5-3 家族の結束2
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ラウズールは追いかけてきたエドガーたちから毛布をもらうと、一度抱き上げたベアトリスの体をしっかりと包んだ。体が冷え切ってしまっている。意識を失ったベアトリスの顔は青白く、このまま目を覚まさないのではないかと不安になる。力のある護衛騎士がベアトリスを運ぶのを手伝おうとしたが、断った。
「すまない、私に運ばせてもらえないか?」
親衛隊の騎士たちはベアトリスの望みを叶えることが本懐であるが、ベアトリスが大切に思っているラウズールを見守ることも(勝手に)任務としている。エドガーは頷いた。
「お疲れになりましたらお声がけください、交代できますから」
そしてラウズールと共にオトヴァルト宝石商まで行く者を選び、残りは神殿に戻し、神殿長に保護した所まで報告するよう指示した。ラウズールに抱えられたベアトリスを馬車の外から見る。一刻も早く自宅に連れて行って処置する必要がある。護衛騎士は「武」の能力者であり「軍」の所属だが、神殿騎士として生活すれば必然的に「治癒」のために必要なことが分かるようになる。「軍」や騎士団の所属に変更された場合でも、医療行為が必要な場に置かれたならこの知識が役立つだろうとエドガーは思う。
走り出した馬車を守るように、馬に乗った護衛騎士が4人ついていく。雨の中、護衛騎士たちは自分たちがずぶ濡れになることなど気にはしない。オトヴァルト宝石商にたどり着くと、神殿の馬車と護衛騎士の姿に気づいた母が店から飛びだしてきた。レルヒェが母を追いかけてくる。父とレルヒェの夫は、店の者たちとベアトリスの捜索に出ている。
ラウズールがベアトリスを何枚も重ねた毛布ごと抱えて馬車から下りた。
「「ビー!」」
母と姉の声が重なる。母はその場にしゃがみ込んでしまった。
「随分泥で汚れているので、まずは入浴させてほしい。着替えが終わったら呼んでくれ。治癒を掛ける」
「分かりました。すぐに準備します」
レルヒェは使用人たちに指示を飛ばす。母を使用人に任せようとしたが、何とか立ち上がったようだ。
「浴室まで運んでいただけますか?」
レルヒェに頼まれ、ラウズールはレルヒェに付いていく。
「お母さんは、ビーの着替えを持ってきて! 冬用の暖かい夜着よ!」
母は使用人とベアトリスに部屋に向かった。使用人に部屋を整えさせ、ラウズールが入っても見苦しくならない程度にさせる。ふと気がつき、別の使用人にまだ袖を通していない夫の服を用意させる。自分はクローゼットから夜着を取り出し、浴室に走る。浴室前には、自身も泥だらけの服のままたたずむラウズールがいた。
「神官様、とりあえず髪を拭いてください。服も家の者のサイズですが、まだ袖を通しておりません。隣の部屋でお召し替えを。洗濯は、構わなければこちらでいたします。ベアトリスが出勤する時に持たせますので・・・」
母の言葉に、ラウズールは自分も汚れていたことに初めて気づいた。
「申し訳ない。廊下を泥で汚してしまったようだ」
「いえ、私どもでは見つけられなかった娘を連れてきてくださったのです。それだけでも・・・」
「いいや、私は彼女を守ると言ったのに、守れていない。約束を守れず申し訳ない。そうだ、護衛騎士たちにも、タオルを渡してやってくれないだろうか。神殿から毛布や馬車を用意してくれたのは、彼らだ」
「分かりましたわ」
母は近くにいた使用人に、タオルとお茶の用意をして護衛騎士たちに暖を取らせるよう命じると、ラウズールを隣室に入れた。
「ベアトリスを着替えさせたら、お呼びします。それまでお待ちください」
服を持ってきた使用人にラウズールにも温かい飲み物を用意するように指示して、母は浴室に入った。ラウズールはベアトリスを空の浴槽の中まで運んでくれた。濡れて張り付いた服をなんとか剥がし終わったレルヒェが髪に付いた泥や草や葉を落としていく。母が体の汚れを落としながら、怪我の有無を確認する。ベアトリスがどこにいたのか、どんな状況だったのか、何が起きたのか、まだ分からない。母とレルヒェは怒っていた。やっと外に出て、生き生きとした表情を見せるようになったベアトリス。下を向き、周りを伺ってばかりだったベアトリスが、他人を癒やす側に立って行動できるようになり、幸せそうな顔をしていることに安堵していたのだ。それなのに、こんなことに・・・
湯を抜き、体を拭く。浴槽も拭いて、浴槽の中で夜着を着させる。母は隣の部屋のラウズールに、ベアトリスを運ぶように頼んだ。ラウズールの髪はまだ乾いていないが、使用人がお茶と一緒に盥一杯の湯と追加のタオルを運び込んだようで、顔の泥汚れなどはきれいに拭われてた。夫のために用意した服だったが、明らかにシャツの袖とトラウザーズの丈が短い。
「さっぱりした。治癒に専念できる。ありがとう」
ラウズールはベアトリスを軽々と抱え上げ、母とレルヒェについていく。ベアトリスの部屋は十分に暖められている。そっとベッドに下ろすと、ベッドサイドの椅子を引き寄せる。
「始めます」
ラウズールは全身を再度スキャンした。骨折などの重症はないと馬車の中で確認したが、なぜベアトリスが池の奥で倒れていたのかが分からない以上、どんな怪我をしているか、見えないところが傷付けられていないか、どんな小さな傷も見逃すまいとスキャンを掛ける。
「擦り傷があるが、怪我というほどのものはない。内臓へのダメージもない。誰かに無理矢理連れて行かれたとか、殴られたとか、そういうことはなさそうだな。ただ、体が余りに雨で冷え切っている。これから高熱が出るだろう。弱った体に悪いものが入り込むと重症化する可能性がある。症状が出ないと治癒はかけられない。症状が出次第すぐに治癒を掛けるために、今日はこのまま待機させてもらえないだろうか?」
「神官様が?」
「母上、私はラウズールと言う。ベアトリスは私の恋人だ。必ず守ると誓ったのに守ってやれなかった。彼女が目を覚ましたら、何があったのか聞く必要がある。例の男の家から訴えられているのだろう? 以前のように事件性がある可能性も残っている。私一人でいさせろとは言わない。母上でも、姉上でも、使用人でも、部屋にいればよい」
母は目を丸くした。ベアトリスと神官が付き合っているなんて、聞いていない。いや、噂は耳にしたこともあったが、そんなはずはないと思っていた。神官、それも医官であり、「月光の君」などと町娘から呼ばれ、焦がれられているラウズールが、ベアトリスの恋人?
母はラウズールの手をガシッとつかんだ。驚くラウズールに、こう言った。
「お任せします。後は良きようにお計らいください」
父たちが帰ってきた時、既にラウズールに全てを任せた母は、ベアトリスの顔を見たいという父がベアトリスの部屋に行くことを禁じた。
「全てラウズール様にお任せいたしました」
いつもは父の言うことを聞く母だが、この晩だけは父が折れる他なかった。
・・・・・・・・・・
ラウズールは、気がつけば1人、ベアトリスの部屋に残されていた。見てはいけないものを見ているような気分になったが、部屋の中を見回してみる。部屋は全体的に薄い水色でまとめられ、濃い藍色が差し色のように使われている。家具はナチュラルな無垢材で統一され、シンプルなデザインのものばかりだ。本棚には宝石や宝飾、カラーセラピーや心についての本が所狭しと並んでいる。小物やぬいぐるみといった女の子らしいものは少ないが、宝石の屑石や欠片を集めている最中と思われるカラーボトルが並んでいる。
エドガーたちは、帰っただろうか。ベアトリスの状況を、母上たちはきちんと伝えてくれただろうか?
医官としては失格と言われそうだが、状況として部屋に押し込められてしまった以上エドガーたちと連絡を取ることはできない。連絡を取ることを諦め、ラウズールはベアトリスの顔がよく見える位置に座り直した。青白かった顔は、湯と部屋の暖かさのおかげか、心持ち赤みが差しているように思われる。この赤みが強く出るようになったら、発熱のサインだ。
「ベアトリス、何があったんだい?」
ベアトリスの髪を指で梳きながら話しかけると、ベアトリスの眦から涙がつーっと一筋流れた。
「嫌なことがあったんだな。僕が、君が非番で馬車を使えないと気づいていれば、こんなことにはならなかった。すまない」
ベアトリスは目を覚まさない。涙をそっと拭ってやる。室内の照明を落とし、手元の灯りも絞る。雨は静かに降り続いている。静かに夜は更けていった。
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