5-5 騎士団と神殿、協力する
読みに来てくださってありがとうございます。
5章は8話までありますが、残りを一日2回更新します。
二回目は、21時です。
よろしくお願いいたします。
翌日、神殿に、黒づくめの一団がやって来た。黒龍騎士団のメンバーである。事前に先触れは出してあったが、団長レイは神殿長にその先触れが到着したのとほぼ同時に神殿に到着していた。
「急を要すると判断したため、お許しいただきたい」
レイは謝罪の後に、神殿長に確認したいことがある、と言った。
「オトヴァルト宝石商のベアトリスという娘が神殿で働いていると聞いた。その事で、至急確認を取りたいのだが」
「ベアトリスですか? ええ、ラウズール医官のスタッフとして、週に2回、こちらでラウズールのサポートをしていますよ」
「そのベアトリス嬢なのだが、先日公園で複数の娘に囲まれた後、池に突き落とされ、その後池の側で倒れていたという通報があったのだが、何か聞いていらっしゃるだろうか?」
「ああ、その件なら知っていますよ。その日はプライベートで神殿の図書館に来て、調べ物をしていたそうです。帰宅時に若い女の集団に絡まれ、池に突き落とされたと。実は、ベアトリスのお母さんからから、ベアトリスが帰ってこないがまだ神殿にいるか、という問い合わせがありましてね。ラウズールが慌てて探しに行こうとしたので、こちらのヴィロー神官に『捜索』をさせたのです。そうしたら、池の側で雨に打たれて倒れていたので、ラウズールと親衛隊が慌てて拾いに行ったんですよ」
「・・・親衛隊?」
「ああ、何でもありません。護衛騎士の一部です。それで、その件について、気になることがこちらにもあるんです」
「教えていただけないか?」
「ええ、勿論です」
神殿長はヴィロー神官を呼んだ。ヴィローは一度部屋の隅へ行き、水晶玉のようなものを持って、神殿長の所に戻ってきた。
「神殿長付きの神官でヴィローと申します。私の能力は『探索』です。探したい人の所有物に触れると、最後に触れた所からその人の行動を追跡し、現在いる場所を見つける事ができます。その副産物と言いましょうか、追跡途中の様子が、探している人本人の視点の映像で浮かぶのです。その、私が見たものをこの水晶玉に移しますと・・・」
ヴィローは水晶玉をテーブルの上に置いた。
「こんなふうに、他の人も見ることができるんです」
テーブルの上に置かれた水晶玉には、若い女性が神殿を歩いて出て、公園に入り、池のほとりでたたずんでいたところを同じ年頃の娘たちに囲まれ、立ち去ろうとしたところを誰かに押され、池に落ちる様子が映っていた。その後、娘たちが若い男に駆け寄り、一緒に公園を去って行く所も見えた。その後は・・・ただひたすら、地面が写り、ずっと後になって視界が回転し、地面が異様に近い場所にあり、そのまま・・・。
「出来るようになったのは最近なので、なぜ今まで黙っていたんだ、なんてお怒りにならないでくださいね」
「これは、神殿長が本物だと証明してくださるか?」
「勿論です。ここまではっきりと写し、記録し、他人が見られるレベルに精度を上げるまでに、それなりに時間はかかりました。お役に立てましょうか?」
「ああ。ベアトリス嬢が池に突き落とされた件については、殺人未遂で捜査している。そこに、モルガンの息子が関与しているという重要な証拠が得られた。あの息子がベアトリス嬢に近づくことは騎士団の命で禁止しているから、間接的にでも関与が分かれば重罪の持ち込める」
「いいですね。そうそう、モルガン宝飾店から、オトヴァルト宝石商とベアトリス嬢に対して訴えが出されたことはご存じでしたかな?」
「もちろんだ。裁判でオトヴァルト側を担当する事務官から、訴状に不備があってどのデザインなのか分からず反論のしようがないとオトヴァルト側から相談があったとの報告を受けた。資料の方は事務官たちが調べているがモルガンの動きに不審点があることもあり、関係のある我らが極秘に動くことになったのだ」
「そうでしたか。神殿としても、正式に採用しているスタッフを傷付けられたのです。モルガンの息子は騎士団の命に従わなかった。神殿と黒龍騎士団を虚仮にし怒らせたモルガンは、罰せられるべきです」
ほう、珍しい。あの温厚でいたずら好きの神殿長が、ここまで怒っているとは。
レイは口角が自然に上がるのを感じた。
「ラウズール医官との面識はおありでしたかな?」
「いや、名前だけだ。確か、1人2役の男と聞いたが」
「ええ、内科と外科の両方を治癒できる、珍しい治癒能力持ちです。それゆえペアを組めず、医官になってから1人でいろいろなものを抱え込み、精神的に参ることが多かったのです。それがベアトリス嬢と出会って、いや再会してからは本当に元気になりましてね。神殿としても、ラウズールのためにも、ベアトリスの安全と心の平穏は絶対に必要なものなのですよ。この件にはラウズールが関わっていますから、ラウズールを紹介しておきましょう」
「神殿長、今ラウズールは休暇中です。あと2時間程度で戻るという連絡が入っています」
「ああ、まだオトヴァルトの家にいるのでしたか。そこまでのお時間はありませんね」
「今日の夜、出直そう。その時に食事をしながら話を聞きたい。神殿の食堂のものでいいが、個室対応は可能だろうか?」
「ラウズールの執務室に運ばせましょう」
「では、後ほど」
レイは立ち上がると神殿長の執務室を出た。中庭にさしかかった時、花に水やりをしている巫女の姿に気づいた。
巫女が水やりをするのか?
すっと誰かが横に来る。反射的に剣に手が伸びる。
「あれ、アデルトルート様ですよ」
この声は・・・
「ああ、彼女の護衛騎士か」
「覚えていただけたとは光栄です」
「なぜ巫女が水やりをしているのだ?」
「・・・直接聞いてみたらいかがですか?」
護衛騎士コーエンは、レイの許可も得ずに
「巫女様、レイ団長ですよ!」
と声を掛けた。アデルトルートが驚いた様子でこちらを見る。
「まあ、レイ様、ごきげんよう」
「アデルトルートは、いつも水やりを?」
「いいえ、今日はラウ兄様の代わりに」
「ラウ兄様?」
「医官のラウズール神官です。私が小さい時よく面倒を見てくれたので・・・もし私に兄というものがあったならばこんなふうにしてくれたのかしら、と思うような人でしたので、ずっとラウ兄様、と呼んでいるのです。」
「・・・親しいのか?」
あれ、と自分でも思うほど低い声が出た。
「まあ、兄弟扱いですからね。私たち能力持ちは、家族から離れて暮らすでしょう? だから、家族とか兄弟とか、そういうものに対する憧れというか、興味というか、そういうものが能力持ちには少なからずあると思うんです。ラウ兄様は、私の描く兄弟像を体現してくれているだけですわ」
「そうか」
ほっとしている自分に、前回アデルトルートと会った時のことを思い出す。
「それで、なぜそのラウズールという神官の代わりに、水やりを?」
「今までも、ラウ兄様が体調を崩した時には水やりをしていたんです。昨日、ベアトリスが大変だったって話、お耳に入りました?」
「ああ、今日もそのことで神殿に来たんだ」
「そうでしたの。ラウ兄様、ベアトリスの所にいるんです。今日帰ってくるはずですが、ラウ兄様が大切にしているガーベラが少ししおれているようだったので、気になって・・・最後に少しだけ祈りを込めれば、元気になりますよ。私、豊穣の巫女ですから!」
ああ、そういえば、先ほど神殿長もラウズールという医官と後で顔合わせするようにと言っていたな。
「ラウズールとベアトリスは、アデルトルートから見てどんな関係なんだ?」
「あの2人は恋人ですよ。まだラウ兄様が追いかけ回していて、ベアトリスがちょっと困りながら受け入れ始めいてる、といった所でしょうか。私は、あの2人が出会って、2人ともどんどん明るくなっていったのがうれしいんです。このガーベラも何か関係があるらしいんですが、ラウ兄様、教えてくれないんですよ!」
「そうか」
くつくつとレイが笑う。なぜ笑われたのか分からないアデルトルートが、
「何か笑うようなこと、ありましたか?」
と、少しむっとした顔で言う。
「あなたには、恋人はいないのか?」
「こ、恋人!? い、いませんよ、そんな人!」
「興味はないのか?」
「ないわけじゃありません! 私でいい、と言ってくださる方がいらっしゃらないだけで・・・。」
「自分から好きにはならないのか?」
「あ、あの、突然どうなさったんですか?」
「アデルトルート、君の恋愛観について興味がある。少し話をしようじゃないか。」
「はぁっ!?」
巫女らしくない叫び声に、傍で控えるトリシャとコーエンだけでなく、レイも目を丸くする。
「ははは、いいぞ。アデルトルート、お前、名前が長い。アデルと呼んでいいか?」
「・・・もう、好きになさって!」
「ほう、言質は取ったぞ」
「もう!」
「今度は牛か」
「違います!」
「そんなに怒るな、可愛い顔が台無しだ」
「モウ、ヤメテクダサイ・・・」
「いや、もう少しお話を伺いたい。執務室に案内していただけないか?」
レイがトリシャとコーエンを見る。2人の目は、生暖かい。
「お手をどうぞ、アデル」
顔を真っ赤にして歩くアデルトルートと、その横でアデルトルートをエスコートするレイ。その後2時間、アデルトルートはレイに、恋愛観について根掘り葉掘り聞かれ、赤くなったり青くなったりと忙しかったらしい。レイがまだ神殿内にいると聞きつけたラウズールがレイを連れ出してくれるまで、アデルトルートは構い尽くされたのだった。
「アディ様、ご感想は?」
「感想って、何についての話?」
「気になる殿方に構い倒されたことへの、ご感想です」
「ねえ、あれって何なの? まるで私に興味があるみたいじゃない!」
「・・・鈍い」
「え、何?」
「何でもありません」
トリシャとコーエンには、アデルトルートが本当に気づいていないのか、気づかぬふりをしているのか、判然としない。だが、1つだけ分かること・・・それは、アデルトルートがレイを猛烈に意識するようになった、ということだ。
「・・・よくない情報、あったかしら?」
「大分お堅いようですから、問題ないね。まあ、本気かどうか、見守るしかないよ」
「無理強いしそうになったら、止めるわよ」
「当然。レイ団長に勝てるとは思わないが、アディ様は絶対に守るさ」
専属侍女と専属護衛騎士による、巫女の恋の見守りは、まだ始まったばかりである。
他の人には厳しいけれども、私にだけは優しい、そんな男の人がいいな、と思います。
読んでくださってありがとうございました。
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