4-4 初出勤
よろしくお願いいたします。
今日は、ベアトリスが正式にラウズールのスタッフとして出勤する初日だ。神殿長のサインが入った雇用契約書の写しが届けられた時に、一緒にスタッフ用の制服も2組添えられていた。
「これを着た君と一緒に働けるのを楽しみにしている」
一筆箋に書かれたラウズールのメッセージにドキドキしてしまった。だが、ラウズールは将来を期待される神官であり、治癒能力者の中でも特異な、内科と外科の二重治癒能力の保有者である。ラウズールのような人は国から保護され、その能力が遺伝する可能性をかけて、同様に優れた能力を持つ女性と縁を組まれるに違いない。
私は、何の能力も持たない庶民だもの。高望みをしたら、痛い目に遭うのは私だけ。ならば、お側で仕事をさせてもらえることに感謝しよう。
医療スタッフの制服は、巫女と神官の制服をベースにしている。それは、医療スタッフが何らかの能力者でのみ構成され、下働きの庶民や事務仕事をする「統治者」スタッフとは違うことを表すためなのだろう。引きずるギリギリの長さの巫女服の裾を20センチほど短くしてある。エプロン代わりのチュニックの色は白ではなくほのかなピンク色で、21歳のベアトリスにはちょっと若作りな気がしてしまう。そのピンク色なら大人でもおばちゃんでも大丈夫よ、とレルヒェは言ってくれたが、その言葉で自信を持てるほど図太くはない。
「おはようございま~す! 神殿よりベアトリスさんをお迎えに参りました~!」
神殿からの迎えの馬車が来た。この間延びした明るい声は、エドガーだろう。
「エドガーさん、おはようございます。お迎えありがとうございます」
「ベアトリスさん、制服似合ってます! めちゃくちゃかわいい!」
21歳の適齢期を過ぎた人間に、そんなことを言ってはいけません。
引きつった笑みを浮かべながら、ありがとうございます、と何とか返す。
「今日はね、誰がベアトリスさんを迎えに行くか、朝から大揉めだったんですよ!」
なぜ自分を迎えに行く程度の事で揉めるのか。あ、そうか。
「皆さん、庶民の私を迎えに行くなんて嫌ですもんね。エドガーさん、ごめんなさいね」
「逆ですよ。みんな行きたがって大変だったんです。専属なしの護衛騎士がみんなでギャーギャー騒いでいたら神殿長の所の怖~い神官が来て、『黙れ!』って一喝! あの人、声の関係の能力持ってるのかな、みんなピタッと動かなくなって。『勤務初日に緊張しているご令嬢を迎えに行くのだから、少しでも見知った者が行くべきだ』って言ってくれてね。それで、俺になりました!」
あの房飾りが、相当なアドバンテージになったらしい。
「みんな、ベアトリスさんと話をしたくて仕方がないんです。ベアトリスさん、余計なことしゃべらず、聞いてくれるでしょう? 町のお嬢さん方とのお見合いパーティーに言ったことがあるんだけど、みんな勢いがすごいんだよ。だから、穏やかにニコって笑いかけて挨拶してくれるベアトリスさん、そういう意味でも狙われてますよ。あんまり声を掛けられていると、気にする方がいると思うんで、行く前にご忠告です!」
そういうエドガーさん、あなたも十分饒舌です。
いろいろ突っ込みどころはあったが、ご忠告ありがとうございます、とだけ言っておく。
「あ、もう1つ。前に食堂で揉めた騎士、覚えています?」
「私にカラーセラピーしてほしいって言ってきた、あの人?」
「そう。あいつ、未だにしつこくチャンス狙っていますから。ラウズール様の傍にいれば大丈夫だと思います。あいつだけが護衛に付くことはないように班長がシフトを考えているみたいですが、とにかくあいつと2人きりにならないように、1人歩きにも気をつけてください」
「なんだか穏やかじゃないですね」
「それ言い出したら、女性陣の方が怖いかも。ラウズール様狙いの人、神殿の内外にそれなりにいますからね。それこそ1人で歩いていたら大変かも。特に、町中に噂が出回るのは早いですから」
ああ、それは確かに嫌だ。そこまで考えが及ばなかった自分に腹が立つ。あんな美丈夫にファンがいないわけがないのだ。自分だってラウズールは素敵だと思うが、過激派のような行動はできないし、したくはない。
「いろいろ、注意しますね」
「だんだん覚えていけば大丈夫だし、護衛騎士やスタッフもその内にベアトリスさんがいることに慣れる。慣れればそんなに声も掛けられなくなると思うよ。あ、別の意味では・・・」
「?」
「ま、何とかなるよ!」
エドガーのこのオプティミスティックな思考に憧れながらも、よくしゃべるなあ、と遠い目をしてベアトリスは馬車に揺られ続けた。
エドガーさん、あなたはビーちゃんのこと、どう思っているの?
そして次回、あの二人の関係が・・・
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