7-8 お守りとカフスボタン
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ベアトリスがラウズールに渡し、シルトが実際に使って魔物への効果が確認された「お守り」の報告は、直ちに神殿へともたらされた。神殿長に呼び出されて事の報告を受けたベアトリスは、最初ラウズールに何かあって呼び出されたのだと思い込んだ。涙が出そうになるのに耐えながら神殿長の部屋を訪問したベアトリスを待っていたのは、神殿長の抱擁とこれ以上ない賛美の言葉だった。
「向こうに薬の巫女を派遣してあるから、薬草の効果として団長たちにも詳しく説明できたらしいですよ。君のおかげです、ベアトリス。巫女や神官の中には頭が固いのもいて、通常の使い方しか考えつかないこともあります。今回君はお守りと言っていましたが、本当の意味でお守りになりましたよ。ありがとう」
悲しい話を聞かされるとばかり思っていたベアトリスは呆気にとられ・・・そして、力が抜けて、思わず涙ぐんでしまった。
「おやおや、泣かせてしまいましたか。私がうれしさの余り抱きついたのが嫌だったのかな?」
「そうではありません。ラウに何かあったのかと覚悟してきたものですから・・・」
「そうでしたか、早くこのことをベアトリスにも伝えて、追加のお守りを作ってもらおうと思ったんです。驚かせて申し訳ありません」
「そんな、神殿長、お役に立てたのなら、本当にうれしいです」
その日から神殿中の手が空いているものはお守り作りに借り出された。その後の報告で、1度にたくさん使っても効果は変わらないこと、魔物を弱体化させる力はお守り1つにつきおよそ10分程度であることが分かった。また、一部でも魔物の体が黒い靄の中にあると効果は半減してしまうことも伝えられた。
魔物をお守りで弱体化させた上で、1頭ずつ出てくる魔物に複数の騎士が対峙する。魔物にも強い者と弱い者があり、体の大きな魔物は力も強く、剣や槍が通らない。強い魔獣に手こずっている内に、次の魔獣が出てくる。そうこうしているうちに数が増え、対応が難しくなったのが10日目の状態であり、交代を早めなければならないほど追い込まれつつあったのが12日目だった。オリスがあの時伝令として最前線に行かなかったら、あの強い大型の魔物の前に小隊が全滅し、次の小隊が出る前に防衛線を突破されていたと予測される。オリスでなかったら、あの場は押さえられなかったのだ。あの1件でオリスの力を失わずに済んだことが、今、こうして生きている。人生はどこでどう繋がっているか、本当に分からないものだとレイは思う。
お守りは次々に運び込まれた。大型の魔獣を倒す前に次の魔獣が現れそうになった時のみ、ファドマールの矢が使われた。使うのは1日に5本程度だったが、「必ず命中する」という力で額や目を射ることで、こちらの体力が随分温存できる。
魔物が溢れて2ヶ月が経った頃、射手の騎士がふとこんなことを言い出した。
「ベアトリスさんのお守りをファドマールさんの鏃の先に結びつけて、あの『澱み』の中に射かけたらどうなるんでしょうね?」
射手の騎士の話を聞いて、槍遣いの騎士も言う。
「穂先に、あるいは穂そのものをファドマールさんの鏃に付け替えて槍を投げ込んでも同じだろうか?」
ファドマール自身、弓矢の遣い手であり、作り手でもある。興味を示さぬはずがない。ファドマールはすぐにレイの所へ行き、実施の可否を談判した。
「どう出るかは、全く分からない。だが、今は休息の時間も十分にとれているし、不測の事態の備えて人員を増やすこともできる。いい変化がある可能性は否定できない。やらせてみよ」
「はい。それでは、団長には通常戦闘の小隊以外のバックアップ部隊の手配をお願いします。私は射手の騎士を何人かお借りします。それから、槍遣いも何人かお借りできますか?」
「・・・せっかくだから、オリスにもやらせるか」
「ああ、あの方は槍遣いでしたね。人選は射手、槍ともにお任せします」
「分かった。準備を頼む」
言い出した射手の奴らが喜ぶだろうな、といいながらファドマール自身も楽しそうだ。レイは思う。新しいことは、どんどんやってみればいい。それを全て記録し、成功したか失敗したかを後世に伝えればいい。効果的なやり方を見つけたならば、騎士のプライドに拘らず適用すればいい。大切なことは、誰1人死なせずに今回の魔物討伐を終わらせることなのだから。
・・・・・・・・・・
2日後、これまでにない陣形が展開されていた。50人の小隊が通常戦闘に当たっている。背後には、1個中隊を展開し、不測の事態に備えている。その間に、ファドマール、射手10人、槍遣い10人が待機した。レイはルビーのカフスボタンにそっと触れて呼吸を整えてから合図を出した。作戦開始だ。
小隊の騎士たちはできるだけ「澱み」から離れて戦うよう指示されており、射手たちと「澱み」の間に入らないようにして戦っている。最初に射るのは、ファドマールだ。自分が作った水晶の鏃の先には、ベアトリスたちが作ったお守りが結びつけられている。キリキリと弓を引き絞る。長弓がファドマールの得物だ。ファドマールの鍛え上げられた筋肉が悲鳴を上げるほどに引き絞ると、「澱み」の真ん中目がけて射た。
「行けぇ!」
矢はまっすぐに「澱み」に吸い込まれた。小隊も今までいた魔物を倒しきり、次の魔物が出てくるのを待つ。しんと静まりかえった森の中には、ピンと空気が張り詰めている。
「出てこないな」
レイの言葉が、ぽつりと漏れた。魔物は2~3分に1頭ずつのペースで溢れていた。だが、最後の魔物があふれ出てからすでに15分は経っている。そろり、と小隊の騎士の1人が中を覗き込もうとする。
「来ます! 下がって!」
シルトの声が響いた。果たして10秒後、魔物の頭が靄の中からあらわれた。
「15分、稼げたな」
「でも、どうなんでしょう。全部吐ききらないと終わらないなら、長期化させるだけとも言えますが」
5、6頭、向こうでやられていてくれればいいんだがな。確認のしようがない」
魔物が「澱み」からすっかり出た所で、小隊の騎士がお守りを投げつけ、魔物の動きを封じる。それを見計らって今度はオリスが槍を投げ込んだ。
「何だ、この音は?」
「澱み」の近くにいた騎士には、うめき声のような物音が「澱み」の中から聞こえたような気がした。動きを封じた魔物を倒し、再び「澱み」を見つめる。やはり15分後に新たな魔物の頭が出てきた。
「団長、これは、夜にやると効果的なのでは?」
「夜? ああ、時間が延ばせる分、兵士の消耗が少ないか。夜に眠れる兵士の数が増えた方が、効率もいい。そういうことだろ?」
「はい。もう少し実験は続けましょう。何か変化があるかもしれません」
「団長、1つ試してみたいことがあります」
背後に射た中隊の射手の騎士が、レイに申し出た。
「1回、5本とか10本とかまとめて射るなり投げるなりしてみたらどうなるか、興味があります」
レイは考えた。
「魔物が弱ってから出てくるかもしれないな。やってみよう」
伝令がファドマールたちの所に走る。話を聞いたファドマールが、腕で大きく丸を作った。了解の合図だ。
射手5人と槍遣い5人が並び、「澱み」の中央1点を狙う。
「5,4,3,2,1、撃て!」
5本の矢と5本の槍が、真っ黒い靄に向かって飛んでいく。比較的「澱み」の靄の近くにいた騎士は、やはり何かうめき声のようなものが聞こえたようで、気味が悪くてならない。
「うめき声のようなものが聞こえる? もう少し調べたいが、難しいな」
最前線の小隊長からの報告に、レイたちは首をかしげるしかない。記録だけはしっかり取っておく。15分後、やはり魔物が出てきた。
「一度にたくさん打ち込んでも、1本の時と変わらない。少なくとも、見える範囲では。向こう側のことを知りたいものだな」
周りの幹部全員が同意する。だが、手段がない。以前『澱み』の中へ入ろうとした者がいたらしいが、魔物でさえ通れないようになっている段階ではこちら側の人間にできることは何もなかったようだ。
「近くからお守りだけ投げ込むことは可能でしょうか?」
神殿から来ている、幻影を見せる能力を持つ神官が意見を述べる。
「小隊に余裕があるので、やらせてみよう」
レイの判断が、小隊長に伝えられる。同時に、お守りが全員に一つづつ配られる。
「第1分隊10人、投げ入れるぞ。3、2、1、投擲!」
お守りだけだと、手前に落ちてしまうものもある。だが、半数以上は「澱み」の中に吸い込まれたようだ。しばらくすると、「澱み」が矢で射かけられた時にうめき声を聞いた騎士が、「澱み」が時々収縮していることに気づいた。
「『澱み』に収縮の動きが見られるようになった?どういうことだ?」
「今までに30個くらい放り込んだんだよな。今までは1個も10個も変わらなかったのに、なぜだ?」
「溢れる魔物の底がもう見えてきたのか、お守りの効果なのか・・・判断が付きませんな」
本部では議論が始まりそうだが、こればかりはすぐ結論が出るわけではない。レイは静かに、と一喝すると、その場の全員に告げた。
「これまで通り、危険な状態になった時は遠慮なくお守りを使え。夜は定期的にお守りを『澱み』に投げ入れ、魔物の出現頻度を下げる。これによって小隊の交代時間と人員を調整し、騎士たちもできるだけ夜に眠れるようにする。負傷者が経れば、24時間対応している医官たちの負担も減るはずだ。各隊調整に入れ。お守りと矢を使った作戦は一旦終了、通常の戦闘態勢に戻れ」
幹部たちが頭を垂れる。後から戻ってくるファドマールたちには、報告書を上げてもらおう。医療テントへ行って、負傷した者たちを見舞おう。光が見え始めたレイは、ルビーのカフスボタンにそっと触れ、誰にも聞こえない声で呼びかけた。
「1日でも早く帰れるようにするから」
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次回で7章は終了予定です。
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