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カラーセラピスト ベアトリスの相談室  作者: 香田紗季


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9-2 王子と騎士団長

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 国王自らこのドゥンケル辺境領まで来たことは、歴史上初めてのことである。領都の町の人々は王の姿を初めて見て驚嘆した。


「うちの王様って、若くていい男だったんだねえ」


 とマダムたちがため息をついている。ベアトリスの母も、きっとキャーキャー騒いでいるに違いない。


 王が壇上に立つ。功労者たちの名が呼ばれる。ベアトリスも呼ばれ、王の前に進み出た。


「最後に、ドゥンケル辺境領長官及び騎士団長 レイモンド王子」


 誰もが息を呑んだ。ドゥンケル辺境領の人ならば、長官がレイモンド王子で、辺境領騎士団長がレイだということは知っている。だが、今の紹介の仕方では、同一人物と言うことにならないか?


 ベアトリスも、レイを見つめた。いつものレイの顔ではない、厳しい表情の「レイモンド王子」がそこにいた。壇上のベアトリスは、後ろを見ることができない。アデルトルートはどんな顔をしているのだろうかと不安になる。王から表彰を受ける時も一言二言交わした記憶はあるが、アデルトルートのことが心配で全く覚えていない。


 表彰が終わり、壇上の表彰者が別室に呼ばれた。ベアトリスはレイの後ろを歩きながら、胸騒ぎがしてならなかった。レイは話しかけづらい空気を纏っており、親しく話せるようになったことがまるで嘘のようである。


 別室で改めて王からの言葉を賜った。ベアトリスも王から、


「簡単に魔物から身を守る手段を見つけたと聞く。お前の発見は大きな功績だ」


 と言われたが、発見でも何でもないので違和感しかない。ファドマールの方が世ほどその能力を活かしたと思うのだが・・・。


「レイモンド、随分不機嫌だが何かあったのか?」

 

 王が親しげにレイに話しかける。レイモンド、と呼びかけられたレイは不機嫌なままだ。


 ああ、本当にレイ様は、レイモンド第5王子だったんだ。


 ベアトリスは自分が親しくしてきた人物が、急に雲の上の存在に感じられた。もう話しかけてはいけないように感じられた。次に思ったことは、アデルトルートはどうなるのだろう、ということだ。豊穣の巫女は、巫女の中でも3本の指に入る格を持つ。だが、相手が王子となれば話は変わるだろう。もしかしたら・・・。


「レイモンド、お前が長官と騎士団長を兼務していたことをなぜ隠していた? それこそ公表して何の問題があるというのだ? 私には全く理解できない。」

「理解していただこうとは思いません。その方が遙かに仕事がやりやすかったのです。これから、やりにくくなります。今まで通りに物事を進められなくなりますので、非常に困惑しております」

「お前の力量なら、そのようなことを気にする必要はなかろう?」

「陛下、あなたがここドゥンケル辺境領に来たことで、どれほど業務が増えたとお思いですか? 家に帰れず、行政府に寝泊まりしていた事務官もいるのですよ! 思いつきで動かれるのは迷惑です」

「それを何とかするのがお前の仕事だろう」


 王にとって、それは当然のことなのかもしれない。だが、レイは、いやレイモンド王子は13歳でこの地の長官として派遣されて10年、この地に生きる人々や、辺境伯領騎士団という特殊な任務を持つ騎士たち、そして他の地域にはない神殿、それぞれと調整し協力して、今のドゥンケル辺境領を治めてきたのだ。今のスタイルになるまでにレイモンド王子だって試行錯誤し、悩み苦しんだ時期もあったはずだ。そもそも、魔物が溢れるこの地にレイモンド王子を選んで送り込んだのは、王自身ではないのか。


 レイモンド王子が唇をかみしめていると、ノックの音がした。


「上位の神官と巫女が、国王陛下にご挨拶したいと参上しておりますが」


 扉の外にいた近衛騎士が、王に尋ねる。王は頷くと、レイモンドの傍を離れ、椅子に座った。神殿長を先頭に3人の神官と巫女が入室した。アデルトルートは自分の足で歩いているが、顔は真っ青になっている。


「陛下、この者たちが、この国の繁栄に直接関与しているものたちでございます。どうぞお見知りおきくださいませ」


 神殿長が1人ずつ名前と能力を説明する。王は鷹揚に頷きながら聞いていた。そして、これまで通り励むように、と一言言った。


「話の途中だったな、レイモンド」


 王の言葉に、アデルトルートがピクリとする。一緒にいる神官や巫女が、心配そうにアデルトルートを見ている。


「『澱み』の方も安定した。これで数十年は魔物は来ない。さらに、防衛策が見つかった。つまり、これ以上このような辺境地に王子を派遣する必要はなくなったわけだ。ということでレイモンド、お前は王都に戻れ。私の娘は能力者ではないが、王家の娘として育った。成人したばかりだがお前の妻にしてやる」


 ベアトリスの目の端で誰かが倒れた。はっとしてみれば、アデルトルートが青い顔をしてしゃがみ込み、隣の巫女がなんとか倒れないように支えている。ベアトリスも不敬を問われたらどうしようと思いながらアデルトルートに駆け寄った。


「アディ様! しっかりして!」


 口を覆い、体を震わせて、涙を流している。声こそ出さないように頑張っているが、昨日まで立つのがやっとだったのだ。もとより立ち続けることは難しかったはずだ。


「ビー、私、もう・・・」


 アデルトルートはそれだけ言うと気を失った。王が顔をしかめている。


「あれが豊穣の巫女なのか? あのような青い顔をした女が、本当にこの国の農業を支えているというのか?」

「いい加減にしろ!」


 レイモンドが王に怒鳴りつけた。


「あんたは昔から、無能な自分の娘と年が近い俺とを結婚させようと目論んでいた。そして、あんたは俺とアデルの関係を知っている。事務官の中に、直接あんたに俺のことを報告していた奴がいたからな。自分の娘を俺と結婚させるためにアデルが邪魔だからといって、こんなことをする必要がどこにある? 豊穣の巫女の精神状態がこの国の実りに影響することくらい、当然知っているだろう。その豊穣の巫女をこれ以上追い込むと言うことは、あんたは国全体の利益ではなく、一個人の望みを優先する男だということになる。それが何を意味するのか、あんたなら分かるはずだ。俺が今のあんたの発言を公表すれば、あんたは弾劾される。それでいいんだな?」


 王とレイモンドはにらみ合った。


「俺は王子でなくてもいい。お前が俺を排除するなら、この騎士団の一団員としてこの地に残る。俺に必要なのはアデルだけだ。名誉も、地位もいらない。ここには俺の作った騎士団がある。ドゥンケル辺境領騎士団の新しい団長が俺を潰そうとしても、俺は俺の騎士団を連れて離脱してやる」


 そういうと、レイモンドは意識を失ったままのアデルトルートを抱き上げた。


「俺が弾劾の準備をする前に、さっさと王都に帰るんだ。」


 レイモンドは王の許しを得ずに退室した。


「まったく、あいつはどうして私の善意が分からないのだろうな」


 王の言葉に、辺境両側と神殿の人間が王を見る。


「王の娘だぞ? それも、美しい娘だ。あんな不健康な巫女より、よほどいいと思うのだが」

「陛下。冗談なら今のうちにそう仰ってください。豊穣の巫女を傷付けた以上、あなたは王でいられるかどうか分からないのですよ」

「冗談だと?」

「ええ。このままでしたら、私はこの国を守るために力を使わなければならなくなります。豊穣の巫女が全ての力をこのまま失ったら、国民が飢えます。あなたのことなどどうでもいい。私は、国民を守るために神殿長をしているのです。陛下が即位なさる時に申し上げたこと、お忘れですか?」

 

 それは、王が間違っていると思えば神殿長が力を使って矯正できること、その矯正の中には王の命を奪うことも、遠い神殿からできるのだということ。


「・・・やったほうがよさそうですね。覚悟しておいてください」

「・・・ははは。神殿長、お前の頭の固さは相変わらずだなあ。私は確かに娘とレイモンドが一緒になってくれればと願っていたが、あいつがあそこまで思う相手がいるなら、それを引き裂いてまで縁組みしようとは思っていない。あいつの腰がなかなか重くて、巫女との仲が進展しない、このままでは巫女が力を失ってしまうと言う報告があったから、あいつを焚き付けただけだ」

「そうですか。それでも、言っていいことと悪いことがあります。あなたは間違いなくアデルトルートと傷付けた。場合によっては、今後数年の税収が半分以下になることを覚悟しておいてください。あれが幸せにならなければ、この国は滅びるのですから」


 国王は立ち上がった。


「芝居を打つのも大変なんだが、冗談が通じない相手というのも疲れるな。皆もそう思わないか?」


 誰1人、王に首肯する者はいない。だた、冷たい目で見つめるだけだ。ベアトリスのような庶民さえ、王の言葉に嫌悪を感じていた。


「なんだ、ドゥンケル辺境領の者は皆頭が固いのか?」

「あなたが人でなしなだけだわ。国王というのだから、知力も武力もこの国一番の優れた人だって聞いていたのに、人の心が傷つくかどうかも理解できないような、そんな想像力が欠如した人間だったなんて、本当にがっかり。ねえ、みんなでレイと一緒に離脱するのもありよね、だって、私たち、王都から何の援助も受けていないもの」

「そうだな、このドゥンケル辺境領は領内の税収だけで完結している。王都との連絡調整はしてきたが、王都から来るのはだいたい懲罰人事として無理矢理派遣された事務官ばかりだ。能力者の判別だって神殿が関わらなければできないし、我々が離脱すれば困るのは王国の方だな」


 怒りにまかせて発言してしまったベアトリスに、これまでレイモンドの影武者として長官代理の仕事をしてきたマンフレートが同意する。周りの者たちも頷いている。


「ドゥンケル辺境領は反乱を起こすというのか?」

「あなたの行動次第ですね」

「ここには近衛もいる」

「魔物と戦える辺境領騎士団が、お飾りの近衛騎士に負けるとでも?」

 

 ラントユンカーが鼻を鳴らした。


「昨日、どうしてもというので近衛の騎士と立ち会いをしましたがね、威圧しただけで失神しましたよ。この辺境領の庶民の女性でさえ、威圧で震え上がることこそあれ、失神だなんてあり得ません」


 先日の、愛された経験のない騎士ギュンターのことが思い出される。この国のシステムには、根源的な問題があるのではないだろうか? 身分制を打破したこの制度の優れた点に頼りすぎて、負の側面を補う努力をしてこなかったのではないだろうか?


「そうか。こちらも冷静に考えねばならない。我々は今日はとどまらず、このまま王都へ引き上げる」 

「どうぞ。騎士団も行政府も仕事がなくなって助かります」


 ちっと舌打ちの音が聞こえた。辺境領の人間に冷たい目にさらされて、王が逃げるように出て行った。


「団長に報告を。能力者は緊急時以外神殿外に出ないように」


 慌ただしく神官や辺境領騎士団の騎士、それに神殿騎士たちが動く。ベアトリスは震える巫女たちの手を取って立ち上がらせると、お部屋にお戻りを、と言って扉の外に待機していた侍女と護衛騎士に引き渡した。


「ベアトリス、一緒に来てください」


 神殿長に言われて部屋を出る。


「アディが心配です。途中でラウズールにも声を掛けましょう」


 ラウズールは部屋の外で、侍女や護衛騎士たちと一緒に待っていたらしい。部屋を出てすぐに見つかった。


「何があった?」

「歩きながら話します。近くへ来なさい。」


 3人は急ぎ足でアデルトルートの部屋へ向かった。

読んでくださってありがとうございます。

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