4-6 エドガー その笑顔の裏側
初めて評価入れていただきました!
こんなにうれしいものなんですね。
14章完結までまだまだ続きますが、頑張ります!
それでは今日も、よろしくお願いいたします♪
ベアトリスは、セルフセラピーのためにカラーボトルを引っ張り出した。昨日ラウズールから恋人認定されて、まだ心が落ち着かない。ラウズールが言っていた、ガーベラのブローチを取り出す。ガーベラのブローチのシトリンな黄色と同じ、黄色の意味を確認したくなったのだ。
黄色は、「知」の色だ。だから、考えること、論理的なことを表す。でも、これは今の気持ちと関係ない。
注意・注目の色という意味もあった・・・う~ん、ラウズールの隣にいる段階で注目されているのに、これで恋人関係だなどという話が伝わったら、大変! 注目されたくない、ということ? でもちょっと違う。
幸せ・期待・・・うん、これは確実にあると思う。浮かれているとも思う。
反対の、不安・恐怖・・・これから私たち、どうなっていくのかな、っていうところ、不安といえば不安なんだと思う。
黄色を身につけたあの時、私は親や姉に頼らず、1人でもやっていけると思いたかった。いつも誰かの後ろで守られてばかりではいけないと思っていた。だが、ラウズールは、守ってくれると言った。自分の「芯」を持て、という言葉がある。自分が信じるもの、自分とはこれだと断言できるものを持つこと。それができるのは、信じるものがなければ生きていくことが難しいような、過酷な状況の中にいた人だ。自分と他人を比較した上で自分らしさと主張できる人は、劣等感にさいなまれた日々と、そこから見つけた自分のプラスの面の素晴らしさを自覚できるだけの自分と他者の比較をしてきた人だ。
それらが、今のベアトリスに確実にあるかと言われれば、それはまだだ。カラーセラピーを通して、少しずつ自分というものができ始めたという感覚はあるが、神殿での仕事もまだ1日、自分の性格などについてはいまだに自信はない。少しずつ、自分なりに積み上げて、ここまで来た。これからも焦らず自分のペースで行けばいい、とベアトリスは自分に言い聞かせる。
自分は何をするために生まれてきたのか。能力者であれば、それは神なり天命なりによってその能力を活かすために生まれたのだと分かる。だが、特別な能力を持たない自分たちのような一般庶民には、生まれた理由など分からない。ただ人の営みの中で、たくさんの偶然と奇跡から受胎しこの世に生まれた、その事実だけだ。だからこそ、庶民は、いや人は、自分の存在意義を自分で作り、それを他者に認めもらうことが必要なのだろう。
黄色いガーベラのブローチは、ベアトリスが自分とは何か、他者とは何かと考え、苦悩した証だ。ある意味、父が作ってくれたカラーセラピーのグッズだ。ベアトリスもカラーセラピーでグッズを作ることは少なくないが、カラーセラピーに頼りすぎてグッズが溢れてしまうと、そのグッズの色を見て何を思い返すべきなのかが分からなくなってしまう。だから、ベアトリスはアクセサリーが売れることを拒否はしないが、一人の人にたくさん売ることだけは避けたいと考えている。カルテにも記録しているのは、そのためだ。
2回目の出勤日、迎えに来たのはまたしてもエルガーだった。いつものように朝から元気よく笑顔で、
「一昨日中庭であったこと、見ていた人たちがいて! あっという間に! 噂になりましたよ! 今日はいろんな人に聞かれるかもしれませんね?」
などと明るく話しかけてきた。だが、ベアトリスはふと違和感を感じた。エドガーはいつも明るい。花で言えば、向日葵のような人だ。世話好きで、話題も豊富で、話もうまい。外部への送迎にも1人で回されるということは相当腕が立つということだろうし、体も相当鍛えている。筋肉の量で言えば、おそらくアデルトルートの護衛騎士コーエンよりあるだろう。と言うことは、鍛錬を真面目にこなしている人だ。早朝からの任務にも問題なく就いているということは、酒に飲まれて二日酔いで出勤するようなルーズな人ではない。年齢は同じくらいだろうか。それならば妻帯していてもおかしくないが、結婚指輪はつけていない。最も、騎士たちの中には、指輪は剣の動きを邪魔したり、こすれると音がしてしまうことがあったりということで、任務中は外している者もいるとは聞く。ちなみにこの情報は、以前カラーセラピーを受けて自ら行動し、辺境領騎士団の騎士とお付き合いを始めたパン屋の娘が教えてくれたものだ。
ベアトリスはエドガーを見た。エドガーは何?という表情でベアトリスににっこりと微笑んだ。
「エドガーさん、あなたはとても優秀な護衛騎士だと思うんですが、どうして専属に付かないんですか?」
エドガーが一瞬固まった。
「僕のことをそんなに評価してくれるのはうれしいけど、僕はそこまでの実力もないし、なんと言っても自由が好きだからね、毎日同じ所で同じ人としか会わない生活が合わないと思うから、専属に付かないんだ」
いつもより、早口になった。
しゃべりながら鼻をこすっている。
話し終わった後、ベアトリスが作った緑の房飾りをずっといじっている。
間違いない、エドガーは嘘をついている。でも、なぜ?
「エドガーさん、帰りの護衛はどなたか決まっていますか?」
「ん~今日は誰だったかな~。」
「帰りも、お願いできませんか?ちょっとご相談が・・・」
「え、ご指名? うれしいなぁ!」
鼻をこするのも止めたし、房飾りもいじらず、ベアトリスの方を向いて喜んでいる。
これは、本当。ならば、帰りの馬車で試してみよう。
「それじゃ、よろしくお願いしますね」
・・・・・・・・・・
その日の仕事は、ラウズールの患者1人とカラーセラピーを行う予定だった。だが、その患者はカラーセラピーに拒否感を示したため、中止となった。
「ごめん、せっかく君が頑張ってくれようとしていたのに」
「いいんですよ。カラーセラピーは、やりたいと思う心がなければ、やっても仕方がありませんから。それに、ご高齢の方の中には、未知のものを無意識に拒否したくなる人が一定数いらっしゃると聞いたことがあります。きっとあの患者さんもそうだったんでしょう。やりたいと言ってくださったら、また挑戦しましょう」
「ベアトリス、君は本当に優しいね。僕が慰められている気分になる」
「うまくいかないことがたくさんあると気が滅入ってしまいますが、うまくいったことだけ数えましょう?」
「いい考えだね。失敗を繰り返すのは駄目だけど、成功したことまで忘れたら意味がなくなるものね」
時間ができた。ベアトリスはラウズールを見る。この時間は一緒にカラーセラピーをしているはずだったから、ラウズールにも時間はあるはず・・・。
「ラウズール様、お時間があるようでしたら、ご相談があるのですが・・・」
「ラウって呼んでよ」
「仕事中は、きちんとしたいんです。お願いします」
「分かった」
絶対分かっていないだろう、そのふくれっ面は。25歳にもなって、そんな子供じみた顔をするのか。だが、それが可愛いと思ってしまうのだ。惚れた弱みというものだろうか。
「護衛騎士の、エドガーさんのことなんです」
「あいつに、何かされた?」
ラウズールの顔が怖い。
「いえ、エドガーさんはいつも助けてくれます」
「・・・」
「ラウズール様は、エドガーさんを見ていて何か気づくこと、ありませんか?」
「いつも笑っているってこと?」
「そうです。それが、不自然なんです。無理に笑っているように見えるんです」
「どういうこと?」
ベアトリスは今朝の馬車の中での出来事を話した。そして、専属騎士でないことについて、何らかの鬱屈を抱いている可能性があることも話した。
「今日は、帰りもエドガーさんの護衛をお願いしました。あの作り笑顔が完璧すぎて、相当心に負担がかかっていると思うんです。だから、何とかしてあげたい・・・」
「君が優しすぎるのが、本当に心配だ」
抱きしめようとするラウズールを止める。
「一昨日のこと、見ていた人がいて噂になっているってエドガーさんが教えてくれました。仕事中は、駄目です。ちゃんと線引きしましょう」
「あれはね、見せつけていたんだ。ベアトリスのことを狙っていいる男が何人もいたからね、僕の恋人だって見せつけないと、横槍が入りそうで怖いんだ」
ありがとうございます。でも、そのお気持ちは、まだ今の私には重たいです。
・・・・・・・・・・
帰り道、指名通りにエドガーが迎えに来た。シフトに入っていた奴に恨まれた、と言いながらも、エドガーはご機嫌だ。
「エドガーさん、以前、房飾りは緑で作ってほしいって言ったけれども、どうして緑だと思ったんですか?」
「ん~? そうだね、何だか安心するんだよね〜緑って」
「エドガーさんって、目立つのが苦手ですか?」
「・・・どうして?」
「普通に見えるように、と思う人って、緑を選ぶことがあるんです」
「へえ。僕が普通でいたいと思っているってこと?」
「逆です。エドガーさんは人と比べて、自分が劣っているなんて今は思っていないはずです。だって、人と比べて、自分に足りないと思うものを、努力で全て解決していきたのだから」
「・・・どうしてそう思うの?」
「神殿の中で、エドガーさんと小さい頃から一緒にいた人たちから聞きました。負けず嫌いで、一生懸命で、それなのに決して出しゃばらない。もっと上から認められてもいいのに条件がいい話が来ても、すぐに他の人に譲ってしまう。いい奴だけど、大丈夫かなって思うことがあるって皆さん言っていました」
「あいつら、余計なことを」
「エドガーさん、今、『なりたい自分』をイメージした時、何色に感じますか?」
「『なりたい自分』?」
「ええ。こうなったらいいな、こんなことしている自分なら格好いい、そう思えるエドガーさんって、何色でしょう?」
「・・・黄色、かな」
なるほど。やはり無理していたんだ。
「エドガーさんのなりたい自分が黄色なら、緑が気になったエドガーさんは、他の人への嫉妬で心が埋め尽くされそうな気分だったことがあるのではありませんか?もしかしたら、それは突然現れた私に対するもの・・・」
「そうじゃない!」
突然エドガーは声を荒らげた。
「僕は、自分さえ我慢すれば、全体がうまくいくと思っていた。だから、専属に付いていない先輩に専属を譲って、みんなの調整役になろうとした。笑顔でいれば、だいたいみんながいい奴だって言ってくれる。それだけで、いいはずだったんだ。でも・・・」
エドガーは、じっとベアトリスを見つめた。
「君に出会って、君の専属になりたいなんていう気持ちに気づいて、焦ったよ。君に専属が付くはずもない。感情は押し込めておけばいいと思った。でも、一昨日、ラウズール様が君に思いを打ち明けているところを見てしまった・・・僕が嫉妬したというなら、君が活躍することじゃない、君を守る権利を手に入れたラウズール様にだ! 2人きりになって、君を口説くなんて、話しかけるチャンスがあった僕でさえ、まだそこまで言えなかったのに・・・」
思いも寄らないエドガーの告白にベアトリスの頭は一瞬真っ白になった。だが、笑顔でない、真剣なエドガーの表情を見て、きちんと対応しなければ、と思い直した。
「エドガーさん、そんなふうに私のことを思ってくださって、ありがとうございます。私、小さい頃に聖歌隊にいて、そこでラウズール様と出会っていたんです。名前も顔も覚えていなかったけれども、私の初恋の人でした。だから、ラウズール様に無理矢理迫られたわけではなく、ちゃんと自分なりに考えて、ラウズール様とお付き合いすることにしました。そこは、ご理解くださいね」
エドガーはしゅんとしている。失恋させてしまったようだ。だからこそ、ここでのフォローが大切だ。
「エドガーさんは、自分のなりたい姿は黄色だって仰いましたよね? 黄色って、注目されたい気持ちのあらわれであることがあるんです。本当は、実力通りに専属護衛騎士やそれ以上の立場に立ちたい、自分が活躍することでみんなを守りたい、そういう高い意識があるんでしょう? ならば、エドガーさんにしかできない護衛騎士の姿を目指してみませんか?」
「僕にしかできない、護衛騎士の姿?」
「はい。それが何なのかは、私には分かりません。でも、エドガーさんなら、騎士の仕事も、神殿の仕事も、全部分かっています。エドガーさんなら、エドガーさんが一番自分らしく活躍できる騎士のあり方を見つけられるのではないでしょうか?」
「自分らしく活躍できる、騎士のあり方」
「はい、あ、でも、私、専属なしの護衛騎士の中では、エドガーさんのことを一番信頼しているんです。だから、私に専属騎士が付かないのは当然ですが、できるだけエドガーさんにお願いしたいです」
エドガーは小さく頷いた。
「私たち、護衛騎士と守られるスタッフではなく、友だちにはなりませんか?」
「友だち?」
「はい。あくまで、友だちです。エドガーさんが苦しい、嫌だと思うなら止めます。せっかく楽しくお話できる人と出会えたので、私はエドガーさんと友だちになりたいです」
はあ、とエドガーがため息をついた。
「降参。君には叶わないよ。分かった、友だちだ」
でも、とエドガーは続けた。
「君がラウズール様に泣かされることがあったら、僕は容赦しないよ」
敵を作ったのか、味方ができたのか、よく分からない状況になったが、ここまではラウズールにも確認済みだ・・・勿論、相当渋い顔をして、それなりの時間ごねられた末に、無理矢理着地させた結論だ。
これ以降、ベアトリスの送迎は、エドガーが専属的に行うことになった。エドガーの剣帯につけられていた緑の房飾りは外され、その代わりにエドガーの手首を、シトリンのブレスレットが飾るようになる。エドガーの自分探しの結果は、まだこれからだ。
エドガーは失恋しましたが、これからもベアトリスのよき友でいてくれるはず。
ビーちゃん、急なモテ期到来か?
これにて4章終了、次回から5章、橙の章です。
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