5-6 指輪に思いを込めて
読みに来てくださってありがとうございます。
よろしくお願いいたします。
ラウズールは、黒龍騎士団長を前に、少しだけ緊張していた。
「随分アディと親しげでいらっしゃいましたね。アディの所にはいつから?」
「ベアトリスがモルガンの息子とトラブルになった件について、アデルに聞き取りをした。その時からだ」
「アデル?」
「ああ、アデルトルートと呼ぶのが長いから、アデルと呼ばせてもらうことにした。アディの呼び名は、これまで親しかった者たちのものだろう。俺はその中に割り込もうとは思っていない」
「・・・随分アディにご執心のようですね」
「君がベアトリスに執着しているほどではない。まだ見極めているところだ。アデルはやっと成人だろう。これから咲く花を早々に摘み取るほど、俺は非道ではないつもりだ」
「ご存じかも知れませんが、私にとっては妹のような存在です。どうかご配慮ください」
「いいだろう。・・・関係ないことかも知れないが、君はまだベアトリスと呼んでいるのか?」
「いけませんか?」
「いや、アデルほどではないが、長い名前だろう? 咄嗟の時、判断できるのは3音までの呼び名だと俺は思っている。守らねばならないから、愛称で呼ぶんだ」
「そういう考え方もあるのですね。ありがとうございます。ベアトリスと相談して決めます。そう言われると、団長がアディではなくアデルと違う呼び方にした理由が分かる気がします」
「ん?」
「みんなが呼ぶ呼び方ではなく、自分だけの呼び名をつけたいということでしょう? 私もご家族のようにビーと呼ぶのはつまらない、と一瞬思ったんです。これは、独占欲なのでしょうか?」
「君たちよりも、俺たちの方が年の差がある。君の彼女への対応の仕方と、俺のアデルへの対応の仕方は、少し違うものになると思うが?」
「・・・他の男にやりたくない、と思って行動するという点では同じでは?」
「同意する」
妙な男の友情が生まれたようだ。
「まあ、ここからは仕事の話だ」
レイは、これまでに騎士団がつかんでいる情報をラウズールに伝えた。そして、今回の裁判に関わる辺境領の事務官たちも、モルガン宝飾店の動きに違和感を持っていることを伝えた。
「ベアトリスは、どのデザインのことで訴えられているのか分からないと言って、登録意匠を調べに神殿に来ていたんです。訴状には明示されていなかったからモルガン宝飾店の登録意匠を調べなければならない、だが過去の記録がない。今、母上が『奥様ネットワーク』を使ってモルガンから情報を引き出そうとしていますが、今年登録されたものを調べる方法がないかと、ベアトリスは悩んでいました」
「今年のものか。確かにまだ発行されていないから知りようがないのか。わかった。事務官に伝えて、今年モルガン宝飾店が登録した意匠があるか、あるならどんなデザインか調べさせ、資料をオトヴァルトに見せるよう指示しておこう」
「ありがとうございます。父上も同じ内容を担当事務官に伝えると言っていましたので、団長からの後押しがあれば話が早いでしょう」
「ああ。それで、ベアトリスの具合はどうなんだ?」
「また自己肯定感が低くなってしまいましたが、裁判に勝つこと、それから仕事で成果を出すこと、さらに私がしっかり見守れば、大丈夫だと思います」
「ベアトリスが塞ぎ込むと、アデルも元気がなくなると侍女が言っていた。アデルのためにも、ベアトリスには元気になってもらわねばならん」
「ベアトリスのために神殿としてできることを、これから神殿長と話し合ってきます。もし騎士団の騎士を借りたいとお願いしたら、借りられるものでしょうか?」
「神殿騎士も騎士団の騎士も、元は同じ『軍』の所属・派遣だから変わらないが・・・神殿だけでなく、騎士団からも守りが付いていることを知らしめたいということか?」
「はい。相当強固な防波堤になるかと」
「一庶民に対してやり過ぎるとかえって妬みを買うかもしれないが、いいのか?」
「護衛をお願いしたいというよりは、町の巡回にかこつけてオトヴァルト宝石商を守っていただきたいのです。町娘たちが自宅でのカラーセラピーに押しかけた件もありますから」
「そういうことなら、巡回の頻度を上げた上で、近くに巡回時の休憩所を用意すればいい」
「お願いします。神殿は騎士団と協力して当たります」
「騎士団も神殿に協力し、今回の件を解決しよう」
お互いに思う。
((この男とはうまくやっていけそうだ))
・・・・・・・・・・
翌日、ラウズールは午前だけ休みを取って、ベアトリスの元へ向かった。頭の中は、ベアトリスの呼び名のことで一杯である。
いけない、今日は神殿長からの伝言と、今後の仕事のことと・・・。
必死に頭を切り替える。手に持った花束を握りしめては、しおれてしまうとあわててそっと持ち直す。
自分がこんな気持ちになるなんて、今まで想像したこともなかったな、とラウズールは思う。好きな子との突然の別れ、治癒の仕事を始めてからの期待の重さとそれに押しつぶされそうだった心、患者からの理不尽な言葉、誰にも心の底を打ち明けられない孤独、アピールの視線を送る巫女や侍女、追いかけ回してくる町娘たち・・・疲れ切った心を照らしてくれた黄色いガーベラがなかったら、自分は今頃、どうなっていただろうか。そして、本当にもうだめかも知れないと思った時に再会できた、初恋の相手。彼女も苦しみ、もがいて、やっと自分なりの生き方を見つけていた。それぞれが、それぞれの場所で、生きるためにできる限りの努力をしてきたこと分かって、仲間のように思えてうれしかった。ただ恋愛相手や結婚相手を探し、お金を使って着飾ることに命をかける娘たちも少なくない中で、裕福であっても自分の身の丈に合った生活をしよう、自分のなすべきことをしようという、そのベアトリスの心意気も好きだ。
馬車を降り、オトヴァルト氏に挨拶をして、ベアトリスの部屋へ向かう。ベアトリスは起きていた。まだ体から疲労が抜けていないようだが、顔色はいい。
「ベアトリス、具合はどう?」
バラの花の花束を渡す。ベアトリスはうれしそうに受け取った。
「ラウ、ありがとう。男性からお花をもらうなんて、お父さん以外にはラウが初めてよ」
よかった、喜んでくれた。
「ラウ、あなたの腕がいいのね、前に雨に濡れて風邪を引いた時には1週間ベッドの上で寝込んでいたけれども、今回はもう少しだっていうのが分かるの。疲れが抜けきればもう大丈夫だと思うわ。医官様、診察してくださる?」
ベアトリスがニコッと笑う。
可愛い。こんなに可愛い子が、心を閉ざして泣いていたなんて、本当にこれまでの人生がもったいなかったと思う。
「スキャンするよ・・・うん、大丈夫だね。しばらくはしっかり栄養を取ること、冷たいものは避けること、いいね」
「はい、医官様」
お互いにふふ、と微笑み合う。ああ、この笑顔がまた見られて良かった、と思う。一昨日の夜のことを思えば、今は天国だ。
「お邪魔するよ。ラウズール様、今日もありがとうございます」
「いや、神殿長からの話もあるので、父上にも聞いてもらえるとありがたい」
「それで、神殿長は何と?」
「ベアトリスが出勤する時の送迎はこれまで通りとするが、私用で出かける場合でも、必ず護衛をつけてほしい。護衛は、そ、その・・・」
「?」
「出かける時は、私に知らせてほしい。連絡をもらったら、誰かを神殿から回す、と・・・」
「ラウ、神殿に所属している人ならともかく、私は庶民よ? それこそ、公私混同ではないかしら」
「ベアトリスの心身の健康を守ることは、私の心身の健康を守ることにつながり、それは神殿での治癒に関わることだから構わない、だそうだ」
「いいのかしら?」
「・・・それから、黒龍騎士団の団長からの伝言。町中の巡回を増やした上で、オトヴァルト宝石商の近くに巡回中の騎士のために休憩所を置くことにした。誰か1人は常駐させるので、何かあったら駆け込めば良いと」
「ありがたいお言葉です」
「それから、これはもう連絡が来ただろうか。辺境領の事務官から、今年になって登録された意匠の原稿が上がってきたのでその写しを見に来るように、とのことだ。さすがに持ち出しはできないそうだ」
「それは! いや、本当に助かります。自分たちではどうにもならないことでしたので」
「裁判にはベアトリスたちに勝ってもらわねばならないからな。それに訴状に不備だなんて、モルガンは馬鹿にしている。神殿を怒らせ、騎士団の命令に背いた者は、処罰されるべきだ。今回のことで、神殿と騎士団は協力することになっている。他言は無用だが、知っていれば心強いだろう。母上には言わない方がよいだろうが・・・」
「私とベアトリスの2人の胸にしまっておきます。いいね、ビー」
「約束します」
父は、そのまま事務官のところで登録意匠を見せてもらうといって出て行った。
「ベアトリス、今日は一つお願いがあるんだ」
「何かしら?」
「ベアトリスのこと、家族のみんなはビーって呼ぶだろう? ベアトリスって呼ぶの、何かあった時にちょっと長いかな、と思うんだ。だから、僕も・・・」
「ラウがビーって呼ぶの?」
「いや、ビーは家族の中の大切な呼び名だろう? だから、違う呼び名にしたい。希望はある?」
「いいえ、だってベアトリスかビーのどちらかしか呼ばれたことないもの」
「そうなんだね。神殿の名前辞典を見ていたらね、隣国の王女にベアトリーチェという方がいたんだ。隣国のベアトリーチェは、この国ではベアトリスになるだろう? で、その方はビーチェと呼ばれていたらしい。あと、トリクシーって呼ぶ人もいるようだった」
「トリクシーって、なんだかトリシャさんみたい」
「僕もそう思った。だから、ビーチェはどう?」
「ビーチェ?」
「そう。隣国風の呼び名なら、他の人ともあまり重ならないと思うんだ」
「そうね。でも、アデルトルート様も同じように呼び始めるかもしれないわ」
「そうなったら、違う名前をまた考えよう」
「あら、ラウだけの呼び名にしたいの?」
「駄目?」
そんな子犬が怒られて耳を垂らした時のような顔をしないでください。
「そ、そうですか・・・」
赤くなったベアトリスに一歩近づく。椅子からベッドの隅に座り直し、ベアトリスを腕の中に囲う。
「ビーチェ。どうかな?」
耳元でささやくのは反則です!
「それから、これは僕から。ビーチェは僕の恋人だって分かるように、外に出る時は必ずつけていて」
左手を取られ、薬指に指輪を通される。パパラチアサファイアが1粒輝いている。
「自分の瞳の色や髪の色の石を選ぶ男が多いらしいが、僕は石を見て君のようだと思ったこと、そしてその石の言葉もとても気に入ったんだ」
やわらかいピンク混じりのオレンジカラーが、光っている。
「石言葉は知っているよね?」
「ええ・・・」
「『一途な恋』『運命の恋』・・・僕の気持ちにぴったりだった。いや、僕の気持ちが分かって、石の方から呼んでくれたのかもしれないね」
「・・・あ、あの、ありがとう、ございます・・・」
戸惑うベアトリスに気づいたラウズールは、気づかわしげに聞く。
「気に入らなかった?」
「違うの、私、こんな高いもの、いただいてしまっていいのかなって、不安になってしまって・・・」
「僕が、自分の気持ちを君に伝えたくて、そして君は僕の大切な人だってみんなに知ってもらいたくて、君につけさせるんだ。僕のわがままなんだから、君は得意げな顔をしていればいいんだ」
「・・・ええ、分かったわ。うれしい、ありがとう」
「明後日、神殿に来られそうかな?」
「大丈夫だと思う」
「じゃあ、明後日、その指輪をして来るんだよ」
額にキスをして、ラウズールは帰って行った。呆然としたままのベアトリスの部屋に、母がノックもせずに入ってきた。母は妙に機嫌のいい顔をしている。
「ビー、お母さんに何か言わなければいけないこと、ないかしら?」
「え、あ、ええと・・・」
「お母さん、ビーがラウズール様とお付き合いしているなんて、知らなかったわぁ~。一昨日ラウズール様に言われて、びっくりしたんだから」
「そ、それは、まだちょっと早いかなって・・・」
「でも、他所の奥さんたちがビーとラウズール様のこと、噂していたのよ。私知らなかったから、そんなことありません、娘から何も聞いておりませんって言っちゃったのよ。私、娘とのコミュニケーション不足だって他所の奥さんたちから責められそうだわぁ・・・」
「・・・」
「って、ビー、どうしたの、その指輪!」
「今、ラウがくれた・・・」
途中で指輪に気づいた母が、ベアトリスの手を取って、まじまじと指輪を見つめる。
「随分気合いが入っているのね、ラウズール様」
「・・・よく分からないけど、大切にしてもらっている、と思う」
「ビー、まさかこの花束も?」
「そうだけど。」
「バラが6本。意味、分かっているの?」
「え、数にも意味があるの?」
「そうよ、6本はね、『あなたに夢中』『互いに尊敬しあい、愛し合おう』だったはずよ。熱烈ねぇ。ビー、そんなふうに大切にしてくれる方がいるんだから、もっと自信を持ちなさい。そうしないと、好きになってくださったラウズール様に失礼よ」
「・・・努力します」
ただただ顔を赤らめているこの子には、まだ恋は早いのかもしれない。だが、相手があの神官様なら、ベアトリスを悪いようにはしないだろう。もし2人が別れることになったとしても、いい恋をしたと思えるような時間になるはずだ、と母は日々可愛く美しくなっていく娘を見つめた。
次回は違う宝石が出てきます
読んでくださってありがとうございました。
評価・ブックマークしていただけるとうれしいです。




