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カラーセラピスト ベアトリスの相談室  作者: 香田紗季


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8-3 あなたの価値

読みに来てくださってありがとうございます。

第8章終了します。少し長めです。

よろしくお願いいたします。

 ラウズールの帰還が3日以内と聞いたベアトリスは、少しだけ心が落ち着いた。どんなに待っても3日もすれば、ラウズールに会えるのだ。そのことを考えるだけで、心が跳ねる。ベアトリスは心を落ち着けようと、預かっている鍵を使って、ラウズールの執務室に入った。カラーボトルをしまい、窓を開ける。今日は風が乾いていて、心地よいと感じられる。はたきを取って上から穂頃を落とし、箒で掃いてモップで床を磨く。ラウズールが帰ってきた時に気持ちよく仕事ができるように、ベアトリスはきれいに掃除をする。執務机の上を水拭きしていると、本の間に挟まれたしおりが目に付いた。何の気なしに本を開いて、しおりを見る。


「黄色いガーベラ・・・」


 長年使った物なのだろう。黄色いガーベラを押し花にしたしおりは、随分色がくすんでいる。いつから使っているのだろう。ベアトリスはこそばゆい気持ちでしおりを元に戻そうとして、開いたページの小見出しに思わず目を奪われた。


「・・・自分に自信を持たせるための言葉・・・?」


 思わず見入ると、それはコミュニケーション技術に関するものだったらしく、どのような場面でどのような言葉をどのような言い方で言うと効果的なのか、ということが解説されていた。


「自分に自信が持てない人には、無理に自分を認めるように迫ったり、あなたにはこんな功績があるなどと事実を突き付けたりしても響きません。本人に感じられるような小さな成功体験を積み上げ、その度毎に成功したという事実とそこに要した努力を認めてあげるとよいでしょう。・・・これってもしかして、私のために・・・?」


 思い当たる節がないわけではない。モルガン宝飾店との裁判沙汰の最中に起きたベアトリスへの嫌がらせの事件の後、ベアトリスはやっと積み上がってきていた自己肯定感を再び手放してしまった。ラウズールが支えてくれなかったら、あの裁判を乗り切ることができたかどうか分からない、と今でも思う。ラウズールがベアトリスを守るために手を尽くし、心を尽くしてくれている。その一つがこの本なのだろう。


 ラウ、ありがとう。


 黄色いガーベラのしおりを元通りに挟み、本を戻すと、ちょうどノックの音がした。


「はい、何でしょうか?」


 ベアトリスが扉を開けると、そこには神殿長がいた。


「ベアトリス、仕事の話なんですが、いいでしょうか?」


 神殿長の話によると、魔の森に従軍した若い騎士たちの中に、今回の討伐が秘匿されたものであることに不満を持っているものがありレイ団長が困っているのだという。ある筋を使ってその不満を解消するために動いているが、もう少し調べたいのでカラーセラピーで何か聞き出せないか、ということだった。


「私、捜査官ではありませんよ」

「いいんです。若い町娘の間で噂のカラーセラピストと知り合いだと言うことができれば、彼らも人気者になれるでしょうから」


 よく分からないが、ベアトリスと知人だというだけでキャーキャー言う町娘がいるらしい。カラーボトルを持って騎士団に行ってほしいと言われ、ベアトリスは支度をした。騎士団までは、エドガーが護衛としてついてくれた。


「エドガーさん、騎士団の若い人たちって、神殿騎士とどう違うの?」

「神殿騎士の方は荒事が少ないから、騎士団の騎士たちのように体が大きくないな。鍛えまくってるんだよ、あいつら」

「それ以外には?」

「『軍』の中の組織にしかいたことがない人が多いから、『軍』が世界の全てだと思っている人が多いかな。あとは、出会いが少ないって嘆いている奴らは多いよ。神殿だと巫女や侍女もいるし、患者さんでも女性はいるだろう? でも、騎士団の女性騎士は少ないし、事務官には口で勝てないし、彼らが外出できる時間に出会えるような子は特殊な子が多いし・・・」

「特殊な子?」

「酒場のウェイトレスとか、夜の蝶とか・・・」

「夜の、蝶・・・」

 

 詩的な表現だが、それ以上は聞いてはいけないと思って口をつぐむ。


「まあ、ベアトリスさんは今回の事で騎士団に取っては救世主みたいなものだから、悪さはされないと思うけどな」

「そうだといいんだけど・・・ちょっとね、怖いかなって」

「そうだね。気が立っている可能性はあるけど、僕もついているから大丈夫だよ。腕力なら、ラウ様より強いから!」

「ふふふ・・・頼りにしているね」


 エドガーとの会話は敬語もなく、本当に友だちと話しているような気持ちになる。いや、お友達になりましょうとベアトリスからいったのだから、これでいいのだ。だが、あまりに自然に話すことができるのでベアトリスはつい話が楽しくなってしまう。


「エドガーさんとお話ししていると、やっぱり楽しいわ」

「ほんと?じゃ、ラウ様から僕に乗り換える?」

「それは、なし」

「え~、僕いい男だよ~」

「それは知ってる。エドガーさんなら、私なんかよりずっと可愛い子が見つかるって」

「僕はベアトリスさんが好きだけど」

「友だちとして、ありがとう。でもね、私、ラウから、帰ってきたら結婚しようって言われているの。だから、あまり私を困らせないで」

「え! いつの間にそんな話に・・・」

 

 エドガーががっくり肩を落とす。あまりの落胆ぶりに、ベアトリスが慌てた。


「まだお父さんに許しをもらっていないから、2人だけの話なの! 決定じゃないのよ?」

「それにしたって・・・用意周到だな、ラウ様」

「外堀を埋められないと、私はきっと動けない。ラウは私のことをよく見てるわ」

「く~っ、惚気たな!」


 馬車の中、2人が笑う。本当はエドガーは泣きたい気分だ。だが、ベアトリスの笑顔を見れば、自分の心は封印するほかなさそうだ。馬車はそろそろ騎士団に到着する頃だ。外を見ているベアトリスの左手の指輪を、まじまじと見る。


 ま、10年以上思い続けたラウ様に、僕の一目惚れが敵うわけないか。


 それでもいい。ベアトリスの盾となって、ラウズール毎守ればいい、そうエドガーは思っている。親衛隊長の心の中は、晴れた空の下で雨を降らせていた。


・・・・・・・・・・


 騎士団にやって来たベアトリスとエドガーが通されたのは、面会室だった。鉄格子の向こうに、手錠で拘束された若い騎士が、監視係の騎士2人に連れられて入ってきた。


「ベアトリスさん、こんにちは。私はドゥンケル辺境領騎士団で小隊長をしているルトガーという。これはギュンター。うちの小隊の隊員だ。今日はギュンターのために忙しい中来てくださって、感謝している。おい、お前も挨拶しろ」


 ルトガーと名乗った騎士に小突かれて。面白くなさそうに若い騎士がぶっきらぼうに名乗った。

 

「ギュンターです」


 お前はまともな挨拶もできないのか、とルトガーにたしなめられても、ギュンターはふてくされたままだ。


「この人、事情どこまで知っているんですか? 秘匿事項に関わることなのに、連れてきていいんですかぁ~」


 嫌な奴。あまり他人のことを悪く思わないベアトリスでさえ、この若者の態度は目に余る。エドガーも思わず一歩前に出た。


「この騎士服を着ている僕が護衛をしている。それだけでもある程度察することはできると思うが?」

「おれ、頭が悪いんでわかりませ~ん」


 ルトガーは頭を抱えている。記録を取っている書記官はしかめっ面になった。もう1人の騎士は、自分は関係ないとでも言いたいのか、無表情で扉の前に立っている。


「私はベアトリスと申します。神殿で医官の指導の下、カラーセラピーを行っています。今回の討伐については、神殿関係者として()()()・詳しくレイ団長からも神殿長からも話は聞いておりますし、私の所には支援依頼もありましたので、むしろあなたの方が知らないことが多いかと」

「俺は現地で戦ったんだ。現場にいなかったあんたに、俺以上に状況が分かるわけないだろうが!」

「そうですか。では、あなたは私たちが作ったものを使わなかった・・・最前線に出ていなかったということかしら?」

「出ていたさ! 怪我して医官に治癒を掛けてもらったし! あんたたちが作ったものって何だよ。俺が持っていたのは、俺の槍だぜ」

「そうですか。お守りを渡されなかったの?」

「・・・お守り? あの、刺繍入りの・・・?」

「ええ、あれは元々私が恋人に渡したものなんです。彼がシルト神官に1つ与えたものがレイ団長を助けたと聞いています。全員に渡したと聞きましたが、そうではなかったんですね」

「・・・これ、か?」


 ギュンターは、ペンダントに結びつけたお守りを胸から引っ張り出した。刺繍を見れば誰が作ったものか、ベアトリスには分かる。


「あら、その刺繍は・・・私が作ったものですね。奇遇です」


 ギュンターの顔が赤くなった。怒っているのだろうか。思わず身を縮めると、エドガーがすぐ横に来てくれた。


「ベアトリスさんは、今回の討伐の功労者の1人として、論功行賞の対象に選ばれている。お前は彼女に助けられた1人だ。命の恩人に向かって、ずいぶんな口の利き方だな。神殿は正式に抗議するぞ!」


 ギュンター以外は知っていたのだろう、ただうなだれている。ギュンター1人だけが、そんな、知らなかったんだ、と狼狽している。


「あんたたちだってずるいじゃないか、先にそんな大事なこと言わないなんて」

「言う前に、最初から無礼だったがな」


 ルトガーに言われて、ギュンターもうなだれる。


「私は、皆さんに自慢しに来たわけではありません。ギュンターさん、あなたはこのままだとかなり重い罰を受けることになるそうです。そうなる前に、ギュンターさんの心の状態を知り、他の皆さんにも理解してもらうために、私は今日神殿長から遣わされたのです」

「そうなんですか・・・」


 人目を引くような美人ではないが、話をしていると落ち着く。ギュンターは、ベアトリスの印象を改めた。


「すみません。俺、いろいろ思い通りに行かなくて、イライラしてて・・・」

「ギュンターさん。この際だから、いろいろ吐き出しましょう。ね?」


 ベアトリスの穏やかな笑みに、ギュンターが不器用に笑った。エドガー以外の人たちに扉の外に出てもらい、ベアトリスがカラーボトルをテーブルに並べると、ギュンターの目が釘付けになった。


「これ、キラキラしてるけど・・・」

「ええ、実家が宝石商なので、売り物にならない屑石を溜めて作ったんです。きれいでしょう?」

「女の子って、こういうのが好きなのか?」

「人にも寄りますよね。大きい粒石がいいという人もいれば、小さい石を寄せて作ったものが好きだという人もいます。ギュンターさんがプレゼントしたいなら、きちんと相談してからにしてくださいね。そうしないと、もらった方が驚いてしまいますから」

「もしかして、その指輪がそう、とか?」

「ええ。お守りみたいなものだって言われましたけど・・・ちょっと私には大粒だったかな、なんてね・・・」

「結構独占欲の強い男なんですね」

「さ、さあ? どうなんでしょうねぇ」


 動揺を隠してボトルを並べ終える。ギュンターからよく見えるように、テーブルには白いクロスを掛けてある。下に他の色味があると、カラーボトルの色に他の色が混ざって見えるため、下が白色であることがカラーセラピーを行う上での鉄則だ。


「それでは、始めましょうか?」

「ああ」


 ベアトリスは考える。


「ここに橙色、緑色、紫色の3本のボトルがあります。ギュンターさん、この3つの色の中から、自分らしいと思う色を選んでください。あんまり考えては駄目ですよ?」

「自分らしい色?」

「そうです。3色の中にもし自分がいるとしたら、何色ですか?」


 この人は、橙だろう。今までの会話から、そう目星をつける。果たして、ギュンターは橙のボトルを指さした。やっぱり、とベアトリスは笑いをこらえる。


「今のは、その人が人間関係で何を重視しているか、それが分かるものなんです」

「へえ。でも人間が3種類ってことはないんじゃないの?」

「その通りです。ですから、普通は他の要素と組み合わせてみるんですが、カラーセラピーでギュンターさんのことがよく分かるということを証明しようと思いまして」

「で、橙ってなんなの?」


 ギュンターの目がキラキラしている。子犬の目を思い出した。


「橙を選んだ人が人間関係で重視するのは、「楽しい」かどうか。みんなでお祭り騒ぎをするの、好きなのでは?」

「ああ、付き合いが悪い奴がいると、雰囲気を壊すなよって思う」

「逆に言うと、1人でいるのは寂しくて、1人は大嫌い。一緒に騒げる人こそ仲間だって思っていませんか?」

「え~。違うの?」

「仲間と言っても、職務上の仲間も含まれますからね。しつこい上司がいたら、どう思います?」

「サイテーだね」

「でも、職務の遂行のためには1つのグループ、つまり仲間としてやっていかなければならないとしたら?」

「そんなの、嫌だよ」

「嫌だからって逃げていたら、作戦が遂行できないのでは?」

「それはそうだけど・・・じゃあ、あんただったらどうする?」

「私ですか? 私は仕事だと割り切ってやりますよ。プライベートと完全に分けて考えます。もっというと、プライベートにまで踏み込んでくるような人間関係の方が苦手なので・・・」

「へえ、俺はいつでも一緒がいいと思っていたが、そうではない人もいるってことか」

「そうですね。いろんな人がいるから、いろんな価値観があって・・・お互いの優先順位が合わないとトラブルになりやすいかと」

「そんなふうに考えたことはなかったな」


 ギュンターはいろんなタイプの人がいるということには理解を示し始めた。いい傾向だ。


「ちょっと質問を変えてみましょうか。領都に帰ってきた時の自分の気持ちを色で表すと、何色でしょう?」

「これかな?」


 指し示したのは金色のボトルだ。


「このイメージなんだけど・・・これって、金?」

「色は金ですね。素材は黄銅鉱が多いと思います。この量の金を持ち歩くのは危険ですから」

「だろうね」

「ちなみに、黄銅鉱の石言葉、ご存じですか?」

「石言葉?」

「ええ。宝石などの石に何らかの力があるという考えがあるんです。宝石を扱う家業をしていると、妙に惹かれる石や、元気をもらったような気分になる石とか、そういうものに出くわすことがあります。そんな時、私は石言葉を強く意識しますね」

「で、その黄銅鉱っていうのは、どんな意味なの?」

「勝負運を強くするとか、今起きている問題を解決するとか、そういう意味があります」

「へえ。男が好きそうな言葉だな。ほら、女の子たちがよくほしがるような指輪とか、ペンダントとか、ああいうのに付いている石にも意味があるの?」

「ありますよ。男性の中には、石言葉から宝石を選んで女性に贈る人もいますし」

「そういうのって、女の子は詳しいの?」

「花言葉もそうですが、気にする人は多いと思いますよ。覚えていなくてもいいのですが、いざ贈るという時には調べた方がいいと思います。お店の人もよく知っていますから、大丈夫ですよ。」

「そっか。今後の参考になるよ」

 

 ギュンターは随分心を開き始めているとベアトリスには思えた。


「帰ってきた時に気持ちが金色だったということなんですが、この中にその時の気持ちに通じる言葉はありますか?」

 


 ベアトリスが単語を並べた紙を見せる。一通り眺めてから、ギュンターは行った。


「褒める、成功、一流、自身、脚光を浴びる・・・」

「つまり、領都に帰ってきた時、ギュンターさんは周りの人から一人前の騎士になったと認められたい、みんなに注目されたい、と思っていたんですね」

「そうだよ。だけど、期待を裏切られた。外の人間に話しても駄目って言われて、確かにボーナスは出るらしいけれども、なんていうか、、頑張ったことを自慢できないのは面白くないというか、正当に評価されていないと感じたというか・・・」

「そうだったんですね。誰に評価されたかったんですか?」

「俺たちには親兄弟がいないだろう? だから、俺たちの家族になってくれる可能性がある女の子たちに話して、すごいって思われたら、いつか一緒になってくれるんじゃないかって・・・」

「望みが叶った時のギュンターさんって、何色のイメージですか?」

「これだよ」


 ギュンターが手に取ったのは、やはり桃色のボトルだった。愛情を得て満足しているというイメージだ。つまりそれは、ギュンターが愛に飢えているということではないのか、とベアトリスは思った。本当は、自分を見てくれる人がほしいのだろう。だが、自分の「売り」が「騎士であること」以外に分からない。ならば、騎士としての自分を認めてほしい、そして自分を愛してほしい・・・そういうことなのだ。


「ギュンターさんって、どんな人がタイプですか?」

「女の子のタイプってこと?」

「ええ、そうです」

「そうだな、可愛い子がいい。それから、悪口言わない子。あと・・・俺をちゃんと見てくれる子が、いい」

「今までにそういう子がいたんですか?」

「・・・いなかった。遊びに付き合ってくれる子はいたけど、みんな遊びだけ。『お友達』って都合のいい言葉でガードされて、誰も俺を真剣に見てくれなかった」

「どこで知り合ったんですか?」

「夜の外出時間に、酒場とか、社交場とかで・・・」

「ああ、それは・・・真剣な交際を求める人は行かないところですね」

「ええ! 知らなかった! どこに行けば会える?」

「・・・紹介とか?」

「誰に紹介してもらうの?」

「う~ん、そうですねぇ・・・団長とか?」


 この話はこの辺りで切り上げたい。ちらとエドガーを見ると、苦笑いをしてるのが目に入った。


「神殿騎士だと、神殿に努めている女性と付き合うことが多いかな。ベアトリスさん、今度神殿の侍女や下働きの若い子たちに、お見合いパーティーでもセッティングしたらどうですか? 希望者の人数を確認して、ギュンターに伝える。ギュンターは騎士団の中で希望者を募る。真剣な交際、結婚を視野に入れている人だけが参加可能って条件つけるんです」

「ああ、それ! 本当にお願いしたい!」

「あの、ギュンターさん? 魔の森のことを情報公開してほしいって言うのが望みだって団長から聞いていましたが、恋人ができるなら情報公開しなくてもいいんですか?」

「公開した方がいいとは思う。そうじゃなきゃ俺たちが命がけで守ったのに、守られた人が知らないっておかしくないか? それに、俺たちみたいな若い騎士にとって、魔の森で命がけで戦ったっていう話が、恋人を作るためにいい材料だと思ったから情報公開してくれって言ったんだ」

「そうですか・・・ではギュンターさん。あなたは周りのみんなのことも考えて今回の提言をしました。でも、そのやり方に問題があったことは分かりましたか?」

「そうだな。仲間っていうのが、自分と同じ考えとは限らないっていうのは分かったよ」

「そして、『軍』は指揮系統がはっきりしている組織です。その指揮系統を無視したような行動が軍律違反と言われるのも、納得できましたか?」

「・・・一応」

 

 ベアトリスは姿勢を正した。


「しかるべき手順で物事を進めること。仲間とは言え相手を1人の人間として敬意を持って接すること。これは、恋愛でも同じです。仕事できちんとできるようになれば、女性とのお付き合いもうまくいくようになるはずですよ」

「そうか、同じなんだな。それなら、頑張る」


 単純な男と言えばそうかもしれないが、それだけギュンターのメンタルが異常な状態にあったと言うこともできるだろうとベアトリスは思う。愛は、与えられた経験が無ければ与えることは難しい。自分の価値をはかる物差しが多ければ、手持ちの様々な価値で勝負できるだろう。だが、その物差しが1つしかなかったら、そのたった1つの物差しだけで勝負しなければならない。それはきっと、とても苦しいことだったろう。


「ギュンターさん。あなたの価値は、騎士であることだけではありません。納得できれば自分の言動を顧みることができるし、仲間をとても大切にできるという長所もあります。

 ギュンターさんがどんな人なのか、いろんな人に聞いて自分のことをもっとよく知ることができれば、あなたの価値はもっと上がるはずです。あなたはまだ自分の価値を知らない。もったいないですよ」

「俺の、価値・・・」


 ギュンターは考え込んだ。


「槍遣いだから、重いものを持てる」

「女性からしたら、頼りになります」

「仲間からの相談は、解決できなくても最後まで聞く」

「素晴らしいですね」

「そうか。それでいいのか」


 ギュンターの顔つきは、第一印象とは全く違う。年齢相応の、若い元気な騎士の顔だ。


 扉をノックする音がした。ルトガーが心配そうに中を覗き込んだ。


「どうですか?」

「小隊長、申しわけありませんでしたーっ!」


 突然90度の礼をされて、ルトガーがびっくりする。


「お、おう。何があった?」

「いろいろ、自覚されたようです」


 エドガーが茶目っ気のある顔でルトガーに説明した。


「そうか、よかった。ベアトリスさん、本当にありがとう。こいつは仲間思いのいい奴だから、重たい処分になったら困ると思っていたんだ。助かったよ」

「いえ、お役に立ててよかったです」

「失礼します!遅れていた負傷者の部隊が、今到着しました!」


 思わずベアトリスは立ち上がった。


「行きたいのかい?」

「いるのよね?」

「多分。別行動ってことはないだろうから」

 

 ベアトリスとエドガーがコソコソ話していると、ルトガーがにやっと笑った。


「そうでしたね。そりゃ、会いたいですよね?」

「え? 何のこと?」


 きょとんとしているギュンターに、ルトガーがもったいぶった表情で言った。


「お前を治癒してくれた神殿医官のラウズール様が、ベアトリスさんの恋人だ」

「俺、恩人2人に失礼なことしてたってこと? あり得ない!」

 

 仲の良い小隊長と隊員の姿に、心が温まる。


「ベアトリスさん、行ってください。ずっと会えなかったんでしょう?」

「ええ、ボトルを片付けたら行くわ」


 ベアトリスが片付け終わり、別れの挨拶をする。


「お見合いパーティー、楽しみにしています。それと、その指輪、ラウズール医官からってことですか?」

「ええ、そうよ」

「俺も、そういう指輪を渡せるような人に巡り会いたいし、買ってやるだけの甲斐性を持ちますよ!」

「自分で決めた目標があれば、頑張れるわ。それでは」


いそいそと去って行くベアトリスとその後ろにつくエドガーを見て、ギュンターはルトガーに言った。


「思い人が他の男に会うのに付いていくって、俺にはできそうにないです、小隊長」

「あれはあれで、1つの愛の形なんだよ。」

「そういうもんですか」


 エドガーの恋心は、しっかりギュンターに見破られていたようである。


 ラウズールは、思いがけないところで出迎えてくれたベアトリスに驚いた様子だったが、人目をはばかることなくベアトリスを抱きしめて、ベアトリスを赤面させた。手を握ったまま離そうとしないラウズールを見て、エドガーとルトガーの2人が意味深長な目配せを送り合ったことを、その場にいた全員が見ていたらしい。


・・・・・・・・・・


 その後、国王から国全体に「魔の森」とその中にある「澱み」の存在が公表された。そして、その「澱み」から魔物が何十年かに一度溢れること、それをドゥンケル辺境領騎士団が討伐していること、今回神殿が重大な貢献をして、魔物から身を守る方法が分かったこと等が公表された。ドゥンケル辺境領においては、騎士団員と神殿に国王名での表彰があり、ベアトリスは個人的に表彰される栄誉を賜った。ギュンターに頼まれて開いたお見合いパーティーには庶民の娘も参加し、魔物討伐の話を聞いて騎士団員たちに尊敬のまなざしで見つめていたという。


 表彰を受けたことで、ベアトリスにも名誉が与えられ、神殿からも騎士団からも認められる存在となった。ベアトリスはまだ恥ずかしがっているが、ラウズールはベアトリスが少しずつ自信を持ち始めていることがうれしくてならない。


 ラウズールの執務室の本に挟まれた黄色いガーベラのしおりは知っている。自己肯定感を上げるページだけでなく、女性に愛を伝えるためのシチュエーションや言葉のページにも、長期間自分が挟まれていたということを。

読んでくださってありがとうございます。

8章終了しました。

次回は9章 桃の章です。甘めになる予定です。

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