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カラーセラピスト ベアトリスの相談室  作者: 香田紗季


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6-1 騎士オリスの憂鬱

読みに来てくださってありがとうございます。

第6章「青緑の章」始まります。

よろしくお願いいたします。


 黒龍騎士団の騎士オリスは、レイ団長の護衛を兼ねて常にその身に侍る優秀な騎士である。優秀な騎士、特にレイ団長の近侍を兼ねた黒騎士ということならば、人気があってしかるべきである。だが、オリスには恋愛の「れ」の字もかすらない。オリスは巨体で、レイ団長さえその後ろに隠れてしまうほどなのだ。さらに問題なのは、彼が騎士であることだ。つまり「武」には優れているが、「知」は同レベルではない。簡単に言えば、オリスに興味を持って近づいた娘がいたとしても、オリスにはその娘の心が分からない。恋愛感情や人を好きだと思う心はわかるのだが、相手の仕草や表情からその気持ちを読むことが苦手で、それはひっくり返せば、自分の気持ちを適切な態度で表すことができないと言うことにもなる。


 つまりオリスは、壊滅的恋愛不適格者だったのだ。レイなどは、


「一度誰かと付き合えば教えてもらえるだろう」


 等と悠長なことを言っているが、縁談は持ち込まれてもことごとく泣かれ、断られ、オリスはほとほと困っていた。能力持ちだから家族がいるわけでもなく、跡継ぎを設ける必要などもない。だがオリスは純粋に恋愛をしてみたかった。してみたかったが、己の巨体と不器用さに半分諦めていた。


 それなのに、である。主人たるレイ団長が、どうやらそわそわと浮かれながら神殿に行くことが増えた。これまでも月初めには神殿で祈りを捧げ寄進をしてきたが、どうにも変だ。以前は近侍として神殿に一緒に行くことが多かったが、最近は他の近侍が付いていく。


 おかしい。自分は団長の機嫌を損ねるようなことをしてしまったのだろうか?


 慌てたオリスは鍛錬に励み、己の能力を高めるために努力した。事務官ではないので書類仕事もなく、体を鍛え、技を磨くことが騎士としての主たる務めである。それから、団長の傍にできるだけ控えるようにして、何かあった時にいつでも声を掛けられる距離を保った。


 だが、やはりおかしい。最近ではオリスは用事を言いつけられたり、新人騎士の指導を任されたり、信用されなければできないが、団長の傍にいられないような仕事が振られるようになってきたのだ。


 自分は、ついに団長から用済みとされたのだろうか? 近侍を外れて、ただの騎士に戻るのだろうか?


 オリスは、レイ団長が浮かれているのに誰よりも早く気づいた男である。

 オリスは、レイ団長が女性あてのプレゼントカタログを机の中に隠していることを知っている男である。

 オリスは、レイ団長が時々蕩けるような笑顔を浮かべて1枚の紙を眺め、大事そうに胸ポケットにしまっているのを唯一見た男である。

 オリスは、・・・・・。


 自分は、団長に尽くしてきたと思う。団長の機嫌の小さな波を察知し、お茶を運ばせたり、客人をすこし待たせたりといった調整ができる近侍だったと(自分では)思う。


 今日もオリスは、新人指導に当たっている。新人が10人ぶつかってきても、オリスの体はびくともしない。オリスのの武器は槍だが、あえて棒で立ち会いの訓練をする。そうしないと、刃を潰しただけの槍では、大けがをさせてしまう可能性があるからだ。いつものオリスなら、うまく感情を隠して訓練に当たることができる。だが、今日のオリスは限界だった。半年も干されたような生活を送る中で、精神的に参ってしまったのだろう、新人全員 対 オリス で打ち合い、全員を入院させてしまったのだ。


 これにはさすがのオリスもやり過ぎたと思ったし、レイ団長もオリスの異常に気づいた。


「オリス、何があった? 言ってみろ。新人の中に、生意気な奴でもいたか?」

「いいえ、そういうわけではありません」

「では、何だ? お前を見ていた者によれば、お前の動きは指導というよりも、荒れて暴れていたという方があっている、という報告が上がっている」

「それは・・・」

「説明できないのか?」

「・・・申し訳ありません。気がついた時には、全員転がっていました」

「お前らしくないな」

「・・・・・」

「何も言えないのか?」

「・・・・・何をどう言ったらいいのか、分かりません。もういいんです。もう自分は団長のお役に立てません。自分を近侍から、いえ黒龍騎士団から辺境領騎士団へ戻してください」

「お前は何を言っているのか、分かっているのか? 降格処分と同じだぞ?」

「いいんです。もう自分には、ただこの体を張ることしかできません。団長の足手まといになる前に、黒龍騎士団から出してください」

「・・・お前、俺の前からいなくなりたいのか?」

「それを団長はお望みなのでは?」

「どうしたらこういうことになる?俺はそんなこと、一度も望んでいない」

「・・・・・・どうしても辺境領騎士団へは異動させないおつもりですか?」

「当たり前だ、なぜそれが分からない?」

「分からないから、異動を希望しております。異動が許されないのであれば、軍に直接-」

「馬鹿を言うな! さっきから一体何を言っているのか、俺にはさっぱり分からない。分かるように説明しろ!」

「分かるように説明できるなら、自分もこんなに苦しんでいません」


 レイははっとした。こいつ、苦しんでいると言ったか?


「苦しいのか?」

「・・・おそらくそうだと思います。もういいでしょうか、書類は後ほど作成しますので、異動の命令をお願いします。辺境領でなくとも、この国であればどこでも行きます。では」


 呆然とするレイを背に、オリスは部屋を出て行った。どっと疲れが出た。


 オリスは、何かをこじらせている。俺に関する何かだ。そして、それを俺に黙ったままいなくなろうとしている。オリスを失うことは黒龍騎士団にとって甚大な損失である。あの調子では辺境領騎士団ではなく、他の地域へ行ってしまう可能性が高い。


 レイは、オリスを残留させるために何ができるか、考え始めた。


・・・・・・・・・・


 一方のオリスは、自分が口下手なこと、うまく考えをまとめられないこと、そしてレイ団長が自分を干してきた感覚を持っていないことにこれまでの人生で一番の衝撃を受けていた。そして、心が底なしの沼地にはまり込んだように感じた。オリスはロッカーの中の荷物を全て片付けた。そして、持ち帰るべきものだけを持って後は捨て、宿舎に戻った。


 もうこれで自分は終わった、という気持ちに支配されていた。団長は、おそらくオリスには気づかれていないと思っているだろうが、オリスは団長の様子から気づいてしまったのだ・・・誰かに恋をしていると。誰よりも団長の傍にいて、団長の意のままに動いてきた自負があるからこそ、団長に隠しごとをされたことが辛かった、それだけなのに、あんなふうに言ってしまった。


 団長は、自分のことを面倒くさい奴だと思ったに違いない。自分はどこに飛ばされるのか・・・・。


 巨体の男が、うじうじと1人部屋に閉じこもって悩む姿は、知らない人から見れば滑稽かもしれない。だが、本人はいたって不器用で真面目な男である。周りを気にしすぎて何も言えなくなってしまう男である。こんな男を誰が同僚として信頼し、夫にしようと思うだろうか…などと、永遠のループにはまったオリスは、ドアをノックする音にも気づかず、1人悶々と悩み続けている。


「おい、オリス、いるんだろう? 開けろ! 10数えて開かなかった場合は、蹴破るぞ!」


 オリスは全く気づかない。


「1、2、3、4、・・・」


 自分は駄目だ、もう何もかも駄目だ・・・


「5、6、7、8、・・・」


 こんなことなら・・・


「9、10、突入!」

 

 ドンという激しい音とともに扉が吹っ飛ぶ。突入した騎士が見たのは、それでも気づかず、ベッドの上で枕に顎を乗せて膝を抱え、ブツブツとつぶやき続ける巨体の男の姿だった。


「もう駄目だ、もう駄目だ、・・・」

「おい、オリス、しっかりしろ!」

「もういいんだ、自分はもう団長に見限られた」

「馬鹿言うな、団長が心配してお前を見てこいって仰ったんだぞ? どうでもよければ放っておかれてる」

「もう自分は捨てられたんだ・・・」

「あー何だかこいつ今日やたら面倒くさいぞ! おい、こいつを外に運び出せ!」


 巨体である。抵抗されればひとたまりも無いが、自分の世界に入り込んで外が見えていないオリスをそのまま運ぶのは、思ったほど大変ではなかった。


「団長、これ何なんですか?」

「分からん。だが、重症だ。」

「そうですね。オリス、たまに闇落ちすることありましたけど、今回のはひどいです。入院させますか?」

「そうだな、騎士団の医務棟ではなく、神殿に運べ」

「神殿ですか? ちょっと距離ありますねえ」

「いいから運べ」

「了解」


 騎士が指示を出して、オリスを馬車に投げ込む。


「俺は診察と見舞いと今後の方針を確認しなければならないから、神殿についていく」

「それって、目的が違うんじゃないですか、団長?」

「うるさい、黙れ。文句あるか?」

「ないですよ~。俺も、最近よく神殿に行くでしょう? 顔見知りになった子とおしゃべりできますから~」

 

 どいつもこいつも、一体何なんだ。


 レイはため息をついて、自分の馬に乗るべく厩舎へと歩いて行った。



読んでくださってありがとうございました。

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