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1-3 神殿に行こう

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 閑古鳥が鳴く日々を過ごし、暇を持て余したベアトリスを見かねたのだろう。家に戻ってから半年ほど経った頃、母はベアトリスを神殿に連れて行った。

 

 ベアトリスの住むこの王国は、建国以来一度も他国からの侵略を許していない特別な国だ。それは、この国が神殿を頂点とする、他国と全く異なる統治方式を採っているからだ。


 国民は1歳の時に神殿で能力判定を受ける。


 先天的に「知」と「武」の両方に特殊能力を持つと判定されると、「統治者」として位置づけられ、将来の中央・地方の統治者またはそれを支える大臣や官僚のような存在となる。

 これが「武」のみであれば、「軍」属としての教育を施されることになる。

 「知」と「武」以外の特殊能力……例えば、治癒能力や天気の先読みなどがあれば、神殿の神官や巫女となる。


 いずれにしても、1歳の能力判定時に何らかの能力があればそのまま親子の縁は切られ、国のためにその能力を使うようにそれぞれの集団に引き取られ、教育される。家族の縁を失うため、彼らは一代貴族的な待遇を受けた。彼らを生んだ家族には十分な報奨金が渡されたので、やっとできた一粒種を召し上げられるというケースでもない限り、人々はその能力を最大限に活かすこのシステムに疑問を抱くことはなかった。


 能力判定で何もなければどうなるか。そういう子どもは、生まれた家で生活することができる。世襲の貴族がいないこの国では、能力者でなければみな同じなのだ。


 王国と言う以上、王家はある。しかし、それは特定の家が子々孫々継承するものではない。この国の王は血筋によって定められるのではない。生まれ持った知と武の才能=特殊能力と、努力によって得た力を元に、神殿と「統治者」と呼ばれる能力者たちによって選抜されたものである。王家とは選ばれた「王」の家族という意味であって、王の子であっても王子ではないのが普通となる。人間なのだ、遺伝的な要素は否定できないが、力を持つ者が世襲できないこのシステムにより、特定の一門が幅をきかせるようなこともない。他国はいわゆる王制の所が多いが、この国のあり方を見ていろいろ考える人もいるようだ。


 ベアトリスの母がベアトリスを神殿に連れてきたのは、新しくなった神殿のステンドグラスを見に行くため、そして、お見合い候補を神殿に紹介してもらうためである。母の目的は勿論後者である。だが、そんなことを言ってしまったらベアトリスは絶対に動かない。


「新しいステンドグラスが余りに美しくて、心がす~っと癒やされたって、うちの工房に出入りする指物業者の娘さんが言っていたのよ」


 母は美しい色合いの話になると聞き耳を立てる娘に聞こえるように、父に言った。


「『明日はよく晴れる』と空の魔女様も天気の先読み能力者も言っているから、きっとステンドグラスがきれいに見えると思うの。ここ数日、天気が悪かったし、あさってはまた雨だと言うし、せっかくだから明日見に行こうかと」

「それはいい。でも、お前一人で行くのか?」


 父は心配そうに言う。母は先日右足首を捻挫した。友人と一緒に出かけた際、靴屋できれいなハイヒールを見つけてしまった。もうそこまで高いヒールの靴なんて履かないのに、あまりにも気に入ってしまったのだ。店員に無理を言って試し履きをさせてもらったのだが、久しぶりの10センチレベルのハイヒールに体がよろけ、転倒を避けようと足に変な力が入ってしまったのだ。


神殿では、骨折や重度の捻挫も、治癒能力者が治してくれる。だが、軽度のけがや病気を治癒能力で治すと自然治癒力が弱まるため、治療費はあえて高額に設定されている。重傷・重症であれば逆に治療費が安くなる。治療をためらうな、といういことらしい。母はちらりとベアトリスの方を見た。


「ねえ、ビー、神殿って階段が多いでしょ? ひどくすると困るから、あなた一緒に行ってくれない?」


 ベアトリスには、なんとなく母の目論見が分かっている。ちょっと面白くない。が、新しい図案に、最新式の彩色技術を施されたステンドグラスは、是非見てみたい。色ガラスを透過した光を、是非浴びてみたい。


「長居しないわよね、お母さん」

「あなたがステンドグラスに見とれて根っこが生えなければ」

「分かったわ。明日ね」


 ベアトリスはあえて興味がなさそうな顔を作って返事をすると、自室に戻った。


「さて、いい縁談が見つかるといいんだが」

「そうね」


 父のつぶやきに、母も同調する。


 神殿は、能力判定時に全て国民の遺伝情報を登録する。能力者が1歳で家族の縁を切り、自分の生まれた家のことも、親兄弟のことも知らずに育つことには実はデメリットもいくつかある。


その一つが、近親結婚をしてしまう可能性があることだ。誰と血縁があるかを知らずに育つのだから、可能性がないなどと言えない。そんなことにならないようにするため、結婚を考える相手がいる時は血縁者ではないことを確かめるために、神殿が責任を持って情報を管理している。


 それを別の角度から、つまり「遺伝的に遠い人物と結婚したい」という時に、その条件に当てはまる人物を結婚相手として紹介することも、神殿で行うようになった。勿論紹介料は取る。いつ、誰が思いついた仕組みか分からないが、商売の上手な神殿長がいたのであろう。遺伝登録情報を神殿は決して悪用することはないが、今では神殿の重要な収入源となっている。


 ベアトリスは、親の目から見てもそれなりの美人だ。極端な自己肯定感の無さや、そこから来る対人恐怖は大分薄れたが、厳しい人間関係を収めていくためには、まだまだ不安な部分が大きい。何より、あまりにも知人が少ない。これでは、結婚相手どころの話ではない。こうなったら、安くはないが神殿で紹介してもらった方が手っ取り早いに違いない。


「まあ、血の遠さだけで判断するから、人物的に問題があることもあるんだよな」

 

 それだけは、二人とも心配である。


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