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1-5 縁談

よろしくお願いいたします。

 自分の部屋にたどり着いたベアトリスは、そのままベッドに飛び込んだ。


「つ、疲れた~」


 指針の魔女のところから実家に帰ってきてから、母と出かけるのは実はこれで3度目である。だが、母とは会話がつながらない。当たり障りのない返事はできるが、どうしても楽しくないのだ。母とレルヒェは、昔から1時間でも2時間でも、お茶を飲みながら話をしていた。お菓子やら服飾やら、商売の宝石のことやら、共通の話題に事欠かない。だが、ベアトリスはそういうものに余り興味が持てない。勿論商売道具のカラーボトルに入れた屑石の話になれば多少の会話になるが、それもそこまでで終わってしまう。


 ベアトリスは、机の上のカラーボトルを見つめた。


 今の私の気持ち・・・何色だろう?


 カラーセラピーは、占いではない。言葉にできない自分の思いを、色で思い浮かべる。その色が持つ意味を言語化し、自分の思いに気づくとともに、今後自分がどうするべきか、その行動指針まで考えるからこそ「セラピー」なのである。占い扱いされるとちょっと違う、と思うのだが、自分の中の言葉にできない気持ちを言い当てられたように感じた人にとっては、占い師と変わらないのかもしれない。


 母の事を思うと、やはり青が気になる。青には冷静さとか、母性だとか、いくつもの意味を持っている。解釈する時にはそのキーワードを多く提示して、最も「はまる」言葉を探していく。セラピーをしていて気づいたのは、青を選んだ人の多くが気になるというのが、「言葉」というキーワードということだ。ポジティブなイメージなら問題ない。だが、ネガティブなイメージなのであれば、それは「言葉にできない」「言いたくても言えない」というような、コミュニケーションの問題があることを示している。


 私、やっぱりお母さんとうまく話せないことを気にしているんだわ。


 分かっている。分かっているのだが、今、二人の間にある共通の話題というと「お見合い」になってしまう。結婚願望がないベアトリスにとって、結婚こそが女の幸せだと信じて、ベアトリスのために一生懸命になっている母とは、まさにミスコミュニケーションの状態の陥っている。


 私がいたら、レルヒェ夫婦にも負担になる。やっぱり、小姑はいらないのよね。


 実家を出て、一人で魔女もどきをやっていくためには、先立つものが必要だ。実家に戻ったのも、仕事をしてお金を貯めるためなのだ。それなのに、仕事がない。ため息をつくしかない現状を憂う他ない。今飛び出しても、家賃を払えなければ居場所がなくなってします。青いボトルをそっと手に取った。青いボトルには、サファイヤやアウイナイト、ブルートパーズやアクアマリンなど、様々な青系の宝石の屑石や削り粉が集められている。紺ではない。あくまで青。うまく話せないのは、能力の問題ではない。あくまで心の問題である。


 夕食の時に、お母さんと何を話したらいいんだろう。


 ベッドに戻って、悶々と悩む。悩む。悩む。もう悩めない。カラーボトルを見ても、何を話せばいいのかなんて、そこまで分かるようなものではない。コンコン、とノックする音がした。返事すると、父がひょこっと顔を覗かせた。


「ビー、ちょっといいかい?」


 父はおおらかな人だ。娘との関係に悩んで鬱々とした妻と、どうしたらよいか分からずおろおろする次女を離し、冷静になれるよう逃げ場を用意してくれた人。近くではなく、遠くを見て、将来のための行動計画を立てられる人。だからこそ、オトヴァルト宝石商は右肩上がりの成長を遂げているのだろう。父の手には、母が神殿から持ってきた、あの封筒があった。


「神殿で、ビーの見合い相手を探してもらった。条件は、我が家の血縁からできるだけ遠いこと、商家を営んでいて、うちと同程度の生活ができる庶民であること、そして、この町の住民であること、この三つだ」


 父は封筒から中の書類を取り出した。


「条件に当てはまったのは、一人。モルガン宝飾店のリュメルだ。ビーもリュメルのことは知っているね?」

「知らないわ。聖歌隊の時に少しお話しした子でさえ、名前を覚えていないの」

「お前が指針の魔女様の所に行く前に、うちの店によく来ていた男の子がいただろう。向こうのお父さんが、自分の所で売る宝飾品の石を見繕いに来る時には、いつも一緒に来ていたよ。お前ともレルヒェとも一緒に遊んでいたじゃないか」

「ああ・・・レルヒェ姉さんにいつも絡んでいた、あの子?」

「・・・絡んでいた?」


 そう。あの頃のリュメルは、顔立ちのきれいな男の子だった。地味な自分ではなく、明るく美人な姉に執着し、いつもオトヴァルト宝石商の来るとレルヒェの傍にしつこくまとわりついていた。ベアトリス対して、嫌がらせだとか無視だとか、そういったことをしたわけではない。ただ、いない者として扱われた、それだけのことだ。


「ええ。だから、リュメルと縁談、っていったら、レルヒェ姉さんが嫌がるかもしれないわ。覚えていれば、の話だけれど」

「そうか・・・神殿の紹介では、性格や思想のような、内面に関する相性は分からないからな。少し調べてみよう。とりあえず、ビーが何か動く必要はない。いいね?」

「分かりました」


 父はリュメルの書類を明日の朝返せばよいと言って、ベアトリスのライティングデスクの上に置いていった。リュメル・モルガン。27歳。21歳の私からは少し年上の人。落ち着いた人になっているのだろうか。髪の色も瞳の色も、そもそもどんな顔立ちだったかさえ覚えていない。親が神殿に示した条件は、それもベアトリスの今後をよく考え、何かあればオトヴァルト宝石商や指針の魔女のところに駆け込めるように配慮されたものだ。


 親の愛を感じる、ってこういうことなのでしょうね。


 ベアトリスは書類をそっと封筒にしまった。



★★★



 意外なことに、ベアトリスとリュメルのお見合いは、翌日、思っても見ない形で決行されてしまった。モルガン宝飾店で受注したブルートパーズのパリュールを製作するための質の良い石を求めて、リュメルがオトヴァルト宝石商に偶然やって来たのだ。


 心の準備がまだできていないし、レルヒェ姉さんとの確認だって済ませていないのに、何てこと!


 ベアトリスは工房の応接室で現実逃避していたが、そっとリュメルの顔を伺った。リュメルは、それなりにきれいな顔をしている。きっとその顔も営業用に作り込んで、お金持ちの奥様やお嬢様かに、高額商品をほいほいお買い上げいただいているのだろう。そもそもパリュールなんて、王家か、能力者階級でもかなり上位のものでなければ必要としない。貴族がいないこの国でパリュールを必要とするのは、国家レベルの儀式やパーティーに出席しなければならないような人だけだ。


 オトヴァルト宝石商でも最近はデザインを起こして宝飾品として売ることもあるが、基本的には庶民が結婚のために相手に用意する指輪だとか、ちょっと裕福な家の娘が気楽に身につけるペンダントトップだとか、庶民相手のアクセサリーのレベルでしかない。しかしながら、本業の原石の買い付けと石の加工については、モルガン宝飾店だけでなく、多くの宝飾店やデザイナーから一目を置かれる存在である。


 リュメルは100カラットを超える、深い色合いのブルートパーズを光に透かしていた。


「インクルージョンも見えないし、いいですね。これをネックレスのセンターにして、サイズと色がグラデーションになるように並べれば、1点豪華主義のあの方にも喜ばれそうですよ」   


 いい石を見つけた、というのがよく分かる上機嫌な顔で、リュメルはベアトリスの父に微笑んだ。


 うわー、嫌な笑い方だ。


 ベアトリスは横を向いて気づかれぬよう小さくため息をついた。リュメルの頭の中で、金貨がジャラジャラと積み上がっているのが見えるようだ。


「実はね、リュメル君。神殿から、うちのベアトリスのお見合い相手として、君を紹介されたんだ。連絡は行っているかい?」

「ええ、昨晩神殿から連絡が来ましたよ。だからこそ、今日の買い付けに父ではなく、僕が来たんです」


 リュメルはブルートパーズのルースを箱に収めると、ベアトリスの父をまっすぐに見た。


「僕はモルガン宝飾店の跡継ぎだから、妻になる人にはうちの店の看板となってもらえるような人を、と望んできました。そちらとは商売上よいお付き合いもしていましたから、ご縁があるかもしれないとは思っていましたが、まさがベアトリスと、とはね。意外でしたよ」

「意外?」


 父のいぶかしげな声に、リュメルは実に明るく毒を吐いた。


「ベアトリスは、そちらの店頭で扱っているような商品の広告塔にぴったりでしょうが、うちの店の商品の価値を存分に引き出せるとは思えません。うちとしては、メリットはオトヴァルト宝石商からの材料の入手がしやすくなることくらいですよ。それに、指針の魔女様の所で修行したとはいえ、社交的ではないでしょう? うちの商売は、お買い上げいただけるようご婦人たちと楽しく会話できないと困るんです。ですから、ベアトリスではちょっと・・・」

「うちの娘では役に立たない、そういうことか?」


 いつもより低い声の父に気づかないのか、リュメルははっきり言った。


「レルヒェならもらってやってもよかったのですが。僕にも選ぶ権利があるんですよ」


 父は話を聞きながら、ものすごい笑顔になっていった。


 あ、これ、ものすごく怒っている顔だ。


 ベアトリスは慌てた。このままでは、オトヴァルト宝石商は取引相手を一つ失うことになりかねない。


「そうですよね、神殿の縁談は、あくまで血縁の遠さを保証するものであって、お互いの家族の事情や好みのタイプまでは考慮されませんからね。ですから、今回のお話はなかったことに」


 ベアトリスは、リュメルを見、父を見た。二人とも、大きくうなずいた。ベアトリス1回目の縁談は、こうして終わった。


まだまだ恋愛要素は出てきません。2章までお待ちください。

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