7-5 レイの苦しみ
読みに来てくださってありがとうございます。
多少血が出ます。苦手な方は避けてください。
よろしくお願いいたします。
「団長、魔物が溢れます!」
突然、神官の怒号が聞こえた。確か、10秒先のことが読める先見の神官だ。
「総員、魔物の襲撃に備えよ!」
それまで靄の中で、まるで膜をかぶって外に出られないといった様子で暴れもがいていた魔物たちの動きが変わった。一枚膜が剥がれたように、魔物たちの姿もはっきりと見える。一頭が靄の中からそろり、と足を出す。そして、前に進めるのを確認すると、一声雄叫びを上げた。その遠吠えを合図に、靄の中から次々と魔物たちが飛びだしてくる。騎士の姿を見ると、敵を見つけたようにまっすぐ走ってきて、噛みついたり、その太い腕を振り下ろして爪で騎士たちの体を引き裂いたりし始めた。
思ったより力が強い。それに、止めどなく魔物が溢れてくる。なんと厄介な奴らだ、とレイは呪いの言葉を吐いた。負傷した騎士を後ろに下げ、兵站に野戦病院代わりの医療テントへ運ばせる。彼らがいかに早く復帰できるかが、部隊が保つかどうかに関わる。
「ラント、すぐに伝令を。魔物が溢れた、至急援軍を送れ、と」
「承知。指名はありますか?」
「いや、ない」
「了解。一旦離れます。オリス、頼む」
「承知」
ラントユンカーは伝令に渡す指示書を作成し、レイにレイモンド王子のサインを入れてもらうと、アイクという騎士を呼んだ。2ヶ月前に配属したばかりの新人で、オリスに伸された1人である。
「アイク、伝令だ。お前に何かあると困るので、護衛を2名つける。3名で騎士団本部に報告、行政府と神殿にも報告するように。以上」
「はっ、直ちに参ります」
アイクの能力は、その軽い身のこなしと乗馬の巧みさだ。体が細いので騎士とするか厩舎の担当とするか迷ったが、伝令によいだろうとレイが判断し、連れてきていた。アイクは護衛の騎士2人と馬に乗り、あっという間に姿を消した。人間の戦争と違い、伏兵を心配する必要がない。伝令に問題があるとすれば野盗に襲われるか馬の故障だが、よほどの人数で囲まれない限り、騎士は切り抜けられる。
アイク、頼んだぞ。
ラントユンカーはその背が見えなくなると、すぐにレイの元に戻った。
・・・・・・・・・・
状況は、レイの予想より悪かった。指揮官として後方にいることがもどかしくてならない。だが、自分が最前線で戦って何かあれば、指揮系統が乱れ、部隊が壊滅状態になることもある。レイは傷ついて運ばれていく部下たちを見送りながら、歯を食いしばって『澱み』から出てくる魔物たちをにらみつけた。
俺たちがお前たちに何をした? なぜ、俺たちに襲いかかる?
言葉の通じぬ者たち、価値観の異なる者たちとの意思の疎通は難しい。神殿から動物と意思の疎通ができる者を連れてきたが、やはり生命体として何かが違うのだろう、彼らの言葉が分からないと言うことだった。この神官には鳥など森に住む生き物たちの声を聞いてもらい、魔物たちの動きや「澱み」について、動物たちが知っていることをまとめてもらっている。動物だからこそ分かる何かがあるかもしれないからだ。
前線で戦っている小隊を別の小隊に交代させる。疲れ切った騎士たちに食事を取らせ、小さな傷は消毒し、血止めをする。2メートルほどの出入り口からは、一頭ずつしか出てこないが、一頭を屠るのに数人がかりでないと倒せないものもあり、小隊を3回入れ替える頃には、最前線の位置がわずかに後退した。騎士たちも押されている、という感覚があるようで、人員の増強を求める声が上がる。
「援軍はすでに要請した。援軍が来るまでは、なんとしても今いる我らで押しとどめる!」
後方のレイから、腹の底に響くような声が届く。最前線の騎士たちの士気が上がる。だが、何の解決策にもなっていないのが事実だ。
「負傷者を運べ、急げ!」
最前線からの声が聞こえる。若い騎士が1人、首を引き裂かれたようだ。もう1人がついて必至で止血しているが、なかなかとまらない。
「血止め草を当ててから、しっかり押さえろ! 急いで運べ!」
兵站担当の騎士が2人、担架に乗せて運んでいく。
あの騎士は、助かるだろうか? あの出血だ、間に合わないかもしれない。
レイは部下が死ぬかもしれないという恐怖に身がすくんだ。だが、ここで弱い姿を見せることはできない。
・・・・・・・・・・
一進一退の攻防を繰り返して10日。レイは自分の、リーダーとしての資質に疑問を抱き始めていた。
俺は準備の段階で甘く考えすぎていたのではないか。
その結果、多くの負傷者と出してしまったのではないか。
魔物と部下の血が、森にべっとりと染みこんでいく。レイの心も、どこまでも沈み込んでいくようだった。
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