1-2 魔女との生活
まだまだ恋愛要素は出てきません。
ベアトリスは指針の魔女と生活するようになっても、指針の魔女と相談者の話そのものを聞くことはなかった。が、指針の魔女から、人から相談された時の態度や話を聞き出すためのスキル、ちょっとした小道具などについて教えられた。そして、そんな技術や小道具を使って心理を読み解く方法を学んだ。
15歳になると、それらの技術や小道具を使って、自分について知ることが課題として与えられた。小道具は、インクのシミのような絵だったり、自分が描く木の絵だったり、人の絵だったり、ハーブや花の香りだったり、本当にいろんな種類があった。
ベアトリスにとって、指針の魔女の教えの中で最も印象深かったのは、解決策は相談者本人が導き出さねば本当の解決にはならない、という教えだった。
「助言はできる。でもね、これだけはよく覚えておくんだよ。人間は自分で決断したことにしか責任を持てない。人から与えられた解決策だと、失敗した時にその解決策を与えた人のせいにしてしまうんだ。誰もが、自分の失敗を認められるわけではないからね」
指針の魔女は何かあるたびにベアトリスの目をしっかりと見つめて話をした。
「解決策を示したお前のせいだから責任を取れ、なんていう馬鹿者がこの世にはあまりにも多すぎる。たとえ能力持ちであっても心が弱いやつもいるからね。そういうやつらに絡まれると、後が大変なんだ」
きっと指針の魔女様に実体験がおありなのだろう。話し終わると必ず遠い目をして、次に眉間に皺を寄せて、最後に玄関の外に塩を撒きに行くから。
ベアトリスが17歳になると、親から
「レルヒェも結婚したことだし、状況が許すならば帰ってこないか?」
という手紙が度々ベアトリスに届くようになった。この国では20歳前後に結婚することが多い。3歳年上のレルヒェは、家業の宝石商を継ぐために婿養子を取り、ベアトリス不在のまま結婚していた。親は商売の第一線を今後10年で少しずつ譲るつもりでいるらしい。20歳で結婚するためには、魔女との閉ざされた環境から人々の暮らす世俗の環境に戻し、結婚相手を見つける必要がある。親としては、その準備に3年は必要だと見込んだのだろう。
「どうする、ベアトリス。お前はもう対人関係に悩んでも、十分対応できると思うが」
指針の魔女はベアトリスに十分な知識を与えてくれた。カラーセラピーの知識があれば、結婚せずとも生きていくこともできる十分な技術もある。もちろん、依頼人が来れば。
「指針の魔女様、私は、あなた様の弟子として、もう少し実践を積みたいのですが……それに、私は相談事すべてに対応できません。指針の魔女を名乗るには、まだ早いかと」
指針の魔女本人はベアトリスをいつでも家に帰せると考えてはいるが、ベアトリス自身の希望でもう少し修行させると決めた。ベアトリス自身にも親に返事を書かせた。ベアトリスはこれから時々家にも顔を出すが、修行を続けたいと訴えた。親からは指針の魔女に、もう少し世話になることに対する礼がしたためられた返事が届いた。
それ以降、指針の魔女は相談の仕事を全てベアトリスに任せた。勿論困った時には助け船を出した。
実家に顔を出すようになったベアトリスは、久しぶりにオトヴァルト宝石商の工房に足を踏み入れた。職人たちが原石から宝石の部分を取り出し、カットし、磨いていく。指定された、輝くためのカットをさらに施し、ルースに加工する。加工したルースを、デザイナーや顧客の指示書通りにネックレスやリングに仕上げていく。同じ年頃の娘であれば、過程を経て一つの「作品」になっていくその様に心を奪われるものだ。
だが、ベアトリスは違った。原石から削り出す作業や、カットをする時に出る、屑石や削られて出た石に反応した。パヴェにもできない小さなものや、ファンシーカラーとさえも言えない色の薄い部分に心を寄せた。
「屑石は捨てなければいけないものなのでしょうか?」
ベアトリスは父と工房長と職人の許しを得て、屑石や欠片を色毎にガラス瓶に集めてもらうようにした。実家に帰るたびに少しずつボトルにためた屑石や欠片は、2年ほどである程度たまった。ベアトリスはそれを14のボトルに丁寧に詰め直した。
「できた!」
ベアトリスは、14色の宝石の詰まったボトルを持って、指針の魔女の元に戻った。
「指針の魔女様、私だけのカラーボトルができました!これを私のカラーセラピーの道具にしたいと思うのですが、どうでしょうか?」
指針の魔女は、淡い色の屑石と、掛けたりひびが入ったりして売れなくなった濃いめの石、そしてそれらの色が様々な濃淡で詰められたボトルを手に取った。
「光に透かしてみると、きれいなんです。絵の具を塗ったカラーカードもいいんですが、実家の工房で捨てられるものを集めてみたんです。」
指針の魔女は、だが、少しだけ困ったような顔をした。
「ベアトリス、色の濃淡も、カラーセラピーでは診断の基準となると教えたね?
これだけ濃淡があり、さらに薄い色が主体では、カラーボトルとしては使えない。ビーズとか、ガラス玉とか、そんなものでもいいから、もっと濃い色の部分を作れないかい?」
ベアトリスは、さらに1年をかけて、欠片を集めた。一方で、製品化されたビーズでも同様にボトルを作ってみた。ビーズの方が簡単に作れるが、宝石の輝きはやはり宝石でなければ出せない。あのキラキラにうっとりしない人なんていない、とベアトリスは信じている。
「セラピーには、宝石のボトルを使いたい」
今までただ捨てられるだけだった存在が、たくさん集まることで新たな価値を持ち、役立てる。自分でも理由も分からないまま家族と自分を否定し続けた、その自分が、相談という仕事を通して価値ある存在となった。ボトルの中の屑石や欠片が、自分に思えてならなかった。
だから、最初から売り物として一定の品質を保証されたビーズのボトルでは、ベアトリスの心が動かない。ベアトリスの心が動かないのに、どうして他人の心を動かせるというのか。とはいえ、きれいなものであることに違いはない。ベアトリスはビーズとガラスのボトルをあくまで予備として扱い、ボトルにせっせと屑石を集め、なんとか魔女の許可が出るレベルのボトルを作った。
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こうして20歳になったベアトリスは、自分なりの相談の方法と道具を手に入れ、指針の魔女のところから家に帰ることにした。とはいえ、カラーセラピーだけお墨付きを得た。
姉夫婦は別所帯だったので、10年ぶりに父・母と過ごす新たな生活にあまり緊張することはなかった。ただ、相談というのは、看板を出しても人がすぐに商売になる訳ではない。困っていることを他人に知られたくない人も多い。指針の魔女としてたった一人で活動していればまだ良かったのかもしれないが、何せベアトリスの仕事部屋は、実家のオトヴァルト宝石商の一室である。入るのもためらってしまう人は少なくない。
10歳から指針の魔女の家に行っていたベアトリスには、友と呼べる人も少ない。挨拶程度だった友人の顔なんて、もう思い出せない。結婚相手を探してそれとなく釣書を置いていく親に申し訳なく思いながら、ベアトリスはため息をつくばかりだった。
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