4-3 アデルトルートの初恋
よろしくお願いいたします。
時は遡る。
ベアトリスとリュメルのトラブルの後、騎士団の捜査が入った。ベアトリスが神殿の豊穣の巫女に呼ばれ、その帰り道だったという事情から、アデルトルートにも確認したいということで騎士団の捜査担当者がやって来た。
この国のシステムを今一度確認しておこう。この国では国民全員が1歳で能力判定を受ける。そしてその時に「知」「武」「それ以外の有能な能力」を判定する。「知」とは知識ではなく思考力であり、「知」と「武」の二つを持つ者は「統治者」と判定される。「統治者」の中でも最も優れた者が「王」となる。だが、その家族が「王族」となるわけではない。王妃は王の家族だが、「王子」は王の子ではなく、次に王になるだけの能力を持っている者たちであり、第一王子から第五王子までが、その能力の順に任命される。王と王妃の子であるという理由では継承権はなく、能力者でないと判定されれば、王の子として家族の元で暮らし、「統治者」ならば「統治者」の養成所に、それ以外の能力者ならそれぞれの養成所で、適切な教育と住環境を与えられ、親子であると知ることもなく生きることになる。王はその能力によって10年に一度判定確認があり、第一王子の能力が王を上回れば王は交代するし、王子たちの序列も、そもそも王子としての地位を保てるかどうかも、判定される。能力主義の厳しさこそが、この国の根幹をなしているのだ。王族以外の「統治」能力者たちは、大臣、官僚や地方の長・官僚としてその能力を活かしていくことになる。
「武」の能力のみを持つ能力者は「軍」の所属となり、その能力を鍛え、さらなる技術もたたき込んで、この国を守る存在となる。一番多いのは剣などの武器を使いこなす能力だが、走るのが速く伝令として養成された人や、軍馬を巧みに調教できる人なども「軍」でその能力を鍛えられる。騎士団は「軍」の下部組織である。騎士団は各地で結成された自警組織という扱いだが、「軍」から騎士が派遣され、治安維持や戦争、災害対応や危険害獣の駆除の手伝いなどを任務としている。「軍」や騎士団の中にも、食糧の購入、医療機関との連携、書類仕事などがあるが、それらは「統治者」から文官が派遣され、うまく回している。
「それ以外の能力者」たちは、神殿預かりとなる。最も尊ばれるのは治癒能力者だが、農業に活かされる能力、天気の先読み、水のある場所を言い当てることができる、等様々な能力が確認されている。いずれも、生まれ持った才能・能力であり、成長後にそれ以外のものに興味があっても、興味があるものを職業とすることはできない。あくまで趣味としてなら許される。能力者は生活を保障されるが、ある意味「籠の中の鳥」なのである。能力なしと判断された「庶民」の方が、生活は自分で立てていく必要はあるが、職業選択の自由が保障されている。どちらがよいかは、判断しかねるところだ。
さて、この地はいわゆる辺境地である。隣国との境はあるが、そこには「魔の森」と呼ばれる森がある。その森が「魔の森」と呼ばれる所以は、そこに「澱み」があるからだ。「澱み」とは何か、解明されていることは少ない。今、分かっていることは、このドゥンケル辺境領の「魔の森」にのみ存在すること、それは真っ暗な闇の姿をした、異界との接点だと思われること、数十年に一度「澱み」から得体の知れない生き物たち=魔物が溢れでること、その間隔は不定期で、魔物たちの討伐が非常に困難なこと、である。統治者・軍・神殿はこの情報を秘匿事項とし、庶民には一切知らせていない。隣国がこのドゥンケル辺境領に攻め込まない理由は、この「魔の森」を領地にしたら自分たちが魔物討伐をしたくないからだ。現在、「魔の森」の外縁が国境となっている。庶民に知られずに魔物から国と民を守る為、王家は王子をこの地に派遣し、直轄地として「澱み」の吐き出す魔物たちに備えてきた。現在、この地を統括しているのは、第五王子のレイモンドだ。レイモンド王子はドゥンケル辺境領騎士団の中に、特別部隊「黒龍騎士団」を設置した。自分が騎士団長となり、自身の思うように動かせる精鋭部隊である。黒龍騎士団は黒い鎧や兜を纏うことから、黒龍騎士団のメンバーは「黒騎士」と呼ばれている。
ベアトリスを助けたのは、この黒龍騎士団長レイモンド王子だった。だが、黒龍騎士団の団長がレイモンド王子だということは庶民には知られていない。庶民はただ黒騎士たちの強さと美しさに憧れ、娘たちの中には「黒騎士様と結婚したい」という願望を叶えるため、様々な活動をしている者もいる。
アデルトルートは、騎士団からの捜査担当者と聞いて、文官が来て調書を作成するのだろうと考えていた。だから、部屋を訪れたのが「黒騎士」の団長と知って驚いた。
「ドゥンケル辺境領騎士団内、黒龍騎士団団長のレイと言う。このたびは豊穣の巫女殿に調書をお願いしたく、下っ端の文官では不足だろうと思い、団長の私が参上した」
「あ、そうでしたの」
アデルトルートの背は、15歳にしては高い方である。だが、アデルトルートの頭のてっぺんの高さが、黒龍騎士団長のレイの肩の辺りだろうか。これほど背の高い人間をアデルトルートは見たことがなかった。それに、表情は厳しいが、目は優しい。この人はきっと心根の優しい人なのだろう、とアデルトルートは考えた。
「それで、どこからお話しすればよろしいのかしら?」
「まずは、庶民の被害者と巫女であるあなたの接点から」
聞き取りは1時間にも及んだ。アデルトルートは途中喉の渇きを覚えたが、レイの質問は途切れることがない。これで終わろうと言われた時、アデルトルートはぐったりしてしまった。
「喉が渇いてしまいました。今からハーブティーを入れますので、1杯どうぞ」
「いただこう。」
トリシャが、ミントのハーブティーを淹れる。しゃべりすぎて火照った喉がすーっとする。トリシャの選択はさすがだ。これこそが「調整」能力者の力だと、アデルトルートは心の底から思う。
「ベアトリスは、私の大切な友だちです。ベアトリスが無事で本当に良かったと思っていますし、これからもその何とかいう男から守っていただきたいですわ」
「我々は個人を守ることはしないが、非力な女性を守ることは誓おう」
「ええ、それだけで十分ですわ」
顔を上げたアデルトルートは、レイの目の奥にあるものが一瞬、見えた気がした。
「え?」
「何か?」
「いえ、団長様の目の奥に、一瞬ですが何か見えたような気がしたのですが・・・気のせいかしら?」
レイは一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに元の顔に戻した。
「巫女殿、これからも私は神殿と協力しながらこの地を守っていきたいと思っている。巫女殿は15歳をお迎えになったと聞く。今後は、巫女殿の儀式に騎士団が関わることも増えるだろう。私のことはレイと呼んでくれ。私も巫女殿の名を呼んでも良いだろうか?」
「ええ。アデルトルートと申します」
「アデルトルート。これからもこの地のことをよろしく」
「こちらこそ、どうぞ人々をお守りください、レイ団長」
レイ団長か、と苦笑いされたが、今はまだそれでいい、と言われた。小首をかしげると、レイの目が一層優しいものとなる。それでは、とレイが退室した後、アデルトルートはトリシャに言われるまで、自分が呆けていたことに気づかなかった。
「一目惚れ、ですか?」
「や、やめてよ、ちょっとトリシャったら、何を言い出すのよ!」
「今度ベアトリスさんが来たら、町の娘たちに講評の、恋愛相談に乗って貰うといいかもしれませんね」
「ちょっと、まだ、そんなのじゃないから!」
お顔の色は正直ですよ、とトリシャは言って、アデルトルートとレイのカップを片付けに行った。
「ねえ、コーエン。レイ団長って、どんな人だと思った?」
「そうですね、真面目だと思いますよ。女関係は、これから調べてみないと何とも言えませんが」
「そんなの聞いていないわ! もういい、1人にして!」
コーエンはアデルトルートから見えないギリギリの位置に下がる。戻ってきたトリシャと、これからが大変だとため息をつく。
「まあ、年の差はありそうですが、向こうがお望みになる可能性もなきにしもあらず、ということで」
「期待はしないが、必要な処置はするよ」
「よろしくね。神殿長にも、報告を」
「はいはい。じゃ、早速行ってくる」
豊穣の巫女は、次の巫女が生まれるまではその任を解かれることはない。母性に繋がるこの能力は、幸せな結婚をして出産するとさらに増していくという。
騎士団長でも、そうでなくてもいい。アディ様には幸せになってほしい。
トリシャは真っ赤になったままベッドでゴロゴロしているアデルトルートを見つめながら、そう思った。
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