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カラーセラピスト ベアトリスの相談室  作者: 香田紗季


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8-1 下級騎士の不満

読みに来てくださってありがとうございます。

第8章は金の章です。

よろしくお願いいたします。

 「澱み」から溢れる魔物の討伐が終わった。普通の出征であれば・・・いや、大型害獣の駆除だとか災害被災者への支援だとかであれば、辺境領の領都の町に戻る時に凱旋パレードが行われる。ドゥンケル辺境領騎士団や神殿の神官や巫女たちの活躍を慰労するためだ。だが、「澱み」の存在は一般に秘匿されている。辺境領騎士団が大がかりに動いたことに気づいている庶民もいるし、ベアトリスの父のように何らかの事情があって危険な任務についた者がいることを知っている者はいるが、それが何だったのかを知ることはない。


 つまり、「澱み」に対して命がけで戦っても、庶民から評価されることもなければ、場合によっては家族からさえ認められることがないのだ。臨時ボーナスは相当額が支給されることになるが、関係者以外に話すこともできず、活躍を認めてもらえないというのは、なかなかにストレスが溜まるものである。


 凱旋のはずの領都入りも、目立たぬよう数回に分けて行われた。深夜に音を立てずに入ることを求められた部隊もある。そんな部隊の1つ、ルトガー小隊の槍遣いギュンターは荒れに荒れていた。


「小隊長、どうして俺たちが泥棒みたいにコソコソしなきゃいけないんすか? 俺たちは命がけで戦ってきたのに、どうして誰にも話しちゃいけないんすか? これじゃあ、いくらボーナスが出たって、俺たちのプライドが満たされないっすよ」


 ルトガーは穏やかな人物だ。オリスを師匠と仰ぎ、その寡黙で実直な人柄に憧れ、自分もそうありたいと強く願っている。オリスと共に、ファドマールの矢とベアトリスのお守りを投げ込む作戦に、ルトガー小隊の槍遣いが3人選ばれたことを名誉に思い、記録に名前を残せたことでルトガーのプライドは十分に満たされていた。だから、ギュンターがこれほど怒るのがなぜなのか、ルトガーにはさっぱり分からない。


「ギュンター、お前は自分の努力を全て他人に評価してもらわないと気が済まないというのか? 我々は歴史に残る仕事をした。このドゥンケル辺境領騎士団と『軍』本部の記録に、我々の名と業績ははっきり刻まれる。なぜその名誉で満足できないのだ?」

「小隊長は奥さんがいるでしょう? 俺たちはまだこれから相手を探さなきゃならないんすよ。騎士団でどれだけ活躍したかって話は、女の子たちが恋人なり結婚に相手なりを決める上で重要なポイントらしいっす。今回の作戦なんて、歴史上に残るような仕事じゃないっすか。これを自慢できないなんて、あり得ないっすよ」


 ギュンター、お前の目は嫁取りにしか向いていないのか。


 ギュンターは若い。酒場の女たちに自慢話をすればちやほやしてくれるだろうし、こんな時だから縁談でもあればまとまりやすいということは想像できる。だが、大切なのは民心を安定させることだ。小隊長は実は「軍」族ではない。「統治」能力者の中で「武」に関する能力が高いものが、将来の士官候補生として育成される。だから、純粋な「軍」属の者よりも、周りを見、大局を見ることが出来る。「統治」能力者が、体さえ鍛えておけばよいという風潮のある「軍」を押さえていなければ、「軍」は暴走しかねない。自分たちの主張を押し通すためなら、簡単に力で訴えようとする・・・いや、それしか手段がないからなのだが。


「庶民には、魔物を撃退する力がない。そんな者たちに、自分たちの力ではどうにもならない得体の知れない生き物がいると話したら、誰もが恐ろしいと思うだろう。我々は今回、今までの記録よりもずっと早く、楽に『澱み』に対応できた。これは、団長が神殿に要請し、神殿から様々な能力者と借りられたこと、そしてあのお守りを作ってくれたからこその話だ。今までは医官しか派遣されなかったし、戦うのは騎士の仕事だと思われていたのだから仕方がないことだ。騎士だけで戦った時には、多くの死傷者も出ている。ドゥンケル辺境領騎士団が全滅したこともある。たまたま幸運に恵まれて死者もなく、すぐに収束しただけで、記録がない時代にはこの辺りまで魔物が出てきていた可能性だってあるんだ。どうしてそれが分からない?」

 

 ルトガーの槍の腕は、ギュンターを遙かに凌ぐ。だからギュンターもルトガーに従い、尊敬してきた。だが、周りを見ることが大切だと言われても自分のことで精一杯だ。周りを見る余裕なんてない。


「もし、お前が騎士団の外で今回のことを誰に話した場合、お前は軍律により処罰される。この件については、規律違反の処分が処刑ということもあるんだ。私はお前を失いたくない。絶対に外でしゃべるな。いいな」

「酔っ払ったら知りませんよ」

「そうか。では騎士団外への外出禁止を命ずる」

「ちょっと、それはないっすよ。」

「お前が自分で言ったんだろう、『酔っ払ったら分からない』とな。これはリスク回避のために緊急措置だ。騎士団の外に許可なく出ただけで、お前は処分対象となる。すぐに守衛所に知らせておくからな」

「・・・」


 ギュンターは返事をせずに部屋を出ると、手荒くドアを閉めた。


「あ~あ、やってらんねえ~」


 廊下から聞こえる部下の不満に、ルトガーは胃腸の不調を感じ始めていた。


・・・・・・・・・・


「え、団長の所に直訴ですか?」


 2時間後にレイに呼び出されたルトガーは、ギュンターがレイの部屋に殴り込みをかけ、自分の外出禁止令を解くと共に、「澱み」の件を庶民に情報開示させろと訴えたのだという。


「秘密にするから、みんな我慢しなきゃならねぇんすよ。なら、全部ぱーっとしゃべっちまえばいい。簡単なことじゃないっすか」


 悪びれもせずそう言った瞬間、オリスがギュンターを拘束し、地下牢に放り込んだという。


「なんで俺がこんな目に! おかしいっすよ!」


 オリスは一言も言葉を発しないレイの代わりに、冷たくこう言ったらしい。


「お前が、自分がイカれていると分からないことの方がおかしい。お前は危険分子と認定された。ただでさえ団長は今回の残務処理で忙しくされている。それもわきまえずに踏み込み、言葉遣いもなっていない。お前は軍律違反を犯した。ここで頭を冷やせ。冷やせなければ、死か死ぬまでの監禁か、どちらかを選ぶことになろう」


 ギュンターの一件は騎士団に広まった。普段ならそれは見せしめとしての効果も十分に期待できるはずだった。だが、今回は違った。目的は個々それぞれではあったが、ギュンターのように「澱み」への対応を秘匿することへの不満を持つ者が、下位騎士ほど多くいたのである。下位騎士の中には、経験が浅く、今回の作戦が本来ならばいかに過酷なものだったはずかを想像することができない者が少なくなかった。さらに、若いこともってか承認欲求が強い者が多かったのだ。


「お子様ということか」


 レイのつぶやきに、オリスとラントユンカーが黙って頷く。


「この世代の教育係たちに懲罰を。また、現教育係たちに『分相応』と『忍耐』を身につけさせるよう指示を出せ」

「了解。すぐに行ってきます」


 ラントユンカーが静かに退室した。ラントユンカーのことだ、そのまま教育棟に行って、自分から子どもたちに直接話すだろう。それを聞いた教育係たちも、それが団長指示だと分かれば従うだろう。


「最近の若い奴は、っていうと、オリスは怒るか?」

「団長は23歳ですからね。自分から見たら、若いです」

「そういうお前も26歳ではなかったか?」

「25歳を過ぎると、10代の者たちからは『おじさん』認定されるそうです」

「お、おじさん・・・」


 あと2年で、俺は「おじさん」と呼ばれるようになるのか?


「ですから、結婚なさるならその前の方がいいですよ」

「『おじさん』のお前が、子どもと間違われるニーナと一緒にいる方が犯罪扱いされるぞ」

「我々の問題です。首を突っ込まないでいただきたい」


 オリスはそっぽを向いてしまった。部屋にはもう1人、近侍の騎士がいるが、何も聞こえないふりをしている。


 仕方がない、こういう時は神殿長に相談するに限る。


「オリス、神殿に行く。着いてこい」

「はっ」


 俺を無視する気だった男が、「神殿」の2文字で機嫌を直す。


 頼むから出勤日であってくれよ、ニーナ。


 レイは心の中でつぶやいた。

読んでくださってありがとうございます。

部下や家族の不満への対処は、特に中間管理職の方にとって厳しいものだと思います。

お疲れ様です。

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