4-1 業務提携1
第4章です。
アルドーナが退院した後、ベアトリスは父親と共に神殿長から呼び出された。神殿長は、滅多に人前に姿を見せない。神殿長の業務は1歳児の能力判定と戸籍管理、そして能力者育成の総括である。そんな神殿長に呼び出されるとは・・・神殿に出入りするようになったベアトリスでさえ、まだまだ緊張するのだ。ましてベアトリスの父にとっては人生初の大事件である。父は食事が喉を通らない日が続いた。母は相変わらず、
「すごいわ! 名誉よ! 庶民が神殿長にお会いできるだなんて!」
と騒いでいたが、レルヒェでさえもさすがに呆れたのだろう、
「また言いふらして、他所様と揉めるのだけは嫌よ」
と冷たく言ったらしい。現場にいなかったベアトリスはその光景を頭に浮かべてみる。とてもよく情景が浮かんできた。
胃が痛むのを薬で散らしつつ、アルドーナさんの胃の痛みってもっとひどかったんだろうなあ、などと現実逃避をしながら馬車に揺られ、神殿に到着してしまった。
「行こうか」
こういう時、父は頼りになる。父と受付に向かうと、いつもの神官が声を掛けてくれた。
「ベアトリスさん、今日は大変ですねえ」
「ええ。なぜ呼ばれたのか分からなくて・・・一体何が起きているんでしょう?」
ははは、と神官は笑った。
「悪いことで呼び出されたなら、逃げられないように神殿騎士をつけて、即日呼び出しています。だから、悪いことじゃないはずですよ」
「ああ、よかった!」
父もほっとした顔をしている。
「そういえば、僕、あなたに名乗っていませんでしたよね? きっとこれから神殿の出入りが頻繁になると思いますので、是非名前でお呼びください。ヴァルトと申します。まだ見習いなので、もうしばらくは受付にいますよ」
「ヴァルトさん、ですね。覚えましたよ!」
「はい、じゃ、神殿長の所に行きましょうか」
ヴァルトは神殿長の所から迎えに来ていた護衛騎士と共に、案内してくれた。ベアトリスもまだ立ち入ったことのない建物に入っていく。アデルトルートたちの住む建物とはまた別の、神殿長のためだけの居住スペースのようだ。
「ヴァルトです。オトヴァルト氏とベアトリス嬢をお連れしました」
中から同様の文言が告げられる。?が頭の中に増殖していく。やがて、中から声がした。
「入りなさい」
神殿長の部屋は、三重扉になっていた。それだけのセキュリティーが求められる、この国至高の人物の一人。ヴァルト、父、ベアトリス、護衛騎士の順に部屋に入る。通過した扉を閉めないと、次の扉は開かない。扉毎に護衛騎士が付いている。
ああ、先ほどの入室許可は、伝言ゲームだったのね。
ベアトリスたちは、最後の扉をくぐり、神殿長と同じ空間に入った。そこは白かった。窓がないのに、そして照明がないのに、明るい。この空間は何なのだろう?
「こちらへ」
護衛騎士に声を掛けられて、周りをキョロキョロと見回していたベアトリスは礼儀知らずの娘と叱られるのではないか、とおろおろした。
「皆さん、初めて来た時はそうなります。大丈夫、そんなことでお怒りになる方ではありませんよ」
ヴァルトが耳元でそっとささやいてくれる。
ああ、いい人だ。ヴァルトさん、ありがとう。ちょっとだけ心が軽くなりました。
指示された席に着くと、ベアトリスたちが入ってきたのとは別の扉が開いた。そこから入ってきたのは、髪が床につきそうなほど長い、若い男性だった。慌てて立ち上がり、お辞儀をする。
「神殿長です」
若い男性の側仕えの神官だろうか、神殿長を紹介する短い一言があった。
「気を楽にしなさい」
神殿長と言うからには、老齢の人物かとベアトリスは思っていた。だが、そうではないらしい。声も確かに若い。若いけれども、なんだかこう、体から光があふれ出てくるように、何かの力が周囲に溢れ出ている気がする。年齢や経験ではなく、力のある人が神殿長になるのだろう。
「では、名乗りなさい」
神官の合図で、父とベアトリスは一歩前に出る。
「フォルクラート・オトヴァルトでございます。拝謁の機会を賜り、感謝申し上げます」
「ベアトリスでございます。拝謁の機会を賜り、感謝申し上げます」
「顔を上げなさい」
神殿長の声に、2人で顔を上げ、神殿長を見る。やはり若い。
「座りなさい」
神官に促され、座る。ヴァルトはベアトリスの傍に立っている。
「今日呼び出したのは、お礼と依頼のためだ。ベアトリス、お前は前日ラウズールの医療スタッフとして、患者の心の憂いを払い、事件解決のために情報を引き出すことに成功した。神殿では、いや我々の力では、心の傷だけは癒やすことができない。民の憂いが払われ、心安らかに生活できるようにすることが、我らの仕事だ。助力に感謝する」
神殿長直々のお言葉だが、ベアトリスは緊張の余りうまく話すことができない。父が見かねて代わってくれた。
「神殿長のお言葉、ありがたく頂戴いたします。娘は元々人付き合いが苦手で心を開くことができませんでした。『指針の魔女』さまのおかげで何とか普通の生活ができるようにまでなりましたが、尊い方々に対する礼儀などは教えておりません。何卒、ご容赦を」
「心配するな。ラウズールやアデルトルートだけでない、接点のあった侍女や神官、それに護衛騎士たちからも『ベアトリスをいじめるな』と釘を刺されている」
神殿長にもの申すとは、神殿内のヒエラルキーはどうなっているのだろうか?
「それで、だ。ベアトリスにやる気があるならば、正式にラウズールの医療スタッフとして認めようと思うのだが、どうか」
「娘は御覧の通り、能力者ではありません。そのような者が医官に立ち交じるなど、問題になりませんか?」
「神殿長が認めるのだ。文句を言う奴がいれば黙らせよう。それに、能力を差し出せと言っているわけではない。カラーセラピーとて、万能ではないと分かった上で言っている。効果的に使える手段は多ければ多いほど良い・・・それが特に、医官ではどうにもできないことであれば、なおさらだ。それにな」
神殿長はベアトリスの目をじっと見つめた。何か能力を使って、ベアトリスのことを調べているのだろうか?
「ラウズールはペアを組むことができない。内科も外科も両方できてしまうからな。それに、ラウズールは優しすぎて、心が持たないことがある。先日ラウズールが倒れたのに気づいたのも、ベアトリスだったな?」
「はい。アデルトルート様の所へ伺う際、中庭で・・・」
「中庭の花だけが癒やしだったのだが、最近お前に作ってもらったイヤーカフを鏡越しに見つめて心を落ち着かせ、夜寝る時に外して石を磨きながら癒やされているらしい。つまりはな、お前にラウズールの心も癒やしてやってほしいのだ」
何だか恥ずかしくなるような言葉が聞こえた気がする。ベアトリスは父の顔を見られない。ラウズールは、会うたびに甘い態度で接してきている、とベアトリスには感じられる。
何だか違う方向の勘違いをしそうで、怖くてならない。
「ラウズールのように内科も外科も治癒できる能力者は、ごく稀だ。医療の知識も豊富で、技術もしっかりしている。あの才能を、心の問題で潰してしまうことは、国として絶対に避けたい。お前がまず関わるのはラウズール。ラウズールからの依頼があって初めて、ラウズールの患者にのみ、カラーセラピーをさせよう。他の医官や患者から頼まれても、断ればいい。ラウズールの能力を最大限に発揮させ、この国を守るために、ベアトリス、お前の努力の成果を活かさないか?」
自分の技術が、国のためになる。誰かのためになる。ラウズールの役に立つことで、顔も知らない多くの人の役に間接的に役立つことができる。ベアトリスのこれまでの人生では考えられなかったほどのスケールの話だ。父の顔を見る。小さく笑顔で頷いてくれた。
「ご期待に添えるか分かりませんが、精一杯努めます」
神殿長は笑顔になった。神官が、手続きはヴァルトとラウズールに聞くように、と言うと、神殿長は立ち上がり、頼んだよ、と言って出て行った。
「私たちも行きましょう」
ヴァルトの声に、我に返る。立ち上がり、4人であの重厚な三重扉をくぐる。
「これからは、ベアトリスさんも神殿の仲間ですね」
「あの、私はこれからどういう勤務形態になるのでしょうか?」
「今からラウズール様の所に行きます。お父上が一緒にいた方が無理な勤務条件にならないでしょう?ご自宅でのお仕事もあるでしょうから、よく相談すればいいんです。少なくとも、あなたを神殿住まいにすることはありません。神殿で囲ってしまったら、それこそ問題視されるかもしれませんからね」
意味深な神殿長。裏で何を考えている?
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