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カラーセラピスト ベアトリスの相談室  作者: 香田紗季


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6-4 ニーナの説得

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 ニーナは食堂にワゴンを戻すと、神殿の隅にある羊の牧場にまで逃げていた。


 あんなこと、黒龍騎士団のエリート騎士様にお願いしてしまうなんて・・・。


 自分がしてしまったことだが、まだ2人の秘密なら良かった。ベアトリスだけならまだしも、ラウズールや、よりによってレイ団長にまで見られてしまった。


 ああ、もうオリス様にも合わせる顔がないし、噂になったら縁談は望めない。オリス様にもきっとご迷惑をおかけすることになる。どうしよう。


 涙がこぼれてきた。筋肉をつけたくてもつかなかったから、あんなにたっぷりと筋肉をつけられることを純粋に尊敬した。鍛え上げられた筋肉というものがどういうものであるのか、好奇心が抑えられなかった。


 きっと、神殿の仕事は首になるだろうな。


 何とか心を落ち着け、食堂に戻る。


「ニーナ、どこへ行っていたんだい? ベアトリスが待っているよ!」


 食堂を取り仕切るこの女性は、下働きながら「作業の全体像を見通す」(但し料理限定)という能力持ちということで、食堂のお母さん的な存在だ。神殿のみんなに「ママ」と呼ばれる愛される存在でもある。


「何でも、とっても大切な話だから行き違いにならないようにって、ずっと待っているよ」

  

 ああ、私はベアトリスから解雇通告を受けるのか。


 冷静に考えればそんなことはあり得ないのに、そう思い込むほどニーナは追い詰められていた。食堂の隅のベアトリスお気に入りの席に、ベアトリスはいた。ベアトリスはニーナを見つけるとほっとした表情を浮かべた。


「ニーナ、どこへ行っていたの? ワゴンを放り投げるように置いてどこかへ行ってしまったってママが言っていたから、心配していたのよ?」


 ニーナは乾いた笑いを浮かべる。


「私、首なのぉ?」

「何の話? 私は、オリス様の治療計画のことでニーナに相談しに来たのよ」

「オリス様の? どういうことぉ?」

「オリス様は何らかの行き違いがレイ団長との間にあって、自分は団長には不要な存在だと思い込んでしまったようなの。その結果、心のバランスを崩して心を閉ざしてしまっているはずだったんだけど・・・その、ニーナといる時、どんな表情だった?」

「初めは固かったけど、途中からすごく優しくなって、私のお願いを聞いてくれたの~。で、恋人でもないのにっておかしくなってしまってぇ、笑い転げていたらぁ、ベアトリスたちが来たのよぉ・・・」


 やはり、ニーナが鍵なのだ。


「ニーナ、よく聞いて。私たち、オリス様にカラーセラピーを受けてほしいと思っているの。だけど、私たちではニーナのように信頼してもらっていないから、受けないと言われる可能性が高いわ。だからニーナ、今度食事を運ぶ時、オリス様を説得してくれない? オリス様が受けてくれれば、きっと何が問題で心を閉ざしたのか、分かるようになると思うの。オリス様をここで助けないと、騎士をもう続けることができない可能性がある。つまりね、あの筋肉をもう維持することができなくなるかもしれないのよ」

 

なんと!それは筋肉界の損失だ!


 ニーナは単純だ。オリスを助けたい、オリスの筋肉を助けたい。その思いから、ベアトリスの提案に即座に乗った。


「私は、ベアトリスのカラーセラピーを受けてほしいですぅ~って言えばいいの?」

「そうよ。それでそのためにも聞いておきたいんだけど・・・ニーナは、オリス様のこと、どう思う?」

「え? いや、あの、素敵な方、よぉ?」

「付き合いたいか、付き合いたくないかでいうと?」

「・・・付き合い、たい、かも・・・」

「分かったわ。それじゃ、お昼よろしく。結果は、ラウズール様のところに。私も多分、そこにいるから」

「ワゴンを引き上げる時ならぁ、少し遅くなると思うけどぉ。それでもい~い?」

「もちろんよ。それじゃお願いね」


 ベアトリスはラウズールの部屋に帰っていく。オリスとうまく話せるか、ニーナには自信がない。


・・・・・・・・・・


 自信がないはずだったのに、オリスとの会話は弾んだ。お姫様抱っこしてもらっているところを他の人たちに見られて恥ずかしかった、でも念願叶ってうれしかった・・・そんなことをお礼と共に話している時、オリスは本当に優しい目をして聞いてくれた。そして、自分なんかと話をしてくれてありがとう、と逆にお礼を言われた。


「あの、オリス様? つかぬことを伺ってもぉ?」

「何だ?」

「オリス様はご病気には見えませんしぃ、お怪我なさっているようにも見えないんですがぁ、どうして入院をぉ?」

「・・・聞きたいか?」

「・・・はい」

 

 そうか、と言ってオリスは少しだけ考える様子を見せた。


「面白い話ではないぞ?」

「構いませんっ!」

 

 全く、不思議な奴だな、お前は。


 そう笑って、オリスは教えてくれた。


 団長の顔色をずっと伺って、少しでも役に立ちたいと思って努力してきたこと。

 自分の思いには全て蓋をして、団長の期待に応えようと無理も通してきたこと。

 団長に春が来たように察したのだが、それ以来自分が近侍として避けられているように感じていること。

 そういう自分の困惑を、どうしても団長に話せないこと。

 そして、自分の容姿のせいで、多くの女性たちから避けられたように、団長にまで避けられたら、今後どう生きていったらいいか分からなくなってしまったこと。


「団長に全部言えればいいんだろうとは思う。それに、周りの連中に女性のことでからかわれても、うまく受け流すことができれば問題ないはずだ。だが、自分はそれが難しい。周囲の雰囲気に合わせ、流されて自分の感情を隠して言いたくもない自虐を言い、それで疲れてしまう。どうすればいいのか分かっているのに、それができないんだ。情けないだろう?」


 あ、自虐だ。


 ニーナは、こんなに大きな人が、背を丸めて小さくなっているのが信じられなかった。自信を失って、こんなに弱ってしまって、それがニーナの母性本能を猛烈にくすぐった。ニーナはオリスとソファで向かい合って座っていたが、立ち上がるとオリスの後ろに回った。そして、オリスの後ろから首に腕を回して、オリスの後頭部に自分の額を押し当てた。オリスがピクッとし、硬直する。


「オリス様、辛かったんですねぇ。頑張り屋さんなのに、誰も認めてくれなかったんですねぇ。でも、私がちゃんと認めますぅ! だから、元気出してぇ!」


 オリスは、自分の話を聞いて、自分を全面的に肯定し、慰め、認めてくれる女性がいるということが信じられなかった。


「ニー、ナ?」

「ね、オリス様。ベアトリスのカラーセラピー、受けてみませんかぁ? 患者さんだけじゃなくってぇ、巫女様や神官様の中にもぉ、ベアトリスのセラピーを受けて元気になった人がぁ、何人もいるんですよぉ。きっと、これから行動するための後押しをしてくれるはずですぅ!」

「ニーナ、自分はセラピーというのがよくわからない。だが、ニーナが勧めてくれるのなら、受けても良い。それ以上に、自分はニーナが話を聞いてくれる方がうれしい」

「へっ? 私ぃ?」

「ああ。ニーナは聞き上手だと言われないか?」

「だ~れも言ってくれません! 私の話を聞いてくれるのはぁ、ベアトリスとオリス様くらいだものぉ! あ、オリス様とは今日会ったばっかりなのぃぃ、数に入れちゃってよかったのかしらぁ?」

「自分を仲間に入れてくれるのか?」

「もちろん! 私たぃぃ、お友だちですよねぇ?」

「・・・お友だち?」

「あ、駄目でしたぁ?」

「いや、そういうことではない。女性から友だちだと言ってもらったことがなかったから、驚いたのと・・・」

「驚いたのとぉ?」

「・・・その、うれしかったんだ」


 後ろから見ると、オリスの耳が赤くなっている。ニーナは思わずかわいい、と思ってしまった。そのまま自分の左頬を、オリスの右頬にくっつける。


「お耳が真っ赤ですよぉ、オリス様」

「お、おい、からかっているのか?」

「違いますぅ!オリス様ってぇ、体はこんなに大きいのにぃ、とっても恥ずかしがり屋さんなんですねぇ! 何だか親近感が湧いちゃいますぅ!」


 また、二人の笑い合戦が始まる。この後、ニーナからの報告を待っていたラウズールとベアトリスの元にニーナがやって来たのは、夕食の準備に取りかかる頃だった。


・・・・・・・・・・


 ベアトリスはニーナの話を聞いて、セラピーの必要がないのではないか、と訴えた。


「大事なことは、みんなニーナが言ってくれました。私がカラーセラピーをしても、結局同じようなことを言うだけになると思うんです」

「自分が今まで言われたかったことを、1人に言ってもらうのと2人に言ってもらうのでは、どちらがうれしいとと思う?」

「それは2人ですが。」

「だろう? 聞く限り、オリス殿は自信を取り戻すことが必要だ。オリス殿が必要とされていること、そしてオリス殿のこれまでの努力を正しく評価すること、この2つは、何人からであっても言われたいはずだ。それに・・・」

「・・・?」

「今のところ、ニーナしかオリス殿の心を開けていないし、これからオリス殿がまた同じような状況になった時、ニーナが近くにいるとは限らない。それならば、自分で対処できるようにする必要があるだろう? つまりね、ビーチェのカラーセラピーの『仕上げ』の部分だけが、まだ終わっていない状態だということだよ」

「そう、ね・・・。ニーナとオリス様は、住む世界が違うものね・・・」


 ニーナはスキップしながらラウズールの執務室にやって来て、オリスがカラーセラピーを受けることを了承してくれた、とそれはそれは自慢げに報告したのだった。


「で、なぜここまで時間がかかったんだい?そんなに説得に苦労したのか?」


 ラウズールの自然な問いかけに、ニーナの顔は真っ赤になった。


「そ、その・・・オリス様とのお話が楽しくってぇ~、ついつい長話しちゃってぇ~、気がついたらぁ・・・」

「12時半にはオリス様の所に行ったって、食堂のママが言っていたわ。来たのが16時半よね?四時間もおしゃべりしていたの?」

「筋肉を触らせてもらった時間もあったしぃ・・・」

「まあいい、ニーナ、君は今回のオリス殿の件では、とても役に立ってくれている。また頼むことがあるかもしれないが、その時はよろしく頼む」

「分かりましたぁ~! いつでもオリス様のところなら行きますよぉ~!」


 鼻歌でも歌い出しそうなニーナを見て、2人で顔を見合わせ、苦笑いし・・・ふふ、と笑いがこぼれる。


「ニーナは完全に舞い上がっているな」

「ええ。オリス様のこと、一目惚れみたい。付き合えるのなら付き合いたいって言っていたわ。でも、黒龍騎士団のエリート騎士と庶民では、付き合えてもその先は難しいんじゃないかしら?」

「どうしてそう思うんだい?」

「確かにこの国には『身分』はないわ。でも、能力者の能力や人数を維持するために、能力者は同じような能力者どうしで結婚し子どもを持つことが一般的でしょう? 能力者と庶民の出会いの場がほとんどないというのも原因の1つだとは思うけれど、オリス様ほどの実力者ならニーナではない能力者の女性との縁談があるんじゃないかな、って思ったの」

「・・・それは、僕にとっても重要な問題だな」

 

 ラウズールの声が急に甘くなった。執務室にいるというのに、少し間を開けて座っていたはずのラウズールがぴったりと横につき、ベアトリスの方を抱いている。ベアトリスの耳元に頬を寄せて、ラウズールがささやいた。


「ビーチェ、僕も能力者だ。まさか、僕には結婚相手を自由に選ぶ権利がないなんて思っていないよね?」

「だからっ、お付き合いまではできても、その先のことはっ、『上』の人たちの判断が入ることもあるでしょっ」

「可能性はあるけれど、僕は全力で排除するよ。それに、神殿長だって、僕とビーチェの関係を認めてくれている。むしろ、一緒にいなさいって言っているんだよ? それなのに・・・ビーチェは冷たいな、僕を捨てるのか?」

「捨てません! 捨てられるなら、私でしょう?」


 ベアトリスは俯いてしまった。まだ自信がないのか、とラウズールは歯がゆくなる。


「ビーチェ、こっち向いて」

 

 かたくなに顔を上げようとしないビーチェの眦に、涙が浮かんでいる。ラウズールはそっとベアトリスの頭を引き寄せると、眦にキスをした。


「そんなに僕が信じられない?」

「そうじゃなくて・・・ラウにとって一番いいい選択をしてね。今のラウにとっては私なのかもしれないけれど、それが私だとは限らないから」

「ビーチェ・・・」


 ラウズールは、自分のためなら身を引くつもりのベアトリスが健気でもあり、憎くもある。


「僕の答えだ」


 ラウズールはベアトリスの顎を持ち上げると、その唇にキスをした。ベアトリスが瞠目する。ラウズールはベアトリスにぐっと唇を押し付けるようなキスを繰り返す。


「僕は、ビーチェを離すつもりは毛頭ない。ビーチェが逃げ出したくなっても離してあげる気はない。君の場所は、僕の腕の中だ。いいね?」


 ファーストキスに、ベアトリスの心臓の鼓動がうるさいほど高鳴っている。なぜ自分がこれほどまでに高い能力と恵まれた容姿の(ラウズール)に求められているのか、よく分からない。だが、ラウズールが少なくとも今、自分を愛してくれているのだということだけは実感できた。


「ラウが、そう言ってくれるなら・・・頑張れるだけ、頑張ってみる」

 それでいい。僕は、今のままのビーチェが好きなんだ。君が変わっても、今度は変化した君が好きになる。新しい魅力をどんどん出し過ぎて、他の男に持って行かれるんじゃないかって、僕の方が不安なのに」

「私がラウから離れるなんて、そんなことはしないわ」


 ラウズールの手がベアトリスの後頭部に回る。ラウズールの唇が、再びベアトリスの唇を塞ぐ。ラウズールのキスは、いつの間にか舌を絡め合うようなものになっていた。


「今日は、ここまで。これ以上は、父上に怒られる」


 まだ足りないという表情ながら、ラウズールは顔をベアトリスから離した。ベアトリスは初めてのディープキスに、息も絶え絶えだ。


「出勤日は明後日ではなく、明日にしよう。手続きは僕がしておく。明日、オリス殿のカラーセラピーをやろう。一日も早く騎士団に戻るべき人だから」


 小さく頷いたベアトリスの額に、ラウズールがキスする。


「明日も、頑張ろうね」


読んでくださってありがとうございます。

次回、カラーセラピー入ります♪

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