7-6 希望の光
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伝令となったアイクは、一刻も早く知らせを伝えようと馬を走らせた。いい馬で、アイクの意図をよく読み取り無駄な動きが少ない。
訓練してくれた先輩にお礼を言わなければ。あ、そういえば名前を聞いていなかった・・・あ、騎士団本部に戻れば、厩舎の誰かが教えてくれるかな?
護衛に付いた2人の騎士も馬は早く乗りこなせると評価を受けているが、アイクの早さには及ばない。新人ながらいい腕だ、これは上に報告せねばと考えている。
魔の森の外には、緩衝地帯のように草原が広がっている。草原を突っ切ると、深い谷川を超える。上流ながら川幅のあるこの川は、下流に他国があり、その水は他国の農業にも利用される大河だと聞く。この川の橋は、敢えて頑丈に作られていない。魔物たちが魔の森から溢れて緩衝地帯を通過したとしても、この橋を落としてしまえば魔物たちでも川を渡ることは難しいからだ。さらに上流にいって川幅が細くなったところを飛び越えてくるか、はるか下流まで行って歩いて渡るか・・・魔の森を越えて他国が侵入を繰り返していた時代から、この川は防衛線として重要な役割を果たしてきたのだ。
川を越えると心理的に領都の町が近くなる。一度馬を休ませる。水を飲ませ、火照った体に水を掛けてやると、馬はうれしいそうな表情をした。
「お前、表情が分かりやすいな」
「そう見えるのか? 俺にはさっぱり分からない。アイク、お前ならそのうちに馬の管理を任せられるんじゃないか?」
「馬は好きですよ。馬の世話がメインか、伝令がメインか、どっちがいいか聞かれたことがありますが、僕は馬といられれば何でもいいです」
「そうか。馬に愛された男だな」
「はは、やめてくださいよ。そろそろ出ましょう」
領都の町までは、速歩で1日あれば到着する。馬の状態にもよるが、眠らずに行けば明日の昼前にはたどり着ける。それだけ魔の森は人の世界に近いのだ。
一刻も早く、援軍を連れて前線へ行かなければ。
アイクたちは駆けだした。
・・・・・・・・・・
騎士団本部に着いたアイクは、その足で臨時団長代理と長官(の影武者)に援軍を要請するレイの依頼を伝えた。神殿への伝令に行くために厩舎に戻ると、あの馬がこちらを見ていた。
「先輩、神殿に伝令に行くので、馬を1頭お願いします」
「ああ、そこにもう鞍を載せてあるやつを使ってくれ」
その馬は、魔の森から一緒に駆けてきた馬ではなかった。あの馬は疲れているから、しっかり休ませるべきだろう。鐙の調整を確認しながら、厩舎の先輩に声を尋ねる。
「先輩、僕が乗ってきた馬、なんていう名前ですか?」
「あいつか? ブリッツだ。なんだ、愛着でも湧いたか?」
「はい、もし誰かの騎馬じゃなければ、僕のにしたいくらいですよ!では、行ってきます」
ブリッツが不満げに鼻を鳴らしているが、伝令は一刻も早く伝えなければならない。
「ブリッツ、またあとでな」
不満げな鼻音が聞こえた気がした。
神殿にたどり着き、神殿長に内容を伝えると、神殿長は一瞬難しそうな顔をした。だが次の瞬間には穏やかな顔に戻り、少し休憩していくように勧めてくれた。寝ずに駆けてきたアイクは、正直に言うと眠りたかった。その様子を察したのだろう、神殿長は側仕えの若い神官に、ベッドのある部屋を用意させてくれた。
「神殿からの帰りに馬から落ちたら、騎士の面目が丸つぶれになります。少し横になりなさい。騎士団にはこちらから連絡しておくから」
控えめに言っても、大変ありがたい申し出だった。若い神官に案内された先には、食事の用意までされてあった。
「何かありましたらお呼びください。後で神殿長が話をしたいそうです。ごゆっくりお休みください」
「ありがとう」
若い神官が出て行った所で、食事を取る。ふと見ると、紙が折りたたまれている。
「オリス様はご無事でしょうか?」
ああ、そういえばオリス様にかわいらしい恋人ができたという噂があったが、本当だったんだな。
アイクはメモの主に会えたら、自分が知っていることは伝えたいと思った。シャワールームまである部屋なので、遠慮無くシャワーを使わせてもらう。魔の森に向かってから入浴していない。体を水に浸したタオルで拭うか、水をかぶるか、それが町中以外の生活では当たり前だ。埃と汚れをおとしてさっぱりすると、やはり疲れが出てくる。ベッドに潜り込むとあっという間に睡魔に襲われた。
・・・・・・・・・・
アイクが目覚めたのは、大分日が傾いた頃だった。久しぶりに気持ちよく、何の心配も無く眠れたことへの満足と、魔の森で24時間交代制で戦っている仲間に申し訳ないという気持ちがない交ぜになって、なんとも複雑な気持ちになる。
ベッドサイドを見ると、汚れていない騎士服が置いてある。騎士団にアイクを休ませるという連絡に行った時、保ってきてくれたのだろうか。神殿のスタッフはレベルが高いと、アイクはしみじみ思った。きれいな騎士服を着て、汚れた服を探すと、そこにない。若い神官に言われたとおりにベルを鳴らすと、先ほどの若い神官があらわれた。
「アイクさん、お目覚めはいかがですか?」
「とてもすっきりしています。あの、この服、騎士団から保ってきてくれたのでしょう? ありがとうございます」
「違いますよ。あなたが着てきたものです」
「でも、あんなに汚れていたのに」
「ここは神殿ですよ。いろんな能力持ちがいるんです。普通に洗濯した後、風を起こす能力者が風で水分を飛ばすので、神殿の洗濯物は早く乾くんです」
「・・・そうなんですか」
「騎士団とか、軍関係の所にいると、余り会えない能力持ちでしょうね。さて、お腹はすいていませんか? よろしければ食堂にご案内しますよ」
とたんにアイクの腹の虫が鳴る。顔を真っ赤にしたアイクに、若い神官は言った。
「健康な証拠です。それに、食堂にはあなたに会いたいという人がいるんです。お願いできませんか?」
結局アイクは素直に食堂に連れて行かれることに決めた。前線に戻れば、また戦闘糧食に戻るのだ。食べられる時に食べておくべきだろう、と考えたのだ。
それに、僕に会いたい人って、誰だろう?
神殿騎士になった幼馴染みもいたはずだが、全く予想が付かない。神官に連れられるまま広い食堂に入ると、早めの夕食を取りに来ていた神官や巫女、侍女や下働きたちに取り囲まれた。
「戦闘が始まったって、本当ですか?」
「魔物って、どんな姿なんですか?」
「どうすれば魔物を倒せますか?」
「医官様たちは無事でしょうか?」
みんなが一斉に口を開くので、アイクには全く分からない。
「はいは~い、皆さん、お気持ちは分かりますが、ここは代表者に話を聞いてもらいますので、皆さんはあとで聞いてくださいね~」
若い神官はあっという間にスタッフたちをいなすと、食堂の一角にアイクを連れていった。
「お連れしました」
「ありがとう、ヴァルト」
「アイクさん、こちらは・・・」
「アデルトルートと申します。豊穣の巫女として勤めを果たしています」
「ベアトリスと申します。ラウズール医官の下でカラーセラピストをしています」
「ルーナです。食堂で下働きをしています」
「あの、この方々は?」
「大切な人が今、魔の森にいるという3人です。どうか、アイクさんが知る限りのことを教えてあげてください。これは神殿長からのお願いでもあります」
3人の年齢も職務も全く異なる娘が、同じような哀切の表情でアイクを見ている。アイクは少しだけ心配になった。
「あの、僕、ここで話をしていてもいいんでしょうか? 騎士団に戻らなければいけないと思うのですが」
「それについては、神殿長から団長代理に話を通してありますのでご心配なく。まだ第2陣の半分だけしか準備ができていないそうで、準備が終わっていた300名が先ほど魔の森に向かったそうです。アイクさんは、明日の朝出発するメンバーに入っているそうですよ」
「そうですか。分かりました。それなら、聞きたいことにお答えできますね」
「はい、お願いします」
3人の娘に向き直ったアイクは、
「ドゥンケル辺境領騎士団のアイクと言います。乗馬の能力者です。その能力を買われて、今回伝令として戻りました。何を知りたいですか?」
アデルトルートが、目をうるうるさせながら言った。
「団長は、ご無事でしょうか?」
「僕が出るまでの段階ですが、団長は全体の指揮を執るため、最前線より少し後方の本部で作戦の指揮を執っています。お疲れの様子はありましたが、戦闘には参加していないので、負傷等はありません」
「そうですか、よかった・・・」
そういえば、団長が心を傾けている若い巫女がいると聞いたが、この巫女様か、とアイクは思った。まだ若い巫女は、心配でならないといった様子だったが、少しだけ安心したようだ。
「負傷者はたくさん出ているのですか?」
3人の中で最も落ち着きのある娘が口を開いた。
「それなりには出ていますが、僕がいた時に死者はまだいませんでした。医官は神殿医官と騎士団医官が協力して24時間対応していると聞いています」
「医官の皆さんがお倒れになった、なんてことは・・・」
「僕がいた時には、まだ皆さん全員仕事をしていましたよ」
「ラウ様、いえ、ラウズール様はどうしていましたか?」
「ラウズール様? ああ、神殿部隊の副隊長ですか。医療班の神殿側とりまとめ役として、騎士団のとりまとめ役の医官とうまく調整しながらやっているようでしたよ」
「そうですか」
ベアトリスと名乗ったこの娘も、安堵の表情を浮かべている。流れから行くと、ラウズール医官の恋人というところだろうか、とアイクは考える。
「あの・・・黒龍騎士団の騎士は、みんな最前線に出ているのでしょうか?」
どう見ても子どもにしか見えない娘が質問する。
「全員ではありませんよ。ラント殿やオリス殿など近侍の皆さんは団長の護衛を兼ねて本部にいます。ただ、前線の人が足りなくなれば、最前線で戦っているかも知れません」
「オリス様が? そんな!」
「え、オリス殿!?」
この流れの通りならば、この子どもは寝る前の食事と一緒に置いてあったメモの主であり、オリス殿の・・・。
「犯罪だ」
「え?」
「何でもありません」
アイクは引きつりそうな顔を何とか平常時に戻した。他にもいくつか尋ねられたが、分からないことは分からないと伝え、分かることはできるだけ分かりやすく説明したつもりだ。
「あの、アイクさんにお願いがあります」
アデルトルートは、トリシャに箱を持ってこさせた。トリシャが中身をアイクに見せる。蓋が開いた瞬間、ふっと心の暗い部分が消えたような気がする。
「これは?」
「お守りです。ラウズール様にはいくつかお渡ししたものです。邪気を払うといわれるホワイトセージをポプリにしてあります。作った人によって祈りの内容が違うと思いますが、神殿のみんなで、祈りを籠めて作りました。効果があるかどうか分かりませんが、騎士のみなさんたちに配っていただけませんか?
それからこちらは、安眠に効果的といわれるラベンダーをポプリにした匂い袋です。これを夜枕元に置くことで寝付きを良くし、悪夢から守ってくれるとされています。夜、悪夢で眠れないと、翌日の負傷の原因になるでしょうから・・・」
「これを、皆さん手作りで・・・」
「ええ、私たちにできることは限られていますし、直接武器を取って一緒に戦うこともできません。ですが、私たちを守るために戦う者の、心の支えでありたいと思っていますわ」
アデルトルートが厳かに言う。豊穣の巫女は大きな力を持つ巫女だ。豊穣の巫女の幸福度は力の大きさに影響し、豊穣の巫女が嘆き悲しめば国土が荒廃するとまで言われる。この巫女様に少しでも喜んでいただくことで、この国の大地に、植物に、力がみなぎる。それは、今魔の森で戦う騎士や神官たちの守りともなるものだ。
「承知いたしました。巫女様からお預かりした神殿の皆さんからの贈り物を、ありがたく頂戴します。明日の朝の出発を待たずに、僕1人でも行こうと思います」
「そこは騎士団の許可を得てくださいね?」
ベアトリスとニーナは目配せし、私たちはこれで、と言って食堂から出て行った。アデルトルートが、何かを握りしめている。
「あの、これをレイ様に渡していただけませんか?」
トリシャの手を介して渡されたものは、ルビーのカフスボタンだった。アデルトルートは、今から言うことをメモではなく口頭で伝えてほしい、と言った。
「赤はリーダーの色。ルビーはあなたに最もふさわしい石だと信じている」
お願いします、というと、アデルトルートは立ち上がった。侍女と護衛騎士がアイクにお辞儀をして、アデルトルートに着いていく。ルビーの意味を、自分は知らない。だが、きっと団長にはこれで通じるのだろう。
「終わりましたね」
アイクが呆然としていると、若い神官がやって来た。
「そうそう、僕まだ名乗っていませんでしたね。ヴァルトと申します。それでは、神殿長の所にお連れします。箱は僕が運ぶので、アデルトルート様からの預かり物だけは、必ずアイクさんが持って行ってくださいね」
ヴァルトに従って神殿長の所へ行く。何だか今日は忙しい日だ。いや、寝たのだから忙しくはない? どっちだ?
多少の混乱しているアイクの前に現れた神殿長は、現場の様子を改めて聞き、しばらく考え込んだ。
「1人、神官を連れて行きなさい。ヴァルト、ファドマールをここへ」
「はい、神殿長」
連れてこられたのは、神官というには随分鍛え上げられた男だった。
「この男は、ファドマール。特殊な鏃を作ることができます」
「ファドマールと申します。よろしくお願いいたします」
「辺境領騎士団のアイクです。あの、差し支えなければ、どのような鏃を作れるのか、教えていただけませんか?」
「私が作る鏃には『必ず当たる』力があります」
「そんなものがこの世にあるのですか!なぜ、それをもっと早く言ってくださらなかったのですか!」
「私は神ではありません。私が力を持った鏃を作れるのは、1日に20個まで。それも、使い切りです。さらに、魔物相手であれば素材が水晶でなければならない。私が初めから協力できなかった訳が分かりますか?」
「いえ、なぜですか?」
「現地に行っても材料がなければ鏃を作れない。ですから、保有していた材料で鏃を作りながら材料を集めていたんです。何とか現地で1ヶ月は作り続けるだけの材料を確保できましたので、同行できます」
アイクは神殿が自分の思っていたところとは随分違うものだということに気づいた。神に祈り、捧げ物をする、それが神殿だと思っていたが、違うのだ。まるで神のような特殊能力を持つ者の集団、それが神殿なのだ。アイクは急に神官や巫女が恐ろしい存在に思えた。そんなアイクに気づいたのだろう、神殿長が優しく教えてくれた。
「神殿の能力者は、その能力を正しく国のため人のために使う人となるために、1歳から神殿に預けられるのです。恋愛が絡むとちょっと・・・ということもありますが、基本的に温厚な人間ばかりですよ、神殿は」
誰もがほっとするような笑顔を向けられたら、アイクもそうなのか、と思わされてしまう。ヴァルトは、この「人たらし力」こそが神殿長の本当の力だと思っているが、それは絶対に言わないことにしている。
「さあ、ファドマールの荷物は重たいですよ。ファドマールを騎士団に預けますので、必ず全員で帰ってきてください」
神殿長が見送りをしてくれた。ファドマールを送り届ける神殿の馬車にアデルトルートたちから預かったハーブのお守りや匂い袋を載せてもらい、アイクは乗ってきた馬に跨がる。
「ご厚意に感謝します。帰ってきたら、必ずお礼に伺います」
騎士団では、明朝の準備で人の動きが慌ただしい。アイクは団長代理にファドマールを引き合わせると、明日出発のメンバーから自分を外し、ファドマールを入れてもらえるように願った。
「アイク、お前はどうするのだ?」
「今から出ます。神殿でしっかり眠り、美味しい食事をいただいてきました。それに、豊穣の巫女様はじめ神殿の皆さんが作ったお守りを、一刻も早くお届けした方がいいような気がするんです」
「馬は?」
「戻ってきた時に乗った、ブリッツ、あいつを貸していただけませんか? 相性が今までで一番良かったんです」
「ブリッツか。あれは気性が荒くてなかなか難しい奴だったはずだが・・・良かろう、行け。3騎つけるから、荷物を分散して馬に負担を掛けるな」
「ありがとうございます」
退出しようとしたアイクに、ファドマールは弓と矢筒を差し出した。
「私の作った鏃をつけた矢を10本入れてあります。私はどうしても行くのが遅れるでしょうから、緊急時に使ってください」
「ファドマールさん、ありがとう」
「次からファドと呼べばいいですよ。戦場でファドマールなんて呼んでいたら、いろいろ間に合わないでしょう?」
それでは、魔の森で。アイクは仲間3騎と共に、満月の光を頼りに出発した。
読んでくださってありがとうございます。
ルビーの石言葉は、次回出てきます。
アディからレイへのメッセージが籠もりまくっています。
次回、戦線に変化が・・・?
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