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カラーセラピスト ベアトリスの相談室  作者: 香田紗季


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5-8 スペサルタインガーネットに希望を込めて

読みに来てくださってありがとうございます。

第5章橙の章が終了ということで、今回1万字程度の長さになっています。

それではよろしくお願いいたします。

 裁判は、ドゥンケル辺境領騎士団の駐屯地内にある行政府で行われる。城を持たないドゥンケル辺境領では、行政府を「軍」の力で守ってもらう必要があるためだ。


 ベアトリスと父は、駐屯地に入るために、守衛所で今日の裁判の令状を見せた。守衛は案内図を渡して、行政府への進み方を丁寧に説明してくれた。お礼を言って向かった父娘だったが、しばらくすると迷ったことに気づいた。


「まずいな。早めには出てきたが、遅れるわけにはいかない」

「そうね。どなたかに教えていただくしかないよね」


 周囲を見回すが、倉庫街なのか誰もいない。


 困った。


 地図を見て、倉庫らしい所を探す。だが、入ってはいけない場所なのだろう、どこにもかかれていない。


 これは余計にまずいことになった。


 なんとかしなければと、少しでも大きな建物を目指す。大きな時計塔を見つけて、そちらへ向かうこといした。


「あ、ここは・・・」


 その時、後ろから声を掛けられた。


「ベアトリスではないか?」


 2人で慌てて振り返る。そこにいたのは、黒い甲冑を身に纏った5騎。1人が騎乗したままベアトリスの傍に来た。兜の面頬(めんぽう)を下ろしたその人は・・・


「レイ団長!」

「こんな所で何をしている?」

「レイ団長、実は行政府に向かう途中で迷子になりました・・・」

「ん? 例の裁判か?」

「はい」

「それなら付いてこい。すぐの所だから、歩きで十分だ」


 レイは馬から下りると他の黒騎士に(くつわ)を預けた。


「こちらだ」


 レイに導かれて歩くこと3分。そこには、あの時計台の建物があった。


「方向は合っていたんだな」

「そうみたい」

 

 ほっとしている父娘に、レイ団長は思いも寄らない言葉を掛けた。


「俺も関係者として参加するんだ。そのまま入るぞ」


 へ? 団長が?


 父娘はお互いの顔をまじまじと見てしまった。だが、黙ってそのままレイに付いていく他なかった。


 兜を取ったレイに連れてきてもらったおかげか、建物に入るのも本人確認も極めてスムーズに運んだ。裁判につかわれる部屋は、それほど広くない。どうやら会議室の一室のようだ。


「ここで待っていてくれ。席はそこだ」


 父とベアトリスは、レイの指示通りに座る。


「他の者ももうじき来るだろうが、呼んでくる」


 レイが出て行った後、ベアトリスは部屋を見回した。天井と壁は青い。ベアトリスには、青の鎮静効果を利用した、ヒートアップ防止効果を狙っているように思えてならない。やがて、ドアをノックする音が聞こえた。


「黒龍騎士団捜査官、入ります」

「辺境領事務官、入ります」

「辺境領事務官、入ります」

「証人、神殿、入ります」


 え? 神殿?


 入ってくる人たちの列を見ると、知った顔がいくつかある。

 

「ヴィロー様・・・」

「誰だい?」

「神殿長の側仕えをしている神官の方です。私を見つけてくださった・・・」

「ああ、後でお礼に伺わねば!」

「・・・なぜラウが?」

「関係者と言えば関係者か?」


 ラウズールは、神官らしい余所行きの顔をしている。ベアトリスと一瞬目が合い、ほんのわずかだが口角が上がる。すぐに元の表情に戻ると、証人席に座る。


「長官がお入りになります」


 立ち上がって、長官を迎え入れる準備をする。


 あれ、リュメルたちがまだ来ていない?


 余計なことを考えていたからか、長官と一緒に入ってきた人物に動揺した。


「レイ様?」


 どういうこと?


  父娘の頭の中は、疑問符だらけになっている。


「時間だが、まだ原告のモルガンが来ていない。今しばらく待て」


 長官と一緒に入ってきたレイは、鎧を脱いだ騎士服の状態で長官の隣に座っている。証人席でもなく、傍聴席でもない。彼は騎士団の、「軍」の人間ではなかったか? なぜ、長官と同等の位置にいるのか?


 そんなことを考えている内に、モルガン家が到着したという連絡が入った。


「申し訳ありません」


 入ってきてすぐに謝罪したのは、リュメルの父だった。


「モルガン、なぜ遅れたのだ?」


 長官の声に、リュメルの父がちら、とリュメルを見、応えた。


「愚息が資料を紛失したと申しまして、探しておりました」

「そうか、それであったのか?」

「それが・・・なかったようでございます」 

「そうか。だが、それを理由に配慮することはできない。よいな?」

「はい、仰せの通りに」


 裁判が始まった。


 司会役の事務官が、今回の告訴人がリュメル・モルガンであること、訴えの内容は登録意匠の無断使用の差し止めと損害賠償であることを確認する。


「登録意匠については、モルガン宝飾店が既に登録したものであるということだが、相違ないか?」

「・・・」


 リュメルが返事をしない。ベアトリスたちは知っている。返事などできないということを。オトヴァルト側に立つ事務官が挙手した。


「発言の許可をお願いします」

「許可します」


 オトヴァルト側の事務官は立ち上がると、こう言った。


「リュメル・モルガン氏によるこのたびの訴えですが、訴えそのものが無効であると主張します」

「根拠は?」

「はい。リュメル・モルガン氏によれば、ベアトリス・オトヴァルト嬢が作成したアクセサリーの中に、モルガン宝飾店の登録意匠があるということでした。しかし、モルガン宝飾店による意匠の登録は記録上確認することができませんでした」

「何だと?」

「さらに、リュメル・モルガン氏の訴状に具体的な意匠の説明が無かったため、どのアクセサリーのデザインが無断使用なのかと質問状を送りました。残念ながら、未だに返答をいただいておりません。返答できないと言うことは、どのアクセサリーが訴えたデザインに抵触したかを説明できないということだと思われます」

「モルガン側の事務官、これについての調査は?」

「はい、私もモルガン宝飾店の登録意匠を調べましたが、少なくとも過去100年の登録にはありませんでした。ただ、今年の登録届にモルガン宝飾店のものがありました」

「それはどのようなものだったのだ?」

「はい、既に意匠登録保護期限を過ぎて、誰もが使えることになっているデザインと同一のものでした。あまりにもよくあるデザインですので、これを今登録しようとすればオトヴァルト宝石商のみならず、全てのデザイナーが訴えの対象になると思われます。こちらが、そのデザインです」

 

 資料が配られる。センターに1粒石、両サイドに小さな石を配したブレスレットが描かれている。


「このデザイン画が、提出されたものの写しになります。登録は先ほどの理由から、即時却下されました。登録できなかったデザインを自分たちのデザインだと主張し、損害賠償と製造の差し止めを求めるなど、常軌を逸した行動としか思えません。私はモルガン側の主張を立証するために証拠を集めようとしましたが、何一つ、集めることができませんでした」

「そんな、リュメル、お前あれが受理されたって言っていたじゃないか」

「・・・」

「不受理だったなんて、言えなかったのでしょう。ここの所リュメル・モルガン氏には様々な問題行動が見られた。挽回しようと焦り、失敗し、嘘に嘘を重ねることになった。違いますか?」

「・・・・・あいつが悪い。」

「もう一度、大きな声で言ってください」

「だから、あいつが全部悪いんだ! ベアトリスが俺の言うことを聞いていれば、全部収まる話だったのに!」 


 ああ、やはり逆恨みだったのね。


 ベアトリスは視線を感じて、顔をそちらに向ける。ラウズールが眉間に皺を寄せていた。


 せっかくのお顔が台無しですよ、「月光の君」様。


 ベアトリスの心の声は、ラウズールには届かない。眉間に皺を寄せたまま、リュメルを睨んでいる。騎士団の捜査官が挙手した。


「騎士団から申し上げます。リュメル・モルガン氏は、神殿からベアトリス・オトヴァルト嬢との縁談を提示され、オトヴァルト宝石商での商談時に直接これを拒否、破談となりました。その後、ベアトリス嬢が神殿に勤務し、彼女が作るアクセサリーに人気が出たことを知って縁談を再び結ぼうと画策し、ベアトリス嬢に接触。その際強引に自宅に連れて行こうとしたところを黒龍騎士団団長の一行に目撃されております。1人がリュメル・モルガン氏を追跡し、自宅を確認。また、団長はベアトリス嬢を自宅に送り届けました。前後の確認を終えた上で、リュメル・モルガン氏には、ベアトリス嬢に対する接近禁止命令が出ております」

「それだけではありません」


 突然ラウズールが立ち上がった。


「神殿の医官ラウズールと申します。発言の許可を」

「どうぞ」

「リュメル・モルガン氏は、自分の取り巻きとも言える町娘たちを利用し、自分がベアトリス嬢に接近できない代わりに、彼女たちを使ってベアトリス嬢への嫌がらせを継続しておりました」

「ほう、詳しい説明を」

「ベアトリス嬢は自宅にてカラーセラピーを行っていますが、取り巻きの町娘の何人かがセラピーに押しかけ、無理難題を言って業務を妨害した記録があります。また、この度の告訴の後、ベアトリス嬢が1人になった所を狙い、取り囲んで言いがかりをつけ、池に突き落とすことを指示しています。池に突き落とした件については、別途調べが進んでおりますが、実行犯については騎士団が殺人未遂で逮捕していると聞き及んでおります」

「殺人未遂で逮捕・・・?」

 

 リュメルは知らなかったのだろう、どうして殺人未遂になるのか分からないようだ。


「池には深いところもあります。ベアトリス嬢が突き落とされたところはたまたま浅いところでしたが、1メートル先に深さが3メートルになる箇所が確認されました。一歩間違えば、ベアトリス嬢は溺死していた可能性があります」

「真実ならば重大なことだが、証拠はあるのか?」

「ここからは、神官ヴィローが説明いたします」 

 

 ラウズールが一歩下がり、ヴィローが立ち上がる。


「神殿長付きの神官、ヴィローと申します。私の能力は『捜索』でして、ベアトリス嬢が池に突き落とされた日、ベアトリス嬢が行方不明だということで、私が捜索いたしました。その際、私が見たものを、この水晶玉に再現いたしました。皆様の手元にも水晶玉がありますが、そちらに同じ映像が映りますので御覧ください。なお、この映像は私の能力を発揮するため、私が開発した脳内転写術によるものです。長いので、実際の3倍の速さで流します。それではどうぞ」


 そこにはあの日、神殿を出てからベアトリスがラウズールに助け起こされるまでが記録されていた、ベアトリスは、自分の視点で記録されていることが恥ずかしくてならなかった。父は・・・話に聞くのと、実際に見るのとでは、インパクトが違う。怒りで拳をぎゅっと握りしめ、歯を食いしばって水晶玉の中の映像を見ていた。


「これは、ひどい。リュメル・モルガン、この映像の通り、娘たちに指示したこと認めるな?」

 

 リュメルも、モルガン氏も、がっくりとうなだれている。特にモルガン氏は、リュメルがこんなことをしていたとは知らなかったのだろう。放心状態になっている。


「さて、話を戻そう。リュメル・モルガン、そなたの訴えには正義が無いと判断する。意義はあるか?」

「・・・ありません」

「では、ベアトリス嬢への殺人未遂については?」

「そこまでのこととは思っていませんでしたが、計画を立て、実行を依頼したのは確かに私です」

「リュメル!」


 モルガン氏が床にくずおれる。泣いているのだ。


「どうしてこんなことになってしまったんだ・・・」

「あなたはベアトリス嬢との縁談を独断で断ったことで、息子さんを叱ったそうですね。その理由を聞かせてください」

「・・・神殿が選んだ縁談は、個人の思いだけでなく、家のつながりも重視し、よく考えられたものになっている。個人の性格等までは把握しきれないから破談になることも稀にあるが、基本的には良縁だ。私と妻はこの縁談には商売上のメリットも大きいと考え、正式な見合いの場を設ける準備を進めようとしていたんだ。だが、神殿から連絡があった翌日、仕事で行ったついでに簡単な見合い風の話しあいを私たちを入れずに進め、あろうことかベアトリス嬢の気持ちも考えない発言をして断ってきたと聞いた。相手のことも家のことも考えない、そんな姿勢では、この先何をしてもうまくいくはずがない。それで、叱った。息子の見目がよいのを過信して中身にまで十分目が届いていなかったのは、私たち親の責任だ。大変申し訳なかった」


 モルガン氏はベアトリスとオトヴァルト氏に頭を下げた。


「息子から、自分が登録したデザインを勝手にベアトリス嬢に使われている、と聞かされた時、初めて息子が考え、登録されたデザインを盗むような真似をするなんて、と憤った。だが、それも全て嘘だった。あのデザインなら、うちの店にもたくさん置いてある。確かあのデザインは、豊穣の巫女様のブレスレットにも使われていたのではなかっただろうか?」

「はい、豊穣の巫女様、専属侍女様、専属護衛騎士様の3人が、色や素材の違いはありますが、ほぼ同じデザインのブレスレットをお持ちです」

「その話は、我々の業界だけでなく、町娘たちの間でも有名になっている。息子は、自分が下に見ていた相手が活躍するのをみて、いやあなたの才能に嫉妬したんだろう。カラーセラピーだったか? その仕事と抱き合わせで売っているんだろう?」

「抱き合わせではありません。ご希望があった場合に、ご相談に乗っているだけです」

「そうか。その辺りの話も、私の所には正確に伝わっていなかったのだな」


 ベアトリスはリュメルを見た。


「リュメルさん、1つだけ教えてください。あなたがこんな裁判を起こしたのはなぜですか?」


 リュメルは俯いたままだ。それでも何とかベアトリスの方を見、力なく笑った。


「引きこもりで家から追い出されていたような君が、なぜ活躍できるのか、理解できなかった。神殿に入り込んでうまく商売しているのも許せなかった。自分との縁談が破談になった後、人気のあるエリート医官を恋人にしたと聞いて、君に怒りを募らせる彼女たちと意気投合し、軽い考えでやってしまった。告訴されればそれだけで名に傷が付く、そうすれは医官は君を捨てるはずだって・・・捨てられた君を見れば、この胸がすくのではないかと思ったが、今はただ馬鹿なことをしたとしか思わない。一方的に悪意を持って攻撃したこと、申し訳なかった」


 最後にリュメルが立ち上がり、頭を下げた。


「リュメルさん、あなたの周りの娘たちは、あなたを慕っているの。あなたに振り向いてほしくて、あなたが喜びそうなことを言ったんでしょう。あなたはそんな彼女たちのこと、どう思うんですか?」

「一緒にいる時はきれいだし、居心地良くしてくれて楽しいし、いい子たちだと、味方だと思っていた。だが、今となっては醜い、と思う。他人を下に見ること、親の金で身を飾って金持ちと結婚することしか考えていなかったってことが、よく分かったよ。もっといろんな視野に立って考えることができていたら、と今は反省している」

「それで、今、あなた何色の気分?」

「は? 何色?」

「そう。今の気持ちを色で表すと?」

「・・・オレンジかな」

「イメージとして、いい色? 悪い色?」

「悪い方かな?」

「あなたはとっても傷ついているのね。友情だと信じていたものは友情では無かったし、家族からの信頼も失ってしまった。それどころか、お父様に依存して、やるべきことをやってこなかったことに後悔している。つまり、あなたは今ちゃんと反省しているわ。あなたが心を入れ替えれば、きっといい縁が結べるはずよ。私と違って恵まれた容姿をしているのだもの。でもそれだけに頼っていたら、20年後、円熟味を持つのではなく、ただの老化した人になってしまうわよ」

「そうだな。忠告ありがとう」


 リュメルの顔は妙にすっきりしている。これ以上悪くなることないだろう。ベアトリスはラウズールを見た。満足そうに頷いている。レイ団長の表情は変わらないが、異論はなさそうだ。


「今日は、登録意匠に関わる案件のみが審議対象である。リュメル・モルガンによる訴えは却下し、オトヴァルト宝石商の勝訴とする。なお、リュメル・モルガンについては虚偽の訴えを起こしたことに対する罪に対し、罰金刑に処す。また、この審議の中で判明した、ベアトリス・オトヴァルト嬢への殺人未遂については、別途刑事事件として騎士団が捜査する。リュメル・モルガンは、この後参考人としてこの場に残るように。これを以て、本裁判を結審する」


 終わってみればなんということはない、調べたとおり、リュメルの虚言だった。きっかけは些細なことだったはずだ。それが、初手を誤った結果、坂道を転がるように悪手しか選べなくなっていった。リュメルはこれから、もう1つの罪で裁かれることになる。娘達も同様だ。行政府の建物を出た後、レイ団長に連れられて、父とラウズールと共に黒龍騎士団の建物に入り、団長室でお茶をいただいた。


「殺人未遂なんて言われているが、おそらくもっと軽微な罪に落ち着くことになるだろう」


 と、レイ団長が言う。


「確かに少しずれれば深みだったことは、騎士団も確認している。殺人未遂で上げておいて、実際は暴行罪で落とし所にすることになるだろう。被害者だからな、証人も兼ねてまた行政府に来てもらうことになる。もう道は覚えられそうか?」

「守衛所でいただいた地図に、印をつけながら帰ります」

「そうか。それがよかろう」


 ベアトリスがレイ団長に会うのは、これが3回目だ。今までは兜の面頬を下ろした顔しか見たことがなく、兜を取った姿を見るのは初めてだ。


 ドゥンケル辺境領一の男っていう噂を聞いたことがあるが、これなら納得できる。町の女の子たちが騒ぐのも仕方がないのかもしれない。カラーセラピーでも、「黒騎士団の団長様とお近づきになりたい」という恋愛相談を、何人も持ちかけてきた。

 

 でも、私はラウがいい。


 ラウズールを見ると、少しだけ不機嫌そうだ。ベアトリスの耳元に口を寄せ、手で隠すようにして、小声で話しかけてくる。


「ねえ、ビーチェは団長みたいな人が好みなの?」


 おや?


「そんな訳ないでしょう? 私のことを理解してくれるのは、ラウだけだと思っているよ」


 見る間に機嫌がよくなったラウズールを見て、レイがこらえきれない、といった様子で笑い出した。


「ラウズール、お前何焼き餅焼いているんだ?俺が見ている相手はベアトリスではないと知っているだろうに」

「レイ団長がどう思っているかではなく、ビーチェの心が揺れたら困ると思っただけです。どうぞお気になさらず」

「オトヴァルト、こいつはなかなか厄介な男だが、大丈夫か?」

「その人といることが、娘の幸せならば、私はどなたでも」

「だそうだ、ラウズール」

「私のことはいいのです、ご自分の方をなんとかしたらいかがですか?」

「お? なら、こちらから攻めに入るがいいのか?」

「彼女の気持ちを慮ってくださるなら、タイミングはレイ団長がお決めになればよろしいかと」


 ん? レイ団長の恋バナ?


「ねえ、レイ団長の好きな人って誰なのか、ラウは知っているの?」

「ああ、アディだよ」

「ええっ!!」


 ベアトリスは思わず大声で叫んでしまった。自分でもこんなに大きな声が出るなんて知らなかったが、周りの3人の方がもっと驚いている。


「大きな声、出せるようになったんだな」


 父が感慨深げにつぶやいた。ベアトリスは恥ずかしすぎて、もう帰りたい気分だ。


 巡回騎士の休憩所を、オトヴァルト宝石商の近くに作り、見守ってくれたことに対し、父が厚く礼を言って、この場はお開きとなる。


「ベアトリス、アデルにはまだ言うなよ?」

「アデル?」

「アディのことだ。レイ団長だけの呼び方だよ」

「・・・まさか、ラウも同じことを考えたの?」

「ばれたか。でも、『有り』だろう?」

「そうね。レイ団長、承知しました。お2人から報告があるまでは一切しゃべりません」

「こういうことに関しては、ベアトリスは信用できそうだ。これから俺もビーチェと呼ぼうか?」

「却下します」

「何だよラウズール、心が狭い奴だ。ならば、オトヴァルト家の敬意を表して、ビーと呼ぼう」

「私は構いませんよ」

「さすが父君。懐の深さが違う」

「比べないでください」

 

 黒龍騎士団団長室に、4人の笑い声が響いた。


・・・・・・・・・・


 ベアトリスは、父と2人、夕空の中、家路についた。疲労感はあるが、全てをやりきったという思いがある。


「お父さん、私、今回のことで、家族のみんなに助けてもらえたこと、本当にうれしかった。家族って、いいものなんだね」

「そうだね。もちろん、そうではない家族もいるけれども、信頼しあい、助け合える関係が『家族』だとお父さんは思うよ」

「そっか、だから、信頼できる相手じゃなかったら、結婚しない方がいいんだね」

「そうだよ。信頼しあえない夫婦から、信頼しあえる事もが生まれるとは思えないからね」

「そういう意味でも、私、リュメルと結婚しなくよかったって思った」

「ラウズール様は?」

「もう、お父さん、急に何を言い出すのよ!」

「ははは、ラウズール様が、お父さんが思っている以上にビーのことを大切に思ってくれているようで、うれしかったんだ。今はまだ結婚だとか、そういうことを考えることはない。お互い信頼しあう中で、自然とそういう流れになったならば、お父さんに教えてくれるか?」

「わかった。約束する。あのね、家に帰ったら、お父さんたちにプレゼントがあるんだ」

「何だ? 楽しみだな。」


 夕日に照らされて、親子の長い影が伸びている。オトヴァルト宝石商の店の前に3つの影が同じようにたたずんでいる。5つの影が揃い、建物の影に吸い込まれていく。


 今日のオトヴァルト家の夕食は、お祝いの日のメニューだった。ベアトリスは1人ひとりにスペサルタインガーネットのルースの入ったケースを渡した。


「今回のことで、みんなに助けてもらえて、本当にありがとうございました。私からのお礼です。このスペサルタインガーネットには、『進むべき道へ』『取り戻す』という意味があります。それから、このオレンジ色ですが、オレンジには『家族』『仲間』という意味があります。今の私たちにぴったりの石だと思ったので選びました。加工はお好きなものにしてもらった方がいいかと思って、あえてルースのままお渡ししました。どうぞお納めください」

「ビー、大分奮発したな?」

「そんな、お母さんうれしくて泣いちゃう」

 

 両親は涙ぐんでいる。


「きれいな石ね、何に加工しようかしら?」

「せっかくだから、僕たちはお揃いで何か作らないか?」

「あ、いいわね。あとでゆっくり相談しましょう」


 みんな、喜んでくれた。みんなで共有するものがある。小さい頃の思い出で共有できるものは少ないが、これから物も、思い出も、どんどん一緒に作っていけばいい。


 カラーセラピーのおかげで、ベアトリスはベアトリスらしくいるための拠り所を手にすることができた。人生はこれからだ。いろんな人と出会い、乗り越えて生きていきたい。ベアトリスの胸は、未来への希望で満ちあふれている。


・・・・・・・・・・

 

 その後、ベアトリスに対する殺人未遂事件は、暴行事件として処理された。リュメルは主犯格の娘と共謀して計画を立てたこと、主犯格の娘は共謀と自分の手を汚すまいと他の娘に命じてベアトリスを突き落とさせたこと、そして実行犯の娘は拒否せず実行したことをもって有罪となった。罪人となったリュメルたちは、それぞれ修道院に送られ、矯正プログラムに入ることになった。更生すれば修道院から出られるという。それ以外の娘たちは、直接手を下すことはなかったが計画に参加していたこと、服を引っ張る等の行為も暴行に当たると判断されて、修道院と孤児院でも奉仕活動を3年続けることとなった。


 神殿と騎士団に睨まれると、ろくでもないことになる---。


 ベアトリスにまつわるこの一件は、町の人々は、神殿と騎士団への経緯と恐れをより一層強くした事件となった。

第5章終了です。オレンジ色は、(+)だと友情や家族、(-)だとトラウマや孤独、友情の欠如などを表すということを知っていると、小説の中で結構使われているのに気づきます。かつての野球少年たちを描いた、高校の国語の教科書に掲載されていた小説(あえてタイトルは伏せます)には、この効果が抜群に現れています。もちろん、作家さんがそれを知っていたかどうかはわかりませんが。

読んでくださってありがとうございました。

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