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カラーセラピスト ベアトリスの相談室  作者: 香田紗季


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3-4 ご婦人の悩み事2

よろしくお願いいたします。

 休憩の後、ベアトリスはラウズールの医務室でアルドーナを待った。やってきたアルドーナは、倒れそうなほど細いが血色はよく、体のことだけ考えれば確かに退院できる状態と言えるのだろうとベアトリスは思った。


「今日は、胃と腸の調子が崩れていないか、確認しますね」


 ラウズールは、椅子に座ったアルドーナの腹部近くに手をかざし、スキャンを行う。


「良さそうですね」

「はい、ありがとうございます」

「実は、アルドーナさんに確認したいことがあります」

「何でしょうか?」

「アルドーナさんは、退院したいですか?」

「と、当然じゃないですか?」

「では、家に帰りたいですか?」

「帰りたいです」

「本当に?」

 先生は、一体何が言いたいんですか? 退院したら家に帰る。当たり前の事じゃありませんか?」


 ラウズールは、アルドーナの目が確かに揺れていることを確認した。だが、これではきっと本心は出てこない。


「アルドーナさん、今日は私の友人を連れてきました。ちょっとお話ししましょう」

「・・・・・」


 アルドーナは、ついたての裏から顔を出したベアトリスを見て、視線をそらし、黙ったまま頭を下げた。


「アルドーナさん、初めまして。カラーセラピストのベアトリスと申します。今日はラウズール様の紹介で、アルドーナさんと少しお話をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

「・・・まあ、いいですよ」


 よし。ベアトリスとラウズールは、目を合わせてうなずいた。カラーボトルを取り出し、並べる。キラキラしたカラーボトルにアルドーナの目が釘付けになる。

 

「これは?」

「実家が宝石商なので、屑石やカットした時に出る欠片を集めて作ったんです。きれいでしょう?」

「そうだね。旦那は陶器職人なんだけど、絵付けをする時の色って、焼き上がりと全然違うんだ。最初の頃は驚いたよ。焼かないとこの色にならないんだって、旦那が教えてくれた」

 

 旦那さんのことが怖くて仕方が無い、というわけではなさそうだ。ベアトリスはそのことにほっとした。まずは、「つかみ」を確実にしよう。


「では、アルドーナさん。あなたが入院した原因を、色で思い浮かべると、何色だったと思いますか?」

「あの時かい? う~んそうだねえ。黄色かな?」

 

 体の中のことは人間でもうまく言語化できないことがある。体調不良を色で喩えさせると、胃の場合は「黄色」と答える人が多い。これが便秘や下痢などの症状だと、「橙」と答える人が多くなる。ちなみに呼吸器症状、例えば、風邪やアレルギー性鼻炎、喉の痛みなどがあると「青」と答える傾向がある。


「黄色ですか? 胃の辺りですね」

 

 アルドーナの顔が固まる。


「それでは、今、調子が悪い所は、何色っぽい感じがしますか?」

「そうだねえ、緑かねえ」

「え、もしかして、すごくドキドキしていますか?」

「は、なんで分かるんだい!」

「緑は心臓の異常を感じた時に示される傾向が強い色です。先ほどのラウズール様の診察では特に問題が無かったはずなので、心臓系で異常を感じるということは、ドキドキしていらっしゃるのかと思いました」

「へえ、カラーセラピーっていうのは、いろんなことが分かるんだねえ」


 よし、つかんだ。


「自分の心が本当は何を思っているのか、よく分からない時ってありませんか? モヤモヤするけれども、何にモヤモヤしているのか分からない時や、言葉にうまくできない気持ちに名前をつけたい時に、とっても有効なんです」

「はあ、そういうものだったんだね。最近神殿でよく聞いた名前だったけど、怪しい占いぐらいにしか思っていなかったよ」

「『指針の魔女』様の直伝ですから、いい加減なものではありませんよ」


 魔女は能力者と違って、特定の分野について、後天的な努力で技術と知識を得た者たちだ。先天的な能力者がカラーセラピーをやるとしたら、道具などなしに直接心を覗き込むか、オーラのようなものを読み取ってしまうに違いない。


「ちょっとだけ、自分の心を覗いてみたくなりませんか?」

 

 アルドーナにためらいの表情が浮かぶ。


「カラーセラピーは、現状について知るだけでなく、今後自分がどうするべきだと考えているのか、それを見つけることもできます。先ほどラウズール様と退院についてお話しなさっている様子を拝見しましたが、退院後の生活に何か不安があるのではありませんか?」


 アルドーナは俯いて、しばらく逡巡しているようだった。ベアトリスは、黙ってアルドーナが答えを出すのを待った。

 

「わかった。お試しってことでいいね?」

「はい、勿論です」


 ベアトリスは今一度カラーボトルを決められた虹色のグラデーションに並べた。


「それでは。アルドーナさんは、退院したら家に帰りたいって言っていましたよね? 家に帰りたい気持ちを色で表すと何色ですか? あまり悩まずに、思う色のボトルを取ってください」


 アルドーナはさっとボトルに目を走らせると、橙色のボトルを手に取った。


「それは、ポジティブなイメージですか、ネガティブなイメージですか?」

「ネガティブ、かねぇ」

「橙色のネガティブな意味といえば、依存、孤独、ショック、トラウマなどの意味があります。何か思い当たる言葉はありましたか?」

「1つかい?」

「いいえ、いくつでも」

「旦那のことが思い浮かんだんだよ。そしたら、『孤独』って言葉がしっくりきた。子どもたちは独立して、今、あの家に旦那が1人でいる。1人で、さみしいんじゃないかって。今まで5人家族で大騒ぎしていたのに、たった1人で・・・」

「旦那さんがさみしいんじゃないかって思っていたんですね」

「そうだね。それから、『依存』って言葉も妙に引っかかった。私が旦那に依存しているのか、旦那が私に依存しているのか分からない。でも、すごく引っかかるんだ」

「アルドーナさんが旦那さんに依存しているって、どういうことですか?」

「私は、旦那の陶器職人としての収入や、父親として子どもたちの世話をしてくれることに頼り切っていたと思うんだ。それがあの人には大変だったんじゃないかって思うんだよね」

「なるほど。アルドーナさんの旦那さんは稼ぎで家族を養い、子どもの世話もしてくれる、頼りがいのある人なんですね。では、旦那さんがアルドーナさんに依存しているとかどういうことでしょうか?」

「あの人は確かに頼れる人だったけど、家事は全くできない人だった。私が寝込めば家の中はあっという間に洗濯物の山になったし、食事が作れないから子どもたちと外に買いに行ったり食べに行ったりして、金がすっかりなくなっちまうこともあった。そういう意味では、私に依存していたと思うし、何かあると私に愚痴をこぼしていたのも、私なら他に言わずに黙って聞いていると思ってくれていたんじゃないかなぁ」

「2人で補い合っていたんですね」

「よく言えば、そうなるね」


 アルドーナさんの、旦那さんに対する気持ちは、やはり悪くない。では、誰がストレスを与え続け、暴力を振るっていたのだろう。


「では、家に帰りたくない気持ちを色で表すと、何色になりそうですか?」

「・・・・・これだと思う」


 それは、黄色のボトルだった。


「ポジティブなイメージ? ネガティブなイメージ?」

「ネガティブだね」

「ネガティブな意味・・・不安、恐怖のような感情を表すんですが・・・」

「ああ!!」


 アルドーナさんが突然机に突っ伏した。


「アルドーナさん、大丈夫ですか? ゆっくり深呼吸をして、お水を一口飲んでください!」


 流れで部屋から出そびれ、同席していたラウズールが慌ててアルドーナをスキャンし、体の不調でないことを確認する。ベアトリスはそっとアルドーナに寄り添い、背中をさすった。


「大丈夫ですよ、今アルドーナさんがいるのはどこですか?」

「神殿・・・」

「はい。家ではありません。家にある怖いものは、ここにはありません」

「・・・そうだね。ここにはいない。パニックっていうんだよね、こういうの」

「そうですね。心の中に傷があって、それに触れると拒否反応を体が示してしまうんです。心の傷を治さない限り、パニックは一生続く場合もありますよ」

「それは・・・」


 アルドーナは、唇をかみしめた。


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