7-1 魔の森と魔物対策
読みに来てくださってありがとうございます。
ここから第7章の赤の章です。
7章からは魔物や戦いのシーンが出てくる予定です。ご承知おきください。
よろしくお願いいたします。
ドゥンケル辺境領の「魔の森」には数十年に一度、魔物たちが発生する。「澱み」と呼ばれる真っ黒な靄のようなものが奥深くにあり、そこからこの世界にはいないはずの凶暴な生き物=魔物があふれ出るのだ。一般には秘匿されているこの魔物の討伐のためにドゥンケル辺境領騎士団が存在し、第5王子であるレイモンドが王家ながら直接この地を治める形を取っている。
前回の魔物の発生から既に50年以上が経ち、辺境領騎士団にも当時の記憶を持つ者がほとんどいなくなった。第5王子レイモンド・・・黒龍騎士団長レイは、当時の生き残りたちから集めた情報を元に来るべき脅威に備えるべく、魔物の弱点となるものを探していた。
かつての記録によれば武器以外にも魔物たちを倒す方法があったようなのだが具体的な記述がないため、レイは事務官たちを各地へ派遣してこの5年ほど古文書を当たらせてきた。だがめぼしい成果はなく、今日は神殿長に閲覧禁止の書庫への立ち入りを願いに来ていたのである。
「騎士団の力だけでも何とか撃退できるとは考えている。だが俺は現場の最高責任者だ。1人でも騎士たちを死なせたくはない。ならば最後の手段として、その『何か』を探し、用意しておくのは当然のことだ」
「私の読んだ資料の中には、該当すると思われるものは見つかりませんでした。騎士にしか分からない暗号などもあるかもしれませんね。いいでしょう、許可します。但し禁書ですから、マンフレート殿と2人までしか許可できません」
「騎士団の騎士たちに読ませても時間がかかるだけだ。俺だけと言われるのではないかと思っていたから、助かる」
「神殿は、魔の森に備えてこのドゥンケル辺境領にあるのです。魔物に関することで騎士団に協力するのは当たり前のこと。神殿は神殿のやり方で対抗策を探しておきます」
神殿長は、レイがレイモンドであり、普段レイモンドを名乗っているマンフレートがドゥンケル辺境領長官の影武者に過ぎないことを知る数少ない人物の1人である。自分とそれほど年の変わらないレイモンドがこの国の中枢を担える能力者であることにも尊敬の念を抱いているが、それ以上に、この国のためにできるだけのことをしようとする、その実直さ、誠実さに、この男なら信用できるという安心感も抱いている。
アデルトルートのことを除けば、ではあるが。
オリスとニーナが交際(と言えるかどうかよく分からないものだが)を始めてから、レイのアデルトルートに対する態度が少し変わった。これまでは、若いアデルトルートをからかって遊んでいるようにしか見えないと誰もが思っていた。だが、オリスの一件以降、アデルトルートを1人の女性として扱うようになってきた。相変わらず甘い言葉を吐いてアデルトルートを悶絶させているようだが、儀式の時などは「豊穣の巫女」の傍近くに仕える黒騎士の姿はまさに主の姫君を守る騎士のようだと、様々な方面から賞賛の声が上がるようになっていた。
肝心のアデルトルートが態度を明確にしていない以上、神殿としてはレイが感情にまかせた行動をしないようにアデルトルートと守るしかない。アデルトルートの護衛騎士コーエンは、普段は飄々としているが、その実力は神殿長付きの護衛騎士と同等であり、黒龍騎士団にいても可笑しくないほどの実力者である。コーエンの殺気はレイでさえ受け流すことができない。神殿長は、前神殿長のコーエンを見抜く目の正しさに舌を巻く思いである。
あの方は、人の能力を見ることにかけては、史上最高の能力者だったからな。
自分には、能力判定の力はない。副神殿長のカタリーナが、今はその仕事を受けてくれている。カタリーナの能力判定があるからこそ、今後数十年のこの国の存続が保証される。頼れる仲間をたくさん与えてくださった・・・神殿長は素直に神に感謝した。
・・・・・・・・・・
「魔の森から出現する魔物に対して、己の能力を活かして何ができるか、報告せよ」
神殿長から神殿の全ての能力者に対して命令が出た。このような命令が出ることは珍しい。
「副神殿長の能力判定で1人ずつ見てしまえばいいのでは?」
「個々の能力をどう活かせるかというところは、使う本人に寄るところも大きい。自分で考えるのは当然だろう」
ラウズールは当然、傷ついた騎士たちへの治癒と書き込む。それ以外に思いつかない。ベアトリスは隠された能力の使い方があるのではないかと思っているが、能力者というものは最初に判定された能力を伸ばすことだけにひたすら努力して育ってきているので、あまり他の使い方というものや後発の能力というものを考慮しないのだという。
「生まれ持った能力とは別に、その後得た知識や技術については書かないのですか?」
「自分の能力を活かすために身につけるものがほとんどだから、別分野を開拓して知識や技術を身につけている能力者はあまりいないと思う」
「そうなんですか・・・」
それでも、人の役に立つ能力を持って生まれた人がまぶしい、とベアトリスは心の底から思う。能力持ちとまで言えないレベルの能力者もきっと庶民のなかにはいるだろうが、そういう人たちはきっと意図せずにささやかなその力を使って、世を渡っているのに違いない。
「ビーチェはなんて書くの?」
当然のようにラウズールが尋ねるが、ベアトリスは首を横に振った。
「能力者の方への調査命令です。私には回答用紙も来ていませんよ」
「そうか。ごめん、神殿に住んでいないだけでビーチェとはいつも一緒にいるし、ビーチェのカラーセラピーを見ていると能力持ちがやっているように見えるから、つい・・・」
そう、ここ最近、ベアトリスは毎日ラウズールと会っている。週2日の約束だった神殿での勤務は週5日となり、休日はプライベートでラウズールの所に行ったり、ラウズールがオトヴァルト宝石商にやって来たりする。ビーチェの家にラウズールがやって来ると、母の機嫌の良さは急上昇する。先日も、近所の奥様にこんなことを言ったらしい。
「あの『月光の君』が、うちのビーにぞっこんでね、よくうちに遊びに来てくださるのよ。もう、本当に素敵な方よ。あんな方が将来息子になるなんて、もう、私、信じられないわ」
近所の奥様からこの話を聞いたベアトリスは、まだお付き合いしているだけで先の話は一切していないことを伝え、こんな噂が広まったら神殿から何をされるか分からない、と怯えておいた。奥様はふるふると震えながら、黙って首肯した。神殿を怒らせると大変な目に遭うという話を知らない庶民は、今やこの町には1人もいない。
とは言え、一緒に買い物に出たり、休憩がてら飲食店でお茶を飲んでいたりすれば、当然ベアトリスとラウズールの親しげな姿を目撃する人はいるのだ。町娘たちの中には、ラウズールを狙うことは諦めても他の神官や護衛騎士を狙って神殿への出入りを画策している者もいるらしい。
自分がいつの間にか庶民側ではなく、神殿側の立場でものを考えるようになっていることをいいのか悪いのかと自問しつつ、ラウズールを見る。
今日のベアトリスは、プライベートでラウズールの所に来ている。だから、いるのも執務室ではなく私室の方だ。ラウズールも今日は休日なので、医官の服ではなく私服を着ている。これがいわゆるお家デートというものなのだろう、とベアトリスはとりとめもないことを考える。
「もしかしたら魔の森で何か兆候があったのかもしれない。そうなれば、医官はほとんど騎士団について魔の森へ行くことになる。巫女たちも、医官以外の神官も、その能力によっては魔物と戦うことになるだろう。準備さえしておけば、対応できるはずだ」
ラウズールはベアトリスを抱きしめる。
「そうは言っても、もし本当に魔物たちと戦わなければならなくなったら、無事でいられるかどうかは保証がない。僕は必ず帰ってくる。だから、ビーチェ、もし魔物があふれて、僕が戦いの場に行くことになって、どんな姿になったとしても・・・・待っていてくれるかい?」
「必ず生きて帰ってきてくれる?」
「最大限努力する」
泣きそうなベアトリスの額に、ラウズールはキスをする。
「まだ、魔物があふれたわけじゃない。仮定の話で泣かないで」
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