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カラーセラピスト ベアトリスの相談室  作者: 香田紗季


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6-3 オリス復活作戦 始動

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 翌日ベアトリスが出勤すると、神殿は物々しい雰囲気に包まれていた。


「何かあったのかしら?」


 不安がるベアトリスに、護衛騎士エドガーは驚くようなことを言った。


「ああ、あれはね、ベアトリスさん待ちの方がいるんですよ。それで・・・」

「ねえ、エドガー。私、家に帰った方がいいかしら? 面倒ごとに巻き込まれるのは、もううんざりなんですが」

「ああ、えーと、ベアトリスさんが怖がる必要はないと思います・・・多分」

 

 嫌だ、家に帰りたい。


 そんなベアトリスの心を読んでいたのだろうか、馬車の扉が開いた瞬間に、乗り込んできた男がいた。


「・・・レイ団長?」

「おはよう、ビー。お前が来るのを待っていた。早く下りてこい!」


 いつもならエドガーが手を貸してくれて、自分のペースで下りている。だが、今日はエドガーが馬車を降りる前である。慌てて支度をしようとすると、急に視線が上を向いた。


「・・・・!?」


 気がつくと、馬車の外の、随分と立派な体格をした騎士に放り投げられ、ポスッとその腕に収まってしまっている。いわゆるお姫様抱っこ状態だ。


「お、下ろしてください!」

「あー、団長からそのままオリスの所へ走れって言われているんで、走りますね?」

「ラント、すぐに行け!」

「はい!」

「え、ちょっと待って!」


 ベアトリスの叫びも虚しく、ラントユンカーに抱えられたベアトリスは、ラウズールの執務室を通り過ぎ、入院患者の棟に来てしまった。


「ベアトリスさん、自己紹介もまだでしたね。俺、レイ団長の副官で、ラントユンカーって言います。みんなラントって呼びます。よろしく」

「は、はあ」

「ベアトリスさんのことは、俺、いつも団長の横にいるから知っています。今回はちょっとうちの団員のことで相談したいことがあるんですよ。ちょっと時間くださいね~」


 聞いていない。ラウズールからも神殿長からも、連絡は無かった。何がどうなっているのか、さっぱり分からない。気づけば、騎士用のフロアの、比較的奥の方の部屋へ連れて行かれる。奥に行けば行くほど、階級が高いことになる。


 何があったんだろう?


 ラントユンカーはある部屋の前に来ると、ベアトリスを下ろした。部屋をノックして、

 

「おい、オリス。入るぞ!」


 と簡潔な声がけをし、中に入った。中には、ラントユンカーをさらに2回りほど大きくしたような騎士が、ベッドの上で膝を抱えてブツブツ何かを言い続けている。


「昨日、団長に異動希望を出したらしい。ブツブツ言っているのは、もう自分は役に立てないとかそういうことだ。仕事が原因なのか、それとも最近団長に構われなかったのがショックだったのか分からないんだが、とにかく、脳の異常でも病気でもないと診断された。あいつは黒龍騎士団の中でも5本の指に入る実力者だ。このまま騎士を辞めさせるわけにもいかない。ベアトリス、あんたなら何かできるかもしれないと神殿長の副官が言っていたんだ。オリスを助けてやってくれ、頼む」

「あの、私、治療ができるわけではありません。あくまでラウ様の指示の元で動くスタッフなんです。ラウ様の患者で、同意がとれた人としかカラーセラピーは行わない、と契約書にも明記されています。私を使いたいのなら、正規の手順に従ってください」

「分かった、まずはラウズール医官を連れて来ばいいんだな?」

「あの、担当医官は?」

「知らない。ラウズール医官に聞く!」


 ラントユンカーはそう言うと、部屋を飛びだしてしまった。残されたのは、ベアトリスと、ベッドでぼそぼそつぶやく巨体の騎士。


 どうしよう、怖すぎる。ラウ、早く来て!


 泣き出しそうなベアトリスの方をちらとオリスが見る。だが、次の瞬間、興味を失ったように、また視線を逸らし、ブツブツつぶやき続ける。


「お食事、お持ちしました~」


 ドアが開く。この元気な声は・・・


「ニーナ!」

「ベアトリス! どうしたの、こんな所で?」

「よく分からないんだけど、騎士団の人は、私にカラーセラピーさせたいようなの。だけど、馬車下りたらそのままここに連れてこられて・・・ラウ様からも何も指示がないからできないって言ったら、連れてくるって部屋を出て行ってしまったの」

「あららぁ。騎士団って、辺境領の?」

「ううん、黒龍騎士団」

「最近忙しいらしいから、手が回っていないのかなぁ? いいよ~、誰かが来るまで、一緒にいてあげる」

「ありがとうニーナ」

「先に、騎士様の食事を用意させて」


 ニーナはワゴンを押すと、テーブルの上にスープとパンと鶏肉の煮込みを並べた。


「騎士様、とにかく食べましょう! べたら何か、いいことを思いつくかもしれませんよ~? ね?」

 

 ニーナに騎士様、と呼ばれたオリスは視線をニーナに向けた。


「・・・子どもか」

「子どもじゃありません!19歳のレディーですっ!」

「そうか。お前、かわいいな」

「あら、どうも。騎士様も、すごい筋肉ですね~。私体が小さいから、体が大きい人ってそれだけで尊敬します!でも、筋肉を維持するには、鳥の煮込み程度じゃ足りませんよね~。もっと持ってきましょうか?おかわり自由ですよ!」

「・・・尊敬?」

「ええ、だって、体が大きくなるには生まれ持ったものもあるでしょうけど、努力しないとこんなに筋肉付かないでしょう? 鍛錬とか、すご~くたくさん頑張ったんじゃないですかぁ? 私、体動かすのが余り得意じゃないから、とっても尊敬します!」

 

 あれ、会話になっている。さっきラントユンカー様がどれだけ話しかけても、ブツブツと独り言を言っていたのに。


「そうか。筋肉は努力の成果だと言ってくれるのか」

「当然です! だからぁ、少しでもお肉を食べないとぉ、せっかくの筋肉がそげちゃいますよ~もったいない!」

「そうだな。食べよう」

「はい、神殿の食堂が自信を持ってお勧めする、ニンニクたっぷり鶏もも肉のトマト煮込みです! 疲労回復にいいんですよ~」

「ああ、うまいな。お前と話していると、何だか気持ちが明るくなる」

「ええ、本当ですか~いつもみんなにうるさがられているから、うれしいな~♪」

 

 ニコニコしているニーナを、微笑ましいものを見る目でオリスが見つめている。


 あれ、これって、もしかして・・・


 自分のこととなるとからきし駄目だが、他人のこととなると人の心の機微が異様に分かってしまうベアトリスには、思い当たるものがある。


 どうしよう。


 その時ノックの音がして、ラントユンカーがラウズールを連れてきた。


「あ、ラウズール医官も来たなら、私、食堂に戻りますね~。食べ終わったらワゴンに乗せて、廊下に出しておいてくださ~い。それじゃ、また来ますね~!」


 ウインクして、ニーナは部屋から出て行った。明るい顔で食事を取るオリスに目を丸くするラントユンカー。何が起きたか全く分からず、呆然とするラウズール。そして、今見たものを説明すべきか迷うベアトリス。


「今の娘、知り合いか?」


 オリスがベアトリスに声を掛けた。


「はい、食堂で下働きをしている、ニーナという子です。私の友だちです」

「そうか、ニーナか。可愛い子だな」


 オリスの言葉に、ラントユンカーの目がさらに大きく見開かれる。


「俺、団長に報告してくるから、後はよろしく」


 嵐のように去ったラントユンカーの背を目で見送ると、ラウズールがため息をついた。


「ごめんビーチェ、先を越されたみたいだね」

「ええ、いきなり連れてこられて、私が動いていいのか手を出してはいけないのかも分からなくて・・・ニーナが来てくれて、助かったわ。あの子、オリス様とも普通にお話ししていたのよ」

「そうなのか。ニーナがいる時といない時で違いがあるか、確認する必要がありそうだな」

「ええ」

「オリス様、今後の方針について、一度昨日診察したものとも相談してきます。この部屋にいてくださいね」

「ああ」


 反応、あり。


 2人はうなずき合い、オリスの部屋を後にした。


・・・・・・・・・・


 2人が出て行った後、オリスは朝食をしっかりと平らげた。


「片付けも、昼も、ニーナが来るのだろうか?」


 食器をワゴンに自ら乗せた。廊下に出そうとして、ふと考える。


 廊下に出さなかったら、ニーナなら部屋の様子を覗いてくれるのではないだろうか?


 敢えてワゴンをベッドの傍に置いたままにした。ニーナの何が気になるのだろうか、と自問する。ニーナとの会話を思い返すと、ふと気がついた。


「尊敬している」

「この体にするために努力した」


 ああ、そうだ。これまで縁談で出会った女性たちは、みんな自分のこの体の大きさに怯えていた。だが、ニーナが違った。努力の成果だ、尊敬に値する、と言ってくれたのだ。


 自分の努力を認めてくれたのか。


 たったそれだけのことなのに、なんとうれしいことか。そわそわしながらノックの音を待つ。


 トントン。


 来た!


「騎士様、まだお食事中ですか~?」

「いや、今食べ終わったところだ」

「あ、じゃあ入りますね」


 小さなニーナが入ってくる。


「全部召し上がったんですね! 残さず食べてくれると、シェフたちも喜びます! あ、騎士様、食堂のシェフって、能力持ちだって知っていましたか~? 味を見る人とか、いたんでいないか見分ける人とか、いろんな人がいるんですよ~」

「そうか。それは知らなかったな」

「ね! 私、仕事して、いろんなことを知ることができて、ラッキーだと思うんですよ~。あ、量は足りました? 少なかったら。お昼は多めにしますけど、どうします~?」

「そうだな、少し多めにしてもらえるか?」

「分かりました!で、あの騎士様、1つお願いがあるんですが・・・」

「何だ?」

「あの、力こぶっていうんですか?腕の筋肉、触ってみてもいいですかぁ?」

「・・・触りたいのか?」

「はい! 鍛えられた筋肉って、それだけで芸術品だと思うんですよね~。神殿の騎士も鍛えていると思うんですが、騎士様・・・あ、お名前伺ってもいいですかぁ?」

「オリスだ」

「オリス様ね。オリス様の筋肉って、神殿の騎士の誰よりも鍛えてあるように見えるんです! 駄目ですか?」

「いや、腕くらいなら構わぬが・・・」

「やったーっ!」


 こんなに小さい体から、元気があふれ出ているようだ。

 「こんなものでいいのか?」


 オリスが座ったまま力こぶを作ってみせると、ニーナは初め、恐る恐る指先でオリスの筋肉をつついていた。

 

「固いんですね」


 ニーナの細い指でつつかれると、なんともくすぐったい。指の力がだんだん強くなり、そのうち掌全体で押したり、ふにふにともまれたりしている内に、ニーナは何かひらめいたらしい。


「オリス様、体調は悪くないですか? 立てません?」

「立てるが?」

 「じゃあ、立ってください。私がオリス様の腕にぶら下がれるか、実験したいです!」


 オリスは何だか楽しくなってきた。立ち上がり、改めて力こぶを作ると、どうぞ、と腕を差し出す。ニーナは目をキラキラさせてオリスの腕に、自分の両手でしがみつく。小さなニーナの足は、床に届かない。


「きゃーっ、すごい、私を片腕で持ち上げているわ!」


 オリスは子どもの相手をしているのか、成人女性の相手をしているのか、もう分からなくなってきた。だが、ニーナが自分と自分の体に嫌悪感を持っていないことは、この喜び方ではっきり分かる。部下など、自分の筋肉について感想を述べることはない。どうしたら筋肉をつけられるか、という質問は稀に受けるが、その質問は団長やラントユンカーが受けることが多い気がする。腕を上下すると、ニーナの目がまん丸になり、キャッキャッという笑い声が響く。


「ニーナ、他にやってみたいことはあるか?」

「そうですね、じゃあお姫様抱っこ!」

「よし、そのまま行くぞ」

「・・・!」

 

 次の瞬間ニーナの体が宙に浮く。初めての感覚に、ニーナは声も出ない。体が上昇から下降へと転じた時、安定感のある腕に支えられた。


「・・・!?」

「ご希望のお姫様抱っこだ。どうだ?」


 ニーナは自分の体勢をまじまじと見、そしてオリスの顔をもっとまじまじと見る。オリス様って優しい目をしているのね、などとよく分からないことを思う自分に気づく。


「女性をこうやって抱っこしたことはないが、ニーナは軽いな」


 ニーナは急に恥ずかしくなった。嫌悪感は一切ない。だが、よく考えたら、こんなことは知り合ったばかりの男女がすることではない。だが、筋肉を楽しみたいという欲求と、どこまでも安定感のある腕の中で、ニーナはどうすればいいのか分からなくなってしまった。


「ふふ、ふふふふふふふふふふ・・・・」


 変な笑い声を上げ始めたニーナの笑い声が、オリスのツボにはまったようだ。


「なんだニーナ、変な笑い方だぞ」


 オリスも笑い出す。2人で、ははは、ふふふ、わはは、きゃはは、と笑い声が響く。2人ともお腹の底から笑いが止まらない状態になってしまい、ノックの音にも気づかない。ドアがそっと開けられる。2人はそれでも気づかない。レイ、ラントユンカー、ラウズール、ベアトリスの4人は、見てはいけなものを見たような、気まずい雰囲気になってしまった。


「もう少し、放置してあげた方が・・・・」

「だが、それではいつまで待つのか分からない」

「そうだな。我々も騎士団に戻らねばならないからなあ」

「俺はずっと見守っていてもいいですよ。あ、いてて」


 レイに小突かれたラントユンカーが、脇腹をさする。


 ((((どうする?))))


 4人がお互いを見合った時、「あれっ?」という声が聞こえた。いつの間にか笑い声が消えている。4人が2人の方を恐る恐る見ると、2人はお姫様抱っこのまま、呆然と2人を見ている。


「あ、あの、様子を見に来たんですが・・・」

「ごめんなさ~い、私が悪いんです~、オリス様下ろして~!」


 ニーナはもがくようにしてオリスから下りると、ワゴンをつかむようにして走り出し、失礼しました、と言って食道に逃げてしまった。残るのは、オリス。


「オリス、お前、彼女に手を出したわけではないよな?」

「団長には関係ありません。」

「いや、本気ならいいんだが・・・」

「本気も何も、自分は彼女の願望を叶えただけで・・・」

「願望?」

「自分の筋肉は、鍛錬の賜物だ、尊敬する、是非触りたいと・・・」

「ニーナ、筋肉好きなの?」

「個人の好みは色々だからなぁ。」

「・・・・・・・・・・」


 ベアトリスは、オリスの纏う空気が変わったのに気がついた。まずい、また心を閉ざしてしまう、と思った時には、オリスから表情が抜け落ち、ベッドの上に戻り、また膝を抱えてブツブツ言い始めてしまった。


「あの、みなさん、ちょっと外に出ましょうか」


 ベアトリスに言われて廊下に出る。


「オリスさんですが、ニーナといる時といなくなってからとを比べて、何かお気づきになったことはありませんか?」

「笑っていたな」

「普段でもあんなにオリスは笑いません」

「明らかに心を開いているようでしたね」

「はい。ニーナの力が必要かもしれません。心を開いている相手からの言葉は、同じ言葉・内容であっても受け入れやすいものです。ニーナに何があったか聞いた上で、ニーナに協力してもらいませんか?」

「そうだな。それにしても、オリスを怖がらない女性がいるとは思わなかった」

「そうですね。向こうから持ってきた縁談なのに、会った瞬間に泣かれるとか卒倒されるとか、そんなこんなで女性不信に近いものがありましたからね」

「ラウ様、神殿長に、ニーナを食堂以外の業務に就かせる許可をお願いできませんか?」

「ああ、話してこよう」

「うっすらとだが光が見えたのなら、我々は一旦引き上げる。オリスに何かあれば、すぐに連絡をしろ」

「分かりました。私はニーナに話を聞いてきます」


 それぞれがやるべきことを決め、動く。オリス復活作戦は、今始まったばかりだ。

次回、作戦発動します。

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