8-2 人を愛するということ
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「・・・と言うことなんだ。神殿では同様の問題は発生していないだろうか?」
レイは、あくまで同じ問題があるなら共有して事に当たりたい、という姿勢で神殿長に尋ねた。
「神殿内にも多少はあるようですが、普段なかなか活かせない自分の能力を活かせたことに満足している者が多いようです。せっかく行ったのに自分の能力が活かせず、医官の手伝いに回っていた者の中には、若干不満を持っている者がいるようですね」
能力を活かせば、満足する。神殿長のその言葉を聞いた時、下級騎士たちに、その爪の垢を煎じて飲ませてやりたい、とレイは思った。血気盛んというか、とにかく若い奴らは自慢したいのだ。そしてモテたいのだ。周りが見えず、帰ってきてからも前後不覚になるほど酔い、迷惑を掛けた者が何人もいるという報告も上がっている。
「上昇志向というか、自慢したいとか、そういう者はいないのか?」
「ゼロではありませんよ。ですが、自分が少数派だと分かるとおとなしくなります。その点、騎士団の方は苦労なさっているのでは?」
「お見通しだな。若いのが1人、直談判に来た。小隊長にたしなめられても納得いかず、それどころか外出禁止令を出されてことの不満を募らせ、全部庶民に暴露しろと言いやがった。俺に対する態度も良くなかったから、軍律違反で地下牢にぶち込んだ。だが、同じような連中がまだまだいて、小隊長たちが苦労している、神殿長、あなただったらどう対応する?」
「そうですね。私だったら・・・陛下に相談します」
「陛下に?」
思いも寄らない言葉に、レイは首をかしげた。そんなレイに、神殿長は静かに語った。
「なぜ『澱み』のことを庶民に伏せねばならないのでしょうか。それは、庶民を恐怖やパニックから守り、この辺境領から出て行かないようにするためです。今回、身を守ることのできるツールが見つかりました。それさえあれば、幼な子や老人、体に障害がある人や病人でもない限り、魔物が領都まで来ても逃げることができます。そのツールを持った上で、事前に避難させるシステムを作っておけば、今までのようにただ怯えるだけにはなりません。ですから、陛下に奏上して公表してしまえばいいと申し上げたのです」
「だが・・・」
「今回の魔物の溢れは終わったと言っていいのでしょう? 監視も念のために置いていますよね? 記録を見る限り、この先10年20年は魔物が溢れることはないはずです。これからハーブ農家を育成し、ホワイトセージが必ず手に入る状態にしましょう。魔の森の中や、何なら『澱み』の傍にハーブの畑を作ってもいいかもしれません。監視役が少し手を入れればいいが、無理なら神殿から薬草栽培が得意なものを派遣しましょう。常にホワイトセージがあれば、状況は更に変わるかもしれませんよ」
やってみなければ分からない、そう思って打てる手は打った。思いがけず効果を発揮したベアトリスのお守りと、神殿の隠し球だったファドマールの鏃は、確かに戦況を大きく変えた。死者だって出なかったのだ。だからこそ、若い騎士たちは自分たちが強かったのだと都合良く解釈しているのかもしれない。
「神殿の功績を大々的にアピールすることで、若い騎士たちの思い違いも取り除けるといいですね」
やはりそういうことか。レイは頷いた。
「陛下が駄目だと言えばそれまでだ。陛下の御聖断に異を唱えることは許されない。それでいいんだな」
「ええ。神殿にもメリットがありますから」
「そうか」
レイの中には、ドゥンケル辺境領のことは全て自分で決めろ、と王に言われた13歳の時の記憶が強く残っている。今回も含めて、王への相談という選択肢が考えられなかったのは、王の言葉を意識しずぎたせいなのかもしれない。
俺は、陛下に対して、必要以上に臣下であろうとしていたのかもしれないな。
神殿長は、レイの心が晴れたことに気づくと、蒲公英のように柔らかい笑みを浮かべた。
レイモンド殿下。あなたの10代は過酷でしたが、20代も色々あるんですよ。でも今はまだ、秘密です。苦しいことのあとには、いいことが来る。そういうものですから。
「そうだ、神殿長。今日アデルはいるか?」
「ええ、魔の森の回復は、『澱み』から完全に危険がなくなったという確証が出たからになりますので。この先は収穫の儀式が続きますから、話をするなら早いほうがいいでしょうね」
「わかった。行ってくる」
「オリス殿は?」
「あいつはもうニーナに会ったらしい。思っていたよりもマメな男だった」
「そうですか、それで今日はアイク殿をお連れだったんですか」
「アイクもアデルに礼を言いたいそうだ。連れて行く」
「ええ、どうぞ」
その後ろ姿は、いつになく落ち着かない様子に見える。
うまくいくといいですねぇ。
神殿長はヴィローにだけ聞こえるようにつぶやいた。
・・・・・・・・・・
アデルトルートの部屋に着くなり、アデルトルートは泣きながらレイに抱きついてきた。
「あの、お、お帰りなさい・・・」
「俺のお願い、覚えていてくれたんだな」
「当然です・・・」
涙をこらえきれずにレイの胸で声を上げて泣くアデルトルートに、なんだかレイの心は妙に熱くなる。ぎゅっと抱きしめると、生きて帰ってきたのだという実感が湧く。以前年嵩の騎士が、待っている人がいる騎士は生き延びる、と言っていたことを思い出した。
「アデル、他にもお前にお礼を言いたい奴がいる。1回涙を拭け」
レイが差し出したハンカチを借りたアデルトルートは、その時やっとレイの後ろで硬直しているアイクに気がついた。
「アイクさんもご無事だったのね!」
「豊穣の巫女様、その節は大変に世話になりました。おかげでこの通り元気に帰ってくることができました!」
「良かった。誰も亡くならなかったとは聞いていましたが、実際に顔を見ると本当に安心しますわ」
「いや、巫女様にそう言っていただけると、何だか」
「もういいだろう、お前は食堂にでも行ってできるだけ多くの者に礼を言ってこい」
「ええ、団長ひどい~」
レイはアデルに関してのみ、随分狭量になるらしい。当然という顔をして、アデルトルートにぽーっとするアイクを部屋から追い出した。
「団長、あの、ラウは・・・」
そこにはベアトリスもいた。
「先に礼を言わせてくれ。ビー、あのお守り、本当に役立った。あれがなかったら負傷者だけでなく死者も出ていただろうし、こんなに早く収束することもなかった。ビー、心から感謝する」
ベアトリスは小さい声ではい、とだけ言うと、ラウは、ともう一度言った。
「ラウが、まだなんです。ニーナからオリス様に会えたと聞きました。今、レイ団長にもお会いできました。アイクさんもいる。でも、ラウがどこにもいないんです。ラウは・・・」
「心配するな。神殿医官はラウズールだけだが、騎士団の医官は全員、負傷者達と一緒にゆっくり帰ってきている。初めの頃の負傷者は、結構ひどく傷付けられたのでな。治りが悪かった。傷に障るので、荷馬車に乗せて」
「本当ですか? ただ遅れているだけなんですね? 医官様たち、みんな休暇に入ってしまって、お話を聞けなくて・・・」
涙声になったベアトリスに、レイは連絡が遅くなって済まなかった、と詫びた。
「3日以内には戻るはずだ。声を掛けてやってくれ。ビーが持たせたブレスレットとイヤーカフがあいつの心の支えだった。向こうで見ていたから、知っている」
「そう、ですか・・・」
ベアトリスをトリシャが慰めている。魔の森に行っている間に、ベアトリスとトリシャの距離が随分近くなっている気がする。
「ビー、もっと怒っていいのよ。私だって、レイ様がなかなか会いに来てくださらないから忘れられたのかと思ったもの。オリス様は帰ってきてすぐにニーナに会いに来ていたのにね」
ちく、と痛いところをアデルトルートに突かれたが、レイは団長だ。残務処理が山のようになっている。
「オリスには休暇を与えたんだ。オリスから話が行くと思ったんだが、あいつ、ニーナしか見えていなかったのか。指導対象だな」
「何に対しての、ですか?」
「周囲への対応不足。周りが見えていないからこうなる。言外の意図も汲めるようになってもらわないと」
「あら、言外の意図なんて、オリス様には無理ですわ。私だって、ちゃんと言葉で伝えてもらわないと分かりませんもの。ビーだってそう思うでしょう?」
「できれば、言葉にしていただいた方が助かります。余計な詮索をしたり、それで悩んだりしなくて済みますから」
「・・・俺の指示不足だと言いたいのか?」
「相手を見て指示の仕方を変えるのは、上に立つ者に必要なことでは?」
ぐぐ、とレイが言葉に詰まっているのがわかる。レイ以外の全員が笑いをこらえる。
「今後に期待しますわ」
「・・・努力する」
これだけ見ていると、どちらが大人か分からない。
「そうだ、アデル、カフスをありがとう。自身を失いかけていたが、あれで奮起できた。石言葉であれを選んでくれたのか?」
「それもありますが・・・ビー、説明してあげて」
ソファの前のテーブルには、カラーボトルが置いてある。何か相談していたんだろうか?
「アディ様と、今レイ団長はどんな気持ちだろうって想像してみたんです。2人とも、魔の森で戦うレイ団長のイメージが赤でした。赤には、行動力とか情熱とか、闘争心とか、いろんな意味があるんですが、私たちが共通してイメージした言葉が『リーダーシップ』と『恐れ』それに『勝利』というものだったんです。レイ団長だからきっとリーダーシップを取って指揮をしていらっしゃるだろうな。でも、得体の知れない相手と戦ったり、騎士の皆さんの命を考えて悩んだりして、恐れも感じていらっしゃるだろう。そして、最終的には勝利して戻ってきてくださる。それで、赤いものをお送りしたら、こちらからも力をお送りできるのではないか、そんな話になったんです」
「赤にたどり着いたのは、勿論私たちの気持ちですわ。でも、その私たちの気持ちを、力に変えてお届けしたかったんです。それで、赤い宝石は何があるかという話になって、そういえばルビーの石言葉って何だったかしらって、それで・・・」
はにかむように顔を赤くしながら、アデルトルートも説明した。レイははっきりと知った-この娘は確かに自分を意識してくれるようになった。もう少しで手が届くだろう。
「レイ様?」
「ああ、何でもない。とてもうれしかったんだ。アデルが贈ってくれたのがルビーだっただろう? やっとアデルの心に火が付いてくれたのかと思って、一日も早く帰ろうと決意した」
「あ、それは・・・」
既にアデルは茹で上がった蛸のような状態になっている。
「アデル、済まない。残務処理が残っているんだ。時間ができたらまた来る」
レイはアデルトルートの額にキスをすると、ルビーのカフスボタンにもキスをして見せた。
「ずっとつけているから」
レイは片方の口角だけを上げて、騎士団に帰って行った。
「レイ団長、気障なんですね」
ベアトリスが遠い目をしている。
「よく、恋する乙女は、なんていうでしょう? 私たちに言わせれば、若い娘にのぼせ上がった男ですよ、団長は」
アデルトルートと見つめるみんなの目が妙に温かくて、アデルトルートはそのことにもなんだか幸せを感じていた。
一方のレイはレイで、アデルとの距離が少し近づいたように感じ、充足感を感じていた。若い騎士たちがモテたいと思うのも分からないではない。愛を与えたいと思っている相手からそれ以上の愛を返されることの喜びを、レイは知った。だからこそ、若い騎士たちには刹那の恋ではなく、心から愛を捧げられる女性と出会い、その人と自分を大切にできる人間になってほしい。そういう女性は、目先の名誉や活躍程度に踊らされるような女性ではないはずだから。
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