5-1 告訴される
第5章 橙の章です。
よろしくお願いいたします。
ベアトリスはあれ以来、エドガーと仲の良い友だちになれた。ベアトリスを送った後、神殿に戻ったエドガーはその足でラウズールの所に行き、こう言ったらしい。
「ラウズール様がベアトリスさんと付き合うことになったと聞きました。抜け駆けされたな、という気持ちは正直あります。ベアトリスさんがそれでいいと思ってるので、僕はこれから『友だち』になることになりました。ですが、これだけは言っておきます。いつでも僕が引き継ぎますので、ベアトリスさんを泣かせた日には、覚悟しておいてくださいね」
ラウズールは「抜け駆け」と言われたことに納得できなかったが、エドガーの気持ち・・・いや、エドガーの向こう側にいる、ベアトリスのことが気になりだしていた男たちのことを考えた。
「私は、彼女を離すつもりはないよ。だが、何かどうにもならない事情ができて・・・例えば、私が死んだとか、ね・・・そういう時には、信用できる君に彼女をお願いするかもしれないね」
そんなつもりはさらさらないが、これだけは言っておいた方がいいだろうと考えての一言だ。エドガーは、小さくない爆弾を落として退出した。
「友だちなので、これから僕もこちらにちょくちょくお邪魔すると思います。よろしくお願いしますね」
来るな! ベアトリスとの時間が減るじゃないか!
ラウズールはげんなりした。それでも、今のところベアトリスの隣に立てるのは自分だけだ。
逃げられないように、頑張らないと。
ラウズール25歳。遅い初恋の成就に、気分は少年のままである。
・・・・・・・・・・
ベアトリスが神殿で週に2日、ラウズールのスタッフとして働き始めて3ヶ月が経った。暦の上での季節は秋だが、まだ昼間は夏の盛りを過ぎた所、夜にならねば秋の気配を感じられないほどである。ベアトリスも神殿内を迷子にならずにどこへでも行けるようになった。
それと同時に、神殿内の移動時に付いていた護衛騎士が外れた。お客様扱いがなくなったとベアトリスは喜んでいたが、理由はそれだけではない。初めの頃は、迷子防止・禁止エリアへの接近禁止という公の理由の他にも、ベアトリスにアクセサリーの相談をしたいとか、あわよくばお付き合いしたいとか、そんな考えの神官や護衛騎士たちがうようよしていたこと、そして早々にラウズールと付き合い始めたベアトリスをよく思わない巫女や侍女たちがベアトリスに物申そうと1人になるタイミングを狙っていたことから、護衛騎士がつけられたといういきさつがある。
この頃になると、神官たちも相談事はラウズールの部屋に来て時間があれば受けてもらえると分かったし、お近づきになりたい人たちは、ラウズールの鉄壁な守りと親衛隊(エドガー命名)の遠巻きの警護によって、その意志を十二分にくじかれていた。なお、親衛隊は別名「ラウズール様とベアトリス嬢を見守る会」とも呼ばれ、会長のエドガーの他に、名誉会長として豊穣の巫女アデルトルートが就任している(らしい)。女性たちも、ラウズールが健康になり、治療成果も安定し、これまで誰にも見せなかった笑顔をベアトリスにだけ見せるのを見て、諦めたようだ。
それでも諦めないのが、町娘たちだった。町娘たちの一部がベアトリスの自宅でのセラピーに押しかけ、トラブルを起こしたこともあった。ラウズールは護衛騎士による送迎を反対する神官に、経費は自分の給与から差し引けば良いと言ったが、神殿長の鶴の一声で送迎は継続が決まった。
「私が自ら仕事を依頼しているのだから、私の責任で送迎を続けよ」
これはもう、誰も反対できない一言である。送迎の護衛は基本的にエドガーが務めた。休みの日や、どうしても動かせない任務がある時は、親衛隊のメンバーが交代で送迎に付いた。中には、見習い騎士の12歳の少年までいる。エドガー以外の時は、その力量に応じて2人護衛に付くこともあった。(親衛隊の)詳しい事情を聞かされていないベアトリスは、ただみんなが心配して手を尽くしてくれることに感謝していた。
ラウズールとの仕事も順調だった。神殿でのセラピーに男性患者は余り興味を示さないと分かったので、興味を持った人にだけ実施した。グッズも、ほしい人や作りたい人だけに絞った。時々様子を見に来るアデルトルートとも「友だち」と言えるほどの親しい関係になった。
こういう時に限って、事件は起きるものである。思いも寄らないルートからベアトリスとオトヴァルト宝石商に対する訴えがあったのだ。その内容は、「意匠権の侵害」である。告訴したのはモルガン宝飾店。ベアトリスがセラピーグッズとして販売したブレスレットの中に、モルガン宝飾店独自のデザインとして登録されているものがあるとし、販売の差し止めと、同一デザインの商品の売り上げを損害賠償するよう求めたものであった。ベアトリスにとって、寝耳に水の話である。どのデザインが登録されていたのか、そこから調べなければならない。こういう時、神殿の図書館が役に立った。この国には裁判制度はないが、長官が裁判官となって審議する。長官はもちろん「統治」能力者である。
ベアトリスは勤務日ではない日に、神殿の図書館に行った。知的財産についての登録記録の最新版は、去年のものだった。万が一今年登録されたばかりのものであれば・・・
「まさか、私のデザインを盗んだ訳ではないわよね?」
嫌な予感がする。モルガン宝飾店は、リュメルの軽はずみな行為で一時期相当売り上げを落としたと聞く。逆恨みをし、後から登録をして、「それは先にこちらが登録している」と言い張るかもしれない。この場合、一般的には登録された方が勝ちとなる可能性が高い。ベアトリスは図書館の片隅で、大きなため息をついた。
コーエン:訴えられたのって、どんなデザインなの?
トリシャ:それがね、分からないのよ。
コーエン:どうして?
トリシャ:告訴状の説明が下手らしくてね。調べるには、登録デザインから推測するか、直接モルガン宝飾店に行って確認するか、どちらかしかないみたい。
コーエン:ベアトリスちゃんにはハードだね。
トリシャ:パパさん頑張るかしら?
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