わせは、今までのどの伝令よりも早い」

「そうですね。領境の橋まで普通の伝令だと2日かかりますが、ブリッツの脚なら半日は早くできますね」

「では手配を」

「はっ」


 ラントユンカーが命令書の作成と事前の指示に動いた。


「オリス。お前だったら、どうした?」

「・・・自分の立場と団長の立場では、選択肢が異なります。ですから、自分であれば、ニーナの家に事情を話した上で、ニーナと逃げると思います」

「今の立場の俺には、確かに難しいな」

「豊穣の巫女はこの国の至宝です。至宝を傷付けてお咎めなしというのでは、今後神官や巫女たちがどのような目に遭うかわかりません。自分は団長を支持します」

「ニーナを危険にさらすことになっても、か?」

「団長はそうはならないようにしてくれます」

「随分と俺のことを買っているんだな」

「はい。団長ですから」


 こうやって自分を一心に信じてくれる部下がいるというのは、なんとありがたいことだろう。


「悪いようにはしないつもりだ。一番いい選択肢を選ぼう」


・・・・・・・・・・


 意識を取り戻したアデルトルートだったが、生気の失せたような状態は続いていた。ベアトリスからレイのメモを渡されて左指の指輪を見てもまるで他人事のようで、自分が誰なのもよく分かっていない様子だ。

 

 自分が誰か分からない、というような状態が本当なのか演技なのかを、脳のスキャンで判別できる医官が1人だけいて、その医官がアデルトルートを見てくれた。医官の診断では、一時的に記憶に蓋をして、悲しみを無理矢理抑え込んでいる状態だという。


「ですから、無理に蓋をこじ開けると消化中の記憶が一気にあふれ出して、今度こそ豊穣の巫女の心を完全に壊してしまう可能性があります。あの前後のことは絶対に口にしないでください」


 そう言って医官は戻っていった。当然神殿長にも報告されたのだろう、すぐに神殿長がやって来た。


「この世で常に最も幸福に包まれるべき豊穣の巫女が、こんなになるほど辛い思いをするなんて・・・」


 アデルトルートの寝室を出てから、神殿長は涙をハラハラと流した。せめて食事だけでも取ってほしいのだが、あれ以来果汁のような口当たりのよいものしか受け付けない。ただ1つ、レイから毎日一言だけとはいえカードが届くようになった。自分宛ではないと言わんばかりにアデルトルートは一目見るとサイドテーブルに置き、2度は見ない。もしかしたら、執着が湧かないようにと気づかぬうちに行動しているのかもしれない。その姿を見ると、世話をする者もお見舞いに来る者も苦しい気持ちになるのだった。


 ベアトリスは一度だけ、アデルトルートの瞳が揺れているのを見た。誰もいなくなった寝室で、アデルトルートが左手の指輪に優しく触れていたのだ。寝室に入ろうとしたベアトリスは立ち止まり、様子をうかがい続けた。アデルトルートは指輪に触れ、手を上げてじっと指輪を見、そして一瞬うれしそうな顔をし・・・次の瞬間に表情が抜け落ちた。そして、指輪を頬ずりしながら、静かに涙を流し始めたのだ。


 ベアトリスはそっと扉を閉めた。戻ってきたトリシャに見たことを話し、しばらく1人で泣かせた。1時間ほどしてからトリシャとベアトリスが寝室に入ると、アデルトルートは泣きながら寝たのだろう、瞼が腫れ上がり枕も濡れていた。


「今、団長からまたカードが届いたのですが・・・どうしたものかしらね」


 トリシャがため息をつく。カードには


「アデルと一緒に毎日過ごすために頑張っている。愛している」


 と書かれている。だが、それを受け入れるだけの心の余裕は、今のアデルトルートにはまだない。


「ピンクダイヤモンドの石言葉を伝えても、きっと駄目でしょうねえ。せめて、表彰の前にもらっていれば、少しは違ったかもしれないけれど」


 ピンクダイヤモンドは、ダイヤモンドの中でもとれる量が少ない。いわゆる大きさ、色、透明度、輝き、どれを見ても庶民が一生お目にかかれるような品ではない。おそらく時間を掛けて探し求め、用意していたはずだ。


 ピンクダイヤモンドの石言葉である「完全無欠の愛」が、アデルトルートに届いてほしい。ベアトリスはピンクダイヤモンドを見つめていたアデルトルートの表情を思い出し、涙した。

読んでくださってありがとうございます。

次回は何とか甘々にしたい・・・

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